死に損ないの海賊たち(ONE PIECE✖FAIRY TAIL) 作:アニッキーブラッザー
地下へと続く狭い螺旋階段を下りたかと思えば、扉を開ければだだっ広い部屋と中央には球体の水槽が目に入った。
だが、注目すべき点は、だだっ広い部屋でも水槽でもなく、水槽の中に居る両腕に手枷をはめられた囚われの美女。
エースが水槽の前まで歩み寄ると、水槽の中の美女は少し怯えた様子で水槽の端まで逃げる。
「お前さんが人魚だな」
エースが屈託のない笑みでそう問いかける。
すると囚われの美女は、一瞬呆けた後に慌てて頷き返した。
「あの、あなたは?」
「おう、これはこれはどうも。初めまして。俺はエースってんだ、よろしくな。お前さんを助けにきた」
「は、はい・・・セリアっていいますけど・・・えっと、私を助けに?」
間違いない。人魚だ。
「わ、私を助けてくれるの? ど、どうして?」
青色のロングヘヤーの可愛らしい女の人魚。まだ顔に幼さがある感じだ。
年齢はエースよりも下だろう。人間であるエースに警戒しているのか、少しおどおどしている。
「俺は白ひげ海賊団のモンだ。一応、隊長やってる。お前さんとこのジンベエ親分にはよく世話んなってるダチだ」
エースは自分が敵ではなく味方であることをセリアに言って安心させようとする。
「オヤジの意思とダチのため、俺がお前さんを助けてやる。だからもう大丈夫だ。安心しな」
しかし・・・
「シロヒゲ? ジンベエオヤブン? えっと・・・なんのこと? ちょっと私には分からないんですけど・・・」
「な、なに?」
セリアは本当に分からないという表情で、エースの言葉にオタオタしだした。
一方で、エースはここまで来てそうなるのか? といった表情で頭を抱えてガックリと項垂れた。
「そうきたか・・・まさか魚人島をナワバリにしているオヤジどころか、ジンベエの名前も知らねーとはよ」
「えっと・・・あの・・・大丈夫?」
「ああ、すまんすまん。どうやら人違い・・・いや、人魚違い? それとも海違いか?」
「えっ? えっ!? ええっ!?」
海賊・白ひげと王下七武海の一角で魚人のジンベエ。
子供でも知っているような世界の常識的なビッグネームを、人魚が知らない。
いい加減エースもこれまでの数日間で感じていた世界と海の違和感が、ここに来てようやくただの思い過ごしではないなと確信した。
「どうやら最近会った奴らが、俺やモリアのことも白ひげと王下七武海を知らなかったのも、俺たちがただ自惚れてただけでもなさそうだな」
自分たちの状況と遭遇している事態をエースも少しずつ把握してきた。
だが、それをまだ口では説明できない。把握してきたとしても、状況がよく分かっていないのは変わらないのだから。
すると、そんな風に黙ったまま考え事をしているエースにセリアは不安そうに訪ねてきた。
「あの・・・なにか勘違いがあったみたいだけど・・・その・・・結局あなたは私を助けてくれるの?」
「ん?」
そう言えばそうだった。
「一個だけ聞きてーんだが、お前さん魚人島の人魚か?」
「魚人島? 聞いたことない・・・その、私は人魚の国、『ミルデスタ』の人魚なんだけど・・・」
「聞いたこともねーな」
実際の所、せっかく潜入してきてみたものの、なんだかオヤジの意思もジンベエの気持ちとかもあまり関係なさそうだ。
少なくともこのセリアは、魚人島の民ではない。
「まいったねー、聞いたこともねエや。さすがに魚人島以外に集落を作る人魚が居るとも思えねーしな。まっ、ジンベエに聞いてみないとハッキリとは言えねーけど」
どうやら自分はとんだ思い違いをしていたらしい。エースは苦笑しながら頭をかいた。
すると人魚のセリアは水の中に居るにもかかわらず、目に見えるほど不安そうな涙目を浮かべていた。
