「ルルド村滞在、メリル・スカーレット……と」
「何でルルド村って書いたの?」
意味ありげな笑顔を浮かべ参加者名簿に自らの名前を書き込んだ。
「良い成績を出せば様々な場所に次の闘技大会まで貼られます。ルルド村のいい宣伝になるでしょう?」
メリルが大会に参加する前に話したことだ。ルルド村の人間として村のことを思ってくれるのは嬉しい。最初に労いの言葉をかけるべきかお礼を言うべきかメリルが出てくるまで考えようかな。
ドンドルマはとても人が多い。常に所々で笑い声が上がり、活気があり、賑やかで、平和である。住人や商人が安心するのも当然だろう。この街は古龍ですら迎撃し討伐してしまうだけの設備と対等に渡り合えるハンターもいる。
「《緋剣》っちゅう称号もちの姉ちゃんの住んでるルルド村、最近飛行船で一日でいけるらしいぞ」
「俺知ってるぞ。あそこの湧き水は傷とかに効くってよ」
どこからともなく聞こえてきた会話に思考を停止して頰を緩ませてしまう。色んなハンターが訪れる村はモンスターの襲撃に遭ったときの村人の生存率が非常に高い。逆に言えばハンターの居ない村はモンスターに襲われればお終いということ。
今回ドンドルマに来るにあたって、ハンターを二人雇っている。それなりの出費。メリルの報酬金があらかた吹き飛ぶくらいの。
「……何でにやにやしてるの?気持ち悪いよ?」
「ふぇ?……ごめん」
本人はただ客観的な事実を言っただけあるいは注意のつもりなんだろうな。気持ち悪いよ、という言葉をこんな何でもなさそうにいう人は多分他にいない。
そう分かっているつもりでもなんか……その……ヘコむ。
ミドリは時々、ごく稀に人の地雷を踏み抜いたり、割と傷つく言葉をいう子だ。本人は無自覚、そしてその言葉は忘れた頃にやってくる。
……メリル遅いなぁ。そろそろ目の前の屋台で売ってる氷樹リンゴのアイスを買ってしまいそうだ。
「アオ、あの屋台で売ってる火竜カルビの串焼き、はんぶんこしない?」
「え、あ、うん美味しそうだね。買ってくるよ」
思わず苦笑いしてしまう。たくましいというか、頼もしいというか。女の子ってクッキーとか果物とかそういう甘い物が好みなもんだと思ってた。……あれ、さっきまで僕が買おうとしてたものって?
「注文はなん……お客さんなんで泣いているんだ?」
「……? あ、気にしないで下さい。火竜カルビの串焼き一つの下さい」
「おう……」
男の店員さんは手際よくお肉を六つ串に刺し、焼き始めた。
「お客さん、塩とタレどっちにしようか?」
「塩で」
反射的に答える。焼き……鳥? には塩一択だと思う。
串焼きは程よく、焦げ目がつく程度に焼けていた。香ばしい香りが食欲をそそり、滴る肉汁はまるでかぶりついて下さいと誘惑してるようだ。
あれ? そう言えばなんで六個刺さっているんだろ? 串焼きは大抵五個のイメージなんだけど。
その疑問を察したのかおじさんは言った
「あ、お肉少しおまけしといたぞ。まあ旨いもん食って元気出せや」
うわ何この人優しい。盛大に何か勘違いしているけど優しい。
屋台のおじさんに一礼してミドリの元に戻る。
「塩?」
「塩」
「タレじゃないの?」
「塩です」
ミドリはしょぼんとした。タレ派なのか。
しょんぼりしながら串焼きの肉に口を近付け食べる。咀嚼する度にミドリは笑顔になっていった。単純だな。
「美味しければどっちでもいっか。はい、アオ」
ミドリに渡された串焼きにかぶりつく。お肉はすごい柔らかい。旨味たっぷり。お肉の味を邪魔しない程度に主張する塩っけも良い。
リオレウスってこんなに美味しかったんだ。
「ミドリ~アオイ~私が戻っ……」
「メリルーおかえりー」
「おかえり」
メリルは唐突に言葉を詰まらせる。ミドリは気にせず僕の手から串焼きをとり、食べる。
「アオイ、なにミドリとイチャイチャしてるんですか?」
「え? 別に何もしてないよ?」
メリルはほう、と一息つき、虚ろな目でゆっくりと近付いてくる。そして顔をこちらに近付けて僕の頬にそっと両手を添えて……
「痛い痛いっメリルっ痛いって」
「羨ましいです! 妬ましいです! 微笑ましいです! ついでに串焼き貰いますっ!」
メリルに罵倒? される。そして頬をつねっている片方の手を離し、素早くミドリから串焼きをひったくる。
「私が頑張っている隙に二人は……あ、美味しいですこれっ!」
食べ物って凄いな。いや、メリルも単純なだけかな。
「私、タレの方が好きなつもりでしたけど、塩も美味しいですね」
「美味しければどっちでもいいんでしょ?」
「そうなりますね」
メリルはそう答えた後、さらに一個食べる。
