『助けて!徳丸さん!』なんていうメールが千歌ちゃんから送られてきた。文面的にかなり深刻な案件……ではないと思うけれど。
それなりに慌ててスクールアイドル部の部室に飛び込むと、そこにはAqoursの6人の他に3年生3人の姿があった。あら、3人揃ってる。
「だからスクールアイドルなんてもうやらないって言ってるでしょ!しつこいよ!」
「こんの意地っ張り!一回の失敗なんて気にしなくていいのよ!果南なら大丈夫だってば!」
中でもマリーと松浦さんが中心となり言い合いを繰り広げている。ダイヤさんをはじめとした他のメンバーはおろおろと見守っている…呆れているっぽい雰囲気もあるかな。
激おこな二人に気づかれないようにこっそりと部室に潜り込み、とりあえず今の状況の説明を求めてみた。
「ねぇねぇ梨子ちゃん。これどんな状況?」
「あ、徳丸さん。お久しぶりです。」
お久しぶり…。そんなお久しぶりではないと思う…はい…そうですね。遅くなりましたね。すいません。
「今日から果南ちゃんが復学したんですよ。実家のお手伝いとかで忙しかったらしくて休学してたから。」
曜ちゃんが教えてくれた。それに続き1年生ズも経緯を口にする。
「ことの始まりは3年生の教室で先輩たちが言い争ってたことずら。私たちの教室まで届くくらいの大声で。」
「そこに千歌ちゃんが割り込んでいって『放課後部室に来てください。話聞きますから』って。か、かっこよかった~。」
「それで、場所を変えたは良いんだけど結局あの調子で…。困ったリトルデーモンたちね!」
なるほどなるほど。それじゃあ千歌ちゃんが俺を呼んだのはあの言い合いを止めてくれってことなのかな。言われなくても察することは出来たけれど…。
(首ツッコまない方が良いと思うんだけどなぁ)
コレが今の正直な気持ちである。
彼女たち3人(ダイヤさん含め)は2年近く冷戦状態にある。確かに松浦さんとマリーが揃うというのはなかなか無い良い機会だと思うが、だからってすぐに溶けるほどのわだかまりならこんなに拗れてないだろうし…。
(2人とも腹割って話せる方法がなにかあればなぁ…)
そのまま気づかれずに傍観してること数分。もう何度目かも分からないやりとりを繰り返す2人。
「だから!一回の失敗で辞めちゃうなんて果南らしくないって言ってるの!もう一回私やちかっちと一緒にスクールアイドルやろうよ!」
「いやだ。」
「~~~~~っ!この意地っ張り!弱虫!
ま、マリーさんや。今のはちょっと言い過ぎというか言い方が悪いような気が「せっかく私が?」ほらぁ~泣
しびれを切らしたマリーの尖った言い方を松浦さんは聞き逃さなかったようです…。
ゆらりと立ち上がった果南さんが「バンッ」と音を立てて両手をテーブルに叩きつけると
「あんたには私の気持ちは分からないよ。」
とだけ告げて部室から出て行った。
嫌な空気が部屋を満たす。マリーは特に"あんた"呼ばわりが聞いているらしく開いた口がふさがっていなかった。
松浦さんの後を追おうと俺が動き出そうとすると
「徳丸さん。果南ちゃんのことよろしくお願いします。追いかけてあげてください!」
と、沈黙を破ったのは俺に気づいていないと思っていた千歌ちゃんだった。
その事が意外に思えたので、部屋を出る前に俺のことを呼んだわりに今まで放置されてた理由を聞いてみると
「徳丸さんは最終手段でしたから!こういうのは本人同士じゃないとダメだと思ったから。まさかこんなに2人とも素直じゃないとは思ってなかったですけどね!!」
と、単なる仲介役を俺に頼むつもりじゃなかったらしい。
やっぱりこの子は人間関係を理屈ではないにしろ感覚的に理解してるし、そう言う点でリーダーに相応しくなってきたじゃないか。
じゃあリーダーに頼まれたことは遂行しないとね。
「行ってきます」
ぜぇっ……ぜぇっ……!
