モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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第ニ章
二十四話 紅い彗星


 最近冷え込んできた。気がつけば色づいていた葉は木ではなく地面を彩り始め、木に残ってる葉は寒々しい色に変わり始めていた。空気はいつもよりずっと澄んでいて いつもは霞んで見えない山までも見える。太陽はまだ昇り始めたばかりで雲や空を温かい色に照らしている。

 

 

「寒い……空だと遮るものがないから余計に寒いね……」

 

「僕のことを、その遮るものにするのやめて欲しいんだけど」

 

「ミドリ、何なら私が温めてあげますよ?」

 

 

 空。飛行船でいくつかの村や町と行き来できるようになって一ヶ月が経った。複数あるうちの一艇をルナは三人で使うようにはからってくれた。何を計ったかは知らない。

 今、ドンドルマに向かっている。飛行船は海上を進めば一週間ほどかかる距離を飛行船は僅か一日で結んでしまった。真っ直ぐ最短距離で向かえるのも大きいが。

 隣にいるのは澄んだ青色の目をした透明感のある薄い緑色の髪の少女、ミドリ・フロウ。どこか抜けていて激辛料理好きの幼馴染。身体能力がとても高く、狩りの際は様々なところからモンスターを攻撃する。そしてミドリの後ろからこっそりとタイミングを伺っているのはメリルスカーレット。名前の通り紅い髪と瞳。戦闘を見たことは殆どないが、一人でリオレイアとも渡り合うほどの実力者。手負いだったとはいえ、ロアルドロスをすぐさま討伐した。師匠的存在。

気がつくとミドリはメリルに抱きつかれていた。仲のいい姉妹に見えなくもない、微笑ましい光景。助けようと思ったがメリルがあまりにも幸せそうなのでやめた。

 

 

「ドンドルマまであと少しです。 アオイ、暇ならチェスの相手をしますよ?」

 

 

 メリルは片手でミドリを抱きしめながら器用にチェス盤を出した。

 

 

「メリル一回もアオに勝ったことないのに、なんか挑まれる側みたいなセリフだ、ねっ」

 

「……むー」

 

 

 メリルは唐突にミドリの胸に手を伸ばしたがミドリにはたき落とされる。

 

 

「ミドリにも勝ったことがないよね」

 

「二人共強すぎるんです。そもそも搦め手とか布石とかは常用手段ですし。視線を誘導してみたり言葉で誘導したりマナー的にどうなのか怪しいものもありましたね」

 

 

 その言葉には苦笑いするしかなかった。正攻法を知らないのだから仕方ない。

 

 

「ところでメリル、ドンドルマに預けてあるっていう武器大丈夫なの?」

 

「はい。あそこは殉職してしまったハンターの武具ですら預かっているくらいですから」

 

 

 ドンドルマでは武具をギルトに預かってもらえる。預けておけば手入れも勝手にやってくれる上、盗難などに遭うこともないという。

 もし、持ち主が殉職したとしてもその人の家族が取りに来るかその家族が亡くっていると断定出来る月日が経つまで保管してもらえる。

 

 

「私の本来の使用武器は太刀です。今日は特別です。期待してもいいんですよ?」

 

 

 メリルは真剣な眼差しでドンドルマを見据え楽しげに言った。

 

 

 

 

 

「うわぁ……すっごい混んでる」

 

 

 闘技場の観客席は殆ど隙間がなかった。ただ招待客ということで比較的闘技場を見渡せてかつ、座って観戦出来るところだった。

 

 

「アオ、はぐれないように手繋いでよ?」

 

「ん。そうだね」

 

 

 ミドリの手に懐かしい柔らかさや温かさを思い出す。ただ何となくミドリの手があの頃より小さく……僕のが大きくなったのか。

 

 

「メリルがでてきたよ」

 

「本当だ」

 

 

 メリルは巨大な門から歩いて出てきた。メリルが門から出ると重々しく閉まった。直後ノイズがなり放送が入る。

 

 

『六年ぶりにこの闘技場に舞い降りた《緋剣》ことメリル・スカーレット』

 

 

 ん? 《緋剣》? メリルが……称号持ち? 称号はたしか何らかの実績を残すことでギルトが与えてくれるものだったはず。称号持ちは例外なく強く、古龍やそれに準じる脅威を退ける程とまで言われているそうだ。

 

 

『待ち望んだ人も多いのではないでしょうか。対する相手はナルガクルガ。目にも止まらぬ速さで獲物を撹乱し、一瞬の隙を突いて攻撃をするモンスターです』

 

 

 簡略的に説明されたがナルガクルガはとても強いはず。チームで倒せれば中堅ハンターを名乗れる程。ソロでの討伐はとても考えられない。不安をよそに重々しく檻が開く。それと同時に黒い影が飛び出した。

 檻から出てきたのは黒い毛を纏い、刃のように鋭い翼を持った四足歩行の飛竜だった。身体つきは見るからに俊敏そうで甲殻はなく、しなやかそうな尻尾がある。迅竜ナルガクルガ。

