モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百六話 朔

 全身を激痛が襲う。

 イビルジョーを討伐し、素材を剥ぎ取ったあたりまでは殆ど痛みはなかった。だが、モガの村に帰るため橋を渡っていると徐々に体に痛みが出てきた。

 メリルの肩を借りながらなんとか村にたどり着いたが――一度仰向けに倒れると、もう起き上がれる気がしない。

 

「アオ、大丈夫?」

「大丈夫に見えるの?」

「あんなのをまともに受けた割には、結構大丈夫そう」

 

 イビルジョーのブレスをまともにくらった。メリル曰く、普通、こんなものでは済まないらしい。

 全身に擦り傷があるから――ブレスを受けた直後は皮膚がなくなっていたかもしれない。顔を覆うような防具じゃなければ見るに耐えない状態だっただろう。

 防具の損傷も酷く、所々変色したり、欠けたりしている。特に腕の部分は修理することはできないだろう。

 

「アオは今、全身に擦り傷があるんだよね」

「そうなんじゃないかな」

 

 体を僅かに動かすだけで全身が痛むから、確認はできない。一応右腕だけは狩りが終わった直後に見たが、一生傷跡が残りそうだ。別にいいけど。

 

「今、すぐ隣でお湯を作っているの」

「そうなんだ。体を温めるのは大事だしね」

 

 今はもう深夜だ。夜風が冷たい。焚き火が近くになければ、毛布にくるまっているところだ。……まぁ今更、寝る気にはならない。おそらく、そろそろ空が明るくなってくる頃合いだ。

 

「ついでに薬草を入れて、煮ているの」

「確か温めた方が体にいいんだっけ。最近、一部のベースキャンプにそのセットがあるらしいね」

「そうそう。アオは今、全身傷だらけなんだよね」

 

 ミドリがバケツを持ち上げた。煮立った水が、湯気を上げている。

 

「……ミドリ、冗談だよね」

「私は最善を尽くすだけだよ」

 

 ミドリがバケツ(煮えた海水(薬草付き))を消化活動でもするみたいに横向きにして、僕に向けて振りかぶった。

 

「待ってくれ、話し合おう。塩水はケガに染みるんだぞ――鬼! 鬼畜! ラージャン‼︎ やめ――」

「自分で蒔いた種でしょ!」

 

 

 

 イビルジョーのブレスなんて比べ物にならないほどの激痛だった。痛すぎでのたうち回りそうになったけど、その瞬間至るところが攣った。

 

「反省した?」

「……これからは気をつけるよ」

 

 痛すぎて、唐突に動く気力がなくなった。

 落ち着こうと息を整えていると、波の音が耳に入ってくるようになった。

 こんな時間だと言うのに、眠れないのか――あるいは目が覚めたのか、複数の村人が夜風に当たっている。

 他のことを気にできるくらいには痛みが治まってきた。我慢すればギリギリ動ける。武器の手入れでもしようかと、腰を上げた――その時だった。

 まるで巨大な笛のような、深い響きの、咆哮が聞こえた。初めて聞く咆哮だが、直感で解る。

 ナバルデウスがもう一息で倒せると。

 咆哮が鎮まると、村からそう離れてない――直下に海底遺跡がある辺りが仄かに赤く光った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜が明ける。

 深海に灯った赤い光は、青白い光へと変わり、真っ白な海龍が浮上してきた。

 三日月のような弧を描いて、海面から飛び出したかと思えば、そのまま海へ潜り、朝焼けの中に吸い込まれていった。

 古龍の強大な姿に、それを一人のハンターが倒したと言う事実に、言葉を失う。それと同時に、体の奥が熱い。

 ナバルデウスの行った方へと、朝焼けに向かって、自然と歩みが進む。

 陽光を受けて、海面が煌めく。大海龍が去り、海が徐々に静かになっていく。

 

 

 背後に人の声を聞いた気がして、振り向くと、人だかりが出来ていた。

 

 英雄が帰還したのだ。

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 

 

「おえぇ……」

 

 桟橋の先で空嘔吐く。

 

 ハンターが帰還してすぐに、宴の準備が始まった。信じられないことに、半日もしないうちにさまざまな食材が集まり、酒盛りが始まった。漁に出れば近辺に大量の魚が泳いでいたとか、孤島に行けば草食モンスターが無数にいたり、どうやって聞きつけたのか、タンジアの港から酒をはじめとする様々なものを積んだ交易船が来たり、とあっという間のことだった。

