モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

35 / 113
三十五話 嵐射

 

 

 

 

 ジンオウガが正面から飛びかかってきた。

 地面とジンオウガの隙間に滑り込み、僕はそれをかわした。このエリアはとても滑りやすく、滑り込んだときは勢いをほとんど殺さずに滑れるようだ。

 後ろに回り込めたので振り向きすぐに引き金を引く。

 

 

「っ……」

 

 

 ラピッドヘブンは立ったまま撃てるように作られてはいない。猛烈な反動が全身にかかるが、怪力の種で強化しているので耐えることはできる。

 だがジンオウガにあまり効いていそうにはない。

ジンオウガがこっちを向く。照準を無理矢理顔に合わせる。ラピッドヘブンの発射はまだ終わらない。

顔に弾丸が刺さると流石にダメージがあったのかジンオウガは煩わしそうにしてみせた。この調子でやれば撃退程度ならいける筈。

 ジンオウガが腕を上げこちらに狙いを合わせる。それと同時にラピッドヘブンの弾丸を撃ち切った。

後ろに跳ぶとすぐ目の前に前脚が振り下ろされた。地面にあった石が砕け、大量の水飛沫が舞った。間違いなく擦るだけで大怪我ものだ。

 ジンオウガは更にもう一度振りかぶってきた。今度は直前に横に向いて転がり、攻撃範囲から逃げる。背後に衝撃を感じながらもう一度ラピッドヘブンを装填する。本来なら禁止されている狩技の連続使用。剣士は精神力をすり減らすが、ボウガン使いはボウガンの耐久を摩耗させるため認められていないのだ。剣士は命に関わるかもしれないが、ボウガン使いは最悪でも武器を失う程度で済む。

「数歩走って距離を取り、引き金を引く。

 

 

「悪いけど、僕が帰るにはお前を倒すしかないんだ」

 

 

 こいつがもし執着心の強いモンスターであれば、逃げたら追ってくる。迎え撃つにも、メリルの怪我はしばらく治らないだろうし、ミドリをはじめとして、村に滞在しているハンターはリオレイアを倒すこともままならないような実力だ。だから逃げたら駄目だ。

 でも僕の体力はあまり残ってない。短期決戦を仕掛けるしかない。

 煩わしそうに動くジンオウガの頭を撃ち続ける。腕が悲鳴をあげ、銃身が熱気をほとばしらせ、ヴァルキリーファイアが軋む。

 それでも煙の尾をひいて駆けていく弾丸はジンオウガの頭に傷をつけ、弾痕を残していく。

 ジンオウガがこちらに噛みついてくる。それをできるだけ惹き付け、最低限の距離だけ後ろに跳び、回避する。……つもりだったが空中で弾丸が発射されたために、予想外に反動で体が動かされ、体勢が崩れ、尻餅をつく。

 だがジンオウガに噛まれることはなく、回避は出来た。ただジンオウガには予想の範囲内だったのか、一切の猶予を持たずに後ろを向いた。

 何をするかは分からない。引き金から指を離して撃つのを止め、体を起こし、距離をとる。その直後ジンオウガがその場でバク転、尻尾を地面に叩きつけた。

 

 

「あっぶな……」

 

 

 反応できなかった。距離をとっていなければぺしゃんこだった。

 ラピッドヘブンの撃たなかった分を捨てて、新しく装填する。ラピッドヘブンは撃ち残りを使えない。

 破棄したラピッドヘブンの薬莢が高い音をたてて地面を転がり、川を僅かだけ蒸発させた。

 

 このモンスターは格闘戦に秀でているようだ。ガンナーの天敵である。ただ雷属性のはずなのだが、あまり使っている様子はない。極端に距離をとると使い始めるのだろうか。

 ジンオウガは唐突に後ろに跳んだ。突進をするのかと思ったがその場で威嚇らしきことをし始めた。

 隙だらけだ。走って近付いて頭に狙いを定めて引き金を引いた。

 無数の弾丸がジンオウガの頭に当たり、鱗の破片を散らし、僅かに流血させはじめた。

 しかし、ジンオウガが怯むことはなく、遠吠えは止まらない。

 気が付けばみるみる内に雷光虫が集まっていき、ジンオウガの周囲に稲妻が走り、辺りを物理的にピリピリとしたものにしていく。

 まるでそれは光の嵐。黄色じみていた光は青白い光に変わり、ジンオウガの体表が碧色に発光しはじめた。

 

