モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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十七話 二人は何も知らず

 

 

 

 

 

ユクモ村では赤色は厄避けの力があるとされている。そのためか村全体でふんだんに赤色が使われている。紅葉が進み木々が鮮やかに染められていることも相まって全体的に赤色の印象が強い。

 ルルド村とは違い建物同士が密集している。観光客だろうかが多く、この村を狭く感じることに拍車をかけている。

 

 

「あれ、これ……」

 

 

 ミドリがおもむろに近くの水路を流れている水に触れる。

 

 

「温かい……温泉だ……!」

 

 

 温泉が流れている。それは心地よい温かさをもった湯気をだし、村を暖めているようにも感じる。

 

 

「上の方のハンターズギルドにハンター向けに無料で解放された温泉があるらしいよ」

 

「でも混浴なんでしょ……? 嫌だよ……」

 

「防具って一式買うとどれくらいかかったっけ?」

 

 

 ミドリは顔をひきつらせて一歩下がり唸った。

 

 

「仕方ない、か……」

 

 

 悲しいことに新米ハンターの懐事情は常に厳しい。

 新米の内は高い頻度で武器防具を新調しなければならないのに、報酬金は大して高くないのである。

 その上、防具を一式揃える額となると新米はおろか、ベテランのハンターでもおいそれと出せるものではない。

 そのため、狩場以外では節約しなければならない。

 

 

「……やっぱり温泉、やめとく?」

 

 

 今回の旅行、ユクモ村は目的地ではない。あくまで経由地点である。だから帰りに寄ることもできるし、別に諦めても損はない。

 

 

「……せっかく来たんだもん。覚悟を決めるよ」

 

「そ、そう……」

 

 

 覚悟って。別に飛竜に挑むわけでもないのに。

 

 門を通り、進んでいくと急な階段があり、その先にハンターズギルド……集会浴場がある。

 他の建物同様、赤色を基調としていて木造のようだ。

そして、中から沢山の湯気と、賑やかな声が聞こえる。

 入ってみると声は更に大きくなった。だが、他の地方の集会所と違い(といっても訓練所の近くにあった集会所しか行ったことはない)煙草や酒、汗などのむせかえるような臭いは殆どなかった。

 

 

「……おニャ? お二人もハンターですかニャ?」

 

「はい」

 

 

 着物を着ていて、姿勢の良いアイルーが話しかけてくる。ギルドカードを見せてハンターであることを証明する。

 

 

「ルルド村出身ですかニャ……じゃあここの村長には会わない方がいいですニャ」

 

「え……あ、はい」

 

 

 何があったんだ。聞くのも怖いので詮索せずにそのまま脱衣場に向かう。

 

 

「じゃあ浴場でねー」

 

「分かったー」

 

 

 当然だが脱衣所は男女別である。

 中にはがたいのいいおっさんが沢山いた。別に特殊な性癖はないので、それ以上は何とも思わない……

 

 

「……あいつ男か?」

 

「男だろう。たぶん」

 

 

 何となく好奇の視線に晒された気がするが、気にしない。

 脱衣所の所々に張ってある《ユアミタオルの巻き方》という紙とにらめっこしながら、苦戦の末、腰にタオルを巻き終え、脱衣場を出る。

 

 浴場に出た途端圧迫感が急に消え失せる。大浴場。

 温泉の奥の方で何らかのモンスターのような石像がお湯を吐き出している。そして、その石像の奥には森が広がり、紅葉を一望することができる。

 仲間同士で酒を飲み交わす者、岩にもたれかかって声を漏らす者、手を叩いて歌う者(恥ずかしくなったのか途中でやめた)死んだように浮かんでいる者、など様々なハンターもいる。

 周りを見渡すと、すぐにミドリを見つけた。

 

 

「なぁ俺たちとちょっと楽しいことしねぇか?」

 

 

 柄の悪いハンターに絡まれている、ミドリを。

 

 

「……アオ? ちょっと来てよっ」

 

 

 唐突にミドリに呼ばれる。目付きの怖いお兄さん方がこちらを向く。

 

 

「あんなヒョロいのじゃお嬢ちゃんとは不釣り合いだぜ?」

 

「不釣り合いじゃないもん。仲間だもん」

 

 