「良かったねメリル。ミドリと同じ考えだね」
「……! ミドリ~やっぱり私のこと大好きなんですね!」
ミドリに抱きつこうとするメリルから串焼きをひったくる。僕はまだ一つしか食べてない。最後の一つもとられるところだった。
「昔は私の布団に潜り込んできたり、毎日のように大好きと言ってくれたの覚えてますからね!」
「それ最初の一年くらいだったよね!残りの五年は全部メリルがやってたことだよね!」
女の子二人がくんずほぐれつ楽しんでる内に僕はカルビを食べる。……あ、ちょっと冷めてる。まぁ美味しいけど。
「なんだあの娘ら」
「三姉妹でハンターか。聞いたことないぞ」
「姉妹じゃなくてチームだろう。ほら赤髪の人は闘技場の……」
ほう。こちらを指差して三姉妹と。とりあえず悲しいから地べたに座って食べ終わった串で書いてよう。
地べたに座ろうと思いベンチから腰をあげると不審に思われたのか、二人に話しかけられる。
「っと……アオ?」
「傷心のところ悪いんですが私、そろそろギルドマスターに会わないとなのでついてきてくれません?」
「じゃあ何で私に抱きついたの?」
ミドリの疑問を無視してメリルは僕の手を引き、起き上がらせる。そして慈悲深く温かい笑顔でこう言った。
「アオイも、ミドリと同じくらい可愛いです。寧ろ誇るべきです。……あ、ミドリが男の子っぽいのではなくて、アオイが女の子みたいなだけです」
その言葉を聞いた瞬間、自分の頰を涙が伝った。
「あの……ごめんなさい。私は事実を述べただけのつもりだったんです」
「はう……」
「アオはカッコいいとか頼もしいとは無縁だもんね」
メリルに慰められ、ミドリにからかわれ、周囲から様々な視線を向けられ(メリルとミドリの容貌の問題)ながらも、集会所で酒を飲んでいるギルドマスターの元に着く。
メリルに事前に教えてもらった背が低くて、受付に座っていて、酒を飲んでいるちっこいの、という情報と一致している。
しかし、顔を赤くしているわりには瞳には鋭い光がともっている。こちらに気付き体の向きを変えたギルドマスターは目を見開いた。
「エーテル? もしかしてエーテルではないかの⁉︎」
「え? 私の名前はミドリですけど」
エーテル? 訓練所にいるとき聞いたことがあるような……?
「エーテルさんの娘ですよ。ミドリ・フロウです」
口を開いたのはメリルだった。ミドリの母親の名前を始めて知った気がする。……当然かもしれない。たしか、ルナにこういうことを聞くといつも誤魔化されてた。
ミドリの両親はハンターをやっていたらしいが既に亡くなって……死因は? あれ? 死因も知らないぞ?
「エーテルが行方不明になってから十五、六年経つのか……。じゃったら、ミドリにあるものを渡そうかと思う。メリルの手続きが終わってからじゃが」
「あ、手続きならいいです。それを断りに来ただけです」
「あれ? そうじゃっか? まぁいい。ミドリ、ハンターライセンスをちょっと貸しなさい。そこの青いのもじゃ。ここでハンター登録をしてやろう」
「……あっはい」
気がつけば話が進んでいた。驚きと疑問がありすぎて頭ご回らない。でもそれはミドリも同じだろう。ハンターライセンスを出してはいるが、何かいつも以上に呆けている気がする。
ギルドマスターはハンターライセンスを受け取ると手元にある二枚の紙に達筆な字で別々にアオイ、ミドリ、と書き込み判を押した。
「ドンドルマでのハンター登録はこれで終了じゃ。もう一つ、ミドリ、オーダーレイピアという双剣を受け取ってもらえぬか?」
「オーダーレイピアっ⁉」
オーダーレイピア……ギルドナイトセーバーの方が知られた名かもしれない。選りすぐりの騎士のみ使用が許可される武器でとても高い斬れ味をほこる。
ギルドマスターはいつの間にか指示を出していたのか持ってこさせた布の包みを受け取り、ミドリに渡した。
ミドリは布の包みをほどき、半分程開け、鞘から少しだけ剣を抜いた。
刀身はまるで太陽に照らされた海のように蒼く光を反射している。もう片方の剣は雨の降った後の草原みたいに、若々しい緑に光った。
「いいんですか?」
「それはエーテルのものだったんじゃ。娘のお前が貰っても文句はないだろう」
「本当にエーテルさんの娘って信じられるんですか? 私ですら今、初めて知ったことなのに」
「お前はエーテルとよく似ておる。間違いない。さ、行った行った!」
追い立てられるようにしてその場を後にする。ミドリは首を傾げながらゆっくりと鞘を布で包みなおした。そして集会所から出て開口一番に
「エーテルって誰? 本当に私の母親?」
メリルの顔が目に見えてひきつった。