モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百三話 雷切

 雪煙が晴れると同時に、ジンオウガが飛び出してきた。メリルにではなく、こちらに飛び込んできた。横に転がって回避する。動きが遅い。ギリギリまで引きつけてから横に転がって回避する。

 

「……ッ!」

 

 ジンオウガとすれ違う瞬間、無数の電気が身体中に走った。火傷のような痛みが起き、体が僅かに痺れる。

 これでは近づけない。ジンオウガが全身に纏っている電気は、触れたものを傷つける鎧と化している。なるほど、狙いをメリルから僕に切り替えるわけだ。

 距離を離しながら弾丸を撃ち込んでいく。以前と同じく、雷光虫を排除するのが一番手っ取り早いはずだ。ジンオウガを傷つけることでも雷光虫は散るが、メリルが接近できない以上、現実的ではない。

 距離を離すと、ジンオウガは背中の雷光虫をこちらに向けて飛ばしてきた。放物線を描いて飛んでくる無数の電撃弾を最小限の動きで避けていく。この電撃弾は着弾してもその場で放電し続けている。足元では電気の熱で雪が溶け、湯気が立っている。

 続け様にジンオウガが飛びかかってきた。

 避けようと踏ん張った瞬間、足が滑った。圧雪の表面が溶けて水になっていた。

 頭が真っ白になった。

 鋭利な爪のある、ジンオウガの前足が振り下ろされてきた。

 咄嗟に足と手を動かし、ジンオウガの懐に飛び込むようにして前足を避けた。その直後、勢いよく突っ込んできていたジンオウガの胴にぶつかった。

 有無を言わさない力でぶっ飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 すぐに体勢を立て直すと、ジンオウガが追撃にきている。

 攻撃を回避するたびに電気が迸り、雪が溶け、地面が滑りやすくなっていく。攻撃に転じられない上、状況は刻一刻と悪くなる。電力が圧倒的だ。一度溶けた雪が凍るよりも早く、表面の雪を水に変えていく。ただの氷ならグリップは効くが……。

 

「アオイ、何か策はありますか?」

「あるにはある」

 

 近づくと体に電気が流れ、ダメージを受ける。だけど、問題はそこじゃない。近づいたままだと体に電気がまとわりつき、痺れ、動きにくくなることが問題だ。

 

「今からメリルのことを回復弾とウチケシ弾で回復し続ける。だからメリルはジンオウガへの攻撃に専念できるっていう作戦……やれる?」

「もちろん」

 

 即答共にメリルはジンオウガに接近し、攻撃を始めた。弾数には限りがあるから、ある程度間隔を開けなくてはならない。つまり、ある程度のダメージの蓄積を耐えてもらわないといけない。

 ジンオウガの攻撃を、メリルは全て紙一重で避けていく。絶大な電力と引き換えに、攻撃速度は遅くなっているようだ。これだけの隙があれば、メリルは絶え間なく攻撃ができる。

 メリルの額に汗が浮ぶ。ほんの少し、でも確実に動きは鈍くなっていく。十数秒の攻防で消耗している。

 回復弾を装填し、射撃する。撃った瞬間、弾丸の中に仕込んだ回復薬が霧状に広がり、メリルの傷を癒していく。

 

「この程度ならまだ耐えられます。節約して下さい」

「……分かったよ!」

 

 メリルの負担を少しでも減らさなくてはいけない。ああは言ってもダメージはそれなりにあるし、何より激痛だ。長時間続けばどうなるか分からない。

 ジンオウガの背後に向けて走る。以前のように毒煙玉を使って雷光虫の駆除を狙う。

 ジンオウガは、捨て身で向かってきたメリルに気を取られている。その間に毒煙弾を背中に向けて撃つ。毒煙玉を弾丸として撃てるように改造したものだ。着弾地点から紫色の煙が噴き出し、雷光虫の息の根を止める。だが、そもそもの頭数が多いせいでなかなか数は減らない。

 メリルに向けて今度はウチケシ弾を撃ち、体に帯びている電気を消す。雷属性やられになると何かの弾みで気を失いやすくなる。今、気を失えば一瞬で危機に陥る。

 毒煙で雷光虫の数は削れるが、ジンオウガがその煙に対処できないよう、メリルは接近し続けなくてはならない。僕はジンオウガに攻撃しつつ、メリルの体力を回復し続ける。

 傷を治しさえすれば早々死なないとはいえ、放電も火傷も激痛のはずだ。そんな中でも集中力を保ちながら、片手剣で気を練り続けている。

 格が違う。当たり前だ。古龍、テオ・テスカトルを一人で抑え続ける程なのだから。

 

 

 ジンオウガが集めた雷光虫の数が三割切る頃には回復弾の数は半分まで減っていた。足元には雷光虫の死骸が転がっていて、それを踏むと僅かに電気が発される。あまり影響はないが、気をつけた方が良さげだ。

 心なしかジンオウガの動きが鈍くなっている気がする。これだけ血を流してようやくか。だが、メリルもそれは同じだ。心身ともに削る戦いで、練気の質が少しずつ落ちている。

 

 次の作戦を考えている時だった。

 ジンオウガが四足で踏ん張り、天を仰ぐようにして吠えた。アルフじゃなくても直感で分かる。離れないとまずい。

 ジンオウガの咆哮に呼応して、残っていた雷光虫達が瞬く。その上、地面にある死骸までもが僅かに帯電し始めた。

 その場で、急いでラピッドヘヴン装填し、撃ち始める。メリルとジンオウガが近すぎる。メリルの側にある雷光虫の死骸を一つ一つ確実に潰していく。死骸を触媒に攻撃範囲を広げているように見える。だから少しでも妨害する。