 

「ァオオオオオンンッ!」

 

 

 ジンオウガがより激しく、空に向かって吠えた。その瞬間、ジンオウガの体から放たれた雷が、空に吸い込まれていった。

 あまりに強力な電気の力が川の水を蒸発させ、霧が足元に立ち込める。

 今からが本気、今までは手加減していたという事だろうか。そうであれば僕の事を獲物ではなく敵と判断したわけだ。

 攻撃はそれなりに効いていたという事だろう。囮になるという目的は十分果たした。次はこいつを討伐ないし撃退しなければならない。

 

 モンスターは武器に過負荷をかけると壊れる、という事を知らない。つまり、最大火力が常に続くと考える筈だ。

 撃退するにはこれ以上ここにいても利益がないと理解させることが必須。ジンオウガは急に乱入してきたモンスターだ。まだこの地に腰を下ろしたわけではない。今、こいつに命の危機を感じさせることができれば撃退させられる。

 

 ジンオウガは体をその場で跳びながら横に回転させ、電気の弾を二発飛ばしてきた。

 二発の電気の弾はカーブ描きながら迫ってきた。軌道は読みやすく、二発の間の隙間に入れるよう位置を調整して僕はただ引き金を引いた。

 僕が撃ち始めたと同時に、ジンオウガは追加で二発撃ち込んできた。

 最初の二発が通りすぎてから、もう一度位置を調整、攻撃をやり過ごす。

 この攻撃が通じないとみたか、ジンオウガはすぐさまこちらを叩き潰すように前足を振り下ろしてくる。

 弾丸の発射間隔に気を使い、バックステップをして避ける。

 一振り、二振り、と確実にジンオウガの動きが早くなったのを感じられた。

 そして、振り下ろしたままジンオウガがかたまった。

 雷光虫の放つ電気が前足に吸い込まれていき、木がへし折れたような音をたてる。

 全力での一撃がくる。そう確信させる気配が漂った。

 だがピンチはチャンスである。グリップのスイッチを押し、バレットゲイザーを装填。ジンオウガのタイミングを読んでバックステップをする。

 予想は当たり、ジンオウガが前足を振り上げた。僕は空中で引き金を引き、弾丸を発射した。

 いつも通り、弾きとばされるようにして猛速で移動。そしてジンオウガは地面に着弾した爆弾を踏み潰した。

 

 

「グオオオオッ⁉」

 

 

 爆発が直撃し、ジンオウガが弾きとばされるように転倒する。

 素早くラピッドヘブンを装填し、目測で狙いをつけ、引き金を引く。凄まじい速度で弾丸が連射される。弾丸が直撃する度に弾丸が弾かれるが、僅かずつ角を削り、ひびをいれていく。

 砲身が赤熱し、蒸気が上がり、高熱の液体が一滴川に零れた。

 周囲の気温が上がっていくのを感じられる。ヴァルキリーファイアが発熱している。というか、既に砲身や発射装置から離れているグリップですら持っているのが辛いほど高熱だ。

 大量の弾丸はジンオウガの角を折れる直前まで削った。もう一息、というところでジンオウガは立ち上がった。

 そしてジンオウガは一旦眼を閉じ、見開いた。その瞬間、碧色の光が強烈な蒼色の光に変わった。

 

 

「ァオオオオンッッ!」

 

 

 雷光虫がたくさんジンオウガに集まり、命を燃やしているかのように発光、発電し、ジンオウガに力を与える。しかし、あまりに燃費の悪い力は雷光虫を次々と自壊させていく。

 ジンオウガがもう一度吠えると、空高くの雲から引き寄せられた雷が次々と周囲に落ちる。

 

