モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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最終話 約束

 

 

 

「――こうして、ハンターは古龍を退け、村に平和が戻りました」

 

 白髪から尖った耳がのぞく、幼い容姿の少女は、めでたしめでたしと、言葉と共に紙を置いた。

 話を行儀よく、静かに聞いていたこれまた幼い容姿の少年が好奇心のままに聞く。

 

「ねぇー! このあとハンターさんたちはどうなったの?」

「さぁねぇ……。世界中を旅してるかもしれないし、どこかでゆっくりしてるかもしれないし。或いは他の誰かを助けているのかもしれないね」

 

 あれからどれだけ月日が経っただろうか――白髪の少女は思いを巡らせる。

 今となっては第二次龍災と呼ばれる、かつてアオイたちが戦った事件があった。5体の古龍が同時期に出現し、人の生息域を脅かしたのだ。

 骸龍オストガロア、豪山龍ダレン・モーラン、鋼龍クシャルダオラ、大海龍ナバルデウス――そして、嵐龍アマツマガツチ。

 

 ダレン・モーランのみ事前に出現が予期されていた。背中に大量の鉱石を蓄えたこの古龍は、まさに宝の山みたいなもの。

 ダレン・モーランへの挑戦を賭けた腕自慢祭なるものが行われ、多くのハンターが一箇所に集中したタイミングで各地に古龍が現れた。

 アマツマガツチがもたらした嵐雨はユクモ村は半壊させ、オストガロアが出現した地域では集落が幾つか消失した。

 

 アオイたちがアマツマガツチを討伐していなければ、ユクモ村は今頃廃墟と化していただろう。オストガロアの方でも、姉弟のハンターによる活躍がなければ古代林に骸の山ができていた。

 そう少女が思いに耽っていると、いつの間にか少年が本を手に取っていた。

 

「この本、表紙がないよ」

 

 史実を元にした話とはいえ、語り口調は御伽噺だった。にも関わらず、この本にはタイトルがない。

 少年は指摘しなかったが、挿絵もめちゃくちゃだ。主人公が男だか女だか分からない見た目をしていたり、最初の絵と最後の絵の画風が違ったり、拙い印象さえ受ける。

 

「この本はね、実はまだ未完成なの。タイトルもまだ決めてないから、表紙が作れないの」

「ええー。タイトルないの? いま考えてよ」

「そうだね……。かつて龍災がおきた時、この世界は失意に陥ったの」

 

 多数の古龍の出現により、古龍が起こす災害と、縄張りを追われたモンスター達が同時に人々の生息圏を脅かした。

 多数の死者が出ることが想像に難くなかったあの時――。

 

 

「――嵐龍を討伐し、ユクモ村を救った彼らは、人々にとってまさに希望の光だった。だから、この本のタイトルは――光の狩人がふさわしい」

 

 

 

 

「光の狩人って! そのままじゃん。だっさーい!!」

 

 何かの冗談だと思ったのだろう、少年は安直すぎるタイトルを悪意なく罵る。お腹を抱えて、笑いながら。

 だがこの少女、会心の出来と自負するタイトルをコケにされ、煮えたぎる内心とは裏腹に、穏やかな笑みを崩さない。

 ほんの少しだが、アオイたちに対する、怒りを思い出したのだ。

 ルナは彼らを血を吐くほど心配していたが、救助隊に連れられてきた彼らはすやすやと穏やかに眠っていた。傷もほとんど治っている様子だった。無事に帰ってきた、と彼女は当時泣いた。だが、治るほどの怪我だったなら、もっと早く帰ってきてほしかったと今になって思う。

 

「そんなにダサいかなぁ」

 

 ルナは茶化すようにそう言うが、子供に笑われるくらいダサいかもしれないタイトルで、ちょうど良いとも思いつつある。

 

「お腹がすいちゃった。お母さんのとこに帰る!」

「……そう。付き合ってくれてありがとうね」

「良いタイトル考えたら教えてね、ルナちゃん!」

 

 少年は手を振りながら走って帰っていく。白髪の少女……ルナは縁側を立ち、それを見送った。

 彼女はそのまま村を散歩し始めた。頭の中を整理するためだ。一通り物語を読み、気になった点をどう直そうか考えている。

 

