モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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三十九話 嵐は空を塗り替えた

 

 

 

 

 ゆっくりと降っている雪は既に積もった雪の中に一つ、また一つと吸い込まれていく。

 日はとっくに落ちていて空は黒色に染まりきっている。夜空に雪がよく映える。

雪景色も悪くないかなと機嫌の良い私、ミドリ・フロウは思った。

 ただ、アオは腕が動かせなくて顔に降る雪を払えずにいてちょっと不機嫌そうだ。

 

 

「私が手続きを済ませてくるので二人は先に戻ってください」

 

 

 メリルはガーグァを繋ぎながらそう言い、繋ぎ終えて早々に行ってしまった。

 荷車で横たわるアオは小さな声で言った。

 

 

「ミドリ、運んで?」

 

「いいよ」

 

 

 できるだけにっこりと答えた。担ぐために近付くとアオの表情には諦めが浮かんでいるのが見えた。

 動けないもんね。でもその怪我は誇っていいよ、ありがとうね。

 アオを引っ張り足を宙ぶらりんにして体を起こすのを手伝い、私は背中を出した。

 倒れこむようにアオは私の背中に体を預けた。

 思ってたほどの軽さじゃないかな。決して重くないけど。

 いつもよりゆっくりとした足取りで私達は家に向かう。

 

 

「私達がうんと小さい頃はルナちゃんにこうやっておんぶで運ばれてたんだって。信じられないよね」

 

「ルナさん、昔からずっと小さいもんね」

 

 

 竜人族は寿命が途方もなく長く、そのためか成長も遅い。

 

 

「心なしか訓練生活が終わって村に戻った時には更に小さくなってた気がしたよ?」

 

「それはアオが大きくなったからでしょ。ルナちゃんも一応身長伸びてたよ?」

 

「どれくらい?」

 

「硬化一枚分くらい」

 

 

 誤差の範囲じゃないか、とアオはため息した。私は苦笑いして相づちを打つ。

 息は白く、腕や足はちょっと寒い。ただ、アオの体温が暖かい。湯タンポ代わりに欲しいくらいのちょうどいい温度。

 

 

 家に着いた。とても暗く寒々しさが滲み出ているが明かりさえつければすぐにどうにかなるだろう。

 両手が塞がってて扉が開けられない。行儀が悪いが私は扉を軽く蹴っ飛ばした。反動でよろめいたが、アオがちょっと悲鳴を挙げただけで問題はなかった。

 扉はゆっくりと外に開く。私は体を使って隙間を作るように扉を開けた。

 

 

 

「……おかえりなさい、ソラ」

 

 

 唐突で、すぐに溶ける、優しい声だった。

暗闇に包まれてた部屋にゆっくりと月明かりが差し込んだ。

 するとぼんやりと青暗い女性に輪郭が浮かんだ。見覚えのある顔だった。

 

 

「……何故ここに?」

 

 

 声が震えていた。この人の言っていることは何か危険なものに感じられたからかもしれない。

 

 

「こんばんわ、クレア・シーアンと申します。ミドリさんでしたっけ、この前はありがとうございました」

 

 

 目の前の女性はゆっくりと頭を下げた。

 

 

「ソラ……やっぱり覚えてないよね。私はあなたしか思い出せなかったの。何が起きてたか順を追って話せばわかってくれる?」

 

 

 女性の視線は私が背負うアオに向いていた。居心地が悪い。アオの返事はなかった。

 

 

「あなたを産んで、ハンター活動を止めて、田舎で平和に暮らした。ある日、不安な空模様になった。案の定、嵐が起きたと思えば村が急に凪ぎ払われた。ハンターとしての勘があなたを逃がし、私は落ちてしまった。ちょっと高かったからか遠吠えを聞きいたのを最後に私の記憶は途絶えた。私はそこで記憶を失った。でもあなたのことはすぐに思い出した」

 

 

 その話に何か引っ掛かりを覚えた。何故かは分からないけどこんな断片的な情報なのに頭の中で鮮明に映像が思い浮かべられる。

 

 

「あなたを見つけた時にすぐに確信が持てなかったのが惜しかった。気付けたころにはあなたは飛行船に乗って手が届かないところにいた。ねぇソラ、私と一緒に行きましょう」

 

 

 私の腕に力がこもった。アオがどこかにいっちゃうんじゃないかと不安になる。

 私の不安をよそに、アオは重心を変えて私から降りようとした。私はそれを止められず、アオを離す。

 アオはとてもゆっくり歩いた。足のせいか、後ろ髪を引かれているのかはわからない。

 

 

「あの子供になにをされてたかは知らないけど、私がいればもう寂しくないよね」

 

 

 クレアが立ち上がった。両腕を広げ、アオに抱きつこうとした。

 

 

「ごめんなさい。それは無理です」

 

「え?」

 

 

 クレアは驚きと苛立ちの滲んだ声を出した。

 アオは勢いが衰えていくように立ち止まった。

 

 

「僕の名前はアオイです。ソラではありません。それに親はルナ・アルミスただ一人です」

 

「……あの子に何か吹き込まれたの? 私が母親で、あなたは私の子供。あれはただの他人。言ったでしょう? 早く私と行きましょう」

 

「僕を産んだ人はとっくに病死しているんだ。それは作り話なんでしょう?」

 

「そんなわけない、私は生きている。それに事実しか言ってない」

 

 

 二人とも口調が荒くなってきた。

 

 

「どちらにせよ、僕はルナを裏切ってあなたと一緒になんて嫌だ」

 

「可哀想に、吹き込まれたどころか洗脳じみてるじゃない。……やっぱり偽物は偽物ね」

 