「そ、それじゃあ・・・・た、助けてもらえないのかしら?」
どうやら色々と勘違いがあって、エースがセリアを助ける義理がなくなった。
エースの様子からそれを察したセリアは助けてもらえないのかと、悲しそうにしている。
そしてエースも考える。
まあ、確かに助ける必要も無くなったわけだけど・・・
「んー、お前さん助けて欲しいか?」
「えっ、それはもう!」
「なら助けてやる」
即決した。
「そう、やっぱり助けてもらえな・・・・えっ!? えええええええっ!? た、助けてくれるの!?」
「おう」
助けてもらいたかったが、これほど軽く簡単に承知したエースに、セリアは仰天した。
慌てて水槽越しからエースに問いつめる。
「おうって!? なんで!? もし私を逃がしたりなんかしたら、この基地の人たちに追われたりするのよ!?」
「追われる人生には慣れてるからよ。今更だ」
「そうなの? って、それでもよ!」
「なんだよ、助けてもらいたくねーのか?」
「それはもうすっごく助けてもらいたいし、家に帰りたい! でも、その所為であなたにすごい迷惑がかかったり命を危険にさせたりすると・・・」
「つまらねー理由だ~。もっと堂々と助けられろよ」
「えっ、ええええええええええッ!?」
なんだこいつは? 今のセリアは、ここ最近でエースと出会った人たちと同じような気持ちだろう。
(なんなのこの人? どうして私を助けてくれるの? 理由もないのに・・・私に気があるのかな~? う~ん、でも『ミルデスタ』の人たちと比べて私なんて全然可愛くないし・・・)
エースが何者で、何故助けてくれる? 助けてもらえるのはうれしいが、エースという人物がよく分からない。
助けてもらえるといっても素直に喜べないで色々と考えてしまうセリア。
エースはそんなセリアに笑いながら、それでも力強く、そして意思を感じさせる言葉を言う。
「気にすんな。たとえ、わけわかんねー状況に陥ったとしても、俺はお前を助けるって決めてここまで来たんだ。今更勘違いとかで最初に決めたことをネジまげねーよ」
「・・・・・えっ・・・」
「ここでお前さんを見捨てたら、自分の言葉を曲げた俺は自分を悔いる。だから助けてやるよ」
ただ、自分の一度決めたことを貫くため。そのためだけにエースはセリアを助ける。
そんなことぐらいで命を懸けるのか? セリアはそう思っただろう。
だが、それぐらいのことで命を懸けるのが海賊であり、エースなのだ。
エースがただ口だけでそう言っていないことは、その言葉の強さ、瞳の強さでセリアにも伝わった。
するとセリアは複雑だけど、とてもうれしそうに笑顔を見せた。
「あ・・・ありがとうございます、エース様!!」
「エースでいいぜ。部下にも様で呼ばれたことがねーのに、くすぐってえ」
「じゃ、じゃあ、本当にありがとう、エース!」
海賊になって、誰かから感謝されることは珍しい。
だが、たまには悪くないなとエースは思いながら、水槽を力一杯ぶん殴って割った。
水槽が割れて水が勢いよく外へ出る。その水と一緒に割れた穴からセリアも滑り込むように外に押し出され、エースは彼女を腕でしっかりと受け止めた。
「あっ・・・」
「よっし、さっさと逃げようぜ。お前さん歩けねーだろ? ちょいと抱えて走るけど勘弁しろよ」
「あっ、えっ、あっ!?」
普通はお姫様抱っこで抱えてあげればいいものの、魚だからなのか、エースはセリアを右肩に乗せて抱える。
助けてもらったのはうれしいしが、これはなんか嫌だった。セリアは急にバタバタしだして、エースに降ろすように言う。
「まっ、待って! 降りる! ちゃんと自分で歩けるから!」
「なに!?」
セリアはエースの肩から飛び降りて、ブツブツと何か呪文のようなものを唱える。
すると、セリアの人魚の足が綺麗な人間の女性の足になった。
「うおっ!?」
