目の前には見飽きた天井があった。笹で編まれた一見簡単に見えて複雑な作りのものだ。お医者さんみたいなアイルーの話を聞くとミドリとメリル、両方帰ってないという。
ミドリは遭難とかしていないだろうか。メリルは狩場でジンオウガに遭ってはいないだろうか。考えれば考えるだけ不安に繋がる。
ミドリなら、メリルなら、大丈夫と理性は語る。土地勘のあるミドリとリオレウスすら単独で討伐するメリル。当然である。
ただそれでも本能は不安を募らせる。
僕が気絶して寝ている時、もしかしたら同じように二人を不安がらせたかもしれない。それどころか囮になってたんだ。二人の心配はこんな比じゃなかったはずだ。
「不安そうニャね」
「……みかんさん?」
足元から声がした。相変わらず耳しか見えていないがなんとなく声で分かった。
「僕の仲間が二人を呼びに行った時もすごく心配した状態で待ってたニャ」
「そう……」
ちゃんと謝らないといけない。あんな薄い謝罪で良いわけがない。自己満足なのかもしれない。それでも、だ。
「でも安心するニャ。二人とも今ここに向かっている途中ニャ」
「そうなんだ。良かった……」
ほっとして胸を撫で下ろす。でも罪悪感は消えない。二人の心配にこれだけの心配で足りてるわけがない。
「そうだニャ、イチゴに……お前を治療した奴に一年ほど安静にしていれば骨折は問題なく完治するし、後遺症も殆どないって伝えておけと言われてたニャ」
「一年……か」
僕が訓練所を卒業してからの期間より長い。一年は僕にとってとてもとても長い。
「もっとも、傷の治りを見るに半年でハンター活動再開でにるかもって呟いてたけどニャ。……あっ」
「……あっ?」
「今のは気のせいニャ。聞かなかったことにするニャ」
「分かったよー」
半年後か。半年なら……待てないこともないかな。
「すっごい不安ニャ」
必ずみかんさんの不安は当たるだろう。僕は動けるようになったらすぐになにがしらするに違いない。ちょっとでも痛みがあればすぐに寝るが。
「アオ~おはよう~」
ひょこっとミドリが顔を出した。顔が少し赤く、肩で息をしている。走ってきたのだろうか。僕でもあの距離なら一度休みを挟むだけで問題なく走れる。ミドリは僕より体力がある。だからもしかしたら休まずに走ってきたのかもしれない。ミドリはみかんにも挨拶するとそのまま喋り始めた。
「ねぇみかん、アオはそろそろ連れていってもいいの?」
「安全に運べるなら構わないニャ」
竜車……ガーグァは竜じゃないな。鳥車? 今回はガーグァに荷車を引かせてここまで来たし、安全には運んでもらえるはずだ。
「皆さんおはようございます。みかんさん、ちゃんと採ってきましたよ」
「ん? あぁ、ありがとうニャ」
メリルは青色の袋をみかんに渡した。みかんは袋から手際よく中身を取り出す。
「サシミウオにハチミツ、特産キノコにマカライト鉱石……」
みかんの頼んだお使いは殆どがアイルー達が生きるのに必要なもののように感じた。例えばハチミツは食と薬両方に使え、体を動かすのに必要なエネルギーを多分に含む。僕はここで遭難したらとりあえずハチミツを探す。
「上質なものばっかりニャ……この特産キノコはもしかしなくても厳選キノコだし、こっちのハチミツはロイヤルハニー……」
みかんがそういうので僕も注意して見る……分からない。
「厳選キノコは香りと形が違います。ロイヤルハニーは蜂の巣の奥にある色の濃い奴です」
なんでメリルはそんなに目利きが出来るのだろうか。単純に経験の差かもしれない。それか食材限りか……?
