モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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三十六話 不安の空

 

 

 

 

「駄目です。行ってはいけません」

 

「分かってるよ……わかってるけどさ……」

 

 

 ミドリは肩を震わせて、顔を伏し、膝に顔を埋めていた。

 五時間。アオイと別れてから大体それくらい経つ。上手く逃げたのならもう戻ってきても良いはずなのにその姿は見えない。

 

 

「……ミドリ、これだけ経っても戻らないんです。アオイはもう――」

 

「そんなわけない」

 

 

 ミドリは頑なに動こうとしない。探しに行くのは危険、その割にはメリットがない。だが帰る気にもなってくれない。故に待つしかない。

 

 

「後一時間待って来なかったら一旦村に戻りますよ」

 

「……メリルは戻っても構わないよ。アオが帰ってくるまで私は動かないよ」

 

 今のミドリはてこを使っても動かないかもしれない。これでもミドリは抑えているくらいだろう。今いけばアオイの努力が無駄になる。

 

 

「アオは絶対に帰ってくるもん」

 

 

 無意識に拳を握り、顔を伏せる。諦めに歪んだ顔をミドリには見せられない。アオイが生きて帰ってこれるなんて思えない。客観的に見て二つ名を持つハンター二人でやっと狩れるか、といった強さだ。アオイ一人ではフルフルにすら劣る。

 

 沈黙。風が森をざわめかせる音のみが辺りを支配していく。

 耳鳴りがするほどの静けさ。ミドリの抑えた嗚咽が一度響く。

 

 

「私達がメリルに従って村に留まればこんなことにならなかったのかな……」

 

「それは分かりません。誰もジンオウガに遭遇しなかったかもしれませんし、そもそものリオレイアに私がやられてたかもしれません。何が最善かなんてあのときは分かりませんでした」

 

「……」

 

「私が判断を間違えたからです。二人の力量を正しく見極めていれば、或いは……」

 

 

 悪いのは私だ。判断を誤ってしまった。もし、アオイが死にでもすれば、ミドリのハンター生命まで絶たれかねない。

 私の、せいだ。

 

 悔いても悔やみきれず、心配は募り続け、不安は重さを増していく。

 アオイは……。

 

 

 

 

 無限に続くようにさえ思えた静寂は意外な方法で破られた。

 

 

「ニャ!」

 

 

 地面が盛り上がったかと思うと中からアイルーが飛び出してきた。

 出てきたアイルーは体を震わせて土をふるい落とす。

 

 

「アイルーさん?」

 

 

 アイルーは私の呼び掛けに反応してこっちを向いた。丸い瞳でこちらを見つめてきた。

 ミドリも赤い顔のままだが、顔を上げた。

 地面から出てきたアイルーはこの雰囲気に困惑しながらも言った。

 

 

「アオイくんの仲間かニャ?」

 

「もしかして、アオを見つけたのっ?」

 

 

 ミドリが急な動きでアイルーに詰め寄る。

 アイルーはそれに驚き、膝を笑わせながら後退る。

 

 

「ア、アオイくんなら、い、今、僕らの集落で治療しているところニャ」

 

「今すぐ場所を教えて!」

 

 

 ミドリがアイルーの肩を掴み、揺さぶり始めた。ちょっとアイルーの首の骨が危なそうだったが、それを止める気にならないほど私は呆然としていた。

 アオイが生きていた。

 

 

「そんなに泣いていると前が見えなくて危ないニャ。泣き止むまで案内しないニャよ」

 

 

 私は肩から力が抜けて、腰が抜けてしまった。なぜか涙が出ている。

 まるで不安が溶けているみたいに涙が溢れる。

 

 

「やっぱり、アオは生きてたんだ!」

 

 

 ミドリはアオイの命を諦めていなかったから、ただ喜んでいた。ミドリはアオイの生存を信じていたのに、私は自分がいなければすぐに死んでしまうと自惚れていた。

 

 

「アオはどれくらい怪我しているの?」 

 

「ついてくるニャ。ただ覚悟はしとけニャ」

 

 

 私の思考はミドリの疑問にかき消された。考えるのは後、今私がしなければいけないのはルルド村まで安全にアオイを連れて帰ること。

 

 

「化け物がいるようニャ。だから僕達の道……人間はケモノ道というのかニャ? そこを通るニャ」

 

 

 

 踏み固められたためか、草の生えていない道らしき場所。アイルーはいつの間にか拾った木の棒で掻き分けながら進んでいく。

 たくさん竹が生えていてタケノコもちらほら見かける。空はすっかりと暗い色になったが、月明かりがあるため、視界は確保できている。

 虫の鳴き声なんかもベースキャンプより一層増していて会話は殆どないのに賑やかに感じる。

 

 更に歩いていくとかがり火が見えてきた。アイルーは立ち止まり、振り向いて言った。

 

 

「ここが僕らの集落ニャ。アオイくんはこっちニャ」

 

 

 アイルーが指差した先にはテントがあった。テントといっても布ではなく、沢山の竹の葉が重なりできているものだが。

 その中に仰向けになって寝ているアオイがいた。

 

 

「アオ!」

 

「アオイ!」

 

 

 私達は駆け寄ろうとした。だが急ごうとした足は緩やかに止まる。

 アオイは控えめに言って重傷だった。包帯ごしに分かるほど怪我をしている。

 太腿に巻いてある包帯はどす黒い血の色に染まっているし、骨折をしているのか両腕が動かないように固定されている。

 頭にも包帯が巻いてあるし、包帯の巻いてない部分にはあざで青くなっているところが沢山あった。

 

