一話 始まり
森に囲まれ、山腹の傾斜や起伏の激しい地域、その中の比較的なだらかな場所。村の中を澄んだ水があみだくじのように張り巡らされた水路を流れていく。常に川のせせらぎが聞こえ、水が豊富な栄養を運ぶ。そのおかげか土地はよく肥えていて、所々に草花が生えていたり、たわわに実った作物も見受けられる。
訓練所を卒業し、新品のハンターシリーズとハンターライフルを担ぐ少年が訪れたのはルルド村。
「やっと帰ってこれた……」
少年はため息をつきながらも嬉しそうに微笑んでいた。彼は六年ぶりに帰ってきたのだ。
村の門をくぐり、まず、村長に会うため少年は村長の家に向かった。
○ ○ ○
正面から歩いてきたおじいさんが声をかけてきた。
「お前、もしかしてアオイか? ひさしぶりじゃのぉ!」
元気そうな声で話しかけてきたのはクロウ。
外見は小柄なおじいさんだが、鍛冶屋で身の丈より大きいの金槌を振り回し、主婦達の使う包丁から狩人の使う武器まで幅広い物を作っている。
「クロウさん! お久しぶりですね!」
「元気じゃったか?」
「もちろんです!」
「久しぶりに帰って来た……ということはルナさんに会いに行くんじゃろ?」
ルナさん……竜人族であり、見た目は幼いが見た目年齢と精神年齢がだいぶ違う少女。この村で村長をしている。
「はい! では、行ってきます!」
クロウさんに一礼をし、そそくさとルナ……村長の家に向かった。そこまで広い村ではないので歩いてほんの数分、村長の家が見えてきた。途中で懐かしい顔を数人見て、表情は緩みきっているんだろうな。
村長の家の前まで来たところで、
「お帰りなさい、アオイ」
優しい声の主を探すと縁側でひなたぼっこをしている幼女を見つける。小さい頃に一緒にいた時はせっせと働き回っている印象だったので新鮮味もあった。
銀髪に赤い眼の幼女はこちらに歩いてきて
「大きくなったねぇ」
と、自分の頭に手をあてながら言う。その様子は子供っぽい感じでとても微笑ましい。
「村長は相変わらずですね」
「あぅ」
この見た目の子が村長で、この村の特徴である水路の建設の指揮をし、その上、観光地としてある程度で有名にし、発展させたなど、誰が信じるんだろ。
「ハンターになれた?」
村長は背伸びをやめて真剣な声で言う。
「えぇ、もちろんです」
「そう。怪我に気を付けて頑張ってね」
「はい」
……そういえば。
「ミドリを見ませんが」
「アオイが村を出て数日後にねミドリも村をでたんだ」
「えっと……え?」
アオイはミドリに手紙で連絡し、帰る日時を伝えていたので、待っててくれるんじゃないか、と期待していた分、少ししょんぼりとする。ちょっと待った、今の言い方だとまるで……
「長めの帰路で疲れている所、悪いと思うんだけど」
村長は一枚の紙を唐突に出した。依頼書のようだ。
「麓のあたりにジャギィが出たの。五匹ほど討伐を頼んでもいい?」
訓練所を出て最初の依頼。握った依頼書の感触に僕はハンターになったことをこのとき実感した。
○ ○ ○
――ベースキャンプ
辺りには森が広がり所々で紅葉がみられる。ルルド村と同じで水も豊富なようで、水の音も聞こえる。
麓の方におりてきた。この辺りは狩猟区に指定されているので来るのは初めてだ。
「ジャギィを五匹か」
地図を見ながら坂を下る。巣の場所は見当がつくが、実力を考えるにまだ無理だろう。ジャギィが比較的群れずにいそうな場所……。
○ ○ ○
開けたエリア。かつて集落だったのだろうか、複数の建物の残骸がある。
そしてジャギィが一匹、辺りを見回しているのも発見出来た。ハンターライフルを構え、通常弾を装填し、直ぐに引き金をひく。
