『スイッチ』を押させるな――ッ!   作:うにコーン

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されど少年は竜人と踊る の巻き

                  ゴ ゴ ゴ

 闘技場に現れた1人の男に、増援と悟り敗北を覚悟した康一。 ニヤニヤ…… いや、ニタニタだろうか。 粘つく微笑を浮かべた悪魔が、康一の前に現れたのだ。

 

 そこには、セバスに邪悪な微笑みを向けるデミウルゴスがいた。 康一に、ではなくセバスに……だ。 状況が飲み込めず、疑問符を頭に浮かべた康一とは対照的に、セバスの表情は硬く凍り付いていた。

 

「いえいえ……少し、お手伝いを………と」

                  ゴ ゴ ゴ

 セバスがスキルを使えぬ状況にしたのはデミウルゴスとの約束であるし、そもそもデミウルゴスの()()()()()()()為に、手を出させぬ為にここまで面倒な手順を踏んだのだ。 だというのに、白々しくも貴方が存外不甲斐ないので、()()()手伝いに来た……とでも言う気だろうか、この悪魔は。

 

「何をしに来た! 私が全て相手をすると、了承したでしょうデミウルゴス!」

「確かに。 手を出さない事に納得はしました……が、()()()()()()()()()()()()()()ねぇ……」

「……何ですと?」

                  ゴ ゴ ゴ

 デミウルゴスはそう言うと、康一の方へ首を回す。 そして、何がそんなに可笑しいのか吊り上げた口角が一層吊上がり、鋭利な牙がチラリと顔を覗かせた。

 

「遅いですねぇ……いつ戻って来るんでしょうか? コキュートスは……」

  !!」

 

 刹那、この悪魔が言わんとする(げん)に思い当たる。 康一から血の気が失せ、表情が凍りつき、脳裏を()ぎる最悪の想像に恐怖を感じた。 手足は無意識に震え、歯が嚙みあわないほど顎がかちかち震える。

 

()()()()()()? このまま戦闘を続行して…『手遅れ』になるか…… それともこの『音』の能力を解除して()()()()()()()()?」

                  ゴ ゴ ゴ

 クソ野郎が、とセバスは心の中で不快感と共に唾を吐く。 彼は少年を騙そうとしているのだ……と、直感的にデミウルゴスの狙いを見抜いたのだ。 何一つ確信的な事は言わず、あえて勘違いさせるような言葉で翻弄せんと言葉を紡ぐ、その所業は正に悪魔。

 

 騙されて、考え無しに9階層に戻ろうとすればセバスが自由になり、負け。

 

 そもそも、ただの人間でしかない康一が、灼熱の第7階層を1人で突破できるはずも無い。 本当に、コキュートスが仗助達4人の命を狙ったとしても、彼らには主人たるモモンガが直接「護衛せよ」と命じた、守護者最強格2人が存在するのだ。 元より、どちらであろうと康一の取るべき行動は1つだけ。

 

 つまり、考えるだけ無駄であり、ブラフだと気付かない方が不自然である。

 

(私なら行きません。 こんな見え透いたワナに、みすみす引っかかるような真似は…… ましてや、あの少年がこんなブラフ、見抜けぬハズが無い)

 

 セバスの予想は『動かない』である。 スキルを封じた肉弾戦のみ。 さらに、本気を出していなかったとはいえ、80LV差をものともせず、徹底的に手を焼かせ食い下がってみせた康一が、このような簡単な仕掛けに騙される訳が無い……

 

 

 

 

 

  しかし、セバスの予想は覆された。

 

 背に感じていた康一の気配が、転移門のある出口の方角へ動いたのだ。 同時に、重く()し掛かっていた不快感も消え失せる。

 

「仗助君、億泰君! 皆ァァアアッ!」

 

 康一は駆ける。 全てを投げ出して向かう。 仲間の下へと。

 

(ば、馬鹿な  ! こんな、まさか、有り得ません!)

