モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百五話 健啖の悪魔

 イビルジョーの腹部を狙う。同じ場所を狙い続けると、傷の塞がり方が少しずつ悪くなり、やがて塞がらなくなる。尻尾なんかはそうやって切断するそうだ。他の部位でも同じはずだ。一番柔らかい腹部の一点を狙い続ける。

 メリルはイビルジョーの顔の周りで立ち回って囮になっており、ミドリは武器のリーチが足りず、弱点の腹部を攻撃できない。

 僕しか弱点を狙えないため、ダメージの蓄積ペースが遅い。だが確実に体力を削れている。少しずつだが、弾痕の修復が遅くなっている。

 その時だった、メリルの気刃斬りでイビルジョーが怯んだかと思うと、イビルジョーの背中が隆起し、皮が伸びて透け、筋肉の色が見える。

 吐く息は雷雲のような色をしていて、それには赤い稲妻が走っている。

 イビルジョーは大きく息を吸いながら、上体を持ち上げた。

 

「ブレスで薙ぎ払ってきますッ」

 

 メリルの指示の直後、真っ黒で、煙のようなブレスをイビルジョーが吐いた。懐に飛び込むつもりだったが、予想より射程が短い。距離をとって回避の方が良さそうだ。

 

「……ッ!」

 

 攻撃範囲からは出ていたが、霧散したブレスが体に触れた。それだけで、電流が流れるような痛みが走り、それと共に、全身に鳥肌が立つほどの殺意が流れ込んできた。その殺意に既視感を覚えつつ、ボウガンに弾を込め直す。

 二人はブレスを完璧に回避できていたようで、攻撃を再開していた。

 

 メリルは壁際で戦いながらタックルや突進を誘発させている。それらの度に大タル爆弾を凌ぐ轟音が起き、あまりの破壊力に、上方から岩が崩れ落ちてくる。怒り状態になって攻撃力が増している。行動速度も速くなったが、まだ対応できる範囲だ。

 さっきのブレスの影響か、集中力が戻ってしまった。そのせいか、狭まっていた視野が広くなる。

 メリルはあまり変わらない様子だが、ミドリは心なしか動きが雑になってきている。息が上がっているとかではないが、元気ではないように見える。

 

「ミドリ! 大丈夫⁉︎」

「……うん! なんとかね!」

 

 ミドリは攻撃の手を止めず普通に答えた。どうやら杞憂だったらしい。

 

 メリルが何度もイビルジョーの自傷を誘発させていたからなのか、イビルジョーは唐突に攻撃を止め、移動を始めた。逃走というよりかは、不毛な争いを避けたといったところか。

 緊張が緩むと共に、心臓の音が大きく聞こえる。それと共に、ここに来た時とは随分景色が変わったことに気づく。踏み固められ、ほとんど植物の生えていなかった地面はひび割れ、無数の凹みができている。崖が崩れ、輪郭の鋭い岩がエリアを囲うように落ちている。

 ブレスの影響か、ドスジャギィの亡骸はもう残っていない。

 

「太陽をみるに三時間ほどの戦闘でしたが、アオイ、体は大丈夫ですか?」

「なんとかね。ちょっと休めば問題ないかな。ミドリはどう?」

「私は大丈夫だよ」

 

 ミドリは即答したが、なぜだろう、呼吸が乱れていないし、声色もいつも通りなのに、大丈夫という言葉が引っかかる。

 

「……私はかなり消耗しました。一旦キャンプ戻りましょう」

 

 違和感を探ろうとしたら、メリルが口を開いた。彼女がとても疲れているようには見えなかった。僕たちのことを気遣っているのだろうか。だが僕もミドリも消耗は少ない。

 メリルは回復薬を少し飲み、さらに言った。

 

「アオイは回避が遅い。ミドリは攻撃の精度が悪いです。大抵のモンスターならこの程度、問題ないですが――気が気ではありません。もう一度言います、かなり消耗しました」

 

 有無を言わさぬ目つきに、気圧された。足手まといはやめろと、暗に伝えられる。

 十分に戦えているというのは錯覚だったらしい。全てはメリルが引きつけていたから――理解したつもりになっていただけで、まだまだ自分の力を過信している。倍の実力になったところで、元はメリルの四半分にも満たないのだから、まだまだ未熟者だ。

 さっきまでの狩りで熱くなっていた体が急速に冷えていくのが分かった。

 

「ここでは落ち着けません、さっさと戻りますよ」

 

 

    〇 〇 〇

 

 

「手応えが全くない!」

 

 ベースキャンプに着いて開口一番にミドリが叫ぶ。そして、勢いよくテントに走り込み、勢いのままベッドに突っ込んだ。

 狩りをしているときはなんでもなさそうに振る舞っていたが、そんなことを思っていたとは。

 

「――事前に言っておけば良かったですね」

 

 メリルはテントの側で座り込み、暗い笑みを浮かべて言った。

 

