モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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四十二話 降りしきる赤雨

 

 

 

 

「……フラム、そういえば僕、武器がないんだけど」

 

「えっ?」

 

 

 水没林に行こうにも、武器がなくては行く許可が下りない。

 

 

「前のクエストで壊しちゃったから武器がないんだよ」

 

 

 ついでにお金もあんまりない。手持ちの鉱石を売れば賄えそうだけど……厳しいな。

 対策を考えているとルーフスが言った。

 

 

「姉さんが衝動買いしたボウガンでいいならアオイ義兄さんにあげるよ」

 

 

 武器って衝動買い出来るほどの金額じゃないんだけどな……。

 フラムは少し前に出て振り返り、言った。

 

 

「早速装備の準備に行こうか!」

 

「うん」

 

 

 フラムはルーフスの手をとった。そして二人で飛行船場に走っていった。

 まだ借りるなんて言ってないのに……。

 

 このたった半年の間に村の所々に変化があった。飛行船場が出来てたり、温泉が完成してたり、家の数や宿の数も増えた。

 水路は更に補強され、畑も広くなった。もしかしたら新しく何か育てて他の村に売るのかもしれない。

 

 ミドリやメリルもこんな風に変わっていくのだろう。その変化が良いものなら、と僕は切に願う。

 

 

 

 半年ぶりにホロロシリーズに袖を通した。

 こうして見ると道化じみた見た目だな。なんとなくサーカスで失敗して笑われる役を演じるピエロのようだ。

 防具の重みが懐かしかったり、完璧に修繕しきれず、傷痕の残った防具にジンオウガに負わされた傷の痛みを思い出したり。

 最後にドスジャギィの牙を通した紐を首の後ろで結んだ。

 

 

「アオイー? 遅いよー?」

 

 

 フラムの声が家の外から聞こえた。時間をかけすぎたようだ。急ぎめに部屋を出て、家を出る。

 家の前でフラムが鉄筒を抱えていた。いや、筒というよりかは砲かな。

 

 

「これがヘビィボウガンのメテオキャノンね。弾は準備してあげたから、早く乗るよっ!」

 

「準備がよいですね……」

 

 

 やや苦笑い気味にそう思い、駆けるフラムに着いていった。弾の準備は嬉しいんだ。武器を貸してくれることも。ただ……そのボウガンすごく重そうなんだけど。

 

 フラムは重厚感のあるアイアンガンランスを持っていた。こころなしか青色が混じっているからマカライト鉱石で強化しているのかもしれない。

 ルーフスはボーンアックスを使うようだ。スラッシュアックスでもっとも基本的な武器でかつ、ハンター生涯でずっと使える武器だ。こちらもおそらく強化されているのだろう。

 防具は二人ともハンター装備だった。……あれ?

 

 

「なんで二人ともそれのままなの?」

 

 

 イャンクックを倒せる程度の実力なら防具はなにかしら新しく作っていてもおかしくないだろう。

 

 

「いやぁ……この防具が気に入っているんだよ」

 

「うん、気に入ってるんだよ」

 

 

 すごく棒読みだが、別に追及する必要はないか。鎧玉で強化すればそこそこ使えるらしいし。

 

 準備を整えたところで村から竜車で水没林に向かうことになった。飛行船の方が早いが、飛行船は他のハンターが使っているらしく、使えなかった。

 ハンター用の飛行船はそんなに無い。そもそもこの村のハンターの数を考えるに当然かもしれない。

 

 

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 

 

「水没林だ!」

 

「なんでそんなに元気なの……」

 

 

 水没林。天気は大体雨で晴れになることは珍しい場所だという。

 湿気が多く、じめじめしていて、わりと暖かい気候な為に汗が出る。ただ湿度のせいで汗は乾きにくく、べったりと肌にまとわりついている。

 狩場の殆どは水没しているようだ。ベースキャンプは高台で尚且つ屋根があるので濡れることはない。

 

 

「あ、そうだ。アオイ、弾丸あげるね」

 

「ん、ありがとう」

 

 

 弾薬を入れた箱と別に投げ渡された二発の弾丸。二発とも同じ弾種のようで拡散弾くらいの大きさだった。何かしらの内蔵弾を装填し忘れたのかな。

 

