坂を駆け登り、ベースキャンプに着く。ベッドにミドリを寝かせる。
腕に針が刺さっていた。リオレイアの背中に生えていたものだろうか。針を抜き、腕の防具をとり、応急薬をかける。飲んでも塗っても効果が出るのでとても便利だ。
針を抜いてもミドリの息は落ち着かない。メリルにわされてた青色の液が入ったびん……解毒薬をミドリに飲ませる。
あっという間に汗はひいたが呼吸はいまいち落ち着かない。眠ってはいるが、うなされているようだ。悲しい夢でも見ているのだろうか。ミドリの目からとめどなく涙が溢れていく。
涙はやがて止まるが次は額に脂汗が浮かび、苦しそうに声を漏らしはじめた。
「あぁぁ……ぁあ」
まるで不協和音のような歪んだ声をミドリが発し、そして目を開いた。
「あれ、ミドリ起き……」
「……」
返事はなかった。ベッドから起きると虚ろな目で飛びかかってきた。あまりに不意で、早く、避けることもかなわず、そのまま押し倒される。
「ミドリ……?」
こちらの問いかけに、ミドリは答えない。引き剥がそうと押し返すが、全く動かせない。非力すぎて涙がでそうだ。
ミドリはそのままお腹の辺りに股がり、首を絞めてきた。依然として目は虚ろで、光が灯っていない。
かなりきつい。腕を掴んで離させようとするが、力は緩まない。
「う……ミ、ドリ……や、め……」
本格的にヤバい。意識も薄れてきた。
力をふり絞り、体を振り、横に転がりこちらが押し倒したような形になる。ひっくりかえった時に鈍い音が聞こえた。
頭を打ったからか、もしくは正気に戻ったからか、首を締める手から力が抜ける。目にも光が戻り、頬を赤らめ……
「ア、アオ、な、なにする、つもり?」
「そんなんじゃッ」
慌てて体を動かそうとするが、さっきまで首を絞められていたせいか力が入らず、倒れこむ。――ミドリの上に
「この変態ッ」
ミドリに乱暴にいとも簡単にどかされる。慌てて起き上がり謝ろうとしたところで
「私が頑張っている間に、何楽しんでるんですか……」
メリルが戻ってきた。所々土埃がついているが、怪我はしてないようだ。ジト目でこちらを見ながら頭の防具を置き、こちらにゆっくりと歩いてきた。
「これには訳があって……」
「分かってます。一番知ってるのはミドリだと思いますが?」
珍しくメリルが怒っているようだ。言葉自体は優しいが口調から怒りが滲み出ていて、目は全く笑っていない。
「使うなと、言ったはずです。死にたいのですか?」
「私は、アオが傷つけられたのが、許せな」
「アオイを傷つけられて怒って使った狩技の反動でアオイに襲いかかった? ……冗談はよしてください」
食い気味に答えたメリルの言葉にミドリの表情を歪んだ。
「……この狩技は二度と使わないで下さい」
メリルはそう言って岩場に降りていった。慌てて追いかけようとして、ミドリを見る。
……しばらく一人にしたほうがいい気がする。
メリルを追いかけようとするが、急斜面に思わずすくむ。ゆっくりと慎重に斜面……崖を降りる。
苦戦しながらもなんとか降り、少し進むと川が見えてきた。
川まで歩き、周りを見るとメリルがこちらを向いた。
「……水浴びするつもりだったんですが、まぁいいです」
腕の防具を外したところだった。メリルはため息をついて座り込み、隣に座ることを促してきた。
「……?」
「アオイ、ごめんなさい……」
「え? メリル?」
「本当に悪いのは私なんです……」
メリルは自嘲気味に言った。メリルの表情はいつもと違い、気弱そうで頼りなさげな表情をしている。
「あの狩技、獣をイメージして、それを纏って攻撃力を高めるもの何ですが……」
要するに思い込みで強くなると? 訳がわからない。
「たまに、イメージする獣が、昔あったことのあるモンスターを元に創られるらしいんです……」
トラウマを糧に創られたイメージは大幅に攻撃力を高められるが、制御がとても難しくなるという。
「私は、ミドリに昔モンスターと会ったことがあるかも聞かずに、」
「イメージした獣が強すぎるものと気付いてもミドリなら……私なら上手く教えられるなんて思い上がって、」
「結果、ミドリの心身共に傷をつけて、私は無傷で戻ってきて……!」
今にも壊れてしまいそうな表情で、震えていて絞り出すような声で、
「私は……私は……私はッ!」