「……特に意味もなく外に出るのは、久しぶりな感じがする」

 

 彼女はルルド村を復興させるために、つい最近まで世界中を駆け回っていた。物資、金、人手をひたすら集めていた。

 そして、ルルド村が以前ほどではないが、概ね機能し始めたところで、雑務をティラに任せ、自身は執筆に勤しんでいたのだ。

 

 木で枠組みを作っただけの階段を登り、彼女は村を見下ろした。

 空は雲ひとつなく晴れており、村を流れる清流は、陽光をキラキラと反射している。

 ここは以前から――この村を最初に立ち上げた時から、ルナが最も気に入っている場所だった。復興において、何よりも先にここにベンチを作らせたほどだ。

 ベンチに腰掛けると、ルナの視界に一隻の飛行船が映った。真正面から、機械音と共に近づいてきて、やがて彼女の頭上を通り抜ける。そして、これまた急拵えの飛行場に着陸した。

 

 飛行船に乗っていたのはハンターであった。ルナはベンチから降り、彼のもとへ進み、言った。

 

「おかえりなさい、アオイ」

「ただいま、ルナ」

「ミドリとメリルもおかえりなさい」

「ルナちゃんただいま!」

「無事帰りました」

 

 彼らはそれぞれの荷物を飛行船から下ろしていく。

 

「ヤツガタキの素材は何に使うの?」

 

 彼らはつい先日までヤツガタキの狩猟に行っていた。火山に生息する、炎を吐く蜘蛛だ。

 

「丈夫な糸が欲しかったの。バリスタを試しに6門ほど村に置きたくてね」

 

 ルナがさらりと言った、村の武装化案にアオイは思わず苦笑いした。ルナが有言実行する性分であることを知っているが故に、自らの故郷の運命を悟ったからだ。

 麗しいこの村は、どうやら近い将来、硝煙が香る戦闘街と化すようだ。

 アオイは男の子だからか要塞のようなルルド村を即座に想像したが、ミドリは単純に疑問を持った。

 

「ルナちゃんはこの村をどうしたいの……?」

 

 ルナはそれを聞き、真面目な顔で答える。

 

「これからずっと……千年経っても残っていてほしいと思ってる。だからモンスターの脅威に負けない村にするの」

 

 かつて生まれの故郷を失い、移ってきた集落をも滅ぼされ、さらに自ら立ち上げた村を棄てた、彼女の言葉は重い。

 その言葉に3人の気分が少し沈んだのをみて、ルナは戯けて言う。

 

「実は最近、伝承の草案を書いたの! 私が天寿を全うした後も3人の活躍が語り継がれるようにね」

 

 ルナは紙の束をアオイらに渡した。1枚目には走り書きで光の狩人と書いてある。

 アオイが表紙を見て早々に口を開く。

 

「草案って言ったね。内容とかはまだ改善の余地があるってことだよね?」

「そうだよ。何か直して欲しいところ見つけたの?」

 

 ルナは笑顔でアオイに二の句を促す。

 

「……い、いや。ほら、狩りの時の様子なんかは僕たちの方が詳しいからさ。気になるところとかは言っていいのかなって」

「いいよ。伝承だからね。出来るだけ事実で書きたいもん」

 

 ルナからの圧が消え、アオイは胸を撫で下ろす。地雷をギリギリで回避できたのは狩りで養った直感力によるものか。

 

「事実を書きたいのであれば、実際に霊峰まで行ってみませんか?」

 

 2人の水面化のやり取りを知らないメリルが、至極真っ当な提案をする。

 

「行こうよ! 私も用があるの」

 

 アオイとルナの言外のやりとりを知っているミドリは、今の会話がでまかせに過ぎないと分かっている。だがそれはそれとして、自身の欲を優先する。

 ルナにとって想定外の展開になったが、これはこれで都合が良いとメリルをよじ登っていく。そして言う。

 

「アオイも行くよね?」

「もちろん」

 

 武具を下ろしたいと思いつつも、アオイは皆に同調した。

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 身軽なミドリを先頭に、ルナを背負ったメリル、僕と続く。

 