 ミドリの必死の言葉にちょっと嬉しなりつつ、早足でミドリの元に向かう。

 だが、途中で首を掴まれて、

 

 

「こいつじゃあお嬢ちゃんを守れないだろ。俺達と来いよ?」

 

「アオに守ってもらうんじゃなくて、私が守るのっ」

 

 

 心に何か刺さった気が。

 しかし、顔の怖いハンターはそれを聞くと首から手を離した。

 

 

「そりゃあいい! 頑張れよッ」

 

 

 男達は笑いながら去っていった。

 

 

「……」

 

「アオ、なんかごめんね」

 

「……うん。まぁ丸く事を収めれたんだし、いいよ」

 

 

 恐らくあのハンター達は依頼を終えたばかりでテンションが高めなのだろう。

 そういう人達は笑いのタネでも送呈してやれば、どこかに行くのである。

 ハンターは基本的には良い人が多い。一部例外がいるのはどの職業でも同じだろうが。

 

 

「女の子が一人でいるとさ、ああいうのって多いと思うんだ」

 

「うん。そうだろうね」

 

 

 だってミドリ可愛いし。仕方ないね。

 

 

「だからさ、」

 

 

 ミドリは、右腕に腕を絡ませて、体を押し付けてきた。

 

 

「こうしたらさ、多分絡まれないと思うんだけど……良い?」

 

 

 こうまでしてでも、絡まれたくないのか。ちょっと恥ずかしいが仕方ないかな。

……何か周りの視線が急に氷でできた刃物みたいになったような。

 

 

「分かった」

 

 

 気にしないことにしてそのまま温泉まで歩き、つかる。心地よい熱さ。渓流で入ったものとは違った気持ちよさ。

 

 

「気持ちいい……」

 

 

 ため息をつくように、体の空気を全て抜いていくかのように、声をだしてしまう。

 

 

「……ん? ミドリ? どうしたの?」

 

「……な、何でもないっ」

 

 

 ミドリはのぼせたのか顔を真っ赤にしている。いくらなんでも早いような。

 

 

「まさかもうのぼせたの?」

 

「違うもんっ」

 

 

 ミドリは顔を背けた。……何か怒らせるようなことしたっけ?

 

 そのままミドリと会話もなく、ただひたすら無言で温泉に浸かり、周りからの視線が薄れてきたところで、

 

 

「……本当にのぼせてきた。もうあがろ?」

 

「……あ、うん。わかった」

 

 

 温泉に浸かり過ぎるとかえって疲れるらしい。そのせいかなんとなく怠い気分になりながら温泉からあがった。

 脱衣所に戻ろうとしたところで赤い傘の下で竹筒のようなものを売っているアイルーと目が合う。

 

 

「ニャニャっ! 旦那、一杯飲んでいかニャいか!」

 

「え? あ、はい」

 

 

 急にハイテンションでまくしたてられ、ほとんど反射的に返事をしてしまう。

 よく見ると売っているのは竹筒ではなく飲み物のようだ。当然か。

 

 

「何があるの?」

 

「引き締まった体の旦那! 剣士とみますニャ! ボコボコーラはどうかニャ?」

 

「何かあなたのこと無性に殴りたくなったけど、じゃあそれで」

 

 

 ミドリがそういうと箱から手早く筒を出し、黒っぽい色で泡が中からぷつぷつと湧いている飲み物を出した。

 

 

「そっちのヒョロくて子供っぽい旦那はガンナーと見ましたニャ! ライフルーツジュースはどうかニャ?」

 

 

 口は悪いが観察眼は確かなようだ。

 今度は肌色をさらに白くしたような色の液を筒に注ぎ、こちらに出してきた。果実系の甘い匂いがする。

 

 

「飲むときは腰に手をあてて一気に飲むんだニャ!」

 

「……あ、これ炭酸? 一気に飲めないや」

 

「あ、ちょうど良い甘さで美味しい。ゆっくりと飲ませてもらうよ」

 

「そうかニャ……」

 

 

 ドリンク売りのアイルーはしゅんとしてしまった。ごめんなさい。

 

 

   ◯ ◯ ◯

 

 

――ルルド村、入り口周辺

 

 

「……ッ」

 

 

