モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百十話 全てを奪い去る嵐

 

 眼下に広がる雲が、大荒れの海のように目まぐるしく形を変えながら流れていく。

 空は元々の色に血が混ざったかのような、禍々しい色に染まっており、ひっきりなしに雷鳴が轟いている。

 

「……これ以上は体がもたない」

「ここまでよくやってくれたよ」

 

 ミドリが獣宿しを解いた。1時間ほど気を引き続けてくれたのには感謝しなくてはならない。

 しかし、アマツマガツチが怒り状態に移行してから攻撃のチャンスが少なくなった。動きの俊敏さも技の範囲も格段に上がっている。

 

「アオイッ! この状況では私とミドリでは有効打を与えられません。打開の手をお願いします!」

 

 ミドリは獣宿しを解いたのもあってか、動きに対応しきれず攻めあぐねている。メリルは攻撃こそしているが、どれも浅く、もう一歩を踏み込めないでいる。

 ……このボウガンの威力ではヒレや腕を狙っても効果は薄い。頭部になんとか当て続けたいが――怒り状態になってからは攻撃の瞬間ですら頭への攻撃は風に阻まれる。

 風を読むしかないのか。だがどうやって? 弾の逸れ方は一定じゃないから常に同じというわけではない。法則を見つける――時間がかかり過ぎるか? だが……やるしかない。

 

 大量にあるレベル1通常弾をひたすら撃ち、弾道を頭に叩き込んでいく。やはり同じ場所に撃っても同じような結果は得られない。情報も手数も足りない。まるで札の位置が毎回シャッフルされる神経衰弱をやっているようだ。

 

 他の方法を考えようとした時だった。アマツマガツチの視線が時折ミドリの方を向くのに、攻撃の対象がずっとメリルであることに違和感を覚えた。

 

「――ミドリ、狙われてる!」

 

 そう言った直後、アマツマガツチは風の刃を、突然ミドリに向けて放った。

 この雨では広さも形状も碌に視認できない攻撃だ。ミドリは紙一枚分、ギリギリ回避が間に合った。だが、背中まであった長髪が一瞬で切り刻まれ、うなじほどまで短くなる。

 その髪は風に乗り、アマツマガツチの方に吸い込まれていくようにして見えなくなった。

 

 ポーチから、イキツギ藻を織り込んだネットを取り出し――着火する。

 イキツギ藻が内側から酸素を出し続けるため、雨風の中でも炎は消えない。これをアマツマガツチの顔目掛けて投げつける。

 見え見えの攻撃だ。だがこれにどう対応するかは大きな意味を持つ。

 炎に包まれたネットは、アマツマガツチが腕を払って発生させた風の刃により、空中でズタズタに切り刻まれた。

 糸くず同然の大きさになっても、火は付いたまま。無数の火の玉が風に流されていく。そして、アマツマガツチが纏っている風の流れを炎の軌跡が明らかにした。

 

「……これで風が読める」

 

 火炎弾を装填し、風で逸れる分を計算する。そして引き金を引く。1発1発を少しずつ角度をずらして発射する。弾丸は風による外力で弾道が曲がり、横や下向きの弧を描く。そして、その全てがアマツマガツチの顔に吸い込まれるようにして――着弾する。

 続け様に弾倉にある分を撃っていく。火炎弾が爆ぜ、頭部を炎を包んでいく。だが、何発かは避けられ、頭部には当たらなかった。

 

「陽動に引っかかってくれてありがとう」

 

 古龍に殺意を向けられる――睨まれると震える。恐ろしさ半分、武者震い半分といったところ。

 古龍は大抵の生き物を気にも留めないといういう。いつでも弑せるものは外敵に値しない。格が違う。だが、こいつは。

 突風にのって、アマツマガツチが突進してきた。その姿に海竜種がよぎる。すぐさま横に移動し、本体と接触しない距離に行き、さらに離れる。

 すると、僕が離れる前の地面が風の力で抉り取られた。海竜種に似ているという解釈は良さそうだ。水中で海竜が攻撃すると、その分だけ水流が発生する。アマツマガツチはそれを地上でやっているだけだ。

 

「しつこいッ」

 

 距離を詰められ、次々に攻撃が繰り出される。操る風の量は更に増しており、攻撃を避けても強風に体勢を崩される。風を攻略したのは僕だけだからか、狙いを一身に受けることになった。

 2、3回攻撃を完璧に躱すと1回だけ引き金が引ける状態。僅かに判断が遅れるだけでダメージを与えられない。僕1人では時間がかかりすぎる。だが2人の方は攻撃できずにいる。さっきまでは怪我を覚悟すれば近づけたが、今は風が強すぎる。接近すれば吹き飛ばされ、大きな隙を晒すことになるだろう。

 

「アオイ、こっちに逃げてきてくださいッ」

 

 声は後ろから聞こえた。自分のことに手一杯でメリルが背後に来ていることに気付かなかった。このまま普通に駆け寄ってメリルの策を悟られるのは避けたい。

 アマツマガツチが腕を払って空気を弾き出した。

 それを掠るギリギリで回避し――たが、直撃していないのにも関わらず、見えない腕に掴まれたようにして風圧で体を吹っ飛ばされた。

 空中で世界が3回転し、地面に2度強かに打ち付けられ、泥まみれになってメリルの足元まで転がった。

 