「メリルッもういいからッ」
メリルの手を握る。柔らかく、温かく、優しさが溢れているような手だった。何かしないと壊れてしまう、そう思った。
メリルは一瞬呆けた後、「ありがとう」と言い手の甲で涙を拭った。
そうするとメリルの表情が凛とした優しい表情に戻った。
「明日の朝、クルペッコを狩りにいきます。ミドリにも伝えてください」
「わかった」
「私は水浴びしてきます」
「……メリル、謝る相手違うと思うよ」
本当に傷ついたのはミドリだろう。お節介だろうし、メリルは最初から分かっていると思うが念のため。メリルが一度振り返ったが、何も言わずに歩いていった。
ベースキャンプに戻った。
あまり期待していないが、ミドリがもしかしたら立ち直っているかもしれない。そんなことを思い、岩場を登りきり、ベースキャンプを見る。
「はぁ……」
立ち直ってなかった。
「ミドリ、明日の朝もう一度行くから準備しておいてね」
「えぇ……」
ミドリはとても嫌そうだ。さっき起きたことのせいで気まずいからだろうか。
ミドリはベッドに座って言った。
「さっきは……ごめんね」
「いいよ……ただ、運が悪かっただけだよ」
「……」
ミドリはおもむろにジャギットショテルを取り出した。ミドリは移動のさい、刃が剥き出しなのは怖い、という理由で革製の鞘の中にいれている。
その鞘から剣をゆっくりと抜いた。青色のかかった綺麗な刃は見るかげもなく、先の方は欠けてなくなり、酷く刃こぼれしていた。砥石を使った後はあるが、砥石でどうにかなるレベルの損傷ではなかった。
「ミドリ、それは?」
「私が、リオレイアをこれで無茶苦茶に斬りつけたからこんなに……」
「……ごめん」
あの時、リオレイアに追い込まれたせいだ。リオレイアに追い込まれなければミドリは禁止された狩技を使う必要はなかった。メリルが焦り、危険に身を晒し、怒ることももなかった。ミドリが狂い、愛剣をボロボロにし、毒に侵されなくてもよかった。
――全ては……
「なんでアオまでそんな顔してるの……?」
「えっ」
「なんでアオが自分を責めるの? アオは悪くないと思うけど……」
「えっ……? どういうこと?」
ミドリは不思議そうに言った。その疑問たっぷりの表情は苦笑いに変わり、
「だってさ、私たちハンターになってからまだ一ヶ月位しか経ってないんだよ?」
かなりの時間を過ごしたつもりだったがまだ一ヶ月。新米、駆け出し。その域からまだ一歩たりとも踏み出せていなくてもおかしくない時期。
むしろかなりハイペースで狩猟をしている気さえする。
「一ヶ月しか経ってないんだから、リオレイアに狙われれば追い込まれて当然でしょ?」
「まぁそう思えないでもないけど……」
「リオレイアは何故か怒り状態だったし、アオは気にしないで」
「うん……」
リオレイアが怒り状態だったのは何故だろうかあれ、何か忘れているような……?
殆ど無意識に手を顎に置いて考える。
「……ッて、アオ、お腹、お腹っ」
「え、おな……わっ!?」
防具が歪んでいた。所々穴があき、真っ黒に焦げ、無くなっていた。さっきまで腕当てが邪魔で気付かなかったのだろうか。
しかし露出したお腹には火傷の跡は一切なかった。あれだけの一撃を受けて無傷でいられる訳がない。回復薬を飲ませてもらったが、あの量でこんなに回復するとは思えない。
「あ、回復薬にハチミツを混ぜて効能を高めてあるので、傷はちゃんと治っているはずですよ」
あのハチミツは飲みやすくするために入れてある訳じゃなくて効能を高めるためだったのか。知らなかっ……!?
「めっメリルっ?」
「なんでそんなに驚いているんですか……」
思考に差し伸べられた合いの手があまりにも自然だったので一瞬気付かなかった。ミドリは気まずそうに顔をそらした。
疑問がひとつ。
「水浴びに行ったはずじゃ……?」
「するつもりだったんですけど、いいものを見つけたんです」
「いいもの?」
「温泉を見つけました」
「「は?」」
メリルはゆったりとした笑みを浮かべそう一言。その言葉に対し、気まずささえ忘れ呆気にとられているミドリと共に口を開けたまま固まることしか出来なかった……
更新遅くなりました。これからも遅くなりそうですが、二週間に最低一話は投稿できるようにします。
ごめんなさい