採集ツアーから帰り、数日後。
「アオイ! 出来たぞ!」
鍛冶屋を営んでいるクロウさんの声が玄関から聞こえる。回復薬の調合を一旦やめ、クロウさんの元に向かう。
「ほれ、注文のハンターシリーズとハンターライフルじゃ!」
「ありがとうございます!」
クロウさんの指差した荷車には新品なのでは、と思えるほど綺麗になった装備があった。
「早速装備するんじゃ。違和感があったら遠慮なくいいなさい」
言われた通り直ぐに装備してみると……
「少し重くなりました?」
「全体的に厚くしたんじゃ。明日、いくんじゃろ?」
「はい。明日の狩りは必ず成功させてみせます!」
「頑張れよ!」
クロウさんはそう言うと荷車を引き、工房に戻っていった。装備が少しとはいえ重くなったので体に慣らす必要がありそうだ。
体に装備の重さを慣らすため歩いていると
「アオ、それ補強してもらった装備?」
「うん。今渡されたとこ」
そう言うとミドリは真剣な顔になり少し震えた声で
「いよいよ明日、初めての大型モンスター……ドスジャギィを狩りにいくんだよね」
「……うん。頑張って狩ろう!」
ミドリはいつものように微笑み、頷いた。
武器と防具、道具の確認。体調の管理、かるい運動。明日に向けてひたすら取り組んでいるだけで一日は終わり、翌日の朝。
「……ティラさん行ってきます。」
そういうと、茶髪のまるでお姉さんのような人……ティラさんはどこか不安げに言った。
「アオイ、ミドリ。健闘を祈ってます。」
「ちゃんと無事に帰ってくるから、心配しなくてもいいよ!」
そう言うミドリも不安げだ。無理もない、ミドリは一度、五匹のジャギィに疲労困憊になるほど追い込まれたのだから。会釈をし、ミドリと荷車に乗り、狩場に向かう。荷車に乗った後、振り向くと手を振っている村長がいた。こちらも手を振りかえし、直ぐ正面を向き集中する。
○ ○ ○
――ベースキャンプ。
いつもは地図しか入っていない青色の箱。しかし今日はギルドからの支給品が入っている。応急薬に携帯食料。他には閃光玉とシビレ生肉。支給品を取り、二人で分け、ベースキャンプを出た。
緊張のせいか会話がない。しかし先日に鉱石を採掘した岩場に来ると、三匹のジャギィがいた。ミドリはおもむろに指を指すと
「見て、あそこ。穴が空いてる。きっとジャギィ出入りしているとこじゃない?」
「本当だ」
あの穴を利用しない手はない。しかし、ジャギィが守っている上、ドスジャギィが使うという確証はない。
「ドスジャギィの戦力を削るためにも罠をはるためにもジャギィを狩らないとね」
「二匹だけ討伐して逃げよう」
「……理由は後で聞かせて」
ミドリは言い終わる前に走り出した。ミドリの援護のため、ジャギィに狙いをつけ、引き金を引く。一番手前にいたジャギィに弾丸が突き刺さる。
そのジャギィが怯んだ瞬間、ミドリが抜刀し双剣を振り抜く。二つの剣がジャギィを深く切り裂き、血飛沫をあげる。
その勢いのままミドリは回転し、右側にいたジャギィの口から首元にかけてを切り裂く。
そのミドリを背後から襲おうとしているジャギィを狙い、弾倉が空になるまで撃つ。当たった弾丸の内の一発が急所を貫いたのかそのまま倒れた。
ミドリの方を見ると穴のなかに逃げていくジャギィ見つめていた。浅く斬ったのかジャギィの足取りはふらつくことがなかった。ミドリはこちらに振り向き、歩いてくると
「何で逃がすの?」
「ドスジャギィを呼んでもらうんだよ」
ジャギィ達はとても連係がとれている。それを束ねるドスジャギィはジャギィ達に監視の指示もだしている。ジャギィから外敵の進入の報告、それも歯がたたなかったとなれば直ぐに向かってくることだろう。
「あの穴に爆弾を仕掛けよう」
「そうだね」
荷車から大タル爆弾をとりだし穴まで運び信管を抜く。これで石ころ一個でもぶつかるだけで大爆発がおこる。
「ミドリは物陰で待機してて」
ミドリに隠れることを促した後、離れて爆弾に狙いを定める。ドスジャギィが出て来た瞬間、撃たなければいけない。
――……風の音、木々の揺れる音。穴から、何かが飛び出た。反射的に引き金を引きかけるが思いとどまる。ジャギィ。口から血を流しているということはさっき逃げ出したジャギィのようだ。その数秒後立て続けに五匹のジャギィが出て来て、最後にジャギィの何倍もあろうかという体躯。薄紫の鱗。そして首のまわりについている大きな襟巻き。その姿を見た瞬間ドスジャギィと確信し、撃つ。銃声に反応したのかこちらを向くが直ぐに大タル爆弾の爆発で見えなくなる。
