『スイッチ』を押させるな――ッ!   作:うにコーン

26 / 27
 作品の雰囲気の続きなのだけれども、漫画は絵柄で表現できる。 だけど、小説は文章なので、誰が書いても同じ文字を使う事になる。
しっかりした劇画風か、緩いデフォルメか、可愛らしいポップ調か。 SF・ホラー・グロなら劇画でないとダメとは成らず、あえて緩いタッチで書き、アンバランスさを売りにするのもいいね。 正統派的にガッツリ書き込むのも悪くない。 ただ、向き不向きがあるので、格闘系の漫画はアクションシーンが売りなだけあってデフォルメ調はあまりやらない。 ただし! 鳥山明先生は少ない線で書き、トーンを全く使わずにアクションシーンを表現していたので、不可能ではないかな。 センスがいるけどね……

 じゃあ、どうやって差別化すんねんってなるのだけれど、これは使う単語で区別できるようになる……かも。

 その情報をどう表現して書くかで表現できるんじゃあないだろうか? 例えば、何かが『燃えている』シーンだとしよう。 同義語だけで、燃える・燃え盛る・燃焼する・焼き尽くす・焼く・灼く・焦がす・灰になる、など様々。 ああ、あと英語があるか。 バーニング!

 あとは表現技法かな。 直喩・隠喩・比喩・体言止め・対句法・倒置法・擬人法・対句法・繰り返し・省略法。 雰囲気が出る技法でオススメは……体言止めと対句法ですぞい。
「これが、あの漆黒の英雄(の力か)……」てな感じで、最後が名詞で終わらせるのが体言止め。 使う前に、その前の文章で何が止められたのかを察せるようにしよう。 雰囲気と強調が同時に出来るぞ。

対句法は、ちょっと難しい。 似た感じの語句か、対照的な言葉を並べてリズム感を出す技法でね。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響き有」 『声』と『響き』が音繋がりの単語だね。 あと、対照的な言葉で書くなら「人は生きるために働くのであり、働くために生きるのではない」と、するといいかも。


ヘヴィー・エコーズ の巻き

                  ゴ ゴ ゴ

「さらば…… 儚く、弱き者よ」

 

 短く、セバスは別れを告げた。

 

(本当に唯の偶然なのならば……安楽に終わらせるしか、もう手はない。 デミウルゴスの悪意から逃れさせるには……)

 

 セバスは深く腰を落とし、感情の無い能面のような無表情で少年を見つめる。 本気で打ち込むこの拳は、眼前の小さな命を……文字通り消し飛ばすだろう。

 

「…………」

 

 ……目の前の少年も理解しているはずだ。

 

「今がお逃げになる……… 最後のチャンスかと思われますが……」

 

 だのに、何故だ。 何故少年の眼は光を失わないのだ。 何故逃げないのだ。 命が惜しく無いのか。

                  ゴ ゴ ゴ

 様々な疑問が、僅かな感情と混じり合い、セバスの口を割って飛び出す。 最後通牒を掛けられた康一は  

 

「おととい来やがれ……」

 

 鼻で笑って突っぱねた。

 

(……愚かな) 

 

 間髪いれずセバスは行動を開始した。 溜めに溜められた莫大なエネルギーは、突進の衝撃で蹴られた地を、ベッコリと陥没させる程  強い。

 

 刹那を切り裂き、セバスは康一の背後へ回る。 勢いをそのままに、拳を打ち出  

 

「人間はね。 負け続けるようには出来ていないんだよ」

 

ドグガァァアアン

 

  そうとして、セバスは闘技場の壁面へ激突する。

 

「う……ぐぁ……!? 何が……!?」

 

 パラパラと、砕けた壁面の破片がセバスに降りかかる。 転倒したセバスは、信じられないといった表情で立ち上がろうと壁面を掴んだ。

 

 だが、立ち上がろうとしても足に力を入れることが出来ず……

                  ゴ ゴ ゴ

ドシャァァッ

 

 その場で再び転倒した。

 

「な!? 何だ、これは……! た、立てない……!?」

 

 馬鹿な。 セバスは声に出ない呟きを発する。

 

 視界の全てがグニャリと歪む。 重力がグルグルと混乱し、地面が液化する。 (ねじ)り上がる胃は、内容物も無いのに空嘔(からえずき)を繰り返す。 全力で立ち上がろうと一歩踏み出せば、()()()()()()()()()()()()()、セバスの頬を強かに打つ。

 

 脈動に合わせ、頭蓋を締め付けるような痛みが走る、この症状は言うなれば……

 