「アオイー? 息切れしてるよ?」

「背負われておいてよく言うよ」

「これでも心配してるんだよ? 体調とか実は悪い?」

 

「体調は良いよ。むしろ狩りから帰ってきたばっかりなのに、楽々と登山できる2人が変わってるんだよ」

 

 メリルはルナを背負いながらも、散歩感覚で歩いており、ミドリは時折後ろを振り返りながら、ペースを合わせているようだ。道なき道を、しかも山道だと言うのに随分余裕そうだ。

 

「そんなことより、ミドリはどこを目指してるの?」

「封龍剣があったところ。そうだ、洞穴に着いたらちょっと1人にして?」

「分かったよ」

 

 訳は聞けなかった。封龍剣を最初に握った時に何かあったのかもしれない。……まぁ、聞けない以上知る由もないけど。

 

「ミドリのことを待てるような場所があるの?」

「すぐそばに池があって、そこなら座って待てると思います。そういえば池の話ってしましたっけ?」

「アオイとメリルが抱き合って泣いてたことなら知ってる」

 

 ルナがそう言うと、メリルが言葉を詰まらせる。この年で赤子以上に泣いたことを知られて恥ずかしいのだろう。分かる。

 

 顔を熱くしていると、先頭を歩いていたはずのミドリがすぐ横まで来ていた。

 

「からかいに来たのかな?」

「しようと思ったけどやめた。こんな場所で泣きつかれたくないもん」

「流石にもう大丈夫だよ」

 

 そう言いつつ、実は自分の涙腺が信じられない。男泣きはそんなにやるものじゃない。

 

 

 歩いているうちに、傾斜がだんだん緩やかになってきた。そして、一番前を歩いていたメリルが言う。

 

「見えてきましたよ」

 

 そこは秘境であった。

 足元で色とりどりの花が咲いている。どうやら薬草に分類されるものが群生しているようだ。それらに混じってげどく草や落葉草なんかも生えている。

 池は底が見えるくらい透き通っている。花びらや葉っぱが浮かんでいなければ水があることにすら気づけなかっただろう。

 これだけ広く咲き誇っているのは聞いたことがない。

 

「こんなに綺麗なところがあったんだね。教えてくれてありがとう」

 

 ルナは静かに感動していた。

 人工的に整備した花壇ですら、ここまで鮮やかに、かつ無数の花を咲かせることはできないだろう。

 僕やミドリ、メリルにとっても全く知らない景色だ。池の形くらいしか共通点がない。

 

「私は洞穴に行くね」

 

 今はそれどころじゃないのか、ミドリはそそくさと洞穴に向かい、中へと進んでいった。

 それを見て、ルナが疑問の声を上げる。

 

「ミドリはどうしたの?」

「あの洞穴で、誰かはわからないけど、ハンターが亡くなってたんだ。ミドリは何か感じたみたい」

「……そう。剣を見つけたって言ってたね? 帰ってきたときにあの剣……エーテルが持っていた剣を、ミドリが持っていたってことは……そっか」

 

 ルナは悲しい、と言うよりかはすこし寂しそうな顔をした。

 

「彼女らはやっぱりもう……いないんだね。分かってるつもりだったけど、いざ証拠を突きつけられると……。言葉で上手く表せないや」

 

 ルナはそう言い、空を仰ぐ。

 

「悼むことだけが、死者を想うことではありません。その人たちのおかげで今のルルド村があるのなら、今をもっと……感じてみませんか?」

 

 メリルはそう言って、池の水を手に溜め――僕たちに向けて振り撒いた!

 

「何す――熱ッッ!」

「冷たっ!」

 

 水は僕とルナにかかった。火照った体に気持ち良い冷たさ……熱い?

