モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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二十八話 白が黒く塗り潰す

 ただただ焦った。既に結果は出ているのは分かっているのに。あのままメリルがかたまっていればもう手遅れ、動いていればきっとフルフルを圧倒している。

 氷の坂を登りきったがそこには誰も何もいなかった。甘ったるい匂いが右手の洞穴からする。辺りには静寂が広がる……耳を澄ますと僅かに音が聞こえた。

 匂いと音を頼りに進んでいく。音が大きくなるに連れ、岩が目立つ洞穴から氷や氷柱でできた壁、凍結しきった地面に変わりだした。そして視界が開けた瞬間、広がっていた光景に思わず目を疑った。

 まず、剣先を地面につけて、肩で息をしているメリル。そして相対するのはフルフルと。

 巨大な牙の生えた顎、背中を赤色の甲殻が覆い、濁った白の皮が腹の裏に見える、四足歩行の尾付きの蛙。 ――テツカブラ。

 大型モンスターの乱入。その可能性が僅かにでもあれば危険度は急激に上がる。しかし狩場には例外が沢山あり、誰も痕跡すら見つけられない場合もある。依頼書にも書いてなかったから恐らくそうだろう。

 

 

「メリルッ!」

 

 

 メリルに呼び掛ける。しかし直後に後悔する。メリルははっとしてこちらを向いた。それを隙とみたテツカブラが飛び込んだ。メリルは紙一重で避け、こちらからはテツカブラに遮られて見えない位置に行った。

 フルフルがメリルに向かってブレスを撃つ。

 

 

「アオイ、私はいいから、逃げなさいっ!」

 

「駄目だよ、メリルを置いていけない!」

 

 

 ブレスはテツカブラに直撃したがあまり効いているようには見えない。

 疲労困憊の人間を大型モンスターのしかも二体の前に置いて逃げられるわけがない。テツカブラの突進を次は難なく避け、メリルはため息をついて言う。

 

 

「……三十分です」

 

「?」

 

「その間フルフルを引き付けて下さい。――それまでに済ませます」

 

 

 メリルは丸い粒を口の中に放って地面を蹴った。その瞬間、地面の氷に放射状にヒビが入り、メリルの姿は消えた。

 そしてフルフルがこちらに首を向けた。見失ったからかこちらに気付いたからだろうか。

 

 

「ルォォアッ!」

 

 

 首を伸ばして噛みついてくる。構わず突っ込む。

 防具の中で滑り止めがあるのは足の裏だけ。地面は氷。スライディングをしてフルフルの股下を潜り抜ける。走行のスピードを殆ど殺さずに滑り、後ろに回り込んだところで足のスパイクでブレーキをかけ振り向く。

 そして引き金を引く。一発目の大部分は足の付け根に着弾、赤いシミを浮かび上がらせる。ライトボウガンの特徴、それは速射。

 二発目、三発目と連射されさらにダメージを与える。フルフルがこちらを振り向くのと同時、ミドリが遅れて洞窟に入ってきたのが見えた。奇襲が狙えるかもしれない。

 生き物の攻撃は基本的に正面に放たれる。フルフルも例外ではない。だから正面を避ければ大抵当たらない。そして何かに集中しているときは周りが見えない。

 注意を引けばきっと狙い続けてくれる。

 噛みつきを今度はバックステップで回避、その醜く避けているかのようにグロテスクな口はゆっくりと引っ込んでいく。

 その口に僕はヴァルキリーファイアをねじ込み、引き金を引いた。伸ばしきった肘に、遊びのない肩に、容赦なく反動が襲った。銃声と共に痺れと痛みが同時にくる。

 

 

「ルォ……ッ……ルァッ!」

 

 

 フルフルが口の中から大量の血をこぼす。それでも溢れ、下を向き、更に血を吐いた。そっと目を反らしてしまった。自分が予想以上に非情に思えた。

 フルフルには目がないはずだが、今確かにこちらを睨み、見据えた。

 首を持ち上げ、息を大きく吸った。咆哮がくる、追撃を避けるために側面に回り込もうとする。その時

 

 

「せりゃあああっ!」

 

 