 

 眼を丸く見開き振り返ったセバスは、一心不乱に駆け出していった康一の背を目の当たりにした。 地面の砂を巻き上げ、猛然と走りゆくその足取りに躊躇など無く。 第七階層へ通ずる転移門へと真っ直ぐに。

 

 たった一言。 たった一言、悪魔がポツリと(ささや)いただけ。 それだけで、この戦いは、終止符を打ったのだった。

 

 こちらを見るデミウルゴスからの(さぁ、お次は貴方の番ですよ)との、無言の重圧。 苦虫を噛み潰したような表情のセバスは本来持つ肉体の性能を発揮し、秒の十分の一程も掛けること無く、康一の前へと先回りした。

 

 たたらを踏んで急停止する康一。 行く手をふさぐセバスを無視し脇を抜けようとするが、全力を取り戻した彼の横を傷ついた体で抜けられるはずもなし。

 

「デミウルゴスの言っていたことは全てブラフです…… まさか、こんな簡単な罠に掛かるとは思いませんでした。 残念でしたね」

 

 驚いた表情の康一を前に、セバスは鳩尾へと掌底を打ち   グニャリとした、やや固めの奇妙な感触を味わった。

 

  ? これは……また、文字ですか」

 

 腹部に致命的な掌を受け、呼気を限界まで吐き出させられた康一の背後。 尾の先の無いスタンド、エコーズAct2が浮遊していた。 セバスの手に伝わった奇妙な感触は、康一の学生服へ貼り付けられた、Act2尻尾文字による『ピタァアッ』の停止効果を受けてのものだった。

 

「たぶん……」 康一は、数度咳き込んだ後セバスの手首を掴む。 「さっきの話はウソなんだろうって思ってたよ……」

 

 セバスの耳に、ほう、とデミウルゴスの感心するような声が聞こえた。

 

「敵いっこないとか、逃げろとか、諦めろとか……何度も何度も。 ()()()()()()()()()()()()()()()言うじゃあないか。 ()()()()()()()()()。 ()()()()()()()()()んだ…… でもね」

 

 康一の表情は苦痛に歪んでいた。 言葉を紡ぐ為にする呼吸ですら、痛みを伴う困難極まるものであった。 だが、こればかりは言わねばならない。 伝えねばならない。 この、クソ頑固者にだけは。

 

「ひょっとしたら()()()()()()()()って思ったら…… 万が一でも! 友達がピンチだって可能性が1%でもあるのなら! ()()()()()()()()()()なんて…… ()()()()()()()よ……!」

  !!」

 

 康一の言葉に、セバスはハッと息を飲んだ。

 

 セバスの腕の中、眉を寄せ、歯を食いしばり苦痛に耐える康一。 徐々に身体に力が入らなくなり、ゆっくりと崩れ落ちるように片膝を着く。 だが、その闘志を宿した眼だけは、まだ光を失っていなかった。

 

「セバス…この戦い、あんたの勝ちだよ。 僕の意識も…体力も……ここが限界、みたいだし…ね……」

 

 そして康一は事切れた。 鋼で出来た腕の中、四肢を投げ出し、力無く垂れ下がる。

 

 セバスは、その小さな背中に複雑な思いを抱きながら見下ろし 「行かない選択肢など無い、ですか……」 と、そう静かに呟いた。 そこへ近付いてくる、硬い音を響かせる靴音。 首を持ち上げると、そこにはデミウルゴスがいた。

 

「これがスタンド使いの能力、ですか。 やれやれ…… この少年だけでなく、もう一人いたら……セバス。 負けていたのは貴方だったかもしれませんよ?」

「それでも私が負けるなどありえません。 ……もう十分でしょう、デミウルゴス。 これ以上は無意味です」

「まぁ、そうだね」

 

 予想以上にあっけなく同意したデミウルゴスに、少し驚いた表情を向ける。 デミウルゴスは肩を竦めて

 

「ただ、あのよう簡単なブラフに動揺するようでは、異能を持ってもまだまだ子供ですね」

 

 とため息混じりに言った。

 

「いいえ、デミウルゴス。 それは違います」

 

 首を左右に振り、デミウルゴスの言葉を否定したセバスの表情は、思いつめたような硬いものだった。

 

「少年が何故、助けに行かずにはいられなかったか……私にはそれが、痛いほどわかります」

 

 主人のいない虚無の城…… 成程、死ぬより遥かに恐ろしい。 

 

 そうだ。 それこそが我らNPCが存在意義。 生きる意味なのだ。

 

 

 

「これがもし…… 窮地に立たされているのがもし! モモンガ様だったと言うのなら…()()()()()()()()()()!」

「……その通りです。 階層守護者も領域守護者も関係なく、ナザリックの者なら彼と同じ行動を取ったことでしょう。 今のは私の失言でした」

「随分素直に認めるのですね? あれほど(かたく)なだった貴方が」

「知りたかったことは全て知り得ましたし、全て予定通り進みましたのでね。 今は珍しく気分が良いのですよ」

  ?」

 