「め、目眩だと!? この私が!? うぐぅッ……! 頭痛がする………は、吐き気も……ッ!」

「エコーズAct1……やっと効果が出たのか。 そう 、『何も出来ない』んじゃあない。 あんたが『気付いていない』だけだったのさ!」

 

 酷い二日酔いであった。

                  ド ド ド

 痙攣する眼球を、意思で必死で押さえつけ、康一を睨みつける。 そして、康一の瞳に映る自身の姿に気が付いた。

 

  !? 何だこれは! 文字!?」

 

 セバスの頭部へ『張り付いた』ように書かれた文字。 擦っても落ちず、それは刺青(いれずみ)のように定着していた。

 

「確かに…… 僕が狙っていたのは『時間稼ぎ』だよ……」

                  ド ド ド

 驚愕に染まるセバスの表情。

 

「僕は左肩を外された時、スデに! act1は『音』を貼り付けていたんだよ……! いつ効果が出るか、出るまでに間に合うか確信は無かったけどね……」

「ば、馬鹿なッ! 一体幾つLVに差があると!? LV20程度の攻撃など効くハズが……!」

 

 ガンガンと痛む頭を手で抑え、歯を食い縛りながら康一を睨む。 地に伏せたセバスの頭は低く、立ち上がった康一の頭は高い。 今度は康一が見下ろす番だった。

                  ド ド ド

「本で読んだことがある…… 風力発電の羽が回ると、人が認識出来る可聴域よりも低い音が出て…… 健康に害を及ぼす……と! 普段、人は空気の振動を音として聞いている…… だが、その周波数は20Hz(ヘルツ)から2万Hzの間でないと聞こえない……」

「…………」

「20Hz以下の重低音は、生物にストレスを与えアレルギーを発症させる!! 長時間晒されると、まず頭痛が発生し吐き気を感じる! 三半規管が麻痺し、眼球は痙攣し、強い眩暈で立っていられなくなる!」

 

 セバスは、慌てて耳を塞ぐ。 意識を耳に集中すれば、確かに何かが震えているのが触覚で感じる。

 

「いくら力が強くても関係ない…… 不可聴の重い振動は……身体を伝わって…… 内部へ……内部へ……」

「………グッ!」

                  ド ド ド

 人差し指をセバスに突きつけ、康一は声を張り上げる。

 

「これは攻撃じゃあ無い……『現象』だッ! ただの現象なら、いくらLVが高くても抵抗のしようが無いのさ! サトルさんの声を聞かせたときに、セバスへ音が通じる事は最初に確認済みだぜ  ッ!」

「こ……この小僧が……ッ!」

「ずっと聞かせてたのは可聴域外の極低周波だッ! 僕の悲鳴や、助けを呼ぶ声を搔き消す為の『騒音』は……逆だッ! 逆に、僕のエコーズの出す『音』に気付け無くしていたんだよ!」

                  ド ド ド

 鬼の形相のセバスは、感情の爆発に任せるまま拳を振り上げ  

 

「ぬぅぁああめぇえるぅぅなぁぁぁああああッ!!」

 

ドゴォォオオッ!!

 

 地を殴りつけた。 凄まじい轟音と、砂交じりの風が闘技場を駆け抜け、それに呼応するかのようにゴーレムが動きを止めた。

 

「どうだセバス、僕は決して諦めないぞ! 何度でも立ち上がってやるッ! 僕達の祖先も、決して諦め無かったぞ! 厳しい自然や、理不尽な戦火も! 先人は科学や技術で悲しい運命を乗り越え、今を創ってきた! だから今があるんだ!」

 

 顔から血の気が失せたセバスは、震える身体を無理矢理動かし、緩慢に立ち上がる。

 

「どんな逆境でも前に進んできた! 不屈は失敗を乗り越えるからだッ!! 絶望的な状況でも諦めないから人は成長出来るんだ!」

「もう、いい。 黙りなさい……」

 

 目の前の少年が叫ぶたび、鼓膜が破れかねんと思える程の衝撃が、脳に伝わる。 冷や汗が流れ落ちる額を左手で押さえ、頭痛を無視し、吐き気を我慢しながら康一へヨロヨロ近付いて行った。

 

「お前の存在がその証拠だセバス! 人々が脈々と受け継いできた膨大な過去があったからこそ、たっちさんはお前を造る事が出来たんだ!」

「その薄っぺらい生で、至高の存在を語るか小僧ッ……!」

 

 老体からは信じられないスピードで、セバスの腕が空を切り、掌底が康一の顎を捉え   姿勢を下げた康一に回避される。

 

