モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百二話 練磨

 ハンターになったばかりの頃、ルルド村からアマツマガツチらしきものを見た。どこか海竜種のような肉体に、羽衣みたいな皮膜を纏っていて、翼はなく、水中を泳ぐように空を飛んでいた。

 

「アオイの話が本当なら、ずっと空を飛んでいて、降りてこないかもしれませんよ」

 

「翼を見落としたとは思えないし……。希望的観測に過ぎないけど、降りてくると思うよ」

 

 ルナ曰く、アマツマガツチの角は折れていた。剣士二人の攻撃がアマツマガツチに届いたからこその結果だろう。

 

「まぁ、いいでしょう。そもそも、アマツマガツチは姿を表してないですし。私たちが生きている間には来ないかもしれませんよ?」

 

「……そうかなぁ」

 

 確率としてはゼロではない。このまま二度と姿を表さないならそれも良い。ただ討伐しない限りはどうなるか分からない。来た時に備えて、修行したい。

 武器をおろし、防具を脱ぐ。ホロロホルルの防具はそろそろ替え時かもしれない。端の部分の毛がほつれてボサボサになっているし、全体的に色も変色している気がする。なんというか、くすんでいる。

 

「アオイは次、どんな防具を作りたいんですか?」

 

「そうだなぁ……」

 

 重めで低重心の防具を着用すればボウガンの反動に強くなる。軽装にすれば装填しやすくなったり、動きやすくなる。単純に着心地が良いものもあるし、見た目が良いものもある。今までは狩ったモンスターの防具を作ってきたけど、そろそろ防具作成のためにモンスターを狩りたい。

 

「メリルは防具選びどういう風にしたの?」

 

「私はまずイャンクックの防具を作って、次にリオレウスの防具を作って……今に至りますね」

 

「ずっとその防具なの?」

 

「そうですね。私はまぁ師匠に言われるまま……」

 

 イャンクックの防具は比較的作りやすく、その上リオレウスの使う火属性に強いため人気だ。……リオレウスにそのまま勝てる人がどれだけいるかは知らないのだが。

 

「そういえばマリンはかなり防具に拘っているみたいですよ。今でこそ安定してますけど、昔は色んな防具を着てましたね」

 

「そうだったんだ」

 

 一回見たきりだったから、正確に覚えているわけではないけど、言われてみれば装飾品がたくさん防具についてた気がする。おしゃれとかじゃなくて、機能のことを考えていたのかな。

 というか、あれだけのことができる人でも防具で悩むこととかあるんだな。どんな武具でも関係なく強いんだと思ってた……。

 

「普通は実力を証明できるような防具を着ますけど、武器の性能を引き出せるような防具を着る人も少なくはないです」

 

 あまり定石に縛られる必要もないか。メリルは単純に強いモンスターの素材で防具を作ったって感じで、ミドリは着心地だけで今の防具を着ている。ルーフスに勧めた装備は性能だけ見て決めたっけな。

 

「ジンオウガの防具は作らないんですか?」

「そういえば素材持ってた」

「忘れちゃってたんですか?」

「色々あったからね」

 

 豊作祭したし。メリル居なくなったし。古龍から逃げたりルルド村がなくなったり。捕獲の報酬とか最早忘れてた。

 

「そういえば、ちょっと変わったジンオウガの依頼がありますよ」

「ジンオウガ?」

「ええ。そもそも私たちが狩ったジンオウガ変わった個体だったんですが、今回はそれ以上ですね」

「そもそもあれってそんな変な個体だったの?」

「はい。通常はあんなに強くありません」

 

 メリルの話を聞いていくと、あの時狩ったジンオウガは危険度が星六つに相当するという。ただ通常のジンオウガ自体は星五つくらいが妥当といった評価らしい。

 

「圧倒的に強いハンターがいるように、モンスターにもその他の個体とは一線を画す強さを持つものがいます。あの時のジンオウガはそういう類でした」

「通常の個体とは一線を画す……かぁ」

 

 人の時と同じで覚悟を決めたのかな。普通の個体とは大きく違う……。なんか思い当たる節がある。

 そうだリオレイアだ。あの時のリオレイアは明らかに攻撃の質が変化していた。毒も攻撃の威力も全然違った。今思えばブラキディオスも最後の最後で急激に動きが変化した。

 

「すぐにでも行こうと思っているのですが、どうしますか?」

「勿論」

 

 ミドリはもうしばらく狩りに時間がかかるから、今回はメリルと2人で行くのか。水中で特訓している時に色々思いついたから試したい。それに体力とか筋力も増したから、腕試ししたい所。

 

「なら、準備してください。私は先に依頼を受けてきますので」

 