 ラピッドヘブンは使いきった。新しく弾丸を装填しようとしたところでジンオウガが踏ん張っているのに気付く。何かの予備動作。飛びかかりを予想して身構える。

 しかし、予想は裏切られた。

 ジンオウガは高く上に飛び、体を反転させ、高圧の電気を纏った背中で押し潰そうとしてきた。

 後ろに走り、範囲外に逃げる。モンスターを視界から外すのは危険だ。

 目の前にジンオウガが落下し、押し潰されたであろう雷光虫が絶命と共に残りの電気を放出する。

 その電気は僕の体に伝わり……

 

 

「あぁぁぁァぁ⁉」

 

 

 足を激痛と熱が走り回り、堪えきれず膝を着く。辛うじてヴァルキリーファイアは放さなかったが思考が痛みに奪われる。

 そんな霞む視界のなか、ジンオウガが更に攻撃を重ねてこようとしているのが見えた。

 バレットゲイザーはまだ弾切れしていない……!

 思考が加速していき、次のジンオウガの攻撃を予想、回避するときの最適な方向を計算していく。

 グリップのスイッチを押し、バレットゲイザーを追加装填。ジンオウガは体を捻り、横に回転しながら上に跳び、尻尾で周囲を凪ぎ払い始める。

 僕は引き金を引いた。

 

 

――カチャッ

 

 

 引き金は異様な程に軽く、あるべき反動はなく、間抜けな音が耳に響く。

 今更、砲筒を見れば融解して形が変わっていることに気付いた。

 僕の思考は固まり、呆けたようになってしまう。

 ジンオウガの尻尾が間近に迫り、ようやくヴァルキリーファイアの発射機構が壊れたことに気付いた。

 その瞬間、色々な人の様々な表情や、誰かと見た風景がよぎる。

 それは今までの人生を振り替えるかのように幼少期から順々に過ぎていく。

 これが走馬灯というものか。

 

 でも今までこれだけのことがあったのに、この瞬間の打開策はなかった。

 

 ジンオウガの尻尾が僕に叩きつけられた。右腕に過剰な不可がかかり、それはすぐに右半身への衝撃に変わり、まるで空気の抜けたボールをバットで打ったように、僕はぶっ飛ばされ、坂に墜落し、転がり落ちた。

 目の前に黒焦げになったヴァルキリーファイアが落ちてきて、砲身が折れ、スコープが無くなっていることに自嘲的な笑みが浮かぶ。。

 ここは以前ドスジャギィに追い込まれた場所。

 今回ばっかりはミドリが降ってくることもないし、メリルが時間を稼いでくれるわけでもない。

 狩人はゆっくりと歩いてきた。

 僕は体を起こし、ヴァルキリーファイアを持った。僕だって狩人だ。だが今はただの獲物に過ぎない。

 僕は死んでも目的は達成できる。頭から熱いものが流れる。流れる度に意識が薄れ、この液体に僕の意識が溶けているんじゃないかと思う。

 体じゅうに痛みがあるはずなのに不思議とそれは感じられない。

 僕はただ弾丸を一発装填し、ジンオウガを睨み付けた。 

 

 先に動いたのは僕。ジンオウガに詰め寄り、顔目掛けて跳んだ。

 ジンオウガが咄嗟に前足で叩き落とそうとしてきた。咄嗟に体を捻り、直撃を避ける。

 しかし、ジンオウガの鋭い爪が僕の太腿を切り裂いた。防具がある程度傷を浅くしたがそれでも深く切られたことが分かる。

 でもジンオウガの爪が鋭かったお陰で勢いは死んでない。

 ヴァルキリーファイアの半分になった砲身を握り、弾丸を装填したところをジンオウガの半開きの口に叩き込んだ。

 

 装填した弾丸は拡散弾。衝撃によって爆発する爆弾が詰まっている弾丸だ。

 

 僕は重力にしたがって地面に落下した。

 地面につくとすぐに爆発音が鳴り、ジンオウガの悲鳴が聞こえた。

 それ以上は意識が持たず、暗闇の中に吸い込まれるように僕は気絶した。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。