 片眉を上げ、デミウルゴスの言葉が理解出来ないとの様子のセバスに、デミウルゴスは苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

「……う、うう?」

 

 意識が覚醒し、眼を開くとそこは見知らぬ室内だった。

 

 広々とした空間には豪華な調度品が、所狭しと並べられている。 高すぎる天井には、水晶の欠片がキラキラと発光するシャンデリアが吊るされていた。 視線を手元に移せば、天蓋付きのベッドに清潔なシーツの敷かれた寝具。 そして、フカフカのブランケット(羽毛布団)が胸元まで掛けられていた。

 

「やっぱり…… 生きてた」

 

 ポツリと、安堵の吐息と共に呟いた康一。 身を起き上がらせると、想像以上に軽いブランケットが胸元から滑り落ちる。

 

 横に視線を移す。 そこにはセバスとデミウルゴスがいた。

 

「すぐには意識が戻りそうも無かったので  

 

 デミウルゴスが片手を広げて、豪華な室内を自慢するように

 

  勝手ながら、客室に運ばせて頂きました」

 

 現在位置を教えてくれる。 確かに一流ホテル並みの調度品だが、康一はそんな部屋に泊まったことが無いので、比べようが無い。

 

 はぁ、そうですか。 と、康一が気の抜けた返事を返す。

 

「先程、『やっぱり』と呟かれましたが……」

「途中からだけどね…気付いてたよ。 ケツ捲って逃げれろって言われて、挑発されてるのかもって思ったけど…… セバスさん、あんた結構顔に出てるよ」

 

 うっ、と小さく呻き声を上げたセバスは、自身の顔を押さえた。 意図を読まれまいとして無表情に徹した結果、逆に違和感を持たれてしまっていた。

 

「ちょいと小突いて、追い出すつもりだったのかな? でも、僕が頑固……わざとだったけど、存外粘るもんだから安楽に終わらそうとして  

「セバスに仕込んだ音の能力の、時間稼ぎが完了してしまった……と」

「そういう事になるね。 相手が何を目的にしているか? それがバレちゃったら、ストレート勝ちなんて無理さ。 僕は邪魔するだけでいいんだもん」

「やれやれ、最初からバレていたという事ですか。 少年の洞察がセバスに優ったのか…… それとも、セバスに演技を望んだ私が愚かだったのか」

 

 溜息を吐きつつ首を左右に振るデミウルゴスに、セバスはムッとした表情で。

 

「不満があるならデミウルゴス。 面倒臭がらず、ニューロニストでなく貴方が最初から相手をすれば良かったのでは?」

 

 と食って掛かる。

 

 ニューロニストの代わりにセバスにやらせたのは、同時に力量も測ろうとしたためだったのだ。 それならば、拷問官にまかせるなどと勘違いしてしまう人選で探ろうとせずに、自分で何とかすればよい。 いや、そもそもセバスが自ら代わりを申し出るように、わざとニューロニストの名を挙げたのか。

 

「嫌ですよ。 モモンガ様に嫌われてしまうかもしれないじゃあないですか」

「ほう…… では、私なら嫌われても良いと?」

「そう聞こえたかね? そんなつもりは無かったのだがね」

 

 デミウルゴスの涼しげな、全く悪びれていない声。 セバスの眉間の皺は、今にも増してますます深いものになる。

 

「そもそも私は、最初から彼等は脅威ではないと申し上げていました」

「調べる事は彼等の力量も含まれるのだよ? 外の世界の人間やモンスターが、どれほどの力があるか知っておくべきだろう?」

「そのやり方が間違っているのでは、と言っているのです」

「私はそうは思いませんね。 そもそも  

 

 徐々に言い争う声が白熱して行き、置いて行かれた気分だった康一が、

 

「……仲が良いんですね」

 

 と、深く考えずにポロッと出した一言。 そんな一言だった。 しかし。

 

「「どこが!?」」

 

 2人の反応は過剰なものだった。 口から出た言葉も、康一の方へ振り向く動作も、タイミングも何もかも同じだった。 それはまるで、事前に示し合わせたかのようで。

 

「「真似をしないで頂きたい!」」

 

 再び同じような仕草で向かい合い、同じような台詞を言い合う姿は、彼に聞いたあの二人と同じ姿だった。 いつも些細なことで喧嘩する、あの二人。

 