 メリルはいつもより中身の少ないポーチを持って出て行った。

 僕もさっさと準備しないとな。ガンナーだからっていうのもあるけど、今回は特別多く道具を持っていかなきゃいけない。

 ポーチに弾薬を詰めていく最中、太刀が残されているのに気付いた。メリルは太刀と片手剣の両方を使っていなかったっけ。忘れていったのかな。……いや、どうだろう。メリルはたまにアレだけど、狩りに関しては結構しっかりしている。きっと何か考えがあるんだろう。

 

 

 準備を終え、広場に出る。新そうな色をした桟橋の先に飛行船があり、メリルはそこに腰掛けていた。海風に髪を靡かせながら座るその姿はとても絵になっていた。

 

「いつもよりも入念に準備してきたみたいですね」

「うん。試したいことがあってね」

「そうですか。試行錯誤を繰り返せば、それだけ選択肢も広がります。良い心がけですね」

 

 僕が飛行船に乗り込むと、運転手のアイルーがバーナーの火を強めた。その後、飛行船を繋いでいたロープを手際良く外し、運転席に着いた。少し経つと、飛行船が浮き上がり始める。

 やがて波の音が遠ざり、モガの村も小さくなっていった。

 

 

 

 移動時間を使って、軽くストレッチをし、体をほぐしていく。

 

「メリルはなんで太刀を置いてきたの?」

 

 瞑想していたメリルは、自分の足元や背中を手でひとしきり探った後、言った。

 

「はい。私にはもう必要ありませんから、置いてきました」

「そうなんだ」

 

 本当か?

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 氷海が見えてきた。かなり天気が悪いようだ。吹雪のせいで上空からではフィールドの全貌が見えない。

 

「これから狩るジンオウガは、ギルドでは金雷公と呼ばれてます。その名前の通り、金色の雷を纏っている個体で、通常の個体より強いです」

「前に狩ったのとよく似た個体なんでしょ?」

「はい。ですがあれは変化の途中段階とすれば、今回のは完成形と言えるでしょう」

 

 

 

 会話しているうちに氷海に到着した。やはり、かなり寒い。飛行船から降りるなり、すぐにホットドリンクを飲む。ここ最近はモガの村にずっといたのもあって、寒暖差がかなり堪える。

 支給品を回収し、ベースキャンプを出る。

 フィールドに出ると風を遮るものが少なくなり、体感温度が一気に低くなる。もっとも、ホットドリンクを飲んでいる今となってはちょうど良い。

 少し歩くと、ポポの群れがいた。周りを警戒している様子で、軽い興奮状態になっている。肉食のモンスターの気配を察知しているのだろう。

 

「近くにいるみたいだね」

「そうですね。そこにある崖を登ってみましょう。この地図の真ん中のエリアにジンオウガはいるかもしれません」

 

 崖には亀裂や凹凸があり、手や足をかけられるところは多いけど常に風が吹いているせいか表面はかなりつるつるになっている。素手ではとても登れないだろう。

 メリルはかなり先を進んでいる。僕が慎重に登っていたのもあるけど、メリルのペースはかなり早い。……いや、これでも差は縮んだ方か。初めて会った時より僕も早くなっている。

 さらに登り、崖上に手をかけて顔を出すとルルド村と同じくらいの傾斜があり、そこに軽い雪が積もっていた。よく見てみると、踏み固められた雪の上に薄らと柔らかな雪がある。

 そして、傾斜を上った先にジンオウガがいた。

 前のジンオウガの変化した色とよく似ている。鱗は碧色ではなく翠のような色をしていて、右の角が発達していた。すでに普通のジンオウガでいう、超帯電状態になっている。まだ気づいていない。横顔が見える。顔を何気なくこちらに向けるようなことがあれば気づかれる。

 音を立てずに崖から上がる。メリルは静かに駆け出した。そして、傾斜に複数ある、子供の背くらいの段差の下で身をかがめた。

 

 ボウガンに遠撃弾を込め、照準を向ける。引き金に指をかけた瞬間、ジンオウガがこっちを向いた。些細な殺気に気付かれたらしい。だが、問題ない。

 頭を狙って撃ちながら、ジンオウガとメリルを結んだ線上へと歩く。

 ジンオウガがメリルの頭上を通れば痛撃を与えられる。だけど、ジンオウガはゆっくりとこちらに歩くだけ。豆鉄砲じゃダメージにはならないとばかりに。

 突進ではなく、歩行の速度じゃメリルは気付かれてしまう。遠撃弾をさらに撃つ。だが、それでも動じず、悠然と向かってくる。

 突進を誘発できないまま、ジンオウガがメリルが隠れている段差に差し掛かる。次の瞬間、メリルが片手剣に手をかけた。刀身が僅かに動いたかと思えば、次の瞬間には振り抜かれていた。ジンオウガがギリギリで背後にジャンプしたせいで直撃にはならない。だが掠りはしたらしい。一瞬遅れて前足から血が滲み始めた。