圧倒的な熱と、光が、辺りを破壊し、融解させる。その直後、強烈な風圧と音が駆け抜ける。煙が晴れるとそこには、
「グッ……ギャアッ!」
ドスジャギィが立っていた。辺りにいたジャギィは黒焦げになり転がっていた。全滅させれたようだ。ドスジャギィも立ってはいるが、無事にはすまなかったらしく、所々が焦げ、皮膚が……肉が剥き出しになっているところもある。
そして、爆発をもろに受けたドスジャギィに狙いを定めて引き金を引く。ドスジャギィに当たる直前、放たれた弾丸が割れ、中から金属製の弾丸が出てくる。その弾丸はドスジャギィの体の奥深くにめり込む。続けて放たれた弾丸もドスジャギィの背中を抉る。
――遠撃弾。名前の通り狙撃に特化した弾丸。
狙撃に反応したドスジャギィがこちらに向かって走り始める。その瞬間、
「せいッ、あッ!」
ミドリが思いっきり地面を蹴り、物陰から飛び出し右手の剣でドスジャギィの足を切る。しかし鱗が硬く、傷をつける程度に留まる。左手の剣でもう一撃。しかし、それも鱗に阻まれる。それを煩わしく思ったのか、ドスジャギィは振り向き噛みつく。時間のかかる行動だったため、その間にミドリは距離をとっていた。ドスジャギィの噛みつきはむなしく空をきる。その攻防の間に通常弾の適正距離に近付き、撃つ。弾丸は鱗を削りとっていく。しかし、それを意にも介さず、ドスジャギィは
「アォーーッ!」
天に向かって吼えた。仲間を呼び寄せたのだろうか。ミドリと顔を合わせ咄嗟に穴の方を見る。しかし穴は、
「……塞がってる」
「ミドリ! 今だ、チャンス!」
ミドリはハッとし、仲間がこなかったことに虚をつかれているドスジャギィに斬りかかる。爆発で脆くなった部分を斬る。それを見てから、片手でペイントボールを取りだし、ぶつける。連撃がドスジャギィの体を切り刻んでいく。しかし、急にドスジャギィが体を横に向け、ミドリに向かって、――タックル
「ミドリ!」
「あっ」
ミドリは咄嗟に後ろに跳ぶが、ドスジャギィのタックルはミドリを逃さない。タックルの瞬間、ミドリのほうから何かが軋む音が聞こえた。ミドリははね飛ばされ、転がった後、うずくまった。
「ミドリ……! よくも……ッ!」
頭に血が上るのを感じるが、それに比例して今の現状が冷静に理解できた。ドスジャギィの動きがゆっくりに見える。こちらを向いたドスジャギィの飛びかかりを左にステップをして避け、ミドリをもう一度見る。痛みで起き上がれないようだ。
ドスジャギィの喉に銃口をつきつけ引き金を引く。零距離で放たれた銃弾はドスジャギィの喉を深く抉った。怯んだ瞬間、ライトボウガンを背中に背負い、閃光玉をとりだす。鼻息を荒げこちらを睨むドスジャギィ。その顔に閃光玉を叩きつける。ドスジャギィの目を閃光が焼く。
「ミドリ! 逃げるよ!」
「うん……いッ……」
ミドリを急いで抱え、竹林に向かって駆け込んだ。
竹林を進むと、岩の隙間があり、そこを抜けると、切り立った崖の上に築かれた、アイルーの集落があった。
「ニャ!? 誰だニャ!」
アイルーが手作りの武器を取り出す、が、
「ハンターさん? それに怪我人かニャ?」
「ミドリが怪我をしたんです…… しばらく使わせてくれませんか?」
「もしかしてドスジャギィを狩りに来てくれたのかニャ? それなら存分に使うニャ!」
そう言うとアイルーは離れていった。
「……手当てするよ」
少し気がひけるが、ミドリの防具を外す……もとい脱がせる。白い肌が露になり視線を動かすと、タックルを受けた部分が赤くなっていることを確認する。その部分に薬草を刷り込み、包帯を巻く。応急手当てが終わり、その姿を見て改めてミドリが怪我をした……ミドリに怪我をさせる結果になった事実を実感してしまう。
「なんで……ハンターになったの?」
「それは……」
無意識に出た言葉は数日前に言った同じ言葉よりあまりにも冷たかった。
「ミドリも含めて、村の皆を守れるようになるためにハンターになったのに……」
「私だって……村の皆が安心して過ごせるように……!」
「その安心のため、狩りに出る度に、ミドリのことを危険に晒すんじゃ……」
――本末転倒じゃないか。その言葉はミドリの表情を歪める。
ミドリの悲しげな表情をよそにドスジャギィのもとに向かう。後ろから絞り出したような声で
――私はただアオと……
以降は、風の音がかき消していった。