 凄まじい数のジャギィの群れ。

 ルルド村は入り口以外はとても高い木の柵で囲われているためおそらく入ってくることはないだろう。ただ、入り口にも扉はあるが、劣化によって、扉が壊れてしまい、そのタイミングでジャギィ達は攻めこんできた。

 ミドリとアオイが村を出て、しばらくたった頃での出来事。

 後ろは崖のようになっていて横にある坂をのぼらないと村には入れない。崖のお陰か、たまにアイテムを上から補給してもらえる。

 道が狭いお陰で食い止めれてはいるが、剣を幾ら振ってもジャギィ達のペースは一切落ちず、徐々に追い込まれている。

 

 

「せいッはぁッ!」

 

 

 肉薄してきたジャギィを蹴って怯ませ、その反動を利用して剣の間合いに入ったもう一匹のジャギィの頭を斬り飛ばす。

 隙を突いたつもりなのか飛びかかってきたジャギィの足元を転がり抜けて、剣を思いっきり横に振り、足さばきで体を回転させ、勢いを足す。

 《ラウンドフォース》広範囲を剣で凪ぎ払う狩技。続けて使うと平衡感覚を失ったりペースを崩してしまったりなど致命的な隙が生じる。だが、自分のペースを取り戻すため、少しの時間敵と相対しれば、すぐにまた使えるようになる。

 今日の内に何十回使ったかも分からないこの狩技の基本を思い出しながら一旦下がる。

 

 

「はぁ……後、何匹いるんですか……」

 

 

 私は今日で何十匹、ジャギィを討伐しただろうか。隙を見て最速で研いできたイフリートマロウも流石に砥石だけでは限界があるほどに磨耗し始めている。

 

 

「スカーレット! 後少し、もうちょっと耐えて!」

 

 

 ルナさんの声が聞こえた。何の準備をしているかは分かりませんが起死回生の策があるようですね。

 ジャギィは更に押し寄せてくる。その群れに私は突っ込む。

 一度村を失い、自覚できないほど深いトラウマを植え付けられた二人のためにもルルド村は守らなければならない。

 擦り傷、掠り傷だらけで酷く疲れている体に鞭を打ち、剣を振るう。

 ジャギィの噛み付きをバックステップで紙一重で避け、地面を踏み込み、擦りあげるように剣を下から振り抜く。

 その反動で跳び、剣を振り下ろしながら全体を見る。

 

 

「まだ収まりそうにはないですね……」

 

 

 振り下ろした剣はジャギィの頭に深く斬り込み炎を迸らせる。……もう殆ど僅かに温かさを感じる程度しか出ないが。

 

 

「スカーレットッ準備完了ッ」

 

「分かりましたっ」

 

 

 戦闘の途中で渡された閃光玉を上に向かって投げる。そうすると気をとられたジャギィが閃光玉の方を向く。

 そして、光が広がる。

 

 

 ギャアっ!?

 

 

 大量のジャギィが悲鳴を上げ、足がおぼつかなくなる。後ろの閃光を受けなかったものも前衛が邪魔で攻められないようだ。

 

 

「スカーレットっ伏せてっ」

 

 

 言われたままに跳び、伏せる。そうすると、後ろで大爆発が起き、爆音が辺りを揺らした。

 振り向くと爆発によって崩れた地面が大量の水と共に土砂となり、村の入り口になだれ込んだ。十数匹程度のジャギィを巻き込み、入り口を完全に防いだ。

 水流でジャギィ達は入れず、村人達は畑用の肥料を水流にのせて流し込んでいる。

 大タル爆弾サイズのこやし玉か。……ききそうですね。

 

 

「ありがとう、スカーレット。もしスカーレットが居なかったら今頃村は……」

 

「攻めこんでくる可能性を見越して残ったんです。気にしないで下さい」

 

 

 あの話を聞いた後に村からハンターが居ない状態なんてつくれるわけがない。……私程度のハンターじゃあれはどうにもならなさそうですが。

 

 

「後始末は私達でどうにかするから、スカーレットは一旦休んで」

 

 

 

 家に戻りながら、今日の話を思い出す。

……まだ、二人に話すべきではないだろう。

 

 

 まだ夕方くらいだが、ベッドに倒れた瞬間、意識は薄れた。

 

――二人は楽しんでいるかな……

 

 そこで意識は完全に途絶えた。

 

 

 

 


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