モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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三十話 空に手は届かない 

 フルフルを討伐し、荷車に揺られて、ドンドルマに着き、村に帰るため飛行船に乗った。

 お昼ご飯も食べ、このまま順調に進めば夜には村に着くだろう。

 

 

「あの……ミドリ」

 

「や。もう何回目なの」

 

 

 いつも通りチェスで圧勝するミドリと惨敗するメリル。メリルはどの手も少し足りないんだよな。

 

 

「じゃあアオイ、勝負です」

 

「アオは私より強いのにメリルが勝てるわけないじゃない」

 

 

 メリルは駒を取って、言った。

 

 

「じゃあハンデをつけて勝負してくれませんか?」

 

「別にいいけど、その代わりに」

 

 

 僕はチェス盤を閉まってオセロを取り出す。チェスでハンデをつけることは難しい。

 

 

「負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くってルールでやろうか」

 

 

 きっと僕の顔はルナさんみたいに黒い笑顔をしていることだろう。

 

 負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く、この要求ははっきり言ってただの揺さぶり。不安にさせて悪手を誘う。つもりだったんだけども。

 パチ、パチ、と石を打つ音が響く。

 

 

「ねぇ、メリル、なんかいつもより強すぎない?」

 

「私はこの勝負、何がなんでも勝たなくてはいけないのです」

 

 

 メリルが白を置く、一つだけ黒が裏返される。だがそれだけで僕の選択肢は狭まる。やっぱり強い。いつになく良い手を打ってきている。

 

 

「アオイは私に勝ったら何を要求するんです?」

 

「メリルの子供の頃の話。何となく気になるから」

 

「私の子供の頃の話? 別に今話してもかま……あっ」

 

 

 僕がそれとなく仕掛けた罠に嵌まったことに気付いたのかメリルは間抜けな声を出して頭を押さえた。

 

 

「……降参です」

 

「じゃあ、話をお願いね」

 

「私は……あ、あんな感じで色々な村を回る商人の子供だったん……」

 

 

 メリルが指差した先には連結された竜車があった。アプトノスが二匹狼狽えている……ミドリが状況を理解したのか叫ぶ。

 

 

「メリルッあの商隊って」

 

「アイルーさん、今すぐ飛行船の高度を下げてくださいっ」

 

「は、はいニャー!」

 

 

 青色の鳥竜種……ランポスだろう。その群れが商隊を襲っていた。三十……もう少しいるか。恐らく近くに長であるドスランポスがいるのだろう。でなければこの数でまとまって動くのはありえない。

 ハンターが二人、迎撃してるが明らかに人手不足だ。飛行船はどんどん近付くがこのままでは間に合いそうにない。

 

 

「私、もう行くよっ」

 

 

 ミドリが飛び降りた。普通の人……それどころかハンターでも落下死しかねない高さから。

 剣を抜き、落ちていく。途中で鬼人化したのか赤い光が爆ぜ、まるで彗星のように煌めきながら、ランポスの群れの中に飛び込む。

 

 

「ミドリはいつも無鉄砲に……」

 

 

 メリルは諦めたように呟く。それには同感だが。

 土煙を起こし着地したミドリは近くにいたランポスに斬りかかっていった。

 

 

「もうそろそろ私たちも飛び降りましょうか」

 

「えっ」

 

 

 メリルは笑顔で言ってくる。どうやら勝ちを確信してから負けたことを根に持っているらしい。後に引きずるタイプだったか。

 メリルは僕の腰に手を回して飛び降りた。一瞬、上昇する感じの後、それが全て浮遊感、落下感に変わる。途中で手を離されたので受け身の準備をする。

 

 

「ぎゃああああぁぁぁっ!」

 

「……‼」

 

 

 情けなく、盛大に僕は悲鳴を上げた。メリルはというと冷静そうに……あ、これ恐くて固まってるだけだ。

 恐くてもハンターはハンター。受け身は反射的にとれる。

 いくらかの距離を転がった後、顔を上げる。ランポスはすぐにこちらに気付き二匹ほど襲いかかってきたが、弾きだされるように飛び出したメリルが一撃で切り伏せる。

 

 

「アオイは上に登って援護を、私はドスランポスを討伐してきます」

 

「分かった」

 

 

