モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

34 / 113
三十四話 遠吠え

 

 

 

「たったの半分……」

 

 

 ミドリが暗い表情をみせる。楽観的に考えても今までの狩りとは次元の違う生命力を相手にしているのだから仕方ないようにも感じる。

 鱗ですら頑丈で甲殻にいたっては正面からではろくにダメージがない。隙間を通し肉体に攻撃を加えてもあまり効いている素振りがない。

 

 

「攻撃しにいくのが……怖い」

 

 

 耐久があるだけならまだ良い。問題はリオレイアの一挙一動、全てが大怪我、最悪なら死に直結している事だ。

ミドリはそれらをまじかで見ている。地面を抉り、岩すら砕く暴力的な力を。

 

 

「アオはどうなの?」

 

 

 遠くから、安全なところから攻撃している分際ではミドリにかける言葉がない。

 ミドリは答えを求めず、双剣を研ぎ始めた。

 その時だった。僕たちは声も出せずに驚いた。

 滝からメリルが吹っ飛んできたのだから。

 メリルは地面にぶつかり、転がり、痛々しく起き上がった。

 

 

「……半分ではありませんでした。リオレイアはもうそろそろ瀕死です」

 

 

 メリルが滝を睨み付けながらそう呟く。それに習って滝を見ると洞窟の暗さとは違う影が見える。その影はあっという間に大きくなり、雌火竜特有の顎の棘が滝から覗いた。

 メリルがそれを視認すると同時に僕、ミドリの順で赤い種を渡してきた。怪力の種だ。食べると一時的に筋力が増す。

 

 

「ここぞという時に飲んでください」

 

 

 リオレイアが滝から突進をしながら出てきた。大量の水飛沫が舞い、リオレイアの体についた砂や血が洗い流される。青い瞳に鋭い光があり、森林のような緑の甲殻は光を柔らかく反射し、女王らしい出で立ちになった。

 メリルはリオレイアに正面から歩いて近づく。そのメリルの事をリオレイアは血走った眼で睨む。

 モンスターが瀕死に近づくことはあまり嬉しいことではない。むしろ危険度が更に上がる。

 怒り状態は自分が生きるための手段なのに対し、瀕死になると、種の存続のために刺し違えてでも殺す、という本能で動いているようにも見える。

 リオレイアが地面を蹴り、メリルに向かって突っ込んだ。メリルは流石というべきか難なく回避する。

だが、リオレイアはそれを確認した直後、無理矢理片脚で踏ん張りながら尻尾を振った。

 

 

「痛ッ……」

 

 

 メリルは尻尾に両脚をすくわれ、背中から地面に叩きつけられる。しかし、リオレイアの攻撃は止まらない。

尻尾の勢いを利用して振り返りメリルにブレスを撃つ。メリルはその場で転がって直撃を避けたが爆風で吹き飛ばされる。

 せめてこれ以上にメリルに攻撃がいかないように通常弾を撃ち、リオレイアの気をひく。

 気を引くことは成功し、リオレイアは大きく息を吸い、僕に向かってブレスを撃った。

 全力で走って避けるが、この狩りの中で、最大クラスの爆風が巻き起こり、背後から質量を持った音が僕の体を貫き、爆発の震動が足をふらつかせる。それでも無理矢理走り、二発目も避ける。二発目は滝に飛んでいき、爆発が大量の水を吹き飛ばし一帯に僅かな時間雨を降らせる。

 三発目――

 その時、とんでもない失敗をした事に気付く。僕の進行方向的に、進むとメリルに近づいてしまう。僕の走る速度とブレスの発射間隔を考えるに……

 このまま進み、ブレスを避けるとメリルが爆風に巻き込まれる。

 立ち止まれば僕は問答無用で即死する。

メリルを死なせるわけにはいかない。でも死にたくもない。方法は一つ、九死に一生を得られるかだけが問題。

 

 

 僕は進行方向を変え……リオレイアに突撃した。

これで少なくともメリルが爆発に巻き込まれない筈。

 リオレイアがこちらに顔を向ける。今、回避行動を取れば直ぐに照準を修正され、焼肉にされてしまう。ブレスが口から出るのと同時に避けなければいけない。

 ブレス自体を見てから回避は不可能。何か手はないか?