 

「姉さん、この湿気じゃ爆弾は使えなさそうだね」

 

 

 ルーフスはとても嬉しそうに言った。本来なら嬉しくはないのだが、今回は違う。フラムはイャンクックの鼓膜を爆音で破壊する程の数の爆弾を使うのだ。

 

 

「ふん、最近の爆弾はね、防水なんだよっ」

 

 

 そう言って数珠のように繋がれた小タル爆弾を見せてくる。よくみると表面に何か塗られていて、それが水を弾いていた。

 流石にお金の問題で大タル爆弾は用意できなかったらしいが、溜め息は出る。

 

 

「この武器は大丈夫? 錆びたりしない?」 

 

「大丈夫だよ、ちゃんと手入れさえすれば」

 

「そうなんだ。……そういえば何でこんな武器持ってるの?」

 

 

 フラムはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに目を見開き、楽しそうに言った。

 

 

「最近ね、狩技っていうのを聞いたんだ。それでヘビィボウガンに《スーパーノヴァ》ってのがあるみたいで」

 

 

 フラムも狩技知ってるのか。まぁメリルから聞く話では狩技は訓練所で教えてないってだけでそれなりに広まってはいるみたいだしね。

 

 

「撃って着弾したら、広範囲を焼き尽くすほどの爆発が起こるんだ。……私はね震えたよ。爆発と聞いて私が試さない訳がないでしょ?」

 

 

 酷い理由だった。というかさっき渡してきた弾丸まさか《スーパーノヴァ》なのかな。……急に棄てたくなってきたぞ。

 

 

「そもそも僕、ライトボウガンしか使ったことないからヘビィボウガンで狩りができるか分からないよ?」

 

 

 そもそも半年ろくに動いてないのに。筋力的にも無理があるんじゃ。そもそも動いていても持てるか怪しいのに。……なんで僕ここに来ちゃったんだろ。

 

 

「そのへんはぬかりないよ。ちゃんとアオイ義兄さんが重い武器を扱えるように鬼人薬持ってきたから」

 

「……うん、気遣いがうれしいよ」

 

 

 言い方に悪意を感じたけど気にしない。これからはリハビリのために筋トレをしようかな。あくまでリハビリのためね。

 

 

「そう言えば、鬼人薬は異性に飲ませてもらうと効果が上がるんだって」

 

「……そんなの聞いたことないんだけど」

 

 

 ルーフスは真顔でそんなことを言う。嘘だよね? 迷信だよね? ほら、早く明かしてよ。

 僕がそんな視線をおくるがルーフスはただ、フラムの耳元で囁くだけだった。

 

 

「……仕方ないから私が鬼人薬飲ませてあげるね」

 

 

 清々しいくらいの棒読みだった。ルーフス、なんてそそのかしたんだ?

 

 

 フラムは鬼人薬の蓋を開けた。それをそっと自分の口に近づけ……口に含んだ。

 

 

「はっ?」

 

 

 フラムは僕に仕方がないの、といった表情で僕の両肩を掴んだ。

 そして、僕の顔に唇を近付た……が。

 

 

「……鼻って大事だね」

 

 

 互いの鼻があたって動きが止まり、時間が生まれた。一瞬の事だったがフラムが冷静になるのには十分だったようだ。フラムは顔を真っ赤にし、ぼくの肩から手を放し、喉を鳴らし、顔を両手で覆った。

 

 

「つまんないの」

 

 

 ルーフスは残念そうに、僕に鬼人薬の入った瓶を僕に差し出した。横ではフラムが恥ずかしさで悶えている。これで良いのかルーフスよ。

 

 

「アオイ義兄さん、何でそんな余裕たっぷりなの?」

 

「もう慣れたよ。フラム相手じゃ多分恥ずかしいことにはならないよ」

 

 

 事実、この程度のことは訓練所でしょっちゅうあった。ルーフスにそそのかされたフラムが何かしらして、恥ずかしさに悶える。久しぶりだったが、やっぱり動じるようなことじゃない。

 

 

「ルーフス、早く行こうか。ほらフラムも早く」

 

「分かった」

 