 竜車の列に近付くと、酷い有り様だった。所々に爪痕があり、中には怪我人もいる。屋根に登り、辺りを見渡し状況の確認。右側を水色の髪をした女性がハンマーを使って凪ぎ払いながら迎撃をし、左側は茶髪の男性が大剣を使ってランポスを叩き切っている。

 ミドリは走り回って遊撃をしている。近付いたランポスを切りつけ、回り込むランポスの足を奪う。

 ランポスはどんどん援軍が来る。こちらはこない。短期決戦にかけるしかない。

 通常弾を装填、近くにいるものから一匹ずつ確実に仕留める。しかし見落とした一匹が竜車に肉薄する。赤色の鋭利な爪が竜車の中の人を隠している皮に触れそうに

 

 

「ギャア⁉︎」

 

 

 水色の髪の女性が踊るようにハンマーを使い、ランポスを殴る。ランポスは腹部の形を変え、血を吐きながら倒れる。

 女性と目が合うと、女性は一瞬固まってから、言った。

 

 

「……援護、ありがとうございます」

 

「当然のことです、でも敵はまだ残ってます」

 

 

 それだけ言うと彼女は直ぐに戦線に戻る。ある程度、数はまばらになってきたが遠くからさっきまでいた数と同じくらいの数のランポスが迫ってきていた。

 

 

「ミドリ、援軍を削ろうッ!」

 

「分かったッ」

 

 

 怒号のような声でやり取りをし、《ラピッドヘブン》を装填、狙い撃つ。中央を走る先頭のランポスに弾丸が突き刺さり、倒れ込んだ。それを避けようとしたため追加で来たランポスたちの群の真ん中に穴が空く。そこにミドリが飛び込んだ。

 伝統的な踊りを参考に編み出されたという《血風独楽》。独楽の名前の通り高速で回り、モンスターを蹴散らす狩技。つむじ風に巻き上げられる木の葉のように、ランポス達の鮮血が飛び散る。

 

 

「せあッ!」

 

 

 唐突に水色の髪の女性がハンマーを振り上げた。その瞬間、周囲にいたランポスが全て彼女の元に走り出した。明らかに一人で相手にできる数ではない。通常弾で足止めを試みるが全く効果がない。

 彼女はギリギリまでランポスを引きつけると

 

 

「後は任せました!」

 

 

 戻り玉と呼ばれる道具を地面に叩きつけ、緑色の煙と共に消えた。仕組みは全く解明されてないが、ベースキャンプに安全に戻れることだけ分かっている。今回は竜車のどこかだろう。

 そこに代わって、大剣を使っている茶髪の男性が火花を散らしながら大剣を引きずり、走り込んだ。群れの真ん中のあたりでそれを振り上げ、地面に叩きつける。大量のランポスが一瞬にして吹き飛ばされ舞い上げられる。一拍遅れて風圧が竜車を揺らした。

 

 

「すごい……」

 

 

 地面に叩きつけられたランポス達は統率を失い、逃げ惑い、単騎で正面から突っ込んで来たりとめちゃくちゃだった。群れを成して生きる生き物は単体ではとても弱い。

 各個撃破はガンナーの得意分野。竜車に近付くランポスを手当たり次第に討伐する。

 数を半分程度に減らしたところで援軍で来たランポス達も含め、殆どが散り散りに逃げていった。

 終わったのかな。

 

 

「ドスランポス討伐したので多分大丈夫ですよー」

 

 

 ついさっきの声と比べて格段にゆったりとした声が届く。メリルはこの短時間でドスランポスを倒してしまったようだ。

 竜車から飛び降りると戻り玉を使って戻ってきた女性が話しかけてきた。

 

 

「助太刀、ありがとうございました」

 

「お礼ならミドリに言って下さい……あそこの双剣を持っている女の子です」

 

 

 そう言うと、女性はミドリの姿を確認し、歩きだす。一歩、二歩と進むとこちらに振り返り、

 

 

「……あの、どこかでお会いしました?」

 

「初めて会ったと思いますけど」

 

「そうですか。誰かは思い出せないのですが何か懐かしくて……ごめんなさい」

 

 

 そう言って笑い、ミドリのところに歩いていった。竜車にもたれかかり息をつくと中の声が聞こえた。

 

