モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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三十三話 忘れたこと、忘れないこと

 

 

 

 人間は死ぬ間際に過去の情景が頭の中で浮かび、次々と過ぎ去っていくという体験をすることがあるという。

 ある者はそれを人生最期に観るエンターテイメントと言った。

 ある者はパニックに陥ることを防ぐための脳の防衛本能と言った。

 そして、ある者は思考を極限まで加速させて生きるための策を探していると。

 すなわち、死に対する抵抗であると。

 

 

   ◯ ◯ ◯

 

 

「リオレイアの攻撃は確かに危険ですが、予備動作が分かりやすいので回避するのは簡単でしょう」

 

 

 メリルの話を聞きながらスコープで索敵をする。

ハンターの朝は早い。狩場限定だが。

 朝日すらまだ引きこもっているような時間帯で、空は真っ暗、風はひんやり、虫が元気。普段なら布団の中で夢でも見ている頃合である。

 僕達はリオレイアが寝ているであろう洞窟に歩いて向かっている。

 

 

「じゃあ寝込みを襲わなくても……いいと思うよ」

 

 

 ふわぁと欠伸をするミドリ。うとうととした足取りは見ていて危なっかしい。

 ミドリは寝起きが悪いわけではない。むしろ良い方だ。しかし今回は睡眠時間がいつもより短すぎた。

 

 

「リオレイアは体力がすごく多いんです。いかに効率よく削れるかが大事なので仕方ないです」

 

 

 メリルの話し方だとリオレイアがただ体力だけの生き物に聞こえてしまう。一応危険度はフルフルやナルガクルガと同等。

 

 

「……眠い。アオ、ちょっとおぶってよ」

 

「嫌だよそんな面倒なこと」

 

「アオは眠気スッキリ! って顔してるけど私は眠いの……ふわぁ……」

 

 

 ミドリは僕の首に両腕を緩くまわし、体重を無理矢理預けてきた。首が閉まらないようにミドリの腕を持ちそのままミドリを引きずりながら歩く。これからはミドリは寝起きが悪い、と記憶しよっと。

 道が下り坂にさしかかる直前、荷車を止めてメリルが振り向いた。

 

 

「あの、そろそろリオレイアの寝床に着くので……アオイ、ミドリのほっぺをつねって下さい」

 

 

 言われるがままにまぶたの重そうなミドリを立たせてほっぺを両手でつねってみる。ミドリのほっぺは瑞々しい柔らかさがあって絶妙な弾力もあった。お金を払える次元の至福がここにある。

 メリルを方を向いて起きない、と目線をおくると任せなさい、と視線をかえされた。そして視線をおくるなりゆっくりと近付いてきたのでミドリの後ろに回り、肩に手を置いて安定させる。

 メリルは嬉々とした顔でミドリの頬に手を伸ばす――

 

 

「こんなことしてる暇あったらリオレイア狩りに行かないといけないんじゃないの?」

 

 

 リオレイアが寝ていると思われる洞窟に行くことにした。

 

 

 

 リオレイアが呼吸をする度に巨体が膨らみ、重低音が響く。僕は大タル爆弾に照準を合わせてひたすら待っていた。

 二日目、作戦はこうだ。まず爆弾で奇襲し、罠に嵌めて袋叩きにしてその後は脚を狙い隙ができたら総攻撃をする。早朝だからか或いは洞窟の中だからか肌寒い。

 メリルは落とし穴の準備が出来たようで、手を振ってきた。それを確認すると同時に引き金を引く。

 銃声が聞こえた直後に爆発音が轟いた。リオレイアのブレスに勝るとも劣らない程の暴力。

 僕は爆発したのを確認し、すぐに洞窟の柱に隠れる。ミドリも同様に柱に隠れている。

つまり、いまのリオレイアにはメリルしか見えない。

 

 

「ギャアオオオッッッ!」

 

 

 陸の女王の名にふさわしい脚力を以ってメリルに突進する。そこらのモンスターとは比べ物にならない初速と重さがメリルに迫った。だがメリルはそこ動こうとはせず、ただ太刀の柄に手をかけただけだった。

 作戦通り、リオレイアは落とし穴を踏み抜いた。重さに耐えきれなくなったふたはあっという間に壊れ、はまった両脚をネットが絡めとって動けなくする。

 三人が同時に抜刀し、総攻撃。

 

 

 メリルの太刀は常に全力が込められていて振り抜く度にリオレイアの頭部の甲殻を切り裂いていく。練気の溜まった刃はより一層、強力で無慈悲な斬撃を放つ。リオレイアが暴れ狂い、頭部が激しく動いているのにも関わらず的確に攻撃していた。

 ミドリは鬼人化し、リオレイアの背中を攻撃していた。双剣はリーチが短いため攻撃範囲も狭い。だから落とし穴にはまっているときは動きの少ない背中付近で攻撃しているのだろう。

 ミドリの全身に仄かな赤い光が灯る。鬼人強化状態だ。この状態の時は鬼人化を解いても体力を消耗しない程度に力を残せるいわば余熱のようなもの。

 乱舞が使えなくなっているが、鬼人連斬という乱舞の素早い攻撃をそのままに、手数だけを減らした攻撃は使えるため、それなりの火力を持つ。

 僕はラピッドヘブンを装填してリオレイアの翼の付け根を狙う。サマーソルトをするとき、脚力だけではなく翼の力も使っていた。ここで攻撃しておけばサマーソルトを回避することが容易になるかもしれないという希望的観測をもって引き金を引く。

