『スイッチ』を押させるな――ッ!   作:うにコーン

18 / 27
オートマトンは超越者の夢を見るか? の巻

「これが…承太郎殿の故郷、ニホンという国の文字…か」

 

 ガゼフは本に目を通す。 カクカクとした漢字も、丸みを帯びた平仮名も、全く見覚えが無く始めて見る言語だった。

 

「見た事の無い文字か?」

「王都の文官に聞けば、何か解るかもしねぬが…… 少なくとも、私は見た事が無い」

 

 そうか。 と、承太郎は雑誌を机の上に戻す。

 

「先へ進みましょう、承太郎さん。 この部屋の様子から、少なくとも1週間以内には人がいた事が解りました」

「ああ、康一の言う通りッスよ。 考えてみたら、この遺跡…… 『風化』で崩れたんじゃあ無く、『破壊』されて壊れているような気がするぜ……!」

 

 もしかしたら生存者がいるかもしれないと、康一と仗助が訴える。

 

「…………」

 

 腕を組み、渋面を作って長考する承太郎。 今まで通ってきた道程の状況や、静か過ぎる地下の様子から、此処を襲った何者かが居る可能性は低いと判断する。

 

 部屋から退室し、不審な物音を聞き逃さぬよう開け放たれていた扉を、キチッと閉める。

 

バタン

 

 と、音を立てて扉がしまると同時。 物陰にチラリ、と『何か』が見えた。

                  ゴ ゴ ゴ

    ハッ!」

 

 仗助が勢いよく振り返る。

 

「……? どうかしたかよ~~ 仗助ェ。 忘れ物かぁ~~?」

「いや…… 今、なんか見えた気がしてよ……」

                  ゴ ゴ ゴ

 表情を強張らせ、緊張した様子の仗助が、キョロキョロとせわしなく辺りを見渡す。

 

チラッ

 

   あっ!」

 

 声をあげ、人差し指を突き出す康一。 視線の端に、一瞬だが…… 揺れる布のような物が映った。

                  ゴ ゴ ゴ

「お……おい、冗談ならやめろよ?」

「冗談なんかじゃあね  よ億泰。 こいつぁ~マジだぜ……」

 

 冷や汗を滴らせ、血の気が引いた青い顔をした億泰。 地下墓地という、場所が場所だけに、億泰にとってこの状況は笑えなくなっていた。

 

「……ゴクリ」

                  ゴ ゴ ゴ

 億泰が唾液と共に、不快感を飲み込む。

 

「こ…こーいう時ってよぉ~~ 映画とかじゃあいつの間にか、後ろに立ってるんだよなぁ……」

 

 引きつったっ表情で「ハハ…ハ……」と、乾いた笑い声を発しながら…… よせばいいのに振り返る。 心の中では、いないでくれと願いながら。

 

 

    !!」

 

 

 そうして再び、翠眼(すいがん)の少女と目が合った。 今度は、鼻が触れ合いそうになるくらいの近距離だというオマケ付きで。

 

「うわああああああああ!! お、お化けぇぇぇええええ!」

 

 絶叫。 転びそうになりながら、慌てて距離をとる億泰。

 

 お化け呼ばわりした事に不満があるのか? ビビッて尻餅をつく億泰に、少女は冷たい眼差しを送る。 その少女に見覚えがある康一が、驚いた声を上げた。

 

「あっ! も、もしかして! この()は……まさか!」

「おいおいおい…… マジかよ……! 俺が治した、さっきのメイドロボじゃあーねーか!」

 

 フリルの付いた、白黒のメイドドレス。 迷彩柄のマフラーとメイドカチューシャ。 衣服の半分が、まるで装甲版のように金属で覆われていた。 まさか、戦闘用の無人兵器だったのだろうか? 可愛らしい少女という見た目は、もしかしたら敵が攻撃するのを躊躇(ちゅうちょ)するかもという、心理的な効果を狙った物かもしれない。

 

 身長は康一とほぼ同じか、それよりも小さいくらい。 そして、一際目を引くのが、左側の腰に下げられた、奇妙なデザインの突撃銃(アサルトライフル)だった。

 

 この銃の、特に目に付くのが、2つのSTANAG(スタナグ)マガジンに似た弾庫と、その後ろにドラムマガジンが直列に並んでいることだ。 これでは銃床が長すぎて肩に当てにくいし、腰撓(こしだ)めでしか狙いがつけられないだろう。 照準機が装着されていないので、銃床を肩に当てて撃つ事はあまり無いのかもしれない。

 

 銃本体のデザインは細長い。 丸みを帯びた形状は、南アフリカの軍需会社・デネルグループが開発した、ブルパップ方式の ベクターCR21 に、なんとなく似ているだろうか。

                  ド ド ド

 十分に警戒していた仗助達に音も無く忍び寄り、いとも容易(たやす)く背後を急襲したのは、そんな物騒な出で立ちをした美形の少女だった。

 

「…………」

「…………」

 

 仄暗(ほのぐら)い地下墓地内に、張り詰めた空気が流れる。 突如(とつじょ)現れ、容易(たやす)く5人の背後を取った少女は、棒立ちのまま動く気配は無い。

                  ド ド ド

 しばらく奇妙な沈黙が続いた後、億泰がゆっくりと首を動かし、仗助に(お前が何とかしろ)とジェスチャーで訴えた。 

 

(ええーッ! お、俺かよ! 確かに治したのは俺のスタンド能力だけどよ  ッ!)