「立てますか」

「……余裕」

「そうですか」

 

 アマツマガツチが勝ち誇ったように、ゆっくりとこちらに向かってくる。他のモンスターのようにすぐさま追撃したりはしないらしい。外敵もいなければ食糧を必要とするわけでもない、古龍の不敵さ。

 食物連鎖の頂点に君臨する嵐龍の前に、メリルが立ちはだかった。

 

「古龍との闘い――もっと命懸けを想定していましたが、随分と小賢しい戦法を選ぶのですね」

 

 嘲笑混じりに語りかけながらも、これだけの時間狩りをしても練気は一切の摩耗を見せない。

 

「かかってきなさい、切り捨ててあげます」

 

 そう挑発し、メリルは地面を蹴った。

 

 

 アマツマガツチが、さっきまでとは比べ物にならないような範囲に暴風を起こした。それに対し、メリルは目にも留まらぬ速さで回転斬りを繰り出し、その勢いで暴風を無力化した。

 攻撃への対処があまりに早く、後に動いたはずのメリルが先手を握った。

 助走つけ、巨躯に纏う風の隙間を縫うように動き、2度斬りつけた。斬撃の直後は何もなかったが、アマツマガツチがメリルの方を向うと体を動かした瞬間、切断面がズレて血が吹き出す。

 

「メリルがさらに強くなってる」

 

 ハンターの中でもトップクラスの実力を持つメリルが、未だ成長している。

 

「……僕らも負けてられない。このまま一気に削るッ!」

 

 アマツマガツチはもはや僕らを警戒しきれない。メリルが最大級に危険視されている。

 

 

 やはり体力は多い。並のモンスターならとっくの昔に討伐できている頃合いだ。イビルジョーの時とは違い、休む時間を取らずにこれだけの時間攻撃している。こちらの疲労も蓄積してきたが、アマツマガツチも傷の治りが遅くなっている。

 

 アマツマガツチがその場で円を描くように高速で廻った。そうすると、暴風が渦となり、やがて竜巻に変化した。

 3つに分裂した竜巻はそれぞれ地面を捲りあげながら動き出した。一目で分かる。あれに触れたら人の体なんかあっという間に木っ端微塵だ。

 

「アオ、竜巻の把握お願いッ!」

 

 ミドリはそう言い、距離を詰めにいく。

 アマツマガツチと竜巻に挟まれる形が冷や汗を生む。メリルが本体を惹きつけていなければ攻撃どころではなかった。

 周囲の竜巻は一定の速さで動いている。死角を作らないように立ち回り、常に三つの竜巻が視野に入るようにする。これを維持しながらでも攻撃できなくはないが、リスクを取る必要がない。

 

「ミドリ! 真後ろから竜巻が来る! メリルは3時と8時の方から!」

 

 2人に戻りの竜巻の位置を伝え――気付く。竜巻によってメリルの退路が左右をどちらとも塞がれている。これが偶然じゃないのは、アマツマガツチが尻尾を僅かにあげている動作から明白だった。

 退路を絶ってからの広範囲攻撃がくる――やばいやばいやばいッ僕のミスだ、もっと早く気づけたはずだ!

 

「メリル! 逃げてくれッ!」

 

 メリルにここで怪我は負わせられない。僕が連れてきたようなものだ、せめて、盾に――。

 間に合わない、竜巻の位置を確認するために離れた距離の分だけ一歩が小さい。走馬灯にも似た時間感覚の中、メリルが熱さえ感じるほど集中しているのが目に入る。

 アマツマガツチは尾で空気を叩き、纏っていた空気に指向性を持たせ、凄まじい速度でメリルへと突っ込む。

 

 轢殺せんとばかり猛進してくるその体に、メリルは突き出した剣をそっと当てた。そして、剣を当てたまま、突進と同じ速度で後方に転がる。

 退路のない攻撃を完璧にイナした。

 そして、この一連の動作で練り上げられた気は真紅を超え、蒼色へと変わる。

 

「――ッ‼︎」

 

 一息で一気に距離を詰め、振り抜いた神速の太刀はアマツマガツチの腕へと滑り込む。

 初太刀が駆け抜けた面に沿って、片腕の羽衣がずれ落ち――同時、より一層眩い光を散らし、剣が振り下される。

 突然暴風が巻き起こり、首を落とせるほどの剣撃は、切先が眼球を裂くのに留まる。

 

「逃がさないッ」

 

 アマツマガツチがその場で巻き起こした真空の刃に身を引き裂かれながらも、メリルは追撃を仕掛ける。

 凄まじい威力の連撃は古龍ですら退かせ――いや、これも誘導だ!