 目を見開くセバス。 その脇を擦り抜け背後に回る康一。

 

「きっとみんな乗り越えるさ! 毒の大地も、腐った海も、死んだ空気も!」

「黙れと言っている!」

 

 セバスは身体を半回転させ裏拳を   撃つ前に、肘を下から持ち上げられ、拳は虚しく空を切る。

 

 驚愕の表情を見せたセバスに、康一は言葉を重ねていく。

 

「人々の成長を! 父親の努力を! 自分の存在を否定するのかセバスゥゥ   ッ!!」

   黙れ! 黙らぬかッ!」

 

 最早、セバスの拳速は、人の限界をやや越える程度に落ちていた。 麻痺した三半規管は、狂った重力の向きを指示し、鋼の肉体の姿勢を大きく崩させる。

 

(こんな…… こんな、まさか! どこにこんなパワーが…… これが『能力』と言うものかッ!)

 

 横薙ぎの足刀は精彩を欠き、四肢を砕かんと迫る拳は肌を掠めていく。 後ろを振り向けば、頭を割り砕かんと痛みが走り。 姿勢を変えるだけで、胃は悲鳴を上げて暴れまわる。

 

「サトルさんが身も心も魔物なら! 生者を憎む不死者なら! NPCのお前達の事も…… 憎く感じるはずだろォ    がッ!」

    !」

 

 主人は自身を、生あるNPCの全てを憎く思っている。 有り得ない   とは、思えなかった。 ()()()生命を恨み、妬み、殺すのがアンデットだからだ。

 

 動揺し硬直した一瞬の隙を突き、康一の肘が脇腹を打った。 セバスの表情に驚愕の波が広がっていく。 一撃を、たかが20LVかそこらの子供から貰ってしまったのだ。

 

 しかし、ドン、と音はしたが、パンパンに空気の詰まったゴムタイヤを打ったような硬質な感触から、全くダメージになっていない。 康一は、予想通りの効果に、心の中で舌打ちをした。

 

「モ、モモンガ様は…… 至高の御方々を纏められる特別なお方! そこらの下等な成り損ないや出来損ないとは違う! 朽ちず、滅びず、不老にして永遠なる超越者なのだッ!」

 

 揺れる視界は幻影を捉え、麻痺した身体は鉛のように重い。 動揺した精神は、ことさらに拳から速度と正確さを奪う。

 

 子供のパワーでは防御を抜けず、何の痛痒も感じさせぬ無い拳や膝が、老いた身体に1つ2つと打ち込まれた。

 

「それでも彼は人間だ! 成って果てても人間だ! 彼の魂は人間の魂だ!!」

   くどい!」

 

 圧倒的な身長差が、今は仇となっていた。 低い身長の康一を捉えるには、身を屈めねばならないのだ。 三半規管を狂わせられた今、下段攻撃が出来る蹴りは不用意に繰り出せば転倒。 ()しくは、最悪自滅しかねない。

 

 セバスは内心で(ほぞ)を噛んでいた。 先程の弱った仕草に騙された……と。

 

(少年は抵抗出来なかったのではなかった! スタミナと体力を温存する為に下手に避けず、骨折や脱臼されないように満身創痍を装って近付き、わざと平手打ちを誘っていたのか!)

 

 フラフラとした動きは、油断させる為の演技だったのだ。 一発も足にダメージを与えていないと言うのに、歩くのもやっと……と言うのは、今考えてみれば……違和感だらけだ。

 

 激しい運動で頭が揺さぶられ、一層強い吐き気にセバスは襲われた。 苦々しい表情で歯を食いしばり、吐き気に耐える。 しかし、その僅かな隙を突き、康一は懐へ身を滑り込ます。

 

「不屈の心は再起の心! 人間の素晴らしさは挫けない素晴らしさ! いくら強くてもお前達NPCは失敗を知らない!」

 

 康一の、顎を狙った突き上げが迫る。 これ以上、頭を揺らされるのを嫌い、咄嗟に避けようと仰け反り  

 

 飛び掛られ、顔面を捕まれてしまう。

 

 小さい体格とはいえ、40kgの全体重を乗せた捨て身の突撃。 そして狂わされた三半規管により、バランス感覚を著しく減退させられたセバスは後方へ  

 

「赤子同然だァ    ッ!!」

 

ゴギャァアッ

 

 踏み固められた地面へ、強かに頭蓋を打ちつけた。 刹那、土煙に紛れ姿を現した豪腕が、康一の手首を掴む。

 

「ッ! し、しまッ  !」

 

 手首を掴んだセバスは  

 

メシャァ

 