「イビルジョーの狩りでは、心を乱した人から死ぬんですよ」

 

 遭遇して、恐怖で動けなくなった者が死に。鈍重さに慢心した者が死に。あまりに高い回復力に苛立った者が死に。仲間の死に動揺して。他の大型モンスターを圧倒する姿に絶望して。そういった事象が脳裏によぎる。

 

「この先、さらに攻撃が苛烈になります。私一人に攻撃を引きつけるのは難しくなるでしょう」

 

 メリルはミドリの方に顔を向け、優しく言う。

 

「手応え、とか言ってられなくなりますから」

「……アオは。手応えあった?」

「あるにはあった。ただ使った弾数に見合ってない」

 

 火力は低いが、扱いやすい弾をつかっていた。これじゃ埒があかない。罠も使って、イビルジョーの行動を制限する方針でいこう。

 

「僕はイビルジョーの動きの邪魔に専念しようと思うんだけど、どうかな」

 

「お願いします。多少の隙を作ってくれれば、格段に動きやすくなりますから」

 

 

 

 

 

 

 

 動きを制限するという方針にして、3度攻撃を仕掛け、再びキャンプに戻ってきた。気がつけば日が沈み始めており、思わず座り込んだ。

 手応えはある、だがそれ以上にイビルジョーの体力が大きい。僕たちが攻撃と休憩を繰り返すから、回復の時間を与えてしまっているというのもあるかもしれないが……。

 毒弾を撃ち、マヒダケやネムリ草を混ぜた肉を食わせ、落とし穴にはめ、シビレ罠を踏ませて、その度に全力で攻撃を仕掛けて……まだ倒れない。

 

 状態異常と罠はもう耐性がついて効かないだろう。ただ、何度も罠にかけたおかげで、徘徊ルートが分かった。最後に爆弾で先制攻撃をして……討伐まで押し切るしかない。

 

 

 

 

 

 

 息を殺してイビルジョーを待つ。イビルジョーは強さ故に、罠の警戒をしない。他のモンスターに逃げるか喰われるかの二択しか許さない。

狩られるとは夢にも思っていない。だが……。

 

 森が途端に騒がしくなる。小型モンスター達や環境生物が一斉に動き出した音だ。

 そして、足音が近づいてきた。今までとは明らかに違う歩幅、勢いが聞き取れる。怒り状態のようだ。

 やがて、僕たちが潜むエリアの真ん中まで来た。あたりを見渡している、もたもたしていると見つかるのは時間の問題だろう。 

 適当に石を拾い、大タル爆弾が置いてある茂みに投げ込む。

 石が茂みを揺らし、葉音が鳴った……直後、イビルジョーがそこに飛びかかった。巨体に潰された衝撃で、仕掛けてあった大タル爆弾が全て爆発する。

 赤い光が膨れ上がり、川が揺れ、無数の石が飛び散った。

 爆炎に紛れて飛び出し、弾倉にあった弾を全て撃つと共に、ミドリとメリルがイビルジョーを挟むように陣取った。

 イビルジョーはほとんど黒に近い血液を流しながら、こちらに向かってきた。足を軸に、半円を描くようにして噛みつきにくる。斜め後ろに飛び退きつつ、頭に一発撃ち込む。勢いのまま背後に転がり、連続での噛みつきを捌く。

 その隙をついて、二人が両脚に斬りかかった。同時に両脚の筋繊維を絶たれたイビルジョーは頭から地面に突っ込むようにして体勢を崩――さず、歯並びの悪くて刺激臭のする口を開き、噛みつきかかってきた。

 間一髪回避できたか――に思えたが、右腕を数本の牙が抉った。牙は防具を貫いており、僕はそのまま振り回された。

 爆薬で吹き飛ばされたと錯覚するほどの加速度が、右肩にかかり、嫌な音が体の中で響いた。

 

 時間がゆっくりに感じるのに、心臓が痙攣しているみたいに早く動いている。

 自分が高く放り投げられていて、下ではイビルジョーがブレスを吐こうと構えている。それを認識するよりも早く、直感が死を予告していた。

 

 

 二人のの声が聞こえた。だが何も考えられない。

 そして、次の瞬間、黒いモヤが視界を埋め尽くした。

 

 怒りのような熱さが、殺意のような冷たさが、じめじめとした怨み、雷鳴のような恫喝、あらゆる攻撃的な感情が、あらゆる苦しみとなって、全身を削ってくる。それと共に、前に握った一振りの、剣を思い出した。

 これはあの剣から流れてきたものと同じだ。ならば、全身に力を込めて、この莫大な負の感情に抗えば――

 

 

 

 

 