 

「空から降ってきた女の子、凄くかっこよかったな」 

 

「一瞬、天使かと思ったもんな。あんな危険なところでの救いの手、神様の奇跡とかそんな類いみたいだったな」

 

 

 なんとなく嬉しくなってきた。ミドリとかメリルとか、知り合いや友達が褒められるとどこかいい気分になる。

 

 

「後、ドスランポスを相手にしていた赤い髪の女性、あれは多分《緋剣》だぞ」

 

「あぁ、知ってるぞ、何年か前に闘技場で圧倒的な瞬発力と反射神経、剣の腕で歴代の一位に最も近付いた天才だろ」

 

 

 メリルってもしかして有名人なのかな。あのミドリ大好きっ子でまったりしててミドリの服をたまに部屋に持ち帰っているメリルが。

 

 

「いやぁ、あの二人が来なかったら俺たち死んでたかもな」

 

「護衛のハンター、これからはもっと雇うか」

 

 

 どうやら僕はこの二人にとっては居なかったようだ。別に悔しくなんかない。

 

 

「あ、アオ、そろそろ村に帰ろー」

 

「うん、そうだね」

 

 

 さっさと帰ってナイトさんにうんと甘いホットミルク作ってもらってそれを飲んでお風呂はいって寝よう。そうしよう。

 さっさと飛行船に乗り込み、ミドリとメリルを急かし、座る。

 

 

「今すぐにルルド村までお願いします」

 

「僕は旦那の活躍、この目で見てたにゃよ」

 

 

 アイルーに励まされ、余計に惨めになりながら飛行船のプロペラの回転音を聞く。

 夕焼けが目に眩しく、青色と茜色が曖昧になっている空。

 飛行船に火が灯り、プロペラの回転は早くなり小刻みな音は風切り音に変わる。

 一瞬の揺れの後、空に向かって飛びはじめる。

 

 

「ちょっと待ってくださいッー」

 

 

 水色の髪の女性が走って近付いてくる。でも飛行船はもう止められない。

 

 

「私は、思い出したんです――」

 

 

 そこまで聞こえた所で完全に声は途絶えた。なんだったのだろうか。

 飛行船は無情にも進み、彼女の姿はどんどん小さくなっていった。

 

 

「アオイに向かって言ってたみたいだけど、心当たりないの?」

 

「ないよ」

 

 

 訓練所に居たときも村に居たときも見覚えはない。……そういえば名前も聞いてなかったな。まぁなにかの間違いかな。

 それより、確か……

 

 

「メリルメリル、子供の頃のこと教えてよ」

 

「はい、はい。といっても凄く短いですよ」

 

 

 ――メリルは商人の娘だったという。

 それなりに裕福でほとんど不自由なく過ごしていたらしい。

 いつも通り、商隊で別の村に移動していた時、モンスターに襲われた。それを護衛のハンターは圧倒的な強さでモンスターを狩ってしまった。その姿に一目惚れして、そのハンターの元に色々して転がり込み、修行し、今に至ると。

 

 

「本当に短いね」

 

「概要だけの説明だとこんなものですよ」

 

「中身は?」

 

「最初に一目惚れしたのは私でしたが、気が付いたら溺愛されてました」

 

 

 なんだ、目の前の二人と変わらないじゃないか。次はミドリが誰かの修行を手伝うのかな。

 聞いている内に日は落ち、山の影が見えはじめる。

 

 

「……まさかね」

 

 

 メリルが呟いた言葉は異様な不安を掻き立てた。どういう意味かを聞くことはメリルの出す雰囲気が許さない。

 水色の髪の女性……もしかしたら僕にとってはとるに足らないことでも彼女には引っ掛かりを覚えさせるようなことがあったかもしれない。

 

 

「二人共なんで黙りこんでいるの? 何、私になにか隠し事みたいなことあるの? ねぇ」

 

「捕まえた! 放しませんから!」

 

「むー!」

 

 

 いつも通りの日常に安心感を覚え、座っている床に視線を空に向け、息を吐いた。僕はこれからどんな風になるのかな。夢は叶うのかな。

 吐いた息は白くてゆっくりと薄くなりながら夜空に吸い込まれていった。

 

 

「すごく遠いな……」

 


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