「えっ・・・えへへへ、もちろん本物じゃなくて魔法で人間の足を真似して変化させたものだけど・・・」
「そういやー、確か人魚は30を越えると尾ヒレがわかれて二股になるそうだが・・・お前30越えてんのか!?」
「そんなわけないじゃない!? 私はまだ16歳よ!? 大体、30越えたら二股って何それ!? 誰がそんなデタラメな話を広げたの!?」
また魔法か。ミラジェーンたちも動物やら悪魔やらに変身していたが、悪魔の実の能力ではない。
さらにセリアが水槽という水の中にいた以上、セリアも悪魔の実の能力者ではない。なぜなら悪魔の実を食べたら魚人でも泳げなくなるからだ。
どうやらこの魔法というのは本当に存在を信じた方が良さそうだ。
年齢のことでエースに頬を膨らませるセリア。とりあえず今はこの娘を助けてここから出ることが先決かと、エースは考えを捨てて、セリアに笑いながら軽く頭を下げて謝った。
「ワリーワリー、とにかく詳しい話は後だ。さっさとこっから出ようぜ」
「も、もう。別に怒ってないからいいけど・・・まっ、いいよね。ええ、分かったわ! 行きましょう、エース!」
少し怒ったが、すぐに可愛らしく微笑むセリア。エースは彼女と一緒にこの地下から、そしてこの基地から脱出しようと出口へ向かう。
しかし・・・
「困りますね。このように白昼堂々と基地に乗り込んでの強奪は」
「「ッ!?」」
セリアを青ざめさせる、第三者の声が聞こえたのだった。
「基地内が騒がしいと思い来てみれば・・・いやはや・・・」
現れたのは男。雪のように真っ白い服にマント、そして白い帽子。
肌もどこか色白に見え、正に全身雪の色のような男が、氷のように冷たい目でエースとセリアの前に現れた。
セリアは怯えてエースの背中に隠れる。だが、エースは実にケロッとした様子で笑った。
「おお、これはお騒がせして申し訳ない。すぐ帰るよ(・・・ツエーな・・・こいつ)」
実に堂々と宣言した。だが、現れた男は表情を変えずに続ける。
「・・・人魚を連れてですか?」
「おう、ダメか?」
「ええ、ダメですね。そしてこれであなたもダメになりました」
「はっ?」
特に男の声のトーンは変わっていないし表情も変わっていない。
だが、男からは少し肌が寒くなるような圧力をエースとセリアは感じた。
「俺がダメならどうする? 捕まえて罰するかい?」
さて、エースを罰するとしたら男はどういう罪でエースを罰するか? 不法侵入か? それとも研究体であるセリアを連れ出すことか?
もっとも、人魚の売買取引を行った彼らにそれほど強くエースを罰則する事は・・・
「いいえ、処罰など出来ませんよ。あなたは知ってはならないことを知ってしまった。ならば答えは可愛そうですが・・・」
いや、そもそもこの男はエースを捕まえることすらしないようだ。
「なに?」
「不法侵入で乱闘・・・やむをえずに始末した、そういうことで済ませましょう」
「ッ!?」
その瞬間、男が指を前に出してオーケストラの指揮者のように指を振る。
すると、エースの体に異変が起こる。
「ッ、なっ、俺の腕が!? 首が!?」
「エース!?」
エースの左腕と首の血管が浮き出して、エースの意思とは関係なく首と腕がねじれ始めた。
「な、なんだ!? お前、俺になにしやがった!?」
一体自分の体に何が起こったのか!? 突然のことに驚きを隠せぬエースに、男は淡々と告げる。
「私の魔法は『流れ』を操ること。血液でも水でも風でも、流れているものを自在に操ることが出来ます。このように、あなたの首や腕回りの血液の流れを操り、あなたを窒息させることは造作もないのです」
――ブチッ
「そして・・・血液の流れを早く、そして膨張させれば・・・人間の部位など引き千切ることも容易いのですよ」
次の瞬間、エースの首と腕がちぎれて胴体から分離した。