 メリルは追撃をせず、片足を半歩下げ、その場で構えた。それに対して、ジンオウガは今にも飛びかかりそうな姿勢でメリルを睨む。

 さっきとはまるで違う。ジンオウガからさっきのような慢心じみた余裕は感じない。僕の時とは違い、ジンオウガはメリルに対してすぐさま攻撃を仕掛ける。滑り込むように接近し、前足を持ち上げ、振り下ろす。メリルはそれを普段より大きく避けた。攻撃範囲や破壊力が以前のジンオウガより大きい。連続での振り下ろしをメリルは避けていく。

 ひたすら撃ってみるが、小さな弾痕がつくのみで大型モンスターの再生力ではすぐに傷が塞がる。積み重ねていけば無視できないかもしれないが、効率が悪い。

 なんとか気を引いて、メリルが集中攻撃されるの止めなくては。

 徹甲榴弾で頭部を攻撃する。僕の攻撃は警戒されていない。最初の二発が問題なく爆発し、一瞬ジンオウガに隙ができた。メリルが追撃をするが、すぐに退かれて大きいダメージにはならない。

 

 メリルが警戒されすぎている。普通なら大型モンスターよりもハンターの方が持久力があるから、この調子でモンスターを疲れさせてしまえばいい。でもこのジンオウガはどれだけ激しく動いても、全く動きが鈍らない。

 

「アオイ! もう一度隙を作ってください!」

 

 隙を作るため、もう一度徹甲榴弾をジンオウガの頭部に向けて撃つ。しかしその弾はギリギリ外れてしまった。焦ったか? 続けてもう一発撃つとまた外れた。

 当たる直前でジンオウガが体を僅かに退いたのが見えた。頭部狙いの攻撃は流石に警戒されている。タイミングを考えなきゃいけない。

 メリルが攻撃されるタイミングで頭部に向けて通常弾を撃つ。ジンオウガは攻撃を止め、背後に飛んで距離を離し、仕切り直そうとした。

 だが、メリルはジンオウガが着地する前に距離を詰めた。胸部に対して剣を振るい、いくつかの傷をつけた。飛び散った血が雪を汚し、僅かに湯気を上げた。ジンオウガはその場で上に大きく飛び、背中を下にして落下、メリルを押し潰そうとした。

 ようやく悠長な攻撃をしてきた。メリルはすぐに大きく離れた。この攻撃は、背中にいる雷光中を押し潰し、広範囲に電撃を撒き散らす。本命は電撃。隙の多い大技。ジンオウガが焦っている。そんな分かりやすい大きな隙をメリルは見逃さない。即座に一歩踏み込み――がその場に留まる。

 一瞬何故停止したのか分からなかった。だけど、その直後、ジンオウガは何の予備動作もなく、周辺を尻尾で薙ぎ払うように回転しながら飛び上がった。

 もしもメリルがもう一本踏み出していたら攻撃は直撃していた。さっきのプレスは大きな隙を晒したのではなく、ただの餌だった。二つ名を持つモンスターは見た目以上の変化をしているらしい。

 罠を見抜いていたメリルは、ようやく着地隙を晒したジンオウガに攻撃を重ねていく。体勢を整えたジンオウガが攻勢に移る頃には、メリルの剣は赤く染まっていた。

 

 ジンオウガが遠吠えを始めた。音量以上によく響く音で、周囲から大量の雷光中を集め始めた。雷光虫はジンオウガに近づくと共に金色に変わっていく。メリルはそれを妨害すべく、練り上げた気を瞬間的に高め、片手剣で気刃斬りを放つ。切れ味の増した刃は、より速く、より深くジンオウガの硬い甲殻を切り裂いていく。

 メリルが攻撃に加わったからだろうか、僕の攻撃も、与えたそばから傷が塞がっていくことがなくなった。どんな攻撃でもダメージはある。ただ、モンスターの傷はすぐに塞がるから数度の攻撃じゃ致命傷を与えられない。だけど、体力が減れば減るほど傷の治りは遅くなる。

 雷光虫の数が飽和し始めたのか、ジンオウガの周囲を飛ぶ。メリルが退くのと同時に、雷光中が瞬き、煌々とジンオウガが輝き、空に向かって稲妻が走る。

 爆弾のような音と衝撃が発生し、雪が舞う。

 風が吹き抜け、視界が晴れる。

 

 その姿はまさしく、雷狼竜の王。以前の若狼とは比べ物にならないほどの威厳があり、メリルと同じように気が練り上げられている。

 今まで狩りをした中で間違いなく一番強い。だがこんなところで止まるわけにはいかない。

 

 


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