モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百九話 災禍起こせし天の龍

 

 

 

 そこは山頂の割に狩りに適した地形だった。広くて平らで――ただ、見渡すと飛行船の残骸が落ちていたり、自然によるものとは思えない傷跡がそこら中に刻まれている。

 天は赤紫色に染まっていて、無数の暗雲が風に流されていく。遮るもののない山頂は、気を抜けば転倒しそうなほど風が強い。

 横殴りの雨を浴びながら、中央へと向かう。

 すると、霊峰中にけたたましい咆哮が鳴り響いた。

 

 雷がシルエットを照らし出す。その姿は記憶に残っているものと完全に一致した。

 海竜種のような体つきをしていて、風を受けるためか全身に真っ白でしなやかなヒレのようなものがある。そのヒレは、所々に山吹色が散りばめられており、神事の衣装のよう。そして、頭部には淡い金色の長い角が2本生えている――だが、片方の角はもう片方の半分程しかない。また、胸部には黒い剣が一本、深々と突き刺さっている。どれも、前のハンター達が戦った証だ。

 

「行くよ!」

 

 作戦はない。初見のモンスター相手はアドリブで戦うしかない。

 ただ、初手だけは決めていた。

 ゆっくりと降りてきたアマツマガツチを、2人が挟むように動いたのを見てから、頭部に向かってひたすら射撃する。遠距離から攻撃できる僕が気を引き、攻撃方法を見る戦法――だったが、肝心の弾は着弾する前に悉く逸らされてしまった。

 頭部に撃った弾はアマツマガツチの周囲を吹く風が邪魔をして届かない。弱点部位を簡単には攻撃させてくれないらしい。

 今の目的は気を引くことだ。風が弱い場所を狙い、ひたすら弾を命中させる。しかし、まるで効いてないらしく、アマツマガツチがミドリの方を向いた。

 アマツマガツチはその場で右腕を払った。そうすると、見えない何かが地面に大量の傷をつけながらミドリに迫る。

 虚を突かれながらも、ミドリは間一髪、それを躱した。

 

「ブレスがきます!」

 

 メリルが叫ぶ。

 その声に弾き出されるようにして、ミドリは大きく横に動く。だが一瞬遅かった、風の塊が彼女を掠めた。

 掠っただけなのにミドリが着けていた腕の装甲が砕け散り、二の腕の皮が裂け、血が流れた。

 

 感情を息と共に吐き出し、弾を装填し直す。気づいたことがある、アマツマガツチが攻撃する瞬間、風が弱まったのか、弾が真っ直ぐ進んだように見えた。攻撃の隙なら、弱点に弾が届くんじゃないか?

 

「ガンナーからの先制じゃ気を引けない、2人も攻撃してくれ!」

 

 メリルとミドリがアマツマガツチに肉薄し、斬りかかる。低空とはいえ空を飛んでいるため、上段の攻撃しか通らない。その上、空中をひらひらと舞うヒレは、強靭かつ軽いせいで剣をいなしてしまうようだ。

 胴体への攻撃も、突風のせいで武器が振りづらいのか命中自体が少ない。

 ……仕方ない。ボウガンに火炎弾を装填する。本当はもっと体力を消耗させてから使いたかったが、やむを得ない。

 

 ボウガンの弓部分にあるトリガーを引き、速射に切り替え、狙いをつける。頭部は小さく、空中を泳ぐように動くため狙いがつけにくい。

 こいつは他のモンスター同様、ハンターに優先順位をつけて攻撃している。真っ先にミドリを狙ったのはあの黒い剣を持っていたからだ。――だがそろそろ気づくはずだ。

 

「よくもミドリに怪我をさせましたねッ!」

 

 練気を纏った炎刀が、羽衣のように舞うヒレを切り裂いた。更に、振り抜いた瞬間手首を返し、より疾く、鋭く、刃を閃かせる。

 胴体に迫る快刀をアマツマガツチは体を捻って薄皮一枚の傷で済ませ、カウンターに尻尾を直上からメリルへと振り下ろす――ところに合わせて、置いておいた照準を微調整しつつ引き金を引く。

 4連射された火炎弾がアマツマガツチの頭部を炎に包んだ。

 それと同時に、尻尾を回避したメリルの肩を踏み台に、ミドリが跳んだ。

 嵐を纏う龍の上から、ミドリは両の手に持つ、水晶のようなレイピアを首筋に向け――突き刺した。

 

 アマツマガツチは上空へと昇りながら暴れ狂う。ミドリは必死に食らいつく。火炎弾を連発し、ミドリの援護をする。

 こうなってしまうと彼女らの根気くらべだ。ミドリはしがみつつも何度も剣を振り下ろして攻撃している。そんな中、アマツマガツチは縦横無尽に上空を飛び回り、ミドリにあらゆる方向の重力をかけて振り落とそうとしている。

 

「――堕ちてぇッ!」

 