 

「ここに運ばれてきた時には瀕死だったニャ。命を顧みずにここまで運んだやつに感謝しとけニャ」

 

「ありがとう……」

 

 

 ミドリはゆっくりとアオイの側に近付き、顔の横に座った。

 

 

「治療はどれくらいかかるの?」

 

「とりあえず運べるようになるのに三日くらいかニャ」

 

 

 私はそっと離れ、アオイを運んでくれたアイルーを探すことにした。

 

 アイルーの集落は中々広かった。狩場で見るものとは違い、生活感溢れている。

 たくさんのアイルーが居て、魚を食べていたり、興味深そうにこちらを見ていたり、寝てたり、日向ぼっこしてたり色々だ。

 ただここは現在、安全な場所だ。明日はどうなるか分からない。アイルー達も理解している……いや、人間以上に解している。

 所々に逃げ出すための工夫もみられる。まず、全員に敵襲を伝えるための鐘や鈴。逃げ出すための穴、コンパクトに纏められた荷物。私が分かるだけでこれだけあるのだ。もっとあるかもしれない。

 更に歩いていくとハンターが力尽きた時に使われる台車と運転手らしきアイルーが二匹いた。

 

 

「あの、あなた達がアオイを運んでくれたアイルーですか?」

 

「……そうだニャ」

 

「今回は本当にありがとうございました」

 

 

 この二匹はきっと危険を冒して運んでくれたのだろう。正直、この程度で足りるとは思わない。

 

 

「……まぁ目の前で死なれても後味が悪いしニャ。そうニャ、今回のはギルドからほとんど報酬がでないのニャ」

 

「えっ?」

 

「あんたらは正式な依頼でここに来たわけじゃないのニャ。採取ツアーで来たことになっているニャ」

 

 

 基本的に狩場には依頼を通して行かなければいけない。勝手に赴けば密漁、ティラさんはあのドタバタの中、上手くやってくれた。

 隣に座っているメラルーのような毛並みのアイルーが言った。

 

 

「ハンターさん達には後で報酬が支払われるかもしれないにゃ。ただ僕達はたったの4ゼニーにゃ。」

 

「……そうなりますね」

 

「卑怯に思えるかもしれないけどニャ、僕らに報酬を払ってくれないかニャ? ……このままじゃわりにあわないニャ」

 

「分かりました。私が払いましょう」

 

「じゃあ、3000ゼニー払って欲しいニャ」

 

 

 リオレイアの討伐報酬の相場は5400ゼニーである。ネコタクを利用した時、アイルーに払われるゼニーは三分の一。けっこう高い。

 私の頭が空回りし始めたところでアイルーは察してくれた。

 

 

「……ここで働いて払ってもらっても構わないニャ?」

 

「そうさせて頂きます」

 

 

 幸い、ここは渓流。鉱石やキノコ、魚に虫。素材がたくさんある。ただネックなのはジンオウガの存在。見つかればアオイと同様、ネコタク送りである。

 

 

「煙玉とペイントボール、それといくらかの食料を持っていっても構わないニャ。あの化け物を討伐してくれ、まで言わないニャ」

 

「ありがとうございます。……本格的な採集クエストなんて久し振りな気がします」

 

「ちょっと待っているニャ。必要な素材を聞いてくるニャ」

 

 

 アイルーはそう言って駆け出して行った。もう一匹も会釈だけして走っていった。大分走ることになりそうなのでストレッチしようとすると鋭い痛みが走った。

 とりあえず私は薬草を分けてもらうことと、必要な素材に薬草を追加する必要が出来たことを察した。

 

 

  ○ ○ ○

 

 

 強い風が私、ルナ・アルミスの側を通り抜けていった。風の吹いてきた方を見ると不自然なくらい暗い色の雲が動いていた。

 頬に水滴があたり、それは風に流されながら不自然な軌道で流れていく。

 私はこの光景に見覚えがあった。この村ができる前のこと。この村を作る原因になったこと。

 この村の近くにあるユクモ村にはこんな伝承がある。

 アマツマガツチ。

 曰く、霊峰に住む嵐の化身。曰く、大いなる厄災の龍。

 私の以前住んでいた集落を消した生き物。ミドリの両親を生死不明にした化け物。

 あの黒い雲の中にいると私は確信している。

 でも今回は何もしないと思えた。だから私はいつものように家に入りお茶を沸かした。そうするとティラが顔だけだして話しかけてきた。

 

 

「あの、いつも言ってるんですけど、何で私の家に自然と入ってくるんです?」

 

「ティラの買うお茶が美味しいからだよ」

 

 

 ティラは何も言わなかった。諦めた笑顔で戻っていった。お茶を湯飲みに注ごうとすると……私用の湯飲みを用意しているのはどうなのだろうか……。

 お茶をお盆で縁側に運んでいるとティラの話声が聞こえてきた。

 

 

「昔、昔、私がまだ小さくて、村長が今と変わらない身長の頃の話ね……」

 

「……」

 

 

 ティラも色々溜まっているのかもしれない。右と左くらいしか分からない小さい子達に愚痴をこぼしているのは見てて虚しい。

 三人がリオレイアの狩猟に行ってから三日経つ。

 無事ならばもう帰ってきてもおかしくないのだけど、まだ帰ってきていない。

 大丈夫……なんだよね。

 縁側から見る空の色は私の心でも表しているかのように曇りはじめた。


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