 

 僕は荷車からメテオキャノンを下ろし、担ぎ、案の定、重さに顔をしかめることになった。素直に鬼人薬を飲むことにした。

 

 

「……鬼人薬、結構いいものだね」

 

 

 口に含むと思いの外、悪くない味だった。薬とは言うがスープのような感じだ。

 飲み込むと急に体が軽くなった。悔しいが、ルーフスには感謝しないといけない。

 

 

 

 

 キャンプを出て歩き回ると、徐々に水かさが下がり、岩が目立つようになってきた。雨が降っているせいで岩の起伏にそって水が流れ、とても滑りやすくなっている。

 坂を上りきるとフロギィがいた。オレンジに黒色の模様が入った体表、喉には薄紫の袋。フロギィで間違いないはずだ。見張りなのか一匹しかいない。

 フロギィはジャギィと同じように統率されている生き物だ。フロギィを率いている二回り程大きい生き物をドスフロギィと呼ぶ。

 そのドスフロギィが今回の狩猟対象。ジャギィと違うところは毒を吐いてくること。ガンナーの僕も危険は少ないが解毒薬を一応持ってきている。

 

 二人もフロギィに気付いたのかすぐに殺気立つ。

 

 

「二人ともちょっと待って」

 

 

 二人とも立ち止まってくれた。振り向くことはないが。

 

 

「メテオキャノン、威力を試させてよ」

 

 

 荷車を止め、背後を確認してから通常弾を装填。

 スコープを覗きフロギィを狙う。フロギィは顔を持ち上げてどこか別の所を見渡している。

 すぐに狙いを合わせ引き金を引く。銃声は今までの比ではなく、かなり大きいものだった。しかし、この武器自体の重さのせいか、反動は少なかった。

 ライフリングに削られた弾丸が火花と共に銃口から飛び出した。首を捻り反対方向を向くフロギィの喉元……からやや外れ首に風穴を開けた。

 空薬莢が地面に落ち、水溜まりを波立たせて転がった。

 フロギィは文字通り首の皮一枚繋がっただけの頭を地面に落としながら二、三歩、後退り倒れた。

 

 

「ライトボウガンとは段違いの威力だね」

 

「……もの足りない。私ならもっと派手に吹き飛ばせた」

 

「姉さん、そんなこと言わないでよ。久々に大きめで傷の少ない皮が剥げるんだから」  

 

 

 この二人はどんな狩りをしてるんだろうか。久々に傷の少ないって……。

 剥ぎ取りをする前に周囲を見てみる。いつもはメリルがやってくれたが、今日は僕がやらないといけない。ただボウガンが重くて索敵には向かないのでスコープはなしだ。

 

 ……二匹いるな。左側。木に隠れて見えにくいが二匹いる。こちらには気付いていない。

 

 

「フラム、ルーフス」

 

 

 声は絞って、話しかける。二人はゆっくりと立ち止まり、今度は振り返った。

 フロギィに音が届かないように、ジェスチャーで二人に伝える。

 

 

『左、二匹』

 

 

 訓練所でよくやってたことだ。……まぁ、フラムの武器の問題で、使う機会は他より少なかったけど。

 フラムはルーフスに何か指示を出し、声を出しながらフロギィに突進した。

 

 

「ギャッ!」

 

 

 フロギィは二匹ともすぐにフラムに気付き、走って近付いていった。

 ルーフスはしゃがんでフロギィの視角を通り、背後に回り込んだ。

 一匹のフロギィがフラムに飛びかかる。

 

 

「ふんっ」

 

 

 フラムはそれを盾で受け止め、体を時計回りに捻りながら殴って弾き飛ばした。そしてその勢いを利用して、二匹目のフロギィにアイアンガンランスの剣先を突き刺した。

 

 

「ルァァッ⁉」

 

 