 そして余興の一環として腕相撲が行われた。メリルが人という人をちぎっては投げをし、僕もそのちぎられた一部になり、敗者ということで――もはや誰しもが関係なく呑んでいるが――ブレスワインやら達人ビールやらを大量に飲まされ今に至る。ブレスワインは美味しかったが、達人ビールは……値段相応とでも言おうか。酔うためだけなら悪くなさそう。

 

 だいぶ気持ち悪いが、解毒薬を飲めばなんとかマシになった。念のため持っておいてよかった。

 顔を上げると、腕相撲はまだ行われていた。どうやら本命が登場したらしい。歓声が一段と大きくなった。

 

 

「勝てよ英雄!」「二人ともがんばれー!」「メリル、勝って!」「負けるな」「がんばれ」「いけ!」「熱い戦いを見せてくれ!」

 

「買った方には黄金芋酒じゃ!」

 

 今朝古龍を撃退したばかりのハンターと、昨日イビルジョーを討伐し、ついさっき腕相撲で50人斬りを果たしたメリルが多少疲れた顔をしつつも、全力で腕相撲を始めた。

 どんなに疲れていても、ハンター。戦いが始まれば瞬時に顔つきが変わる。互いの手を握り潰さんばかりに組み合い、一進一退の激闘を繰り広げる。

 膝を乗せた樽が軋み、踏みしめた足が村の板材が割り、至近距離で二人が睨み合う。

 

 勝負の結末が近づき、皆が息を呑む。

 そして――ギリギリまで粘ったが、メリルの手の甲が、台に触れた。

 

 今日一番の歓声の中、二人が固い握手を交わし、メリルは勝者を拍手で讃えた。

 

 メリルがモンスターの攻撃を捌くように、勝ち負け関わらず勧められる酒を巧みに躱しながらこちらに来た。

 

「負けてしまいました」

「二人とも強かったよ」

 

 力が拮抗したが故なのか、メリルの手は震えていて、ろくに力が入らないようだ。

 

「ミドリから応援を受けたのに……不甲斐ないです」

「あれだけの人数の声からよく聞き取ったね」

「例え耳が聞こえなくなろうと、ミドリの声は聞き取って見せます」

 

 なんだろう、妙に説得力がある。数々の離れ業をやってのける彼女なら、できるんじゃないか――いや、それでも腕相撲は負けたか。

 

「メリルー村長さんからお酒ー」

 

 ミドリが小タルを持ってきて、メリルの前で蓋をとった。その瞬間、かなり濃い匂いが広がる。酒の匂いにしてはピリピリしていて、マヒダケの匂いを思わせる。

 

「黄金芋酒ですね? 私は負けたのですが」

「元々そのはずだったんだけど、あの人食べ合わせが悪くて倒れちゃったから」

 

 この地域の酒と乳製品はとても相性が良く、とても旨い。だが食べすぎると酔いや消化不良で吐き気やら腹痛やらで酷い目に遭うから注意しなきゃいけない。

 ただ宴会でそんなこと忘れてしまったのか、周りを見ると少し離れたところで死んだように眠っている人や、解毒薬片手に夜風に当たっている人が何人かいる。

 

「……ほう、このお酒、今まで飲んだ中で一番美味しいですね」

 

 一口飲んで、メリルがそう呟く。そんなに美味しいのか。

 

「メリル、少しちょうだ――」

 

 僕の声を遮るようにメリルが喉を鳴らして一気に飲み干した。高級な酒の飲み方ではない。これがトップクラスの実力を持つハンターか。

 僕と同じく、思うところがあったのか、ミドリが口を開く。

 

「メリルってお酒強かったっけ?」

「人並みですよ」

「大丈夫なの?」

「倒れるかもしれません、ミドリ、介抱を頼みます」

 

 

「アオ、飛行船に荷物を積もう」

「いいよ」

「待ってください、体が急に火照ってきて、目眩がしてきました。置いてかないで」

 

 ミドリは燃えないゴミでも見るような目で、メリルの口に漢方薬を水なしで詰め込んだ。狩りの途中であれば味覚が殆ど効かないから苦味はほどほどにしか感じない。しかし、今飲むと……。

 

 十分ほど経ってから、メリルは何事もなかったかのように話し始めた。

 

「この村での修行はこれで終わりですね。船に荷物を積みましょう」

「よく言うよ……」

「どうして尊敬したままでいさせてくれないの?」

「二人の成長が嬉しくて、つい」

「……よく言うよ」

「急に褒めないで」

 

