モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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四十話 選択

 

 

 

 

 雲ひとつない広々とした空が窓から覗いていた。ただ晴天のわりには大して暖かくなく、夜になれば冷え込むことが想像できた。

 そもそもしばらく独りぼっちということだけで、心は寒い。

 

 

「おはよう、アオイ」

 

「お、おはよう、ルナ」

 

「……驚きすぎだよ。一瞬浮いたでしょ?」

 

 

 顔を傾けると銀髪紅眼の幼女が悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。ルナは今日も楽しそうですね。

 

 

「何でここに?」

 

「色々とお話をね」

 

 

 柔らかかった表情が固く引き締まる。見下ろす瞳は真剣そのもの。おぉ、なんか珍しく真面目な話がありそうだ。

 

 

「まず、私は嘘をついている」

 

「えっ」

 

「まず、一つ目。ミドリの両親は病死なんてしていない。行方不明扱いで少なくとも亡くなったという証拠は存在しない」

 

 

 ミドリは両親の病死を疑わなかった。それもそうだ、ルナがそんな冗談にならない嘘をつくわけがないと信じていたからだ。

 

 

「何でそんなことを?」

 

「それはねミドリの両親はハンターだったの。前の集落に住んでたころ、霊峰に古龍っていうのがきたの。周辺の天気は崩れ、突発的な嵐の数がゆっくりゆっくりと増えた。そこで、このままでは集落を手離さなければいけなくなると考えた人々は」

 

 

 ルナは僕から顔を反らした。

 

 

「古龍の討伐考えたの」

 

 

 結果はもう分かってしまった。古龍なんて挑むことすら間違っている。古龍を討伐するのであれば二つ名がつくくらい活躍してるハンターやG級まで昇格した英雄、せめてたくさんの上位ハンターがいなければならない。

 

 

「結果は最悪。ミドリの両親……二人のハンターが戻ってくることはなく、それどころか古龍の怒りを買い、集落は凪ぎ払われ、たった数分で滅んだ。それがきっかけなのかは分からないし、単純に小さかったからかもしれないけど、それからミドリはただの強風の日に信じられないくらい怯えてたの」

 

 

 ……ミドリが双剣の狩り技を制御できなかった理由ってもしかして。

 

 

「確信はない。でも恐らくミドリは強烈なトラウマを覚えた。私は思い出させない方が良いと思ったから言わなかった。もう忘れたのか今はそんな感じはしなかった。でもまだ残っているみたいだね……」

 

 

 普通は獣をイメージしてその力を自分のモノにする狩技。だがミドリは想像ではなく、事実を糧に作るがために、制御できなかったということだろうか。

 

 

「嘘はまだある。あなたに関すること」

 

 

 その瞬間最悪の言葉がいくつか思い浮かんだ。昨日の一件のことだ。

 例えば――

 

 

「あなたの両親が病死したかなんて分からない。唯一言えるのは全てが不明ということ」

 

 

 ルナの言葉は耳を貫き通すようだった。昨日、あれだけ拒絶した人が、偽物と突き放した相手が本当に母親だった可能性が現実味を帯びてきたからだ。

 このことを知っていたら僕はどちらを選んだのだろうか。もしもはもしもであって、その選択を知ることは出来ない。ただ、少なくとも、もっとちゃんとした対応ができたはずだ。

 思わずルナを睨み付ける。

 

 

「じゃあ、昨日の人は……」

 

「私じゃ分からない。卑怯な言い方だけど、クレアさんが何だったかはあなたしか決められない」

 

 

 ……クレアさんが何者だったか。クレアさんと言い合っている内にはもう分かっていた。あまりにも真剣で必死な素振りで察することはできてた。

 

 

「クレアさんは僕を産んだ人。間違いなさそう」

 

「そう……。じゃあアオイはさ」

 

 