 好意の反対は、嫌悪ではない。 無関心だ。 本当に嫌いだと思っているのなら、喧嘩にすらならないのだ。 関わりたいとすら、思わないのだ。

 

 モモンガ   いや、鈴木 悟から聞いた、そんな不器用な二人の姿にそっくりな、セバスとデミウルゴス。 まぁ、人伝(ひとづて)に、彼の口から聞いただけの姿だったが。

 

 康一は微笑む。 喧嘩する程、仲が良い4人に。 だからほら、やっぱり  

 

「仲良しじゃあないか……」

 

 

 

 

 

 

 ガチャリ…と、ドアノブが回された。 キィ  と木材の擦れる甲高い音を響かせながら、()()()()()()()扉が開かれていく。

                  ゴ ゴ ゴ

 一般メイド、防衛用モンスター、領域守護者、階層守護者分け隔てなく、ナザリックに所属するNPCで、扉を開く際ノックをしないのは、自室、罠を目的とした場所、無人が解っている場所を除いてありえない。 今居る第9階層なら、尚更に。 

 

 ただし、()()()()()()()()……だが。

 

「先程   アウラから聞いたのだが……」

 

 暗黒を、そのままローブに染み込ませた様な漆黒のローブ。 仄昏(ほのぐら)眼窩(がんか)に灯る、赤き炎は血よりも紅く。

                  ゴ ゴ ゴ

「どうやら第6階層の闘技場が騒がしかったようだが…お前達は何か知っているか?」

 

 白磁を思わせる染み一つ無い骸の身体は、正対した者に例外なく死を覚悟させる。

 

「そして何故、第二階層へ向かったはずの彼が客間に居る?」

 

 現れたのは至上にして絶対たる存在……『至高の四十一人』の内が一人。

 

「モ、モモンガ様……」

 

 消え逝くナザリックに最後まで残った、優しき支配者だった。

 

「どうした? ……2人とも酷く汗をかいているが、そんなに暑いか?」

「はっ! 御見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません!」

「い、いや、見苦しいと言う程でもないが」

「はっ! 失礼致しました!」

 

 モモンガが怪訝な顔を   できないが   していると「闘技場の騒ぎは私が原因です」と、覚悟を決めたように表情を硬くしたセバスが頭を下げた。

 

 実は  と口を開いたセバスを遮り、康一が「稽古ですよ!」と声を張り上げた。 思っていたよりも大きな声が出て、康一の心臓がドキリと跳ねる。

 

「向かってる途中で、すごく立派な闘技場に通りがかってそれで   ()()()()()()()()組み手をお願いしたんです! きっとその時の音ですよ!」

「ああ、康一さんの能力は『音』でしたね」

 

 ようやく得心が行った、といった感じで頷き「で、どうだったんだ?」と呼びかけられて、セバスがギクシャクとした動作で顔を上げた。

 

「はっ…どう、とは一体……?」

「初めてスタンド使いと戦った感想はどうだった、と聞いているだけだ。 そこまで畏まる必要は無いぞ、世間話程度の認識でよい」

 

 この時、モモンガはある事を失念していた。 ユグドラシルでの常識が通用しない、異能の能力への興味が、セバスへの気遣いを厚いベールで覆い隠してしまっていた。 つまり……

 

 上司の言う『無礼講』や『世間話』は絶対に罠だという事を。

 

「はい…… 非常に、特異な戦い方をする…と思いました。 何をするか予想がつかない、された事に気が付かない…… 先を見た戦い方をする彼に驚かされました」

「フム… やはり、ユグドラシルの頃の常識は通じないか……」

 

 一言一言発する度に、多大な神経を使う。 今の所は機嫌が良さそうにしているが、圧倒的な実力差がありながら苦戦しました…とでも言おうものなら、失望されてしまうかもしれない。 最悪、スタンド使いの方が最終的に強くなるからNPCはもう必要ないと捨てられる、愛想を尽かされ他の至高の四十人と同じようにお隠れになられてしまう恐れがあった。 そんな想像を脳裏に思い浮かべるだけで、セバスのような剛の者とて、心胆寒からしめてしまう。

 

「モモンガ様。 私から1つ補足させていただけますでしょうか?」

「よい。 なんだ?」

「有難う御座います。 ……実の所、セバスはハンデとしてスキルを封じて戦っており、肉体能力のみで勝利しました」

「ほー。 やはり80LVも差があると、ハンデがあっても押し切られ流石に勝てないか」

 