 

 と、引きつった表情の仗助が、自分を指差して億泰に伝える。

                  ド ド ド

「……そ、そういやあジョセフのじじいが、こんな時に使えるトッテオキの方法があるって言ってたぜ……!」

 

 そんな、仗助の覚悟を決めたような声に、康一が驚き聞き返す。

 

「ええ! そ…そんな方法があるの!?」

「ああ……! イマイチ信用ならねーが、『わしが若い頃、この方法を使えばパツイチじゃったわい。 ホッホッホ』って言っていたぜ……!」

「そ…… それで、その方法って……?」

                  ド ド ド

 仗助の両手が ススゥーッ と、持ち上がる。 人差し指を伸ばし、手を振ると……

 

「ハッ…… ハッピー、うれピー、よろピくね~~」

 

 と、にこやかに話しかけた。 これが、この奇妙な動きと言葉がトッテオキだとでも言うのか。

 

「さぁごいっしょに………… ハッピー、うれピー、よろピくね~~」

「仗助、お前何言ってんだよ!」

 

 ちょっと恥ずかしそうにしながらも、それでも続けようとする仗助に、億泰が問いかける。 この奇妙な踊りを教えた当の本人が、この方法で失敗していた事を知らずに。

 

「いやぁ~~ ひょっとすると、このロボっ娘いいヤツなのかも知れねえと思ってよぉ~~ 雪男(イエティー)とか巨人(ビックフット)とかにも出会ったとき、いきなり悪い者と決め付けるのは良くねーと思うんだよ、俺はよ」

 

 言われてみれば、仗助の言う通りであった。 5人の背後をいとも容易く取ってしまう程の、高性能な武装した機械という異質な存在に、勝手にビビッて警戒していただけたったのだ。

 

 いつでも攻撃できるスペックかつ、遠距離から攻撃できる銃を装備した彼女が、(いま)だに攻撃して来ない事からも、すぐに攻撃するつもりが無い事がわかる。

 

「ロボじゃない…… 自動人形(オートマトン)。 CZ2128(シーゼットニイチニハチ)Δ(デルタ)。 私の名前……」

 

 無表情な眼帯の少女が、滑らかに動く身体の高度な技術と裏腹に   わざとらしいともいう   棒読みで答えた。

 

「あーっと…… しーぜっとにーいち……」

「シズでいい……」

「おっけーシズちゃんね…… シズちゃんさあご一緒に   ハッピー、うれピー、よろピくね~~」

 

 敵意が無いことが解った。 彼女の名前も教えてもらった。 それでもなお、ジョセフから聞いた奇妙な踊りを続ける…… が。

 

「うわぁ…………」

 

 無表情であった。 シズの、表情をピクリとも動かさない…全くの無表情かつ小声で呟いた、引き気味の言葉に仗助はザクザクと心を刻まれた。

 

(グハァァアアッ!! チ、チクショ~~ッ!! なぁ~~にが、柱の男? にも効果はグンバツだよ! 全然逆効果じゃあねえかあのジジイ!!)

 

 仗助はもう二度と、ジョセフの言葉を「簡単に信用しねー!」と心に硬く、硬く誓った。

 

 予想以上の精神ダメージに白目を剥く仗助を無視し、シズは5人に背を向ける。

 

「ついて来て」

 

 そう短く告げると、振り返りもせずにツカツカと歩いていく。

 

「えっ…… ど、どうします?」

「まさか…… あの自動人形(オートマトン)のシズΔ(デルタ)という機体の、所有者の所まで案内するつもりか? そうならば…是非会って話を聞いておくべきだろうな……」

 

 拒否されることなど、微塵も考えていないかのように、迷い無く歩みを進めるシズ。 放心状態の仗助の肩を承太郎が叩き、シズの後を追って5人は地下墓地の奥へと歩いていった。

 

 しばらく薄暗い通路を進んでいく。 すると、先頭を歩いていたシズが急に立ち止まり、横を向いて壁の一部を押す。

 

ガコン

 

 その壁は、まるで何らかのスイッチのように押されるがまま沈み込むと、ズズズ…… と石が()れる音を響かせながら壁が左右に開いていく。

 

 隠し扉の先は、行き止まりの小部屋であった。 大きな… 扉ほどの大きさの鏡が、壁に寄りかかるように立て掛けられているのが目に付く、石で造られた壁がむき出しの…… 殺風景な小部屋。 それだけだった。

 

「なんでしょうこの小部屋……」

「ぜんッ…ぜん、わかんねー…… なにがしたいんだ、コイツ」

 

 一方的について来いと言った挙句(あげく)、長い距離を歩かされ、着いた目的地は何も無い小部屋。 ブツブツと文句を垂れる億泰は、肩透かしを食らったような気分だった。     が。

 

  ええっ!?」

「おいおいおい! スゲーなこりゃあ!」

 

 シズという名の少女は、無造作(むぞうさ)に巨大な鏡へ歩み寄った。 すると…… グニャリと鏡面が歪んだ。 そして、表面が水面(みなも)のように揺れる、7色に輝く薄い膜のようなものに変わる。

 

 それがさも当然であるといった様子で、シズが木枠を越えて先へと進んで行く。

 

 仗助、億泰、康一の3人は、急に現れたSFな道具に「スゲー!」と歓声を上げると、鏡の裏側を覗き込んだ。

 

「おおっ! やっぱり鏡の裏に通路なんかねーぜ!」

「これってもしかして…… 『どこでもドア』ってヤツですかァ  !?」

「ちょ、コレすげーッスよ承太郎さん! どういう仕組