「はぁ……はぁ……!」
松浦さんの全力疾走はっえぇぇぇぇ!
かっこつけて教室出たものの影も形もなくて焦ったわ!急いで校門まで行ったら遠くにうっすらとポニーテールが見えたから追いかけたんだけど、追われてるという気配に気づいたのか向こうも走り始めて…。
なんとか…なんとか追いつけたが、限界を超えた気がする。
「ぜぇっ…松浦さん…話したいことがあるんだ…けど。」
「けど?」
「も、もう少しだけ待って…。」
締まらないなぁ。
とりあえずちょうど良いところにバス停があったからそこに腰掛けて回復を待った。
「はいこれ。」
「あらら。ごめん、ありがとう。いくらだった?」
「大丈夫だよ。これくらい。」
飲み物を買ってきてくれた彼氏と申し訳なさそうな彼女の会話のテンプレート①である。性別がそれと逆なのはお察し。
買ってきてくれたスポーツドリンクを半分くらい一気に飲み干したあと(もちろん代金は払った)真面目な話に入ろう。
「君たちがスクールアイドルしてたとき会ったのは覚えてる?」
「うん。マリーが『紹介したい人がいる』って連れてきたから最初彼氏だと思った。」
「あぁ、それでダイヤさんが『ア、アイドルに恋愛は御法度ですわ~!』って大騒ぎしてな。」
「…懐かしいね。」
「あのとき。笑顔で冗談を言い合う君たちを見たときに。俺はなんて思ったと思う?」
「ええぇ~。なんだろう。"眼福"とか?」
「違うわい!」
……ホントに違うわい!
「…一つはね。マリーに友達が出来て良かったなってこと。もう一つはね"羨ましい"だったんだ。」
「羨ましい?」
「うん。すごく楽しそうだったもん。」
ただそれだけのことで。
「俺はアイドルとかよく分からないけど、どんなことがあってもこんなに仲の良い3人なら乗り越えてゆくんだろうなって思ったよ。」
彼女たちから元気をもらえた。
笑顔で歌って踊る君たちを見て、俺も新しい場所で仲間を作ろうと思った。
「君たちは間違いなく俺の憧れの
だからさ。
「別にアイドルをもう一度やって欲しいとも言わないし、無理に仲直りしろとも言わない。ただ、何を思ってスクールアイドルを辞めたのかを教えてくれないかな?」
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教えてくれないかな?
そう尋ねてきた彼の優しい声に、真面目な話をしているのに何を考えているのかと思うかも知れないが、なぜかドキンと胸が高鳴るのを感じる。
放課後のバス停のベンチに二人して腰掛けて話す今の時間というのは、なんだかとても貴重なもののように思えた。
……うん。思い返すと二人っきりでゆっくり話す時間って今まであまり無かったからだろう。柄にもなく緊張しているのかもしれない。
さて、真摯に私に向き合ってくれる国木田くんに理由を話すべきかな。
私がスクールアイドルを辞めようと決心したのは、東京のスクールアイドルに圧倒されたとか、失敗が怖いとかそういうことじゃない(鞠莉は勘違いしてるけど)。
私の大事な親友はこんなところでスクールアイドルをしてる器じゃない。家だってお金持ちだし、世界にコネはたくさんあるし、もっと世界で活躍できる人材だから。
それなのにあの子は”今”やりたいことしか見てないから…。だから私はあの子の”未来”を考えて突き放した。
たった3年の間やりたいことを我慢するだけで、彼女はその後の人生でもっと素晴らしいことに出会えるはず。もしかしたらその3年の間にやりたいことを見つけられるかも知れない。
それが彼女の幸せだと思うから。
目の前の彼はわかってくれるだろうか。
わかってほしい。いや、わかってくれるはずだ。
スクールアイドルなんて頑張って頑張って。それこそ自分の時間を削ってまで練習して。全国優勝したところで。
得られるものは経験と学校の知名度と思い出だけ。
後輩のため、学校の歴史を残すために頑張る千歌たちのことを悪く言うわけではないけれど。
私は会うこともない後輩や、学校の存続なんてものよりも。
「親友の将来の方が大事だから。」
そう伝えた。