モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百十二話 天気雨

 

 

 メリルに言われるがままに着いていく。

 疲労と痛みのせいで立っているのも辛い。メリルも平時よりずっとゆっくりと歩いている。

 ミドリの傷に障るからというよりは、これより早くは歩けないのだろう。

 貧血で視界が霞む。足がふらつく。だが、ミドリはこんなものではない。

 

「……着きましたよ」

 

 そこは池だった。ミドリが封龍剣を見つけた場所だ。

 雨が止んだからか、流れが落ち着き澄み渡っている。

 メリルはミドリのことを池に浸からせた。

 

「何をしているの」

 

「これで傷が治る……かもしれません。ミドリの体力を信じることしかできません……」

 

「回復薬を、ミドリに使えば良かったんじゃないの」

 

「この怪我は、回復薬だけでは治りません。……アオイも、かなり衰弱している様子でした。両方を助けるにはこうするしかありません」

 

 メリルも呼吸がキツいらしく、その語り口はたどたどしい。

 

「この池に何があるの」

 

「分かりません。ただ私は、この池に入ったからか……怪我が治りました」

 

 池に入って怪我が治る……聞いたことのない話だ。そんなよく分からないものに縋るしかないのか……。

 ミドリの様子は変わっていない。肌は青白く、唇の血色も悪い。

 

「本当に治るんだよね?」

 

「私は完治しました。……体力をかなり失った気はしますが」

 

 回復薬を持ちこめる量には制限がある。これは怪我をあっという間に治すことができる一方で、代償があるからだ。後になってから怪我の治りが遅くなるとか、寿命が短くなるとか、色々ある。

 

「アオイのことも心配です。私が戻ってから討伐に至るまでの間だけで……2、3回致命傷を治癒してましたね。もしかして、体が持つ治癒力をほとんど使い切ったんじゃないですか?」

 

「さぁ……どうだろ」

 

 傷は塞がっていて、見た目には出血は止まっている。だけど、そこからの治癒はまるでない。小さな傷ですら触れれば痛みがある。

 怪我が治らない体質になれば、ハンターは辞めなければいけない。浅い傷ですら致命傷になるようでは足手まといもいいところだ。

 

「……アオイ。ミドリを見てください!」

 

 メリルの言葉が聞こえた瞬間、希望が見えた――がミドリの容態は何も変わっていな……いや間違い探しのように、ほんとわずかだが、さっきより怪我が塞がっている。

 恐る恐る腕をとり、手首に指を当てる。

 

「ちょっと弱いけど、しっかりと脈がある。体温もだ。――快方に向かってる」

 

 指先に脈動が伝わる。生きようとする意思がはっきりと伝わってくる。……なんなら僕よりも強く心臓が動いているんじゃないか?

 

「ひとまず安心ですね」

 

 メリルはそう言うと、ボロボロと涙を流しはじめた。

 緊張の糸が解けたんだろう。

 

「本当に、良かった」

 

 ミドリもメリルも生きている。誰も死なずに。

 

「……メリル?」

 

 メリルが信じられないくらい泣いてる。土砂降りの時の雨樋なみに水滴が滴ってる。

 

「……もらい泣きです。お互い様です」

 

「え」

 

 顔に手を当てると、水溜りくらい水だった。貧血とかで視界が霞んでいるだけかと思っていたら潤んでいただけだった。

 

「あおい……」

 

 メリルに抱きつかれる。

 それがきっかけになってさらに涙が出る。嬉しいのか、緊張が解けたからなのか、もはや涙をこらえる気力すらないのか、もうなんにもわからない。

 

 みっともなく、2人でめちゃくちゃ泣いた。

 時間が経って一度我に帰ったけど、ミドリの怪我が本格的に治癒しているのに気づいてさらに泣いた。

 

 ただ、どれだけ泣いても、時間が経っても、ミドリは起きなかった。

 様子を見にきたほかのハンターさんらが来るのが先だった。

 

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 

 

 ユクモ村まで運ばれたのは覚えている。

 眠ったのか、気を失ったのかは定かじゃないがベッドに運ばれたらしい。

 どれだけ時間が経ったんだろ。

 ベッドから起き上がると、全身からバキバキと音が鳴った。数日単位で寝ていたのかもしれない。

 テントで寝かされていたようだ。

 

