モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百八話 熾火

 大雨の中、無数のモンスターを討伐した。

 モンスターを討伐しては村に帰還し、数時間だけ休むのを繰り返している。体力を大きく消耗したモンスターばかりで、狩るのは楽だが続ければ身が持たない。狩りだけじゃなく、移動にも労力がかかるのだ。

 どこから来たのかは知らないが、いくらなんでも大型モンスターが多すぎる。僕たちだけで10匹は倒した。

 防具を補修するための素材の残りは多くはない。弾薬は村の雑貨屋にあったものも使わせてもらっているからまだ持つ。

 

「ルナ、近くにまだモンスターはいる?」

「……うん。お疲れのところ悪いけど、次はルルド村のある山の麓のあたりに――」

「ルナ」

 

 僕らが疲れているように、ルナもこの災害の対応で疲れている。だからか、彼女が嘘をついたことに気づいた。

 

「本当はそのモンスターがここに来る可能性は低いんでしょ」

「……ごく僅かな可能性だって死ぬ理由になることがある。ハンター人生で古龍と遭遇するのは一回あるかないか、って聞くけど私はすでに4回古龍に関わっている」

 

 ルナは僕に依頼書を見せながら言う。

 

「可能性のことを議論したところで、結局何が起きるか分からないんだよ。人が死ねば取り返しはつかない」

「……このモンスターの居場所がそこなら、ユクモ村からはずいぶん遠い。本当はもうアマツマガツチを倒しにいけるだけの時間はあるんでしょ」

「古龍を狩猟するっていう勝算より他の地域からの救援を待った方が安全策なの」

「その救援は僕たち以降、誰一人として来ていない。まだ選択肢があるうちに、アマツマガツチを狩りに行くことを、認めてほしい」

 

 救援は恐らく来ない。視界を確保できる高度で飛行船を飛ばすとアマツマガツチに撃ち落とされるんじゃないか。低空飛行をしようにも僕たちを乗せてくれたアイルーのような腕を持つ者はそんなに多くないだろう。

 

「…………でしょ」

「え?」

「認められるわけないでしょ!」

 

 ルナが受付カウンターの上で立ち上がり、僕の胸ぐらを掴んだ。

 

「認めたからメリルにも協力を要請したんじゃないの?」

「いざその時を前にしたら心配で心配でたまらないの! アオイが行けば、あなたを一人にしないためにミドリも行く。そんな2人を死なせないためにメリルも行く……3人とも死んじゃったら私は……」

 

 ルナはそう言って顔を伏せた。

 

「僕は……僕たちは死ぬつもりなんてない」

「……そんなの当たり前でしょ。死ぬって分かっていたら誰も村から出ない。エーテルも、シアンも生きて帰ってくるって思ってた。だけど……」

 

「この状況で私に会いに来たと言うなら、私がついた嘘を見抜いたと言うなら……私の思いを汲んでよ」

 

 胸ぐらを掴む力は一層強くなり、震えている。

 

「ルナの思いも分かってる」

 

 だけど

 

「僕はただ、あいつを許せなかった。集落を瓦礫の山に変えたことも、人を切り刻んだのも、ルルド村を奪ったことも……自分が何もできなかったことも。だから僕は元凶を絶ちたいんだ」

「やれることなら私だって……!」

 

 話を聞くなり語気を荒くして、ルナが顔を上げた。ただ、表情はすぐに暗くなり、また俯いた。

 

「ただ、これ以上失うくらいなら、私は他所で平和に暮らしたいし、みんなにも平穏な生活を送ってほしい」

「それなら、僕はルナと同じことを思ってる。生きていることが許せないのと、失うことへの恐れどちらもある」

「なら、リスクをもっと恐れてよ。自分の感情を満たすことがそんなに大事なの?」

「大事だよ。このためにここまで生きてきたんだから。――それに」

 

 ルナが何か言いたげに顔を上げた。それに被せるように言う。

 