 ラピッドヘブンの弾はとても小さく、硬い。故に普通の弾丸と変わらない火力で軽いものを飛ばすため弾速が非常に速い。

 そのためか弾丸一発一発が彗星のごとく光の尾をひき、突き進んでいく。撃つ度に生じる冷却時間を考慮しても強力な狩技だと思う。

 撃った弾丸はリオレイアに無数の黒い弾痕をつけ、鱗を砕き、流血させた。

 

 総攻撃の途中、メリルが手を止め、太刀を鞘に納めた。

 

 

「閃光玉使いますっ目を守って!」

 

 

 メリルの声が聞こえた直後にリオレイアが落とし穴から飛び出した。ネットが千切れ、付着した泥や石が翼を動かす度に吹き飛ぶ。

 その姿はまるで……

 そこまで考えたところで僕は腕で目を守り、念のためまぶたも閉じ、閃光玉に備える。その直後にうっすら熱を感じる光が通り抜けていき、前を見ると空中でバランスを崩したのか地面と熱烈なキスを交わしたリオレイアがいた。

 この事を見越していたのかミドリはすぐさま鬼人化し、狩技《血風独楽》を使う。凄まじい速度で回転し、リオレイアの尻尾を削り切っていく。最初は甲殻の細かな破片ばかりだったのに、今は血が混じり始めていてそろそろ切り落とせる、と予感させる。

 メリルはリオレイアの墜落に合わせて気刃無双斬りを放ったのか刃身は白く光り輝いていた。練られた気は刃となり、斬れ味を上昇させ、解放すれば太刀は更に鋭くなる。

 そしてリオレイアが起き上がろうとした直後、メリルは軽く後ろに跳び、両足に力を込めながら着地し、姿が霞む勢いで飛び出した。

 かろうじて見えたのは二つの太刀筋とメリルがリオレイアの顔を通りすぎ、太刀を鞘に納めた所だった。

 太刀特有の納刀したときの音が洞窟に響く。

 

 

「ギャルオオオッ⁉」

 

 

 二つの大きな傷がリオレイアの顔に走り、いくらかの甲殻が地面に落ち、鮮血が噴き出す。

 

「リオレイア戦はここからが本番ですっ! 残り半分、頑張りましょう!」

 

 

 ……えっ?

 昨日は一方的に半日以上体力を削り続け、今日は今の奇襲でかなり削ったように思えた。

 それでもまだ半分。ホロロホルルなら既に討伐できているだろうし、フルフルですらそろそろ追い詰めたと言えるダメージ量だろう。

 

 

「たった半分?」

 

「……一旦退きますよ。先に離脱して下さい」

 

 

 メリルがリオレイアの顔の前に行き、気を惹かせ始めた。僕とミドリは呆けた顔を見合せ、虚ろな足取りで滝とは反対のところにある出口から逃げ出した。

 

 

   ◯ ◯ ◯ 

 

 

「まさかアオイ達死なないよね?」

 

 

 私はティラちゃんを急かすように言った。

 アオイに色々昔話しようとしたら急にリオレイアの出没。間が悪いったらない。

 

 

「メリルさんは、リオレイアを単独で討伐したこともチームで討伐したこともあるそうです。それにこの村に来る前も制限時間ギリギリでしたが、単独で一体討伐したそうです」

 

 

 だからそんなに心配しなくても大丈夫では?

 言外にそう告げていた。確かにそれだけの実績があるのであれば間違いなく

 

 

「メリルは大丈夫だね。それは分かってるの。二人は大丈夫だと思う?」

 

 

 私の言葉にティラは僅かに顔を伏せる。

 

 

「アオイとミドリは経験が足りません。私も色々調べたのですが、ハンターになってから半年と少ししか経ってないのにリオレイアに挑むのは異常です」

 

 

 前例が殆どない。行きなれた狩場、事前情報、討伐経験者の引率。それらを考慮しても正直危険と考えざるを得ない。

 

 

「……勝手に混ざりますけどあの三人で一度リオレイアに遭遇しませんでしたか」

 

 

 ナイトが私にオレンジジュースを、ティラにも飲み物を出して言った。……確かに初見じゃないのは大きいのかもしれない。いくら情報があろうと初見では厳しいものがある。多分。

 

 

「ティラ、他のギルドにリオレイアを討伐できるハンターはいないの?」

 

 

「いません。討伐できる見込みがある人がちらほら要るようですが、討伐経験がある人はいないようです」 

 

「無責任に聞こえますけどあの三人なら生きて帰ってくるはずです。二人じゃなくて三人なら必ず」

 

 

 ナイトはその目に確信を灯らせ、静かに言った。

 私はコップを両手で持ってオレンジジュースを飲む。……なんで砂糖入ってるの? ナイトを睨むとナイトは苦笑いして言った。

 

 

「身も蓋もないですけど、考えたところで結果は変わりません。ルナさんは糖分を補給してこれからの事でも考えているのが一番良いですよ」

 

「私はなんで胃薬とぬるま湯なの? ねぇナイト?」

 

 

 ナイトの気配りに苦笑いし、私はオレンジジュースを飲み干した。

 


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