 さっき放った竜巻は未だ消えていない。突進で視線を誘導されたせいで視界から外してしまっていた。

 

「メリル、竜巻がまだ残ってるッ」

 

 今度は早く気づけた、だが、メリルはすでに三方向から竜巻に迫られている。

 打開策を思いついたのと同時に走り、弾倉をバレットゲイザーに切り替えた。勢いのまま跳躍し、ボウガンを後方に向け、引き金を引く。

 爆風に煽られたかのような、凄まじい反動がボウガンにかかる。普通なら受け止めるが、これを逆に推進機代わりにして――

 

「くらえッ」

 

 アマツマガツチの懐へ飛び込み、勢いのままに回し蹴りを――胸部に突き刺さっている黒い剣に叩きこむ。

 足と剣が触れた瞬間、真っ黒な稲妻がアマツマガツチを貫き、怯ませた。

 

「ありがとうございます、アオイ。助かりました」

 

 今できた隙を使って、メリルは抜け出したらしい。

 ピンチの中にチャンスが眠っていたようだ。……龍属性が理解できたかもしれない。

 

 

 

 どんな攻撃もメリルは最小限の動きで避け、退路を断たれたとしても剣で受け流していく。だが、あまりにもギリギリで避けるからか、掠るたびに少しずつ傷を負っている。

 メリルの傷を回復弾で治しつつ、アマツマガツチについた傷は通常弾で抉っては広げる。ミドリはメリルと反対方向から細かく、多く傷をつけながら動いている。治癒力を分散せざるを得ない状況を作り、一つ一つの傷から一滴でも多く血を流させる。

 もはや全身に纏う風は勢いが弱まり、接近しても体を切り裂くことはない。相当な量、体力を削れている。

 唐突にメリルへの攻撃を中断し、アマツマガツチはたおやかに上空へと飛翔した。

 

「――警戒をッ!」

 

 メリルが鋭く叫ぶ。その言葉でアマツマガツチを瀕死まで追い込んだことを悟る。ここからは全力を上回る――自らの生命力を燃やし、限界を超えた力を使用してくる。

 

 上昇していたアマツマガツチが止まったかと思うと、神楽鈴のような音で鳴いた――

 

 直後、轟音が側を通り過ぎて行った。更にとてつもない威力だったのか、一瞬遅れて何かが通り抜けた地面が破裂した。

 

「ブレス来ますッッ!」

 

 その言葉を聞き、アマツマガツチの方を見ると、再度ブレスを発射していた。

 あまりにも遠いせいで誰を狙っているのか――そもそも素直に照準をつけているのかさえ分からない。

 離れた距離の分だけ、縦や横に薙ぐ速度が目で追えないほど速い。

 次々に放たれる必殺の高水圧を反射神経だけで避けていく。これに当たったら体はいとも簡単に消し飛ぶ。一晩で集落を消し去った、忌々しい攻撃。

 擦りでもしたら戦闘不能になる恐怖が、心臓を限界まで駆動させる。汗だが雨だが分からない水で防具がずっしりと重い。攻撃の手が止まって初めて気づいた。動きが鈍るくらいには既に疲労している。

 ブレスというよりかは超リーチの斬撃だ。点ではなく、線の攻撃。

 

「ハァ、ハァ……」

 

 流石にずっと行える攻撃ではないらしい、アマツマガツチは地上へと舞い戻ってきた。

 だが、即座に攻撃には移れない。スタミナを消耗しすぎている。

 染みた水でふやけた、携帯食料をかじり、弾丸を装填する。

 2人の消耗は僕以上のはずだ。どちらか1人、休ませられたならどれだけ良いか。だが残った2人で戦線は維持できない。

 メリルが注意を惹きつけているとはいえ、ミドリが頻繁にカバーに入っている状況だ。僕は2人が追い込まれたりして詰まないよう、指示を出しつつ攻撃をしている。

 

「ミドリ、避けなさいッ!」

 

 不意打ちのようなタイミングで、横向きに振った尻尾がミドリを狙った。体の軸をメリルに合わせた状態からノールックで行った、突然の行動だった。

 メリルがミドリの方に向かうのと同じタイミングで、ミドリは体を投げ出すように大きく跳び、ギリギリで回避した。

 その直後、アマツマガツチが全身につけられた傷が開くほどに筋肉を収縮させ――溜めの動作を行う。そして、今日一番の速度でメリルへと迫り、その周りを高速で周回しだす。

 

「させるかッ」

 

 火炎弾を連発する。だが、あまりの風圧に全て弾き返される。

 最悪の事態を悟った。

 メリルが詰んだ。

 これは、この行動を見落とした僕のミスだ。

 

 灰色をした暴風の柱が、メリルのことを巻き上げながら滅多切りにする。そして、彼女は途中で弾き出されて崖の淵に一度叩きつけられた。

 

「メリルーーーッッ!!!!!!」

 

 喉を潰すほどの大声で、ミドリが叫ぶ。

 ミドリのことをあれだけ愛していたのに、普段なら名前を呼ばれただけで小躍りしていたのに。メリルは指一本動かず、そして崖からはみ出した体が重力に引っ張られていく。

 

 2人で、全速力で駆け寄るが、腕を掴もうと伸ばした手は空を切った。

 

 そして、メリルは僕たちの目の前で霊峰から転がり落ちていき、雲海へと消えた。

 

 

 

 

 


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