「僕がルナの思いが分かるように、ルナも僕の思いが分かる。当然だよね。同じことを考えているんだから」

 

 ルルド村とユクモ村はそれなりに近いところにある。

 ルルド村付近にアマツマガツチが来ると考えたからあの場所を捨てた――なら、ユクモ村にも本来なら行かない。村を捨てるほどの判断を下した人はわざわざそんな危険を犯さない。それにもかかわらずルナはここに来た。

 

「ルナがユクモ村に来た理由……アマツマガツチについて調べるためでしょ」

 

 ルナが一瞬言葉に詰まった。図星だったらしい。

 ルナはため息混じりに話し始めた。

 

「アオイがモガの村から戻ってくれば、すぐにでもアマツマガツチを探しに行くんじゃないかって思って、先に調べることにしたの」

「協力してくれるんだ」

「どんなに止めても勝手に行っちゃうんじゃないかって思ったから、せめて勝算を用意しただけ」

 

 ……。今度はこっちが図星をつかれる番だった。例え勝てなくても、ある程度体力を消耗させれば撃退して――天候は元に戻せると踏んでいた。見透かされていた。

 

「ユクモ村では厄除けとして村中で赤色がよく使われているの。厄がアマツマガツチだとして、赤色――炎が弱点なんじゃないかって考えられる」

「……教えてくれたってことは」

「行くことを認めることなんて絶対にできない――ただその代わり一つ約束して」

 

 ルナはこちらを向いて明瞭に言った。

 

「死なないで。大怪我を負ったらすぐに撤退して。必ず戻ってきて。これだけは譲れない」

「……分かった。約束する」

 

 僕がそう言うと、ルナが飛びつくようにして抱きついてきた。

 受け止めて、抱き返す。

 

「……大きくなったね」

「ルナは、相変わらずだ」

 

 こんな小さな体に、どれだけのプレッシャーがかかったのか。僕はどれだけ心配をかけたのか。

 どうか、かけられた心配を杞憂に終わらせてあげたい。

 

「ミドリ、アオイを頼むよ」

「もちろん。何かあったら担いで逃げてくるよ」

「メリルも2人をよろしくね」

「はい、任せてください」

 

 僕に対する心配は、比重がやや多いらしい。

 

 

 

 火炎弾を多めに、ボウガンが対応している弾をあらかた準備する。攻撃系だけじゃなく、サポート用に回復弾とウチケシ弾も用意する。

 ……力の爪に、イキツギ藻のネット、お守りも全部持った。

 

「準備終わった。2人は?」

「終わってるよ」

「私もです。――さて、行きますよ」

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 

 どこにこれだけの水があったのか、不思議になるほど雨が降り続けている。一度も弱まることなく、地表を洗い流し続けている。

 アマツマガツチは霊峰にいるらしい。少なくとも前回はそうだったと。霊峰があるのは、ルルド村からさらに登った先だ。

 ユクモ村出てまずルルド村を目指して歩いた。

 この道が使われなくなって長いからか、獣道のようだった。

 

 

 

「……久しぶりだ」

 

 僕たちはこの短期間で酷く荒れたルルド村を目にした。

 建物の窓や扉は壊れ、畑は土砂の下に埋もれている。

 道はもはや面影を感じることも許されず、この村の特徴であった静水とそれを引く水路は瓦礫を運ぶ濁流に変わり果てた。

 

 突風に耐えながら、故郷を歩いていき、やがて、村の最奥にある滝まで来た。

 ここから村を見下ろすのが好きだった。陽光が水路に反射し、とても美しいのだ。

 今は見る影もないが。

 

「ここから先に行くのは初めてだ」

「ルナちゃんに禁止されてたしね。こっそり行こうとしても何故か見つかったし」

 

 村の奥には崖があるが、そこまでの高さではない。突起も多く、登れそうだ。

 滑りやすくはあるが、氷海で氷の壁を登った時の要領でいけば問題ない。

 崖を登り、木々の生い茂る坂を登っていく。雨のせいもあるが、少し冷えてきた。吐いた息が白い。

 