 引き絞られた集中力が視界の色を奪い、あらゆる音を耳鳴りに変える。

 リオレイアの体が僅かにしぼみ始めていることに気付く。ブレスを吐く仕組みはくしゃみと似たようなものに感じる。じゃあしぼみ始めた、ということ空気を吐き始めたということだから……

 僕は地面を蹴って体を水平に近い体勢にしながら跳んだ。同時にブレスが吐き出されすぐ目の前を熱と光が通りすぎていった。ブレスは靴の先端を焦がし、そのまま洞窟の奥に吸い込まれていった。

 着地し、リオレイアの股下に走り込む。

抜刀状態なのにも関わらずまるで武器を持っていないかのような速度で走れた。

 何らかの要因で筋力が上がっているのかもしれない。その直感に従っていつもより火薬を多く入れ、弾丸を装填した。

 ライトボウガンを上に向け、脚の付け根付近に狙いをつけ、引き金を引く。

 至近距離で放たれた散弾が周囲に拡散する間もなく全弾が脚に刺さる。全部で九発分、リオレイアの片脚を真っ赤に染める。

 リオレイアが僅かに体勢を崩したのか、よろめいたが、脚力はまだ残っているのか、踏みとどまった。

 リオレイアが尻尾で周囲を凪ぎ払う。股下だからギリギリ安全だが、サマーソルトをリオレイアが使う以上、長居はできない。

 尻尾が背後を通り過ぎた瞬間、グリップに仕込んだスイッチを押し、《バレットゲイザー》を発射できるようにする。

 後ろに跳び、空中でさっきまで自分居た場所に時限爆弾を撃つ。暴力的な反動が体にかかり、はね飛ばされ、空中で一回転、足から着地するが、勢いが止められず、尻餅を着く。それと同時にリオレイアの足元で大爆発が起きた。

 流石のリオレイアもこれには耐えられなかったようで倒れて、もがき始める。好機と見て、ミドリと一緒に突撃する。

 

 ミドリの双剣が弧を描きリオレイアの首を切り裂く。血が噴き出す、そこに何度も剣が降り下ろされる。

 僕は誤射の危険がある散弾から通常弾に切り替え、のたうち回るリオレイアの顔を撃つ。激しく動くが弾丸が着弾するまでの時間を考慮、動きを予測、ひたすら撃ち続ける。

 リオレイアが起き上がった。ミドリは一旦下がり、僕は慎重に攻撃を続ける。

 リオレイアが一歩踏み出し、ミドリに噛みつきかかる。ミドリは跳んでオレイアの頭を踏みつけてかわし、そのまま数歩、首の上を走り、背中で体の向きを捻りながらもう一度跳んだ。

 

 

「せぁぁぁッ」

 

 

 ミドリは空中で体を反らし、全身を使って二つの剣を振り下ろした。体重と落下の速度の乗った剣がリオレイアの頭を一閃した。

 頭に入った切り口から血が噴き出し、甲殻がごっそりと切り落とされ、地面に落ちる。

 

 

「ギャルオオオッッ⁉」

 

 

 二歩リオレイアが後退した。だがその直後、リオレイアが両足で地面を蹴り、翼で空気を叩き、僕に猛烈な勢いで突っ込んできた。

 リオレイアと目が合う。殺意の塊のような瞳が僕を睨む。

 リオレイアは全身を使い、僕に尻尾を叩きつけるように一回転しようとする。

 サマーソルト。直撃なら即死、擦れば重症、地面を削りながら僕に襲いかかる。

 避けないと……ッ足が竦んで動かないッ?

 ハンターによってはモンスターと決して目を合わさないのだという。目を合わせてしまうと本能が恐怖し、体が強張って動かなくなるという。咆哮も似た原理だが、相手も動けない分、安全かもしれない。

 足が言うことを聞かない。というか、今更言うことを聞いたところでかわせるとも思えない。

 

 

「アオイッ」

 

 

 リオレイアの尻尾が僕との距離を半分まで詰めたところでメリルが僕を突き飛ばした。僕はそのおかげで、リオレイアの攻撃範囲から抜けた。

 だが空中で体を捻りメリルを見ると、僕を突き飛ばした分、勢いを削がれ、回避しきれず、メリルの太ももの外側をリオレイアの尻尾の毒針が貫いた。

 

 

「痛ぁッ」

 

 