 叫び声と共に、双剣を逆手に持ち替え深々と突き刺した。

 すると、アマツマガツチは耳をつんざくような咆哮をあげ、地に落ちた。

 

「ミドリ、ナイス!」

「このまま畳みかけますよ!」

 

 アマツマガツチにありったけの弾丸を撃ちこむ。流石古龍と言うべきか、傷の治りが異常に早い。規格外の治癒力を持つイビルジョーを凌ぐ早さだ。かなりの手数で攻撃しているのに、あっという間に傷が塞がっていく。

 

 3回目のリロードをしたときだった。アマツマガツチの双眸が2人の方を睨んだ。

 

「離れてッ!」

 

 何が起きるかは分からなかった。だが、攻撃チャンスをふいしてでも伝える必要があると直感した。

 2人が攻撃を止め、距離をとった。

 その直後、径の小さい竜巻が突然発生し、アマツマガツチがそれの外周に乗り、高速で周回しだした。

 

「アオ、掴まってッ! 早くッ!」

 

 ミドリの手を掴んですぐ、竜巻が強烈な風を放った。体がいとも容易く飛ばされる。

 

「ぐぅっ……きっつ……」

 

 ミドリは、片方の剣を地面に刺して風に耐え、もう片方の手で僕が風に飛ばされないように堪えている。

 せめて地面に伏せ、少しでも抵抗を減らしたいが、完全に空中に浮かんでしまっている。

 

「どこからこんな風が吹いてるのッ⁉︎」

 

 空気だって無限にあるわけじゃない。人が呼吸をしなければいけないように、これだけの量を吐き出すには相当吸い込んでおかなくては――ちょっと待て。逆だ。この量の風が排出されたということは。

 

「ミドリ、僕を離してくれ!」

「何言ってんの⁉︎ 飛ばされちゃうでしょッ!」

「吹き戻しがくるんだよ! いいから早く離してく――」

 

 パリン

 耳元を風が轟音と共に通り過ぎていく中、上等な宝石が砕けたような音が耳に届いた。

 それと共に、強烈な横風に煽られ、2人まとめて吹き飛ばされた。

 片手でミドリの手を握ったまま空中で剥ぎ取りナイフを抜き、地面に突き立てて飛ばされるのを防ぐ。中央から離れたおかげか、風の勢いはまだマシになっている。

 

「……折れちゃった」

 

 ミドリの手には刀身が殆ど残っていない剣があった。果物ナイフほどしかない。

 だが嘆いている時間はない。この風が止めば、逆向きの風が一気にくるだろう。そう考え、次の行動に移ろうとしたときだった。

 

「……息が、できな……い⁉︎」

 

 吸っても吸っても足りない。空気が薄すぎる。さっきからの風で空気が出ていきすぎて、呼吸で酸素を取り込めない。

 耳鳴りがする。ろくに呼吸ができないのに、肺がはち切れそうに膨らむ。

 

「ゲホッゲホッ――」

 

 内側からくる、張り裂けそうな痛みに耐えられず、思わず息を全て吐いてしまう。視界が白んでくる。だが、次の瞬間、体が逆方向に引っ張られる。抜けた空気が今になって戻ってきた。

 

 意識が飛びかけていたせいで反応が遅れた。気づいた頃には、アマツマガツチが、風と共に戻ってくる僕らを狙っていた。

 

「くそッ」

 

 まずい。うまく立てず、千鳥足になりながらボウガンを抜き、ミドリを抱き寄せ――体が重い、動きが遅すぎた。

 脱出が間に合わないと悟るのと同時、突進しようと低空に降りてきたアマツマガツチの下腹部から大量の血が噴き出した。

 

「アオイ、ミドリに酸素玉を」

 

 メリルが剣についた血を払いながら言う。ミドリの手足が冗談みたいに震えているのに気づく。

 酸素玉を噛んで表面に傷をつけ、ミドリの口に入れる。青ざめた顔に血色が戻っていく。

 メリルが吹き戻しを利用して移動し、斬ってくれなければ間に合わなかった。

 

 空気の密度が急変化したせいで体力をごっそり持ってかれた。――ミドリが酸欠になったのは僕のせいだ。剣まで折ってしまった。

 

「ごめん、ミドリ」

「いいの、封竜剣があるし。――すぅ……はぁ……」

 

 ミドリはさっき見つけた封竜剣――なんで名前を知っているのかは知らないが――を抜き、目を閉じて深呼吸をした。

 そして、その体を龍属性のブレスのような、闇が包んだ。

 だが、それも束の間のこと、ミドリが目を開けると緋色のオーラに変化した。

 飢えた獣をイメージし、その気を自身に纏わせることで飛躍的に身体能力を上げる狩技、獣宿し。今まで、ミドリは無意識にアマツマガツチをイメージしたせいで自分の傷を抉り、制御できていなかった。

 ならば制御するには、意識的に別のイメージをして上書きすれば良い。その結果が緋色――なるほど。

 