「ねぇ、一旦休憩しない?」

「そうですね。雨を凌げるようなところを探しましょうか」

 

 そういえばここまで歩きっぱなしだった。いざ狩りが始まれば休む時間はないかもしれない。休めるうちに休んだ方が良いか。

 休憩できそうな場所を探しつつ登っていくと開けた場所に出た。

 池がある。水の流れを見るに、ここから村へと流れているのだろう。

 池のほとりを見ていくと、蔦があって見づらいが、岩の裂け目があった。

 

「あそこで休めそうじゃない?」

 

 池が増水したせいか、湿地のようになってしまっている。水没林を思い出す。この高地だというのに、ここは随分と植物がある。池の周囲だからだろうか。

 草をかき分けて洞穴に入るが、外がそもそも暗いせいで何も見えない。

 洞窟の中には僅かに水が流れている。どこかに深い水溜りがあると思うと、進みたくない。奥に行くのを躊躇していると、メリルが松明に火を灯した。

 

「みんな見向きもしませんが、松明は意外と役に立――」

 

 メリルが言葉を失った。

 炎が照らす先を見ると、剣が突き立てられていた。それだけじゃない。何らかのモンスターの甲殻や鱗の一部、人骨、髪……この加工された甲殻は武器と防具の一部にだろう。ならここで生き絶えたのはハンターということになる。

 

「これって……まさか」

 

 わずかに残っている髪の毛は……ミドリの髪と同じ色をしている。突き立てられている剣は形を見るに双剣だろう。片方しかないようだが。

 

「ミドリ、大丈夫ですか?」

 

 ミドリはそれに応えることもなく、ゆっくりと剣に近づいた。

 剣の前に跪き、剣の側ににあった骨を手に取った。だが、風化していたのか、持ち上げただけで土塊のようにぼろぼろと崩れていく。

 ミドリはそれを黙ったまま見つめると、徐に剣の柄に手を伸ばす。

 その剣は長らく剥き出しのまま放置されていたはずなのに、切れ味が十分に保たれていることが見てとれた。そして、黒い鏡のような刀身、剣の持つ異様な雰囲気――破龍剣によく似ている。

 制止しようとしたときには、ミドリは剣を握っていた。

 

 

「大丈夫」

 

 随分遅れた返事をすると、ミドリは剣を地面から引き抜き、こちらを向いて座った。

 

「2人は座らないの?」

「座るけど……。その剣、持っていくの?」

「うん。この剣、手にすごく馴染むの」

 

 ……僕が以前に持ったのとよく似ていたから心配したが、何もなかったか。

 

 

 

「これくらいで十分でしょう。行きますよ」

 

 合羽を羽織りなおし、豪雨の中へと進む。ユクモ村を出てからすでに半日……いや、それ以上経ったか。かなり高いところまで登ってきた。雲を見下ろせる。だが、見下ろすとは言っても低層の雲だけで、雨はまだ降り続いている。

 

 

 さらに登ると、ようやく頂上らしきものが見えてきた。アマツマガツチがいるかもしれない。

 足音を減らし、近くの岩場まで低姿勢で進む。岩が折り重なっており、雨風を凌げそうな空間があった。そこから、頂上にある広い空間に行くこともできそうだ。

 

「ここから先に行けば、アマツマガツチと戦うことになります」

「……いよいよだね」

 

 やっとだ。

 すぐそこに仇敵がいる。

 こびりついた記憶が疼く。死んだ人の無念が、恨みが、悲しみが、痛みが――胸の奥深くに染みついている。それらは、ルルド村に帰れなくなって始めて気づいた。そして、時間が経つにつれ、大きく膨れ上がっていた。

 

 もう何も奪わせない。

 

 2人と顔を見合わせる。

 古龍に挑む覚悟はできている。

 合羽を脱ぎ捨て、僕たちは嵐雨の中に突き進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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