 怠さは残るが、立ち上がる。外がなんだか騒がしい。

 

 テントから出て見渡すと、晴れ空の下で沢山の人やアイルーが行き交っている。ユクモ村の復興が始まっていた。

 瓦礫や建材を運ぶ人、家具やロープなんかを作る人、指示をする人もいれば料理を作る人もいる。村が一体となって、どんどん修繕されていて、目に見えて変化している。

 

「おお、目覚ましたのか!」

 

 どこからともなく声をかけられた。それを皮切りに、人が僕のところに集まってくる。

 

「古龍を討伐したんだって?」「よくやった!」「ありがとうございます」「ありがとうな」「あんたは英雄だ」「本当にありがとう!」「ありがとう」「ありがとう!」

 

 口々に感謝され、少し照れる。

 

「そうだ、聞きたいことが――」

 

 僕が口を開くと、先回りして答えが聞こえた。

 

「集会浴場に行くといいニャ」

 

 答えたのはアイルーだった。知り合いのような気がする。誰だっけ。あー。

 

「ありがとう、マンゴー。行ってみるよ」

 

「ボクの名前はりんごニャ。二度と間違えんニャ」

 

 

 

 

 集会浴場までの道のりは随分と綺麗になっていた。嵐の前と変わらないんじゃないか。この村の中心に繋がる場所だから真っ先に手入れされたのかな。

 集会浴場からは湯気が上がっており、活気も伝わってきた。

 

 ……この村の人が本当に温泉を愛していることがよく分かる。浴場がもう修復されている。なんならすでに利用している人が沢山いる。

 無力感と不安に満ちた空間は一欠片も残っていない。

 

 喧騒の中、書類とにらめっこしながら指示を飛ばす少女がいた。ギルドマネージャーや村長らに混じり、ユクモ村の復興を手伝っている。

 忙しそうだ。

 

「――だから、それはアイルーちゃんらに任せて……ってアオイ!」

 

 気付かれた。

 ルナはクエストカウンターから飛び降り、こちらに駆け寄ってきた。

 

「無事に戻ってきてくれたね。アマツマガツチも倒してくれた。本当に……本当にありがとう」

 

 ルナは屈託のない、本心からの笑顔でそう言った。まるで見た目相応の子供のように。

 

「僕だけの力じゃない。僕がここまで生きてきたこと、ハンターになったこと……何よりルルド村や大切な人との思い出は全部、あなたのおかげだ」

 

「……嬉しいこと言ってくれるね。そうだね。ここまで言ってくれたからには……私も頑張ることにするよ!」

 

 ルナがそう言うと、会議をしていたユクモ村の面々が苦々しい顔をした。なぜ。

 

「……さて、本当は私じゃなくて、ほかに会おうと思っていた女がいるでしょ」

 

「言い方」

 

「ミドリはここから直接行ける宿舎に寝かせたよ」

 

 ルナはそう言ってクエストカウンターへと戻っていった。

 

 集会浴場のクエストカウンター横から出て、廊下を進んでいくと宿舎に出る。ギルドというよりかは温泉旅館のような作りになっている。造りがしっかりしていたのか、あまり被害は出ていないようだ。

 

「宿舎って言ってたけど、どの部屋なんだ……?」

 

 行き交う人を見るに、他の村から来た人やハンターが利用しているらしい。今思えば僕が寝てた場所には怪我人が集められていたのかもしれない。勝手に抜け出しちゃったな。

 さて、この中から一部屋ずつ探していく……現実的じゃないな。

 

「〜〜〜ッ!」

 

 迷っていると、どこか悲鳴にも似た、メリルの声が聞こえた。

 急いで声の方へと駆け、扉を開けると、メリルがミドリに抱きついていた。ミドリは澄まし顔でされるがままになっていた。

 

「ミドリ! 目を覚ましたんだね」

 

「うん。おはよう、アオ」

 

 ミドリは布団から上半身だけ起こしたまま言う。

 

「アマツマガツチは倒せたの?」

 

「倒せた。……ミドリのおかげだよ」

 