実況はナルガクルガが檻から開放されても続いた。しかしナルガクルガが咆哮をあげるとピタッと止まった。放送が止まったのはメリルの動きに魅了されたのもあるだろう。

 メリルは青白く光る剣を抜いて下斜めに剣先を向けて構えた。それだけの動作に圧倒的な気迫が込められていて、思わず息を飲んだ。

 数秒、ナルガクルガとメリルは睨み合ってから、地面を蹴った。

 ナルガクルガは突進し、前足がメリルを押し潰そうとした瞬間、メリルは前足と地面の隙間に滑り込み、振り向きながら横一文字に太刀を振り払う。太刀はナルガクルガの後ろ足を浅く捉え、そのまま大上段に構えられ降り下ろされる。剣先の煌めきが軌跡になり太刀は降り下ろされる。しかし、流石と言うべきかナルガクルガはそれを紙一重で回避、瞬時に振り向きメリルに噛み付きかかる。だが太刀はもう一度振り抜かれた。

 気刃無双斬り。一度太刀を前に降り下ろしてから前方から後方、半円に切り裂き練気の質を上げる技。

 太刀の気刃斬りは敵を切り裂く度に攻撃力を増していく。

 

 

「グルァッ⁉」

 

 

 ナルガクルガは体を大きくのけぞらせて怯み、後ろに飛び退いた。

 メリルは練気によって白く輝き始めた太刀から血を払い構える。

 ナルガクルガは尻尾を高く上げ振り始めた。尻尾から針のようなものが突き出し始める。そしてそれを大きく振り抜いた。大量の棘がメリルに向かう。それをメリルはその場で左右に数歩動いてそれらを全てかわし、ナルガクルガと距離を詰める。

 

 

「速い……」

 

 

 ミドリは呟いた。これが称号持ちであり、ミドリの師、メリルの実力。

 ナルガクルガはその場で足に力を込め、体を少し起こす。メリルはそれを見てナルガクルガの目の前で止まり後ろに跳んだ。

 メリルの足が地面から離れた瞬間ナルガクルガが高速で一回転する。風圧でメリルの紅い髪が後ろに流れる。だが本人はそれをものともせず隙だらけの頭を太刀で一閃した。

 ナルガクルガはその一撃に自らの命を危険に晒しうる敵と判断した。ナルガクルガは両眼を流星のように紅く光らせメリルの側面に回り込むように大きく跳ぶ。

 

 

「グ、ギャルァァァァァァァ!!」

 

 

 ナルガクルガの方向に会場が揺れた。ナルガクルガは急激にスピードを増し、メリルに襲いかかる。

右刃翼での攻撃、次は左、大きく跳んで後ろから飛びかかり、と攻撃は絶え間なく続く。メリルは的確に攻撃を避け続ける。ナルガクルガの攻撃はメリルを追い込んでいるように見えたが実際は違うと気付いた。途中で太刀が仄かに赤色の光を纏ったからだ。練気が最大まで溜まったのだ。この状態では太刀は更に斬れ味を増す。

 メリルが隙を突いて放った斬撃がナルガクルガの前足を深く捉えた。

 

 

「ギャルァ⁉︎」

 

 

 転倒。メリルは最大まで溜まっている練気を開放し、右から左下への斬り払い、流れるように剣で左から右下へ。おびただしい量の血が噴き出しているがナルガクルガは両足を地につけ起き上がり始めていた。しかしメリルは攻撃をやめない。右から左、左から右と素早く斬ってから大上段から真っ直ぐ一閃。

 血飛沫が舞った直後、メリルに向かって振り抜かれた翼が大量の砂埃を舞い上がらせた。

 

 

「えっちょっ……メリルッ」

 

「ししょッ……メリルっ」

 

 

 ミドリと同時に叫んでしまう。まさかさっきの血って……。最悪のことを考えてしまう。闘技大会は僅かとはいえ死者が出ることがある。その可能性が不安を助長させる。

だが心配は杞憂に終わった。

 黒く鋭く光る刃が煙の中から飛び、地面に突き刺さった。それがナルガクルガの翼の一部だと分かるまで時間はかからなかった。

 

 

「グル……」

 

 

 姿が見えるようになるとそこには黄色く光る刃を構えたメリルと片目を失ってなおメリルを睨むナルガクルガがそこにいた。

 メリルは唐突に太刀を鞘に収め、柄を握り直した。ナルガクルガは時を待つかのように体を縮こまさせた。

 数秒か数分か、緊迫感が時間感覚を完全に狂わせた。

 

 

 先に動いたのはナルガクルガだった。

 バネのように力を解放して跳び上がり、宙返りし、遠心力によって尻尾が伸びた。大量の棘が飛び出し、直撃したらどんな強固な鎧を纏っていても即死すると確信出来るだけの破壊力をもってメリルに正確に振り下ろされる。

 でもメリルは冷静だった。地面に飛び込みむようにとびながら体を回転させ尻尾を紙一重で避け、受け身をとる。間髪入れずに走ってナルガクルガの胴体に近付く。ナルガクルガが地面にめり込んでいた尻尾を戻した直後、メリルの鞘から剣が閃いた。次の瞬間にはメリルはナルガクルガの後ろ足付近から頭の近くまで移動していた。太刀は既に納刀されていた。視認出来ない速度で剣が振られたらしい。全く見えなかった。

 

 

「グル……アァ?」

 

 

 ナルガクルガが動き出そうとした瞬間、尻尾が根元から落ち、首から大量の血を噴き出し、まるで斬られたことに気づいていないかのように絶命した。

歓声があがったのはメリルが鞘から太刀を抜いて血を払ってからだった。

 

 


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