 

「なんでこれが熱くないの?」

「なんでこれを熱いって言うの?」

 

 全く同じタイミングで僕とルナは正反対のことを言った。

 

「この池の水……体に触れた瞬間、すごく熱かったよ?」

「……? ただの冷たい水だよ」

 

 ルナが嘘を言っているようには見えない。だけど、あの水が熱いというのは分からない。

 

「私にとってはじんわりと温かいって具合ですよ」

 

 メリルはそう言って池の水を再度掬った。僕も同じように、手で水を掬い取る……。言われてみれば手が少し温められるような気が……する? かも。

 ルナは温泉に初めて入る子供みたいに、恐る恐る手を池の中に入れる。

 

「これ、前に見つけた緑色の玉を触ったのと同じ感じがする。……この池に、薬草の成分がたっぷりと溶け出しているからかな」

 

 それを聞いて、今、自分の身に起きていることを察した。ルナもまた、僕と同じ結論に達したのか、目が合った。

 

 回復薬や薬草は治癒を促進するものであって、怪我を治すわけではない。これは、ただ寿命を前借りしてるに過ぎない。

 歳をとるにつれ、回復薬の効き目は薄くなる。借りられる寿命が残っていないからだ。ゆえに竜人族の中では幼いルナにはこの池の水は熱く感じ、メリルには温かく感じる。

 なら、この水からなんの温かさも感じない僕には最早――。

 

「……アオイ。一人でアマツマガツチと対峙した時に、何があったの」

 

 ルナは……怒りとも、悲しみともつかない表情で、ただ真摯に語りかけてきた。

 

「ミドリとメリルが戦えなくなった後からでいいよね。……アマツマガツチの胸には、封龍剣が刺さっていたんだ。僕はそれを掴んで、龍属性のエネルギーをアマツマガツチに流し込み続けた」

 

 2人は何も言わずに、続きを優しく促してくる。

 

「もちろんアマツマガツチは暴れに暴れて、やがて、僕の腕は、風に切り裂かれて力が入らなくなった。その時に、ポーチの中で緑玉が光ったんだ。それが光ってからは体の傷があっという間に治って、その後も傷ができるたびに治り続けた。その時は炎にまかれたみたいに熱かったのを覚えている」

 

 無意識にメリルの方に視線をやり、それから波ひとつ立たない水面を見る。

 

「だけどそれは長く続かなかった。少しずつ治癒力が弱くなってきて……でも駆けつけたメリルが援護してくれた。それで一瞬できた隙を使ってとどめを刺したんだ」

 

「ねぇ、なにそれ、嘘でしょ……」

 

 後ろを見ると、ミドリは洞穴から出てきていた。

 

「いつの間に出てきたの」

「メリルが2人に水をかけたあたりから……」

 

 全部聞いてたんだ。

 

「アオ」

 

 ミドリは、座っている僕の手を掴み、引っぱった。それに従い立ち上がる。

 

「約束をしたの覚えてる?」

「……覚えているよ」

 

 ミドリには先に死なないでと言われた。僕はそれを了承した。だけどこの約束は果たせそうには――。

 

 

「アオが死んだら、私はその日のうちに後を追うよ」

 

 

「……えっ?」

 

 ミドリは真顔でそう言った。

 後を追う……? 自決するの……?

 

「待って、落ち着いて、嘘でも死ぬなんてやめ……」

 

 続けようとした言葉は、無理やり止められた。

 

「そう、私も死にたくないよ。アオも私のこと死なせたくないでしょ?」

 

 ミドリは微笑み、言葉を続ける。

 

「――なら、アオが長生きしなきゃいけないよね」

 

 握られた手を引かれ、ルルド村への帰路に向けて歩み出す。

 2人の方を見ると、メリルは戸惑いの表情を浮かべている。

 そしてルナは――笑っていた。

 

「しんみりしてる場合じゃない。早く見つけにいくよ!」

 

 これは、ミドリからの意趣返しか。僕が自分の命を質にして皆を巻き込んだように、今度はミドリが自分の命を賭け皿に乗せた。

 もう何もせずにはいられなくなった。

 

 僕らは山を駆け降りながら言い合った。

 

「反則だよ、そんなの!」

「先にやったのはアオの方でしょっ!」

「それはそうだけどさ!」

 

 ああ、腹は括った。穏やかに余生を過ごすなんて考えはもう、消えた。

 

 

 仇は倒した。

 故郷も復興し始めた。

 

 ……そうだよ、せっかく平和を勝ちとったのに、早々に死んでなんかいられない!

 引かれていた手を握り返し、ミドリを追い抜き――手を引く。

 

 

「ちょっと、アオ⁉︎」

 

「行くよ、ミドリ!」

 

 

 

 

 


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