 フロギィの貫かれた胸から血溢れる。致命傷のはずだが、フロギィはまだ足掻いた。

 フロギィは息を大きく吸い、喉元の薄紫色の袋を膨らませた。

 たぶん毒を吐く予備動作だ。膨らんだ袋の色からして毒としか思えない。

 ただ、毒が吐き出されることはなかった。

 フロギィを貫いた切っ先が爆発し、フロギィが吹き飛んだからだ。

 爆ぜた胸部は、空中で血や肉や臓物に分かれ、植物や地面の上に撒き散らかされる。

 ガンランスの砲撃。持ち手に仕込まれたトリガーを押すと強力な砲撃が行える。その砲撃の機構には飛竜のブレスの仕組みを応用してると聞いたことがある。

 トリガーを押す、爆発する物質が発射される、剣先の周辺で爆発する、ハンターからしたらこの程度の認識で十分だが。

 

 

「ひゃっはー!」

 

 

 フラムが嬉々として叫ぶ。だがまだ戦闘は終わっていない。

 

 フラムはつい直前に盾で弾き飛ばしたフロギィを狙うが絶妙な間合いがあるために、進まなかった。

 踏み込んでもギリギリ届かない距離だ。フロギィはあからさまに警戒していて、フラムが距離を詰めてもすぐに離されるだろう。

 ガンランスはその砲撃の機能故にランスより重い。だからランスのように突進できないのだ。

 この距離はガンランス使いがもっとも嫌いな距離かもしれない。

 納刀する隙を見逃してもらえる距離でもないだろうし。

 

 

「ハアァァァッッ!」

 

 

 膠着状態になるかと思ったその時、ルーフスが影から飛び出した。一瞬見えた表情は笑顔だった。牙を剥き出しにする、といった笑顔だが。

 斜め下から振り抜かれたスラッシュアックスはフロギィの腹を捉えた。ただ切れ味の高い武器ではないために、深い切り傷を刻むだけで、両断まではいかなかった。

 フロギィは腹から血を撒き散らしながら吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 ルーフスはスラッシュアックスを一度空振りをするようにして一回転させ、もう一度空振りをして更に勢いをつけた。まるでハンマー投げみたいだ。

 倒れたフロギィに斧が叩きつけられる直前に斧の刃がスライドした。それと同時に納められていた切っ先が現れて斧刃と合体。大剣のような形状に変わる。

 大剣から赤いエネルギーがほとばしらせ、横たわるフロギィに降り下ろされた。

 大剣はフロギィごと地面を割り、ルーフスの顔から狂気的な笑顔が消えた。

 ルーフスが大剣をあげると生々くて寒気のするような水音がした。

 

 スラッシュアックスは斧と剣の二つに変形できる武器だ。斧は重心が遠くにある。故に遠心力を生かした重たい攻撃ができる。剣はビンによって強化された刀身と大剣より軽いお陰で強力な攻撃を何度も叩き込める。

 

 

 二人の足元におびただしい量のどす黒い色の血が辺りに広がる。だが雨はそれをあっという間に無色透明な水になるまで洗い流してしまった。

 

 その場にいる討伐されたフロギィは正直見るに耐えない。

 フラムが討伐したフロギィはあんまり原形をとどめていない。胸から腹にかけてが焼き焦げたように無くなっているせいでフロギィが剥ぎ取りした後の皮だけみたいなことになっている。

 ルーフスが討伐したフロギィは……うん。真っ二つですね。雑草がモザイクみたいになって見えにくいのが救い。直視したら朝ごはんが出てくる。

 二人は剥ぎ取りをしたが……鳥竜種の牙しか剥げずに帰ってきた。

 

 

「……あぁ、うん。大きめで傷の少ない素材の意味が分かったよ。そうだったね、二人ともそういう人だったね」

 

「わ、私は反省してるもん!」

 

「アオイ義兄さん、僕も反省はしてる」

 

「……後悔は?」

 

「「してない」」

 

 

 知ってた。ただ、一応仕事だ。緊急の依頼でなければ基本的にお金が目的の仕事だ。……きちんと生計をたてるための仕事だ。剥ぎ取りで得た素材を道具にするかお金にするかは自由だが……どちらにせよ牙なんかよりかは価値の高い皮とか鱗が剥ぎ取れた方がなぁ……。

 あぁ、でも二人ともすごくいい笑顔だ。後悔どころか喜びを噛み締めている笑顔だ。

 

 

 僕はため息をついて、隙間なく敷き詰められた雲を仰いだ。

 

 

 


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