 だがメリルは倒れずに踏みとどまり、地面を蹴った。

 抜かれた太刀が一周して戻ってきたリオレイアの尻尾を一閃、一撃で切り落とした。リオレイアは空中でバランスを崩し、地面に墜落する。

 メリルの太刀はさらに閃き、リオレイアの首から頭にかけてを切り裂いた。

 爆炎と血が吹き荒れ、視界が一瞬真っ赤に染まる。

 リオレイアは川を真っ赤に染めながらぐったりと倒れた。目は光を失い、全身が崩れるように地に伏した。

 

 

「メリルっ」

 

 

 リオレイアの生死の確認をして、メリルに駆け寄る。メリルは青ざめた顔で膝をつき、太ももから真っ赤な血が流れていた。

 

 

「はぁ……ぁッ……」

 

 

 メリルは意識が朦朧としていて今にも気を失いそうだ。ポーチから解毒薬を取りだし、メリルに飲ませる。

 

 

「ありがとうございます……」

 

 

 メリルは横たわってぐったりとしている。ミドリが剣を納刀し、歩いてきた。

 

 

「と、とりあえずメリルをベースキャンプに運ぼうか。私が背負うからアオは周囲の警戒をお願い」

 

「ちょっと待って、回復薬を飲ませよう」

 

 

 メリルの口に回復薬をゆっくりと流しこむ。解毒薬が効いたのもあり、顔色も幾分か良くなった。

 ミドリがメリルを背負う。メリルはぐったりとしているが意識はあるので、たぶんベースキャンプまで運べるだろう。

 

 

 メリルを背負う、ミドリの横に並び、歩く。

 

 

「メリル、助けてくれてありがとう」

 

「まだまだアオイも未熟ですね。次があるとは思わないように」

 

 

 メリルはちょっとだけ微笑みながら言った。

 メリルが突き飛ばしてくれなければ僕は多分死んでた。まだ僕は守られっぱなしだ。

 

 

「アオォーーンッ……」

 

 

 どこからともなく、遠吠えが響く。

とっさに周囲を見渡すがモンスターは見当たらない。

 その代わり、雷光虫が仄かに光りながら飛び回り始めた。雷光虫の数はどんどん増え、放電しながら同じ向きに飛んでいく。

 

 

「嫌な予感がする、ミドリ急ご……」

 

 

 背後に何かが着地した音が聞こえた。恐る恐る振り向くとそこには碧色の鱗、暗い黄色の腕、背中に生える白い体毛を持った獣――否、狩人がいた。

 

 

 爪は鋭く、地面を深く捉えていて逆立つ白毛は電気をまとっているのか放電しているのが見える。

 目立つのは大量に従えている青色の雷光虫。

 普通の雷光虫の何倍も強い光を放ち、黄色っぽい光ではなく青色。

 あとその狩人は四足歩行で翼は持っていないがかなりの体躯をもち、体の至るところに青白い光を灯している。

 

 

「アオイっ今すぐ逃げなさいっ私が気を引くので――」

 

「そんな足でどうやって気を引くつもりなのっ」

 

 

 後ろからメリルの声とミドリの怒号が聞こえる。メリルは足を怪我していてそんなに動けるとは思えない。

 ミドリは双剣使いで至近距離で戦わないと囮になることは出来ない。初見のモンスターにそれは危険すぎる。

 

 

「僕が囮になる。二人は先に戻ってて」

 

 

 ヴァルキリーファイアを構え、弾を装填する。

 

 

「だめっ絶対こいつ強いもん。囮になんてなったらアオが……」

 

「いいから早くッどうにか出来るからッ」

 

 

 策なんてない。でも誰かが効果的に残らないと全滅しかねない。きっとこれが最善。

 

 

「……ミドリ」

 

 

 メリルが呟いたのが聞こえた。その後、足音が聞こえ、それはすぐに遠くなっていった。

 

 

「ジンオウガ……かな。僕は簡単には死なないよ」

 

 

 話しかけて時間を稼ぐ。おおよその生き物はなんらかの手段で感情を読むことができるという。

 だからこそ僕はたっぷりと殺意をこめて言った。

 

 

「きっとリオレイアの体力が妙に少なかったのも、ここ最近森の奥深くにいるはずのモンスターが頻繁にここをうろちょろとしているのも、お前のせいなんだよね」

 

 

 僕は怪力の種を飲み、ラピッドヘブンを装填したヴァルキリーファイアをジンオウガに向ける。

 

 

「ここで狩る、この先には行かせない」

 

 

 僕とジンオウガが動いたのは同時だった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。