「い・・・・いやあああああああああああああああああ!? エーーーーーースッ!? いやああああ!?」
涙と入り交じって起こるセリアの悲鳴。
エースが殺された。セリアはその場で泣き崩れた。
しかし男はあくまで無表情。人一人を殺そうともその表情に揺らぎはなく・・・
「ふむ、そういえば名前も聞いてませんでしたね。まあ、別にかまいま――」
男は何事もなかったように静かにエースの死体を見下ろし・・・
「蛍火・・・」
「ッ!?」
「火達磨!!」
首と左腕を失ったエースの胴体がいきなり立ち上がり、右腕を前につきだして、エースの掌から蛍のように小さな光が放たれた。
その光はいくつも男の回りを飛び、次の瞬間その光が全て弾けて男は炎に包まれた。
「ッ!?」
その時、初めて男の表情が変わった。
真っ白い雪のような男のコートと帽子が一瞬で黒こげる。
男は全身の火を叩きながら地面に転がり、今何が起こったのかを凝視する。
「あなたは・・・」
「エ・・・・・・エーーーースッ!?」
そこには、千切れた肉体の部位を炎で繋いだエースが、何事もなかったかのように笑っていた。
全身炎で包まれた・・・いや、肉体そのものが炎となっている炎人間。
「ワリーな、それぐらいじゃ俺は死なないんだよ。ロギアの能力者はな」
千切れたはずの首と腕が炎を放出して残された胴体とくっついてエースは元に戻った。
「炎を扱う魔道士ですか・・・」
「よ、よかった~、エースすごい! でも、びっくりしたじゃない!」
この事態に男は目を大きく見開き、セリアは涙を流しながら手を挙げた。
「魔法使いじゃねー。悪魔の実の能力者。メラメラの実を食った海賊だ!」
「・・・悪魔・・・の・・・実?」
そしてエースはニッと男に笑い、言う。
「俺の名前は別にいい? そう言わないで、ちゃんと覚えてくれよ」
「・・・あなたは・・・何者」
全身の炎を更に猛らせ燃え上がるエース。
その炎の力強さと美しさに、男も、そしてセリアも目を奪われた。
「俺はポートガス・D・エースってもんだ。海賊だ。人魚は頂いてくぜ」
悪魔の実・・・海賊・・・そんな単語がエースから聞こえたが、今はそれはどうでも良かった。
セリアから見れば、今のエースは強き炎を扱うヒーローのように。
そして男にとっては、予想外の強さと力を持った敵の出現と判断した。
「エース・・・それがあなたの名前ですか・・・ならばこちらも名乗らねば失礼に当たりますね」
男の目が一段と鋭くなる。男は帽子を床に捨て、先ほどよりも圧迫感のあるプレッシャーをむき出しにしてエースと対面する。
「レアグローブ王国の将軍・ディープスノーと申します」
「おう、これはご丁寧に。よろしくな」
ディープスノー。それが男の名前。エースもペコリと頭を下げる。
言葉だけなら一見和やかな自己紹介だが、この場にいるセリアにはそうでなかった。
笑うエースの瞳はギラついて、冷静沈着に見えるディープスノーからは空気が痛くなるほどのプレッシャーが発せられている。
「ふふ・・・たかだが炎化ぐらいで図に乗らないよう。その程度の魔道士など、私はこれまで戦場で何度も戦ってきましたので」
「そうかい。俺はお前さんみたいな能力者・・・いや、魔法使いは初めてだ。でもな、俺はお前よりスゲエ奴らと何度も戦ってきたと思うぜ~。偉大なる航路(グランドライン)でな」
「ほう、それはそれは、ではお互い様ということで・・・」
「ああ、いいと思うぜ」
次の瞬間、バチンと大きく空気が弾けた。
それはエースとディープスノー、二人の気迫がぶつかり合った音。
見守るのは一人の人魚。今にも逃げ出したくなるようなこの空間だが、彼女は決して逃げずにその目でこの戦いを瞳と心に刻む。
そして次の瞬間、同時に二人の男の拳が交わり合ったのだった。