 目を開けると、地面に横たわっていた。どうやら死なずに済んだらしい。体力は残っている、すぐに顔を起こし、状況を見る。

 イビルジョーが転倒していて、二人が攻撃を仕掛けていた。土壇場で転倒せず踏みとどまる力はあっても、2度目は流石に耐えられなかったようだ。

 体を起こすと、二人がこちらを見た。ジェスチャーで大丈夫、と伝えるとすぐに攻撃に戻った。

 回復薬を飲み干す。右腕の傷が深い、回復薬だけでは治らなさそうだ。興奮もあって、今は痛まないが、時間が経てば激痛で狩りどころじゃなくなる。

 

 ――今ここで倒す。

 

 覚悟を決めた瞬間、右腕から青い光が、炎のように湧き上がった。

 

 頭が冴え、視野が広がったのを感じた。攻撃を受ける前より、調子が良いんじゃないかとすら思える。

 イビルジョーに接近し、攻撃にギリギリ巻き込まれない距離から射撃する。青い光が出てきてから、動きや呼吸による、筋肉の緊張と弛緩が感じ取れた。筋肉が緩み、柔くなったタイミングで攻撃を加える。

 イビルジョーの動きを見切り、一発一発の弾のダメージを最大限に引き出す。拍動に合わせて、1ミリでも奥に弾丸をねじ込む。

 ここまでの攻撃で、傷の治りが目に見えて悪くなった。出血も絶え間なく続いている。

 ――焦るな。マリンさんのパーティはここから壊滅した。肉薄する、致命の攻撃の数々、防具が、状況が、極限まで集中力と緊張を高めている。

 数秒が数時間に感じるのに、今日の出来事がほんの僅かな時間に思えた。

 

「――アオ! 肩借りるよ!」

 

 正面からミドリが走ってきて、僕の肩を踏み台にして飛び上がった。一瞬何が起きたかわからなかったが、イビルジョーに狙われたミドリが、僕を踏み台にして、樹木を駆け上がったらしい。

 イビルジョーがさっき僕にやったように、上体を起こし、尻尾を地面に押しつけてバランスを取り、高台にいるミドリに向けてブレスを放った。

 その時だった、状態を起こしていたイビルジョーが、バランスを崩して背後に倒れ込んだ。爆音と共に水飛沫をあげたかと思うと、川が瞬く間にドス黒い赤に染まった。

 メリルが無防備になった尻尾を、切り落としたらしい。

 巨体が、絶叫にも似た咆哮を上げながら、無茶苦茶な動きでのたうち回った。

 そして、立ち上がったかと思うと、口から、頭部を覆うほどの龍属性のエネルギーが溢れ出した。

 火事場の馬鹿力――いや、違うか。生体に詳しいわけではないが、アレはただ壊れただけに見える。残り僅かな灯火を、滾らせている。

 イビルジョー筋肉が膨張し、皮膚を裂いた。古傷が開き、さらに血が噴き出した。濡れた体表はあまりの熱に瞬時に乾き、陽炎のように輪郭を歪めた――。

 

 健啖の悪魔が、破壊衝動に任せて咆哮した。

 

 体躯の2倍はあろうかという巨岩を馬鹿力で掘り出し、投げ飛ばしてくる。あまりのサイズ感に混乱しながらも、距離を取って回避する。

 反撃しようとすると、イビルジョーがブレスを吐き出していた。さっきまでとはリーチも出力も桁が違う。慌てて巨岩の残骸に身を隠す。

 轟音がしたかと思うと、ブレスが過ぎ去った直後、隠れていた巨岩が砕け散った。――肉薄しなければブレスを避ける手立てはない。

 逃げることなんてできないだろう。こいつは命が尽きるまでずっと追ってくる。それだけは間違いなく言える。

 

 

 

 イビルジョーが力任せに地面を踏むと、その場所が陥没し、一瞬だが、立ってられないほどの揺れが生じる。どの攻撃も回避で手一杯、攻撃なんてほとんどできない。

 たが、そんな中でも、メリルが順調に攻撃を重ねている。地面の揺れは一瞬の跳躍を合わせて躱し、広範囲を薙ぎ払う攻撃も股下や地面との隙間を縫って避ける。だが、長く続くものじゃないだろう。恐らくこれが、彼女の最大限。

 

 

 刹那のタイミングでしかできない攻撃を、暴風雨すら生ぬるい襲撃をしのぎながら行う。

 早く討伐させてくれ。一発一発の質はもはや求められていない。血に塗れた化け物がさっさと死ぬことを最早祈るように、撃っている。

 撃つたびにイビルジョーから血が出て、傷ができる。手応えがある限りは心が折れない。

 瀕死まで追い込んでいるという事実をもってしても、考えてはいけない疑問が、少しずつ脳を支配していく。

 

 その時、偶然ミドリと目があった。僕と同じ表情をしていた。それを見て、我に帰る。

 メリルが、ペース配分を間違える訳がない。

 二人してそう至った瞬間、メリルがイビルジョーの脚を切り捨て、転倒させた。その隙に、ミドリがイビルジョーの腹に大きな傷入れた。

 

 僕はその傷口に銃口を突っ込み、引き金を――引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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