 ……宴の主役が酔い潰れて寝てしまい、お開きの雰囲気になってきた。それと共に、僕たちはタンジア港とモガの村を繋ぐ、連絡船に荷物を運んでいく。

 村の寝床を提供してくれたことについて、村長に感謝し、別れの挨拶を軽く済ませ……帰路に着く。

 

 

 最後にハプニングはあったが、経験は積めた。いよいよアマツマガツチを倒すための準備ができる。……とはいえ、情報は少ない。高所いる、水属性のブレスを使う、竜巻を起こす程度しか分からない。

 

 ルナなら、何か調べているかもしれない。調べてなくとも、助言はもらえるはず。

 

 そんな期待をしつつ、ドンドルマに向かうと、急に天気が悪くなった。

 風向きがいつもと違う。

 風の強さの割に海がひどく荒れていて、土砂降りでも降りそうなくらい暗いのに、一滴も雫が落ちてこない。そのくせ、雷鳴が聞こえる。

 

 街が視認できる距離まで近づいたが、モンスターが襲撃しているわけではなかった。だが、慌ただしく人や物が動き回っている。

 

「私がギルドに行きます。二人は家に戻ってください」

「分かった」

 

 

 着陸と共に、荷物を抱えて急ぎ足で家に戻る。どこかで災害が起きたのだろうか。まさかアマツマガツチが姿を現したのか?

 

「私、ルナちゃんに何が起きているのか話聞きに行くね」

「分かった」

 

 家の前でミドリが持ってた荷物を預かり、そして玄関をくぐる。自宅と呼べる場所はルルド村にある。それ故に、ここに馴染むことを拒むような気持ちがある。しかし、そうは思っていてもここに来ると異様に高まっていた緊張感が緩和された。

 テーブルや棚に埃が積もっている。ここしばらく誰も帰っていなかったからだ。ルナやナイトさんらも来なかったのか。

 ……まぁいい。調合に励もう。

 モガの村ではイキツギ藻をたくさん集めてきた。ガノトトスを狩ったときに、有用性を感じたからだ。

 ツタの葉とイキツギ藻を編み、紐をつくる。そして、調合の書に書いてあるネットの作り方を参考に、紐を結んで網にしていく。これを引っ掛けて火炎弾を撃ち込めば、しばらくの間モンスターの体を焼き続ける。

 ……アマツマガツチに効くかは分からない。水属性のブレスを吐くなら水棲モンスターに近い体質を持つ……はず。

 

 黙々と網を編んでいると、扉が勢いよく開けられた。

 

「アオイ! 今すぐ準備を!」

 

メリルが僕の姿を見るなり急かしてきた。緊急の用事で、どこかに行かなければならないのだろう。

 調合のために広げてた材料をポーチに詰め、道具を用意する。

 

「ミドリは?」

「この状況をルナに聞きに行ったよ」

「そうですか。ではアオイには私から伝えましょう」

 

「複数の古龍が同時に出現し、それに伴って多数の大型モンスターが縄張りから追い出されるなどして大移動が起きています。直ちに各地のモンスターを狩猟し、街や村の安全を確保し……元凶を討伐しなくてはなりません」

「複数の古龍?」

「確認されたのはダレン・モーランとクシャルダオラです」

「確認されてないのは?」

「ユクモ村付近と古代林周辺では調査に向かった飛行船が帰ってきていません」

 

 これから向かうのはユクモ村の周辺……ルルド村や滅ぼされた集落のある地域。つまり――。

 

「飛行船が墜とされる可能性も十分にあります。念のため聞きますが、私と行きますか?」

「行く」

 

 机に出していた物をポーチに詰め込み、ボウガンを取り、準備を終えると、ミドリが戻ってきた。

 

「メリルも戻ってきてたんだ」

「はい。すぐに出発するので準備してください」

「何か狩りに行くの?」

「狩りの対象はまだ断定できません。狩猟環境が安定していませんから。とにかくユクモ村を目指します」

「え?」

 

 ミドリがメリルに詰め寄る。

 

「どうしてユクモ村が出てくるの?」

「……ユクモ村近辺に古龍級のモンスターが出現し、多くのモンスターが縄張りから追われました。それを今から解決しに行くんです」

 

 

 震えた声が絞り出された。

 

 

「ルナちゃんが、ユクモ村にいる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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