 洞窟に響く掛け声と共にミドリが降ってきた。ミドリは両手で剥ぎ取りナイフを逆手に持ちフルフルの背中に突き刺した。しかし、弾力によってナイフは防がれ、ミドリの手から勢いよく弾き飛ばされた。

 無情にもナイフは落下し、地面の上で二回ほどバウンド、そのまま遠くに滑っていった。

 またがったミドリに攻撃は出来ない。ミドリは暴れるフルフルに必死に掴まる。何か出来ることは。出来ることは……。

 ふと壁を見る。蔦にも見える何かがこびりついていて登れそうだ。ここを登れば……

 発想と行動は同時だった。

 

 

「ミドリ、もう少し耐えてッ!」

 

「……うんっ」

 

 

 壁の蔦……粘着液? うわベタベタ……。体重を支えるだけの粘着力があるが、捻るように引けば簡単に剥がせた。氷に触れる度に氷から蒸気が上がり僅かに溶ける。ホットドリンクの作用だろう。体温が高い。

 思っていたよりすんなりと目的の高さまで登れた。

 

 

「ミドリ、代わってっ」

 

 

 足を粘着液のないところに置き、体を回し、腰からナイフを抜きながら飛ぶ。

 ミドリがフルフルの背から飛び降りた。背から剣を抜き、冷気を払うように降った。剣からとんだ水滴が一瞬で凍り、光を反射して輝いた。

 剥ぎ取りナイフを両手で逆手に持つ。きっとミドリと同じようにやれば弾き飛ばされてしまうだろう。しかし、フルフルも生き物、全く同じところにもう一度ナイフが突き立てられれば、一回目で僅かにでも傷ついた皮膚なら。血が滲む背中の一点、きっとミドリならここを狙っただろうと予測をして。

 体全身をしならせ、タイミングを合わせ、狙いを定める。壁を蹴ってわずかにな上昇が終わり、浮遊感に変わる。

 背中ににむかって加速する中、腕だけでなく肩、背中、腹、使えるだけの筋力を総動員してナイフを振り下ろす。

 ナイフがフルフルの皮に触れる。弾力があるためナイフは沈みこむ。徐々に速度が失われ、刺さる力と弾く力が釣り合い、止まった瞬間、剥ぎ取りナイフの切っ先が皮を破った。力の均衡が崩れ根本までフルフルの背中を貫いた。

 

 

「ギャルアアアッルァァァアアアッ⁉」

 

 

 鼓膜が破けるんじゃないかと思うほどの断末魔が響く。フルフルの体が激しく揺れ、ふるい落とされそうになるがナイフを掴んで耐える。フルフルは天井の氷柱が振動で折れるほど暴れ出した。

 

 狂乱、と表現できるその暴れ方は中々収まらない。フルフルは体を壁に叩きつけ、尻尾を振り回し、咆哮をあげる。最早ナイフだけが頼り、体はただフルフルに乗っているだけの状態。

 フルフルはそれでも暴れる。ナイフもゆっくりと抜け始め赤黒い刀身が見えはじめている。

 しかしここで振り落とされてしまえば時間稼ぎは厳しくなるだろう。そんな現実とは裏腹に無情にもナイフが……

 抜けるかと思った瞬間、と視界が下がった。フルフルの抵抗も急に止まり、体勢が崩れた。直後にスパイクが氷を擦った音が聞こえた。その足音の主は両手の剣を振り、血を払うと鞘に閉まった。

 ミドリが多分、フルフルの足を斬った。それでフルフルが暴れるに暴れられない状態になったのだろう。ナイフを抜いて両手で持ち、股がり直し、背中を滅多刺しにする。振り下ろしたナイフは大体弾かれるが何回も繰り返す内に傷がつきはじめ、血溜まりが広がる。手も徐々に痺れはじめてきた。そろそろナイフが手から抜けるかもしれない。

 だがそれは杞憂に終わる。真下を狙った突きはフルフルの背中の何かの束を残酷な手応えと共に断ち切った。

 フルフルの体が一瞬跳ね、倒れて痙攣しはじめた。

 

 

「アオ、ナイスッ!」

 

「攻撃をッ」

 

 