 骨を握り潰し、ベキベキに砕く。 そしてそのまま、力任せに水平に投げ放った。

 

「モモンガ様は最後までナザリックをお捨てにならなかった…… 永遠に私達の上に君臨して頂ける……! 決して、人間のように脆弱な方ではありません……ッ!」

 

 康一は力尽くの行為に抵抗出来ず、なすがまま棒切れのように投げ捨てられた。 鼻先を掠める土が、滝のように流れて見えた。 このままでは、良くて全身打撲し捻挫する。 最悪、先程のセバスみたいに壁へ叩きつけられ、再起不能になるだろう。

 

(それならば  )

 

 康一は身を捩り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ううっ……! ぐぁぁ……ッ!」

 

 摩擦により速度が落ち、何回かバウンドした後、身体は地面を転がって止まる。 頭を腕で(かば)い、あえて抵抗せずに転がることで、緩やかに速度を殺す。

 

 幸運にも、上手く墜落できたようで、深いダメージは肘から先が砕けた右腕だけ。 至る所に擦過傷や、打撲痕があるが…… まだ立てる。 寝ている暇は無い。 首の力を使って立ち上がり、セバスの追撃を警戒せねばならないのだ。

                  ド ド ド

(まずい……このままではまずい……! セバスの動きは、ギリギリ避けられ無くも無い程度には…… 遅くなっている……しかし!)

 

 これで、名実共にボロクズになった。 それでも立とうとする康一は、外見とは対照的に…… 焦っていた。 何故ならば……

 

(『決め手』が無いッ! 僕のエコーズAct1には、パワーが無い! Act3もだ! 重くして抑えるだけ……火力が無い!)

 

 ()()()()()がノープランなのだ。

 

 頭痛も眩暈も吐き気も、症状とはつまり身体の防御反応なのだ。 このままAct1の振動をブチ当てていれば、セバスに深刻な後遺症を与えかねず、最悪殺してしまう恐れもある。

 

 康一の目的はセバスを殺すのではなく、この状況を切り抜けること。 時間が無いのだ。

                  ド ド ド

(唯一のAct2はスピードが遅くて、極低周波が解除されたセバスには命中しない…… 服に文字を貼り付けてカウンターを狙っても、石コロを投げられただけで負けてしまう! 千日手…… いや、このまま戦っていたら、スタミナの差でいずれやられる! 射程距離のことも、いつか気付かれてしまうかも知れない!)

 

 決め手の無い試合では、泥仕合をダラダラと続けた後、結局地力のあるほうが勝つ。 エコーズで強力なアシストを狙えても、フォワードがいないのでは話にならない。

 

(ダメなのか……! 結局、僕一人だけでは敵わないのか……! 誰かがいないと……ダメ……なのか……ッ!)

 

 震える足で立ち上がったセバスが、ゆっくりと迫る。

 

「これで両腕は封じました……! これ以上の苦痛は無意味です…… 抵抗しないのなら、私が安楽に終わらせて差し上げましょう……ッ!」

 

 流石に今の叩き付けが効いたのか、空嘔(からえずき)したセバスが苦しそうに言った。

 

「まだだ…… まだ…終わってない……」

 

 力が入らない両腕を、ダラリと下げた康一。 待ち受ける彼へ、セバスがリーチ差を利にスローな蹴りを打つ。

 

 速度を落とした薙ぎ払いの、意図するところは牽制。 回避か、カウンターを狙う康一を迎撃しようと言うのだ。

 

  だが。

 

(何ッ!? 避けない!?)

 

 康一は避けなかった。 むしろ自分から喰らいに行った。 脱臼した左肩で、受け止めに行った。

 

ボグン

 

「わ…私の蹴りで……わざと攻撃を喰らって……脱臼した肩を!」

 

 衝撃に抗わず、むしろ利用して加速し見様見真似で狙う裏拳。 セバスの体術を劣化コピーした攻撃で顎を狙う。 遠心力に後押しされた裏拳のダメージは大きい。 体裁きの困難さと命中率の低さを補えば、人間の顎の骨程度なら砕く事が出来る程に。

 

 そう、人間ならば……だ。 セバスの身体は、康一の拳では小揺るぎもしない。 直接の殴打は攻撃扱いであり、LV差が顕著に現れてしまうのだ。

 

「何故、そこまでモモンガ様に拘るのです?」

 

 拳を頬に受けつつ、セバスが問う。

 

「だって…… そんなの…あんまりじゃあないか……」

「…………?」

 

 それは、喉よ裂けろと言わんばかりに張り上げていた声では無く、蚊の泣くような声であった。

 

「サトルさんは…… 彼はこの世界にアンデッドの姿で此処に来た…… だったら彼は、この世界に生まれてすらいないって事じゃあないか」

 

 セバスには、少年が何を言っているのか理解できなかった。 サトル、という名がモモンガの事を指しているのは、話の流れを聞いていれば容易に察せる。

 

 だが、()()()()()とは一体何なのか? まるで此処にいることが異常であるとの物言いに聞こえた。 確かにモモンガの骨格は人骨だが、彼が人間であると断じる根拠が理解できなかったのだ。

 

「最初っから死んでいるから不老だ……? 時間が全てを祝福しているだと……?