「ルナを、侮辱するな。僕を……僕を救ってくれた人を、僕を育ててくれた人を、馬鹿にするなら絶対に赦さない」

 

「なんで私よりそんな竜人族の戯れを信じるのッ」

 

 

 クレアはアオの胸ぐらを掴んだ。アオは避けなかった。いや、痛みで避けれなかったのだろう。足の怪我が開いたのか、血が滲んでいた。

 アオは立っているのもやっとなのか抵抗しない。

 

 

「アオが拒否してるんですから、引き取ったらどうですか?」

 

 

 仕方なく私はクレアがアオを掴んでいる手を払った。分かってくれたのだろうか、力は殆どかかってなかった。

 払われた手が力なく落ちるとクレアはこちらに無表情を向けた。

 

 

「邪魔」

 

 

 クレアの拳が打ち込まれた。反射的に手を間に出しクッションにした。だがそれでも私は吹き飛び、一瞬宙に浮き、壁にぶつかり床に落ちた。壁にぶつかった衝撃で食器がいくつか落ち、割れた。

 甘かった。油断してた。こいつ危険だ。ただこれで分かった。この人の言ってることは本人の中では真実だ。やっとの思いで見つけた息子を取り戻そうと来たのに邪魔されたそれならこの行動になっても違和感は薄い。

 ……あれ、私はこれに関わっていいのだろうか。

 

 

「すぐに暴力に頼る人になんて、なおさらアオは渡せない」

 

 

 それでも考えるより先に言葉は出ていた。私は立ち上がってクレアの目を見た。

 

 

「無関係者はひっこんでて。それとも手加減なしのが欲しいの?」

 

 

 クレア・シーアンはハンマーを使っていたはずだ。筋力が桁外れに強いのにも頷ける。

 短絡的で強引でまるでルナちゃんの正反対みたいな人間。

 私は音にならない声を発することしかできない。何をしればいいのか全く分からない。

 

 

「あんたの話が本当なら僕と血が繋がっているのかもしれない。でもただそれだけだ」

 

 

 代わりにアオは信じられないくらい低温の言葉を紡いだ。それを聞いたクレアは俯いて固まり、虚ろな目で床を、或いは虚空を見つめた。

 風がドアを叩く。軋む音が鳴り風の音が入り込む。

 クレアはゆっくりと瞳孔を引き絞った。

 気だるげにアオの横まで歩き、ケタケタと笑いながら言った。

 

 

「ソラはルナとやらを裏切るのが嫌だから私と一緒にこれないのね。……じゃあ元凶を取り除きましょう」

 

 

 私の体は自分で思うより速かった。その言葉が耳に入るなりクレアの肩を掴んでいた。

 

 

「ルナちゃんをどうするつもり?」

 

 

 私の問いに対してクレアは暴力をもって即答した。

 クレアはすぐに私の腕を掴み、力任せに引っ張り、私を無理やり投げ飛ばした。

 私は蹴り飛ばされたボールみたいに玄関から飛び出し、浅く積もった雪の上を転がった。刺すように冷たい感触が体じゅうに起こる。

 

 

「あなたも元凶の内の一人みたいね ……まぁ殺っちゃうんだし一人でも二人でも同じか」

 

 

 クレアは腰から剥ぎ取りナイフを抜いた。不味い。どうすればいい。立ち上がる隙すら惜しい。あのパワーなら一息でここまで来てしまう。とりあえず隙を見せまいと睨み付ける。何か手は手は……あった。

 私は背中のオーダーレイピアの柄に手を当てた。これの元はギルドナイトというハンターを狩るハンターの使う武器。対人での性能は折り紙つきの業物。

 これを使ってはクレアとやっていることは変わらない。ただ綺麗事も言えない。私は柄を握りしめた。

 だけど、それを抜けなかった。誰かの手が私の手を掴んだからだ。

 

 

「守るためには覚悟も必要でしょう。ただ、力もなければ守ったとは言えません」

 

 

 メリルが私の手を離した。

 

 

「だからアオイ、それを使う必要はありません」

 

 

 アオは力なく手を下ろした。ナイフは握りしめたままだが。……アオはいつの間にかナイフを引き抜いていたようだった。

 

 

「アオイの守りたいというのは破滅的で、自己満足のための願望に思えます。それではそこの誰かと変わらないですよ」

 

 

 アオはナイフを落とした。

 クレアは不快そうに顔を歪めた。

 

 

「……誰か知らないけどあなたも邪魔者?」

 

 

 クレアが猛スピードでメリルに突っ込んだ。ナイフは握ったままだ。

 メリルはそれを体を傾けてあっさりかわした。それどころか懐に潜り込み、ナイフを持った手と胸ぐらを掴み、クレアの勢いを利用して背負い、地面に叩きつけた。

 直後に反動で握力の抜けた手からナイフを奪い、捨てた。

 

 

「アオイはソラとして生きるよりアオイとして生きた方が幸せになると思いますよ。あなたにとって大事なのはソラの幸せではないのですか?」

 

 

 メリルはそう突き放し、クレアの腕を掴んで引きずった。

 

 

「なんでいつも自分を犠牲にしないといけないの」

 

 

 力なく呟かれたクレアの言葉はただ後味の悪さを残していった。

 二人を見送ると冷たい地面から腰を上げ、家の中に戻った。

 

 

「アオ、肩かすよ。今日はもう寝よう」

 

 

 アオは小さな声でありがとう、と言って私に体重を預ける。私はその体温に、卑怯だなと思いながらも、人の心を踏みにじったと考えながらも、柔らかい暖かさを感じた。

 

 風は寝ようとしたころには止んでいた。そのはずなのにざわめきは収まることがなかった。

 


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