 ミドリが大地を蹴り出した。その瞬間、銃声のような音が響き、アマツマガツチのすぐそばを一陣の風が疾り抜けた。

 ミドリが動いたことを認識した時には、古龍にすら反応を許さない速度で、頭から尻尾にかけて、無数の斬撃が刻まれていた。これだけのダメージを一瞬で与えれば、しばらくの間、アマツマガツチはミドリに釘付けになるはすだ。通常弾に切り替え、とにかく手数を稼ぐ。

 

 アマツマガツチがミドリを狙うたびに風向きがねじ曲がり、無風が突風に、強風が瞬時に凪に変わる。全身から見えない刃のようなものを撒き散らしながら空を遊泳している。 

 ミドリはその攻撃一つ一つを最小限の動きで躱し、即座に反撃に転じていく。燃え盛る炎のように、アマツマガツチは実体を捉えられない。だが、その両手の剣は確実に嵐を灼き焦がしていく。

 

「アオイ、回復任せますッ」

 

 そう言って攻撃に参加したメリルの全身を、見えない刃が襲った。

 今まで、傷一つなかったメリルの防具に、大量の傷跡がつけられていく。装甲の薄い関節部分から血が染み出し始めた。

 ミドリは目をつけられているが故に、風を集約した攻撃で狙われる。その代わりに近づくだけでダメージを受けることはない。だがアマツマガツチは多対一を避けるために力の一部を自動迎撃に回している。ミドリ以外は近づくだけで切り裂かれてしまう。

 さっきまで弾丸は逸らされるだけで済んでいたが、今は体の末端を狙わないといけない。背中や頭部に撃つと弾が空中で真っ二つにされてしまう。

 

 メリルのサポートをしつつ、火炎弾でアマツマガツチの体力を削る。ヒレを破壊すれば浮かびにくくなるはず。どの部位でもいい、全力を出される前にどれだけダメージを蓄積させられるかが勝負の鍵を握る。

 

 ミドリが注意を引き続けているのがやはり大きい。彼女は反撃が上手く、攻撃を避ける時間のロスが少ない。それに僕的にはミドリの動きがどう動くのかが分かるおかげで、アマツマガツチの行動も予測でき、弱点を狙いやすい。

 そして何より、メリルの力を遊撃にまわせる。

 

 

 風の流れが大きく変わる。攻撃のたびに風向きは変化していたが、なんとなく次の行動が予測できるようになってきた。これは吸い込む方向の風だから――この状況を打開するための攻撃を仕掛けてくる。

 

「大技がくる、警戒して!」

 

 そう言った直後、アマツマガツチが地面を尻尾で掻き上げた。数多の攻撃で傷だらけだった地面は瞬く間に砕け、風に乗って浮かび上がる。

 予備動作は吸い込み――なら風を放出してくる。

 

「散弾がくるッッ」

 

 浮かばせた石や岩を、風圧で飛ばす魂胆だろう。分かってしまえば後は、いかに攻撃の薄いところに飛びこむかだ。

 

 放たれた岩のいくつかを撃ち落としつつ、岩の数が少ない場所へ飛びこむ。岩の飛ぶ方向と同じ方向に受け身を取り、威力を少しでも減らす。

 肩や腰を岩が打つが、他の攻撃と違い、致命傷には至らない。痛みを我慢して回復薬を飲み、次弾をこめる。

 メリルは大きく横に移動して避けたようだ。ミドリは――彼女の方へと飛びそうな岩は殆ど撃ち落とした。

 

「せああああああッッッ!」

 

 最速で弾幕を突破したミドリは、僅かにできた隙に乗じてアマツマガツチの頭部に肉薄した。そして、ありったけの力を込めて、両手の剣を頭部に叩き込んだ。封竜剣が雷鳴のような音を響かせる。溢れ出した龍属性がアマツマガツチの純白のヒレに電撃傷のようなひび割れを残す。

 怯む暇も与えずに、メリルが斬りこむ。身体中に傷をつけられながらも、練り上げられた気は、剣を赫く輝かせる。

 尋常ではない気配を感じ取ったのか、アマツマガツチがメリルに向かって球状のブレスを放った。

 今日初めて見せた水属性の攻撃を、メリルは一刀のもとに斬り伏せる。

 圧縮されていた水が爆散し、霧になる。霧は目眩しとなり、アマツマガツチの反応が遅れる。

 

「――ハアアアアアッッッ!!!」

 

 メリルの剣が、アマツマガツチの首筋を沿うようにして浅く切り込みをいれ――その残像がまだある中、返した刃が閃いた。全気力を懸けた二撃目は、古龍の再生速度を上回る速さで、寸分違わず首筋の切り込み捉える。

 霊峰を絶叫に似た、咆哮が震わせた。

 咆哮が終わると、その瞳が妖しく輝き、はためいているヒレや胸部が、淡い橙色の光を帯びていた。

――大自然の化身たる、古龍の全力が解き放たれた。

 

 


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