 満足そうに何度か頷くと、デミウルゴスへ視線を移し「守護階層の異常や破損が無いか調べて報告するように」と言い踵を返す。

 

「畏まりました。 直ちに調べてまいります、モモンガ様」

「私はこれから闘技場でギルド武器のテストを行なうつもりだ。 報告はそこで聞く」

「はっ!」

 

 小気味良い短い返答を発し、デミウルゴスが深々と一礼する。 どうしたらそんなに優雅なポーズが取れるんだろう、と考えながらドアノブへ手を掛け  

 

「ああ、そうだセバス」

 

 ちょっと忘れ物をした…… といった感じで、扉を半ばまで開いた状態で振り返る。

 

()()()()()()()()()()

 

「「「  ッ!!」」」

 

 モモンガの発したその何気ない一言に、戦慄が3人の体を突き抜ける。

 

 見ると、確かにセバスの脇に僅かに土が付着していた。 康一が闘技場の地面に押さえ付けられた時に付いた土が、セバスに肘を打ち込んだ際に付着したのだ。 なんという、なんという洞察力だろうか。 観察眼だろうか。 最初から泥仕合だったことは知られていた。

 

 モモンガがセバス達に質問したのは、ただの茶番だったのだ。 ()()()()()()()()()()、康一が、セバスが、デミウルゴスが()()()()()()()試していたのだ。 異能を調べるつもりが、いつの間にか調べさせられていた。 ……釈迦の手のひらを飛び回る孫悟空ですらない。 何もかも見通されていたと、その上で泳がされていただけだと思い至り、3人は気圧されたように息を吸い込む。

 

「こ、これは申し訳御座いませんでした!」

 

 深く頭を下げて、セバスは謝罪した。 悪戯が成功した子供のように、上機嫌なモモンガが退室していく。

 

 扉が閉まり、モモンガの去っていく気配が感知できなくなるまでの間   セバスとデミウルゴスは、その常軌を逸するまでの策略と智謀に、畏怖と興奮で胸がゾクゾクと躍るような感覚を味わった。

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……」

 

 康一のいた客室を後にしたモモンガは、上機嫌にクスリと笑う。 その声に粘ついた嫌らしさなど全く無く、唇から自然と漏れ出てしまうような朗らかなものだった。

 

「セバスのやつ、土が付いていた事に気付かないくらいPVPの練習に熱中するとは…… 意外と早く打ち解けたじゃあないか。 心配するまでも無かったかな」

 

 土汚れの存在に気付いたのは、セバスが深く礼をした時、光源の角度によって黒い燕尾服の色が変わり、偶然気付いた。

 

「先生と生徒って形なら…… ユリが適任だと思うんだけど。 いや、セバスの場合は先生と言うより師父のほうがしっくり来るかな?」

 

 鈴木悟の居たリアルの世界では、深刻な環境汚染で不可能だが……夢中で公園で遊んで来た子供達が、服を泥だらけにして帰宅してきたような。 可笑しいやら呆れるやらで、そんな微笑ましさが胸中に渦巻いていた。

 

「セバスを作ったのは、たっちさんだし…やっぱり康一君とは気が合うのかなぁ。 やっぱり、NPCは作成者に似るんだろうか?」

 

 元通りに修復された、静かで清閑な第9階層の廊下を歩いていく。 コツコツと乾いた音を立てる靴音と、キン  と涼やかな音を奏でる杖の響きが心地よかった。

 

「さて、俺も頑張らないと。 うかうかしてたら、他のメンバーに笑われてしまうぞ…ギルド長」

 

 やるべき事は山のようにある。 すっかり癖になってしまった独り言で気合を入れる。 そして、ギルドサインの刻まれた朱色の指輪の力を解放し、現れた闇の球に身体が包まれた。 僅かな間を置いて、闇が凝縮するように縮まると、彼の姿は瞬く間に掻き消えるのだった。

 

 

 

 

to be continued・・・




精神異常でセバスとデミウルゴスが戦った……っていう背景があるので、違うんだよ、本当は仲がいいんだよーっていう流れにしたかった。

デミウルゴスの作戦を即効モモンガさんにチクらない時点で、口では文句言いつつも底の部分では信頼してるんだぜ。
牧場の正体を少ない情報で見抜いていたし、セバスはデミウルゴスの数少ない理解者なのよ。

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