 あの時、ミドリが庇ってくれなければ、二人とも再起不能になっていた。そうすればメリルの復帰も間に合わず、アマツマガツチは里へ降りていたかもしれない。

 

「それはどうも。アオならきっと倒してくれるって信じて良かった」

 

 ミドリはホッとしたような笑顔を浮かべた。

 

「怪我の具合はどう? 痛くない?」

 

「腕は痛いね。でも他は大丈夫そう」

 

「ミドリが、起きてる、話してる〜ッッ!」

 

 ずっと抱きついたままだったメリルが涙声で喋った。でもメリルの気持ちも分かる。ミドリが目を覚ますのかずっと不安で仕方なかった。メリルに関してはここ数日の間ずっとこの気持ちを抱えていたんだ。

 

「アオ?」

 

 ミドリがこちらを見ながら苦笑いをしている。

 

「顔になにかついてる?」

 

「いや。なんでそんなに泣いてるのかなって」

 

「メリルはメリルだから。いつものことでしょ」

 

「こそあど言葉が聞き取れなかった? 泣いているのはアオだよ」

 

 そう言われてから、頬を涙が伝ったのに気づいた。ミドリが無事に起きているという事実が、感情を揺さぶる。まるで恋心のように、一度気づいた気持ちは大きく膨れ上がり――。

 

 ミドリに抱きついて泣いた。

 泣いて寝て起きたのに、また泣いてる。赤ん坊並みに泣いてる。

 

「存分に泣けばいいよ。後でからかってあげる」

 

「そんなことしたら、ミドリが軽口を叩けるくらい快復したってまた泣いてやる」

 

「いつからこんなに泣き虫になっちゃったの」

 

「……あの剣が伝えてくれたんだよ。今生きてることがどれだけ奇跡なのか――大切な人がまだ生きていることがいかに幸せなのかをね」

 

 人の執念をエネルギーに変え、龍の力を断ち、息の根さえも止める封龍剣。

 あの剣にはモンスターに対する怨みと、大切な人を守れなかった怒りと後悔がつまっていた。

 それを全て龍属性エネルギーとして燃やして、残ったのは……衰弱死するしかないはずの僕に生きる力を与えてくれたのは……。

 封龍剣の最後の持ち主にして、この剣を嵐龍に突き刺した……貴女の想い。

 

「ハンターなんてやっていたらいつ死ぬか分からない。だから今は、ミドリが目を覚ましてくれたことを心の底から喜びたいんだ」

 

 

 

「……全員生きて帰れて本当に良かったです」

 

 洗顔直後くらい濡れた顔でメリルがそう言う。

 

「そうだ、メリルはあの後どうしたの? 大技を受けて……滑落してから」

 

「一度気を失い、目を覚ますと池に浮かんでいました。ミドリが剣を見つけたあの池です。不思議なことに怪我が治っていて、慌てて山頂まで登りました。その頃には……アマツマガツチとアオイが死闘を繰り広げていました」

 

「メリルがあそこで助けてくれなかったら……。僕はたぶんあれ以上戦えなかった」

 

「いえ、アオイの粘り勝ちです。誇ってください。アマツマガツチにとどめを刺したのは紛れもない、貴方ですから」

 

 メリルは僕の目を真っ直ぐ見据えて言った。……ちょっと照れる。だけど、僕一人じゃアマツマガツチを討伐するなんて到底できることではなかった。3人いたからこそ成せたんだと思う。

 

「私に抱きつきながら話すのやめて?」

 

「……メリル」

 

「こればっかりはアオイもでしょう。……こほん。私が落ちた後のことも聞かせてくれませんか」

 

 メリルはミドリに抱きついたまま、不動の構えを見せた。

 

「メリルが落ちた後、アマツマガツチが大技をしようとして隙を晒したの。2人で徹底的に攻撃したんだけど堪えられて、共倒れしないように私がアオを庇った……。こんなところかな」

 

「……実はその直後、かなり絶望したよ」

 

「でも、今はさ、私たち生きてるんだから。みんなで笑おう?」

 

 ミドリは苦笑いを含めば……今日ずっと笑顔を絶やしていない。思わずこちらの口角も緩むような、その曇りのない笑顔に――。

 

「え、まだ泣く⁉︎」

 

 涙腺がまた緩んだのを感じた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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