火薬の力で弾が打ち出され、銃口の溝で弾に回転が加えられる。回転させることで風の影響を受けにくくなり、かつ着弾した時の貫通力もあがる。とてつもない推進力と貫通力を得た弾丸はジャギィの体を抉る。
「グギャア!?」
悲鳴をあげながらこちらを向く。威嚇のつもりだろうか、吠えてからジャギィは走ってきた。
落ち着いてジャギィをスコープで狙いをつけ装填した弾を全て撃つ。
「グァ……」
発射された弾はジャギィの体の中にまで達する。内臓までもが貫かれたジャギィは力なく倒れる。直後、こちらに向かってくる足音が…
「ギャア!」
スコープを覗いていたためか、ジャギィの接近に気付くのが遅れた。噛みつきかかってくる。そのジャギィの側頭部を払うようにして左手を叩きつけ怯ませる。そのまま右手のボウガンを離し、腰にさげた剥ぎ取りナイフを抜き、
「せいッ」
ジャギィの喉笛を切り裂いた。大量の血を吹き出しジャギィは倒れた。
「ふぅ……危なかった……」
アオイは冷や汗とかえり血を拭い、水を飲んだ。
あと三匹。一旦弾丸を装填しなおす。
○ ○ ○
ジャギィを探す。少しの時間歩くと、池の辺りについた。すすきが生い茂り雷光虫がとびまわる。その中にジャギィはいた。
「どうしたもんか……」
さっきは二匹でも危なかったのにも関わらず、今回は三匹もいる。一息ついてから、弾をこめ直す。通常弾から散弾へと。
散弾は通常弾より適正距離が短い。だから音をたてないよう身を潜めゆっくりと近づく。ジャギィ達三匹は情報の交換でもするのだろうか、一ヶ所に集まっている。
手近な位置にあった石ころを拾い、池に向かって投げる。
――とぽん
ジャギィは音に驚き振り向いた。その隙に一気に近づき引き金をひく。火薬の力で砕けた弾丸は、無数の破片となりジャギィ達の体にめりこんでいく。続けて残りの二発を撃ちきる。ジャギィ達の体が真っ赤に染まっていく。傷だらけになっているにも関わらず、構わずこちらに突っ込んでくる。
「グギャア!」
正面から来たジャギィの牙を横に転がって回避。転がった先にいたジャギィが即座に反応し噛みかかってくる。
「せいっ!」
思いっきりボウガンで殴りつけ怯んだ隙に距離をとった。通常弾を装填し、先頭を走るジャギィを撃つ。散弾のダメージが蓄積されていたためか、一発で倒れ絶命する。
残りの二匹は左右から同時に走ってくる。直前にボウガンで殴りつけたジャギィの側面をとるように転がり、振り向きながら装填した分を全て撃つ。三発とも同じジャギィにあたり、絶命させる。
目の前のジャギィが倒れた瞬間、奥のジャギィが体当たりをしてくる。弾を撃った反動で硬直してしまったため、回避ができず直撃。そのままジャギィに押し倒される。
「ギャア!」
ジャギィが噛みつきかかる。咄嗟に左手で殴り軌道を反らす。頭は噛まれなかったものの右肩の装甲を砕かれ、肩を牙が浅く切り裂く。鋭い傷みに耐え、右手でナイフをとりだしそのままジャギィの首に刺す。鮮血を撒き散らし、ジャギィは倒れた。
「死ぬかと思った……」
震えて暫く動けなかった。
○ ○ ○
依頼を達成し、また村に戻ってきた。日は傾き始め、オレンジ色の光が水路の水を照らす。村長の家で依頼完了の手続きを済ませ自宅に戻る。
中に入ると緑髪碧眼で同じくらいの身長に見える少女が楽しそうに椅子に座っていた。入ってきたことに気付くと笑顔で迎えられた。
「おかえり。アオ!」
「え? ミドリ?」
小さい頃から共に遊び、たくさんの時間を過ごした少女、ミドリ。
アオイが驚いた理由はそれだけではない。ミドリは今アオイ着ている防具と全く同じ装備、ハンターシリーズを着ていた。