「まぁいいです。じゃあミドリ、アオイを持ち帰りますよ」
「はーい。じゃあアオは力抜いてねー」
ミドリは僕の背中と膝裏に腕を回し、すんなりと持ち上げた。すんなりとだ。というかお姫様抱っこみたいなことになってる気がする。その証拠にメリルが羨ましそうな目でこっちを見ている。
「みかん、ありがとうね。他の皆にもよろしく」
「こちらこそニャ。じゃあニャー」
ミドリとアイルーのかるい別れが終わると僕はそのまま優しく荷車に乗せられた。そこには先客がいた。膝くらいまでの長さの黒ずんだ鉄塊。ただその鉄塊には懐かしさというか、見覚えがあった。
「あぁ、それは拾ったものです。多分アオイの物かと思って」
「ありがとう。間違いないと思うよ」
これじゃあもう修理は出来ないだろう。再利用できるパーツもない。初めて使い、初めて討伐を成功させた武器だけにちょっと悲しい。
メリルがガーグァに綱で指示を出すとガーグァはゆっくりと歩き始めた。
「そうだ、ミドリ、メリル」
「なに?」
「なんでしょう?」
二人はほとんど同時に振り向いた。それを確認して、僕はただ実直に言った。
「心配をかけてごめんなさい」
僕の声は大した大きさじゃなかったはずなのに明るくなったばかりの森に妙に響いた。
それを聞いた二人。ミドリは苦笑いを、メリルは申し訳なさそうな顔をした。
「別にいいのに」
「アオイはそんなに重く受け止める必要はないですよ」
ミドリは僕の隣に足を遅くして並んだ。車輪の枯れ葉を踏む音に規則的な足音が加わる。
ミドリはただ前を向いて惜しむような悲しい声音で呟いた。
「アオは一年休みなんだよね……?」
ミドリのその言葉に先頭を歩くメリルが僕を挟んでミドリの隣に歩を緩める。
「あの、そのことなんですが、アオイが治るまで二人でドンドルマに行きませんか?」
「えっ、でも村にメリルがいないんじゃ何かあった時……」
二人は話を進めているが、僕の怪我が完治するのはおそらく半年後だ。まぁ確定じゃないし別に言わなくてもいいか。
「私にも修行が必要なんです。今のままじゃ私がいる意味がありません。それに念のため私の知り合いを呼んでおくので大丈夫かと」
「……」
ミドリは渋っているように見えた。僕が原因かもしれない。
「僕のことなら気にしなくてもいい……」
「アオ、たまに手紙で近況報告するね」
「ちゃんとお土産も買ってきますよ」
「あ、はい。分かったよ」
ハンターになってまだ一年経っていないのに一年休みにさせられるのはどうなんだろう。ミドリは気にしていないようだ。
少なくとも二人は僕の思いををよそに、ドンドルマでの狩りについてをルルド村に着くまで喋り続けた。
○ ○ ○
「ここはルルド村ですか?」
「はい、そうですけど」
私、クレア・シーアンはソラを探している。私は十数年前に事故にあったのか記憶がなくなった。
怪我が治った後、色々動いた結果私は狩りができる……ハンターだったことがなんとなく分かった。
なし崩し的に狩りをしているうちに記憶は少しだけ戻り、私には子供がいることを思い出した。
名前はソラで、青い髪の男の子だったということだけ覚えている。
正式にハンターとなった後は行商人の護衛をした。行商人の護衛は人探しに向いていたからだ。たくさんの村に無料、それどころか報酬まで貰って行くことができるのはとても良かった。
ただそれは普通の人探しに限ること。ルルド村は行商人が殆どいかない地である上、比較的安全な立地のため、護衛も殆ど雇われないのだ。
私がルルド村にソラらしき人がいると考えたのは単純に見つけたからだ。
いつものように護衛をしていると珍しくピンチに陥った。閃光玉と大タル爆弾でも使おうかと考えてたころにソラは来た。
三人のハンターが降ってきてそのうちの一人がソラだった。直感がソラはこの人だって叫んでいた。
私はすぐに追ったがすでに飛び立った後、仕方なく飛行船の経路を調べ、ルルド村を見つけ、ここに至る。
「ここ村に青色の髪の男の子はいます?」
「はい。アオイのことなら今日中には帰ってくると思います」
「そうですか。ありがとうございました」
ソラはここではアオイと呼ばれているらしい。
母親なしで寂しかっただろうに、よくここまで生きてくれた。
もうちょっとでソラに会える、私はただそれだけで嬉しかった。
私の期待を表しているかのように雪が降り積もっていた。
後はただ待つだけ。