 ルナは言葉を切った。

 そのことにより静寂が生まれ、村人の声や川のせせらぎが耳に入り始める。

 ルナは目を閉じて、小さな手を胸にあてて一息吐いた。瞼が開かれ、表情が見える。

 瞳は真剣にこちらを見据え、口は真一文字に結ばれ、触れたら溶けてしまいそうな、そんな雰囲気がした。

 ルナは僕の寝ているベッドに膝をかけのぼった。

 そのまま僕に覆い被さるように、顔を息がかかる距離まで近付けた。

 濡れた瞳は暗くて吸い込まれそうで、僕の額に僅かにあたる銀髪は新雪のように白い光をもっている。

 桜色で艶のある唇がそっと開かれた。

 

 

 

「私とクレアさん、アオイにとってどちらが本物の母親?」

 

 

 

 この至近距離で鋭い刃物のような質問をルナは出した。その刃物を振るうのは僕だ。

 二、三日前なら即答でルナを選んだだろう。産みの親が今生きているかすら知らなかったからだ。

 それに、僕は産みの親に思いがあることすら全く知らなかった。その思いは半分も理解できていないだろう。そんなクレアさんをそう簡単に切り捨てても良いのだろうか。

 昨日の一件だけでこれだけの葛藤をうむ。どちらかを選ぶというより、どちらを選ばないか、という問題。そもそもこれは本当に選ばないといけ――

 

 

「選べない、なんて言わせないよ。どちらかを選ばないと」

 

 釘が刺された。選ばないという選択肢すら存在しなくなった。

 

 

「さぁ、どっち?」

 

 

 いつものような余裕は今のルナになかった。僕が答えを出すのに時間がかかっている故に不安だからだろうか。

 そもそも何故ルナは僕達に嘘をついたのか。ルナがそれを言ったのは僕達に物心がつき、何故両親がいないのか疑問を持った頃だった。

 僕達が両親が生きている、と思うことがルナの不都合になったのだろうか。

 僕が熟考しているとルナは

 

 

「……私、何してるんだろうね」

 

 

 ルナは嘆いた。ベッドから降りるとため息をついてベッドに座った。小さな背中が寂しげだった。

 

 

「私はさ、なんでこの人はこう動かないんだろ、って小さい頃に思ったんだ……あ、小さいっていうのは精神的に、だよ? 人はさ、何故か論理的に動かない。危険って分かっているのに村を離れられなかったり、私情で最善を選ばないこともある」

 

 

 どこか嘆くようで、自嘲的な声音で話し始めた。

 

 

「私は事実を言えば良かったのに二人に嘘をついた。私はその時、このことを言ったら二人は私を家族と思ってくれなくなるんじゃないかって不安になったの。……昨日も私は不安になったんだ」

 

 

 ルナは顔をこちらに向けた。何かの感情を噛み殺したような歪んだ表情で僕に言った。

 

 

「アオイがどこかに行っちゃうんじゃないか。そう思って私は……卑怯な聞き方をした。アオイは優しいから、面と向かって私を拒んだり出来ないでしょ? だから私はこんな聞き方をした」

 

 

 その通りだろう。僕はルナを選ばない、という考え方は全くしなかった。

 

 

「ごめんね。私、もう帰るよ」

 

 

 ルナは今度こそベッドから降り、ドアに歩いていった。ただゆっくりと虚ろな足取りで、だ。

 僕は何か言わないと、という思いだけに駆られて、何も考えずに言った。

 

 

「僕の母親は、ルナ、あなただけだよ」

 

 

 ルナは扉を開けたところで肩を震わせて言った。

 

 

「……ッ、は、母親を名前で呼ぶものじゃないよっ」

 

 

 ルナはそのまま振りかえることなく去っていった。

 ルナの言うとおりだった。結局人が行動をするときに優先されるのは論理的に考えて何が最善か、ではなく。

 感情に問いかけてどうしたいか、で動く。

 

 僕は結局殆ど考えもせずにクレアさんとの縁を切ることにした。

 

 


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