 ちょうど半分撃った瞬間、ジンオウガを中心に、放射場に山吹色の電気が流れた。真上に向かって逆向きの雷が轟き、雷光虫の死骸を伝い、かなり離れてたはずの僕にまで放電がきた。メリルはかなりダメージを受けたらしく剣を地面に刺し、膝をついている。

 動けないのか? ウチケシ弾を装填――と同時にジンオウガが急に俊敏な動きでメリルに襲いかかった。全身を捻り、空中で回転、重厚な尻尾を真上から振り下ろした。

 攻撃は確実に直撃コースだった。だが、その直前メリルの片手剣が微かに動いた。最小限の動きで攻撃を受け流したかと思えば、目にも止まらぬ速さで連撃を繰り出し、片手剣を鞘に納めた。ジンオウガは身を翻し、振り向きざまにメリルへ前足を振り下ろす。メリルはそれを川の流れみたいに、滑らかにジンオウガの間を縫うように避けつつ通り抜け、無数の傷跡をつけた。

 ジンオウガを出し抜いた。ダメージは受けているが、雷属性やられになっていない。ウチケシの実を口に含んだ状態で攻撃を受け、麻痺を瞬時に解消しつつ痺れたフリをしたのか。

 ジンオウガもメリルもかなり消耗している。メリルに回復弾を使い、それから弾丸に使う火薬の量を増やす。さっきの動きを見ると、ジンオウガは電力の消費を抑え、その分俊敏に動けるようになっている。だがメリルは動きが遅くなっている。短期で勝負を決めないといけない。こいつがエリア移動をしないせいで休む暇がない。

 通常弾を頭部に向けて撃っていく。いつもよりずっと強い反動が手にかかる。一発一発がジンオウガの甲殻を削り、鱗を抉る。手応えがある。目に見えてダメージが入っている。それに、ジンオウガがこちらに殺意を孕んだ視線を向けてきた。初めて余裕が崩れた。

 歩いて距離を詰める。

 挑発だ。冷静であれば僕の攻撃が多少強くなったところで、それでもメリルを狙い続けるのが最善。

 だが、金雷公は間違えた。小細工を見抜く冷静さはもうない。僕を狙って連続で攻撃をしてきた。単調な、ただの牙竜種の攻撃。これだけ見れば僕でも難なく避けられる。

 攻撃を避けるたびに撃っていた弾はやがて、ジンオウガの角を撃ち砕いた。やっと一泡吹かせられた。そして、これだけの時間を稼げばメリルの動きは戻る。

 

 緋色の刀身は赤い光を纏い、その構えには一分の隙もない。

 メリルから発せられる雰囲気の異質さに、ジンオウガが僅かに後退りをした。

 その何の戦略でもない、ただの逃避。メリルはそこに飛び込み徹底的に連撃を叩き込む。ジンオウガのどんな行動もメリルを捉えることはできず、絶え間なく剣が振われる。ペース配分を無視した、最高速の攻撃。僅か数十秒で全身を切り刻まれたジンオウガから、力が抜けていった。

 宿主の危篤を悟った雷光虫は、無情にも飛び去っていく。

 徐々に纏っていた電気を失い、翡翠のような美しい甲殻は煤けた黄緑色に変わり果て、亡骸が冷たい地面に横たわった。

 

 それを見届け、メリルが片膝をついた。

 

「メリル⁉︎」

「なかなか人使いが荒いですね」

「引き受けたのはメリルでしょ」

「……一体誰に似たんでしょうね?」

 

 さぁね。

 ジンオウガにナイフを突き立て、素材を剥ぎ取る。絶命しているし、かなり電力も消耗させたはずだけど、亡骸はうっすらと電気を纏っている。

 逆立つ体毛を、鋭利な爪を、ずっしりと重い甲殻を剥ぎ取る。これが防具になるのか。そう思うと、ちょっと心躍る。

 

 

 

 素材を十分集めた後は、メリルと今日の狩りの話をしながら帰路についた。飛行船に乗って落ち着いてくると、頭の中で色々と巡るものがある。強敵を倒した達成感の一方で、メリルの実力をまざまざと見せつけられて喜びきれない。自分が成長するほど、壁の高さを感じる。

 ジンオウガと初めて遭遇した時は全く歯が立たなかった。だけど現在は序盤こそ相手にされなかったけど、慣れた頃には時間稼ぎをするだけならどうとでもなりそうだった。

 

「アオイ、次からはもっと良い作戦を考えて下さいね」

 

 メリルは笑顔で、こちらに手を差し出しながら言った。握手を以って交渉成立するやつかな。昔、ルナがよくやっていた。相手はお腹が痛そうな顔をしていたけど。

 

「できるだけそうなるように努め……痛ッ!」

 

 メリルの手にこちらの手を近づけた瞬間、静電気が走った。まだ少し残っているらしい。……へぇ、そういうことするんだ。頭装備を外した時に気付いたけど、メリルの髪が静電気でロアルドロスみたいになっているのは黙っておこうか。

 

「ふふっ、これで痛がるとはまだまだですね」

「身構えてない時なんてこんなもんだよ。……ウチケシの実でも食べれば静電気もなくなるんじゃない?」

「そんなに都合が良いものでもないですよ。どんな属性やられも治しますが、それ以上の効果はないんですよね」

「そうなんだ」

 

 ウチケシの実はモンスターが使う、火や水、雷、氷に龍属性の影響を消せるのに、静電気は除けない……なんか変な話だ。

 

 

 行きと違って帰りは気楽なもので、雑談したり、チェスをしているうちにモガの村が見えてきた。氷海に着くまではメリルは瞑想したり準備運動したりでほとんど話さなかったから、緊張感が全然違う。

 

 

 

「そういえば太刀ってやっぱり忘れたんじゃないの?」

「……あえて置いていったのです」

 

 

 


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