 ふざけるなよ。 そんなものは祝福なんかじゃあない。 サトルさんは()()()()んじゃあない……! ()()()()んだ! ずっと終わりが来ないんだぞ!」

 

 『ナザリックにおいて、死は慈悲である』 これは、彼が(のち)に口にする言葉だ。 だが、それならば、『死ねない彼自身』に慈悲はあるのだろうか。 ずっと苦痛から逃れられないのだろうか。 彼は、一体、何処へ向かえば終りに辿りつけるのだ。

 

「いっその事狂ってしまえば楽になる…… だが! 護りたいものが多すぎて、押しつぶされそうになっても……彼の冷たい身体は、心にヒビが入る事すら……許してはくれない!」

 

 全ては等価交換である。 それは、遊戯(ゲーム)だろうと、虚構(バーチャル)だろうと、現実(リアル)であろうと絶対の(ことわり)。 殺し奪う犯罪者ですら、追跡者から命を狙われる危険との等価交換なのだ。

 

 護る力を望んだ彼は、対価として自分の全てを差し出した。 心も、時間も、楽しむことも、何もかも。 死ぬ権利すら彼には無いのだ。 全てを投げ打つ覚悟を持つ者が、強者足り得るのは当たり前だ。 自分の保身や欲望で動く、浅ましき連中が勝てるものか。

 

「悲しむ事すら禁じられ…… 弱音を吐くのも止められて…… 誰にも頼れないんだ! 彼はこの世界にひとりぼっちなんだぞ!」

 

 永遠に等しい時間の対価は、無限に続く苦痛の連鎖。 背後を追い立て身を灼くは、眩ゆく光る過去の栄光。

 

 終わりの見えない無人の荒野を、人間にも亡者にもなりきれぬ彼は、昼でも夜でもない薄暗がりを何の明かりも持たず、一人ぼっちで歩いて行くのだろう。 朝日に追い立てられる亡者のように。

 

「そんなのまるで機械じゃあないか! 利用するだけ利用して! 古びて飽きたら捨てられる! 他人に命令されるだけの悲しい機械だ!」

 

 王になることを望まれた彼の未来は、莫大な財宝と膨大な武力によって整えられていた。 道を踏み外せば奈落に落ちる、過剰な誘惑に抗いながら彼は、より良くあろうと努力するのだろう。

 

 そして、我が子(NPC)は、モモンガ達至高の存在を……親愛と尊敬を込めてこう呼ぶのだ。 調 子 に 乗 る な(おとうさま)…… と。

 

「それじゃあまるで……そんなのまるで……」

 

 

 

 

「呪いじゃないかァア     ッ!!」

 

 

 

 

 頬を流れた液体が、1つ、2つと土に黒い染みを作っていく。 あれ程騒がしかった闘技場には、奇妙な事に僅かばかりの静けさが戻っていた。

                  ゴ ゴ ゴ

 しかし…… 廊下に硬い靴音を響かせ近付く影。 勿体つけて、ゆっくりと……嗤い顔を浮かばせて、1人の男が現れた。 彼が浮かべた機嫌の良さの下に、残忍さが見え隠れしているようで……優しくもあるようにも見える、(いびつ)で矛盾した細身の男。

 

 康一は、うな垂れた顔を上げようとすらせず、内心で舌打ちをする。

 

(……増援、か。 結局…間に合わなかったな…… ゴメン、仗助君……サトルさん……みんな……)

                  ゴ ゴ ゴ

 康一は諦め混じりの苦笑いを浮かべた。 決定的な『終わり』が来た……と。

 

 

 

 打つ手は…………もう無い。

 

 

 

「何故、貴方が此処へ来る……! デミウルゴスッ!」

「…………え?」

                  ゴ ゴ ゴ

 康一は目を丸くして顔を上げた。

 

「いえいえ……少し、お手伝いを………と」

 

  そこには、セバスに邪悪な微笑みを向ける悪魔がいた。

 

 

 

to be continued・・・


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告