 フルフルの背中から飛び降り、通常弾を装填する。ガンナーは自分さえ狙われていなければ常に攻撃が出来るが、相手が大きな隙を晒しても攻撃回数が増えにくい。ミドリの邪魔にならないことに努めて弾丸を撃ちこむ。

 視野を広く、常にもしもを考える。不意に浮かんだその言葉に思わず周りを見渡した。

 猛スピードで青白い何かがこっちに転がってきた。とりあえず標準を合わせて撃つ。そうすると反対方向に転がり途中でころび、丸めていた体を広げた。クンチュウだ。盾虫とも呼ばれるこのモンスターは硬い甲殻を持ち、モンスターに張り付いて盾になったり、丸まって転がってきたりする。裏側は柔らかいので一度体勢を崩し攻撃すると直ぐに討伐できる。

 装填していた分を撃つとあっという間に絶命した。

 フルフルが起き上がりはじめたため、攻撃チャンスを逃したが、いざというときの回避を邪魔されるより遥かにいいだろう。

辺りにクンチュウやその他のモンスターは見当たらない。フルフルに集中できる。

 フルフルは静かに立ち上がった。背中を中心に体を赤く濡らし、末端では白く赤く凍り、身体中に刻まれた傷は咲いていく華のように滲んでいる。

 そして、脈打つ。体の底で鳴った衝撃をもった重低音。それは直感的な恐怖の、音かもしれない。フルフルの鼓動だったのかもしれない。

 嵐の前の静けさ。冷えた静寂が吹き抜ける。そのとき、不意に一滴、雫が垂れた。

 水滴の音は数を増す。ついさっきまでは途中で冷えて氷になっていた血が勢いよく流れ出した。

 リミッターの解除。命を危険に晒す外敵に遭遇した時、モンスターは自壊を防ぐために掛けていた制限を解く。

 怒り状態と呼ばれるそれは敵の排除を第一に考え、たとえ自らが傷だらけになろうが徹底的に攻撃してくるため最大限の注意を持って挑むことを余儀なくされる。

 フルフルは開かないよう安静にしないといけない傷ですら無視し、加速した血流は傷から噴き出し始める。

 こちらを向いたと思えばすぐさま突進を仕掛けてくる。かろうじて直撃はしなかったが掠っただけで体勢が崩される。

 慌てて起き上がるとフルフルは電気を纏い、ゆっくりと歩いてきた。後ろに下がりながら弾丸を装填する。気が付けば砲身は冷却されていていつでも狩技が撃てる状態だった。

 照準をむけると猛烈なスピードで瞬間的に動いたフルフルにはね飛ばされた。腕に、体に、衝撃が襲う。武器を痛みのあまり離してしまう。

 空中で電気が暴れまわり、体を無数の小さな刃で切り裂かれるような痛みが襲う。地面に落ち、滑りながら転がり、仰向けに止まる。それと同時に体を灼く電気は逃げていった。しかし体は動かない。麻痺している。

 ミドリが駆け寄ってきた。悪手だ。しかしミドリに伝えることは出来ない。

 ミドリに体を揺らされる。隙間からフルフルが天井にいったのが見える。それでも体は動かない。

 ミドリが何かに気付く。立ち上がり剣を抜いた。

 ミドリはそのまま後ろに動く。僕に足があたり、転ぶ。天井にぶら下がったフルフルの首は素早くミドリの足を咥え、そのままミドリを持ち上げた。

 

 

「いやっ離して! 助けて、助けてっ!」

 

 

 悲痛な悲鳴が聞こえる。ミドリはゆっくりとフルフルに飲み込まれ始める。今、手を伸ばさないとッ!

 だが、麻痺した体は一切動かない。

 

 

「いやだっ死にたくないっまだ死にたくないっ!」

 

 

 ミドリがいくら暴れてもフルフルは離さない。でも助けるなら今ならまだ間に合う。それでも僕の体はやはり動かない。

 ミドリの抵抗はゆっくりと終わった。絶望に染まり、後悔をし、涙で顔を濡らしていた。

 その中の大粒の涙が頬に落ち、伝った。

 

 

 

 

 僕は、腰まで飲み込まれているミドリを、ただ眺めることしかできない。

 底の見えない氷が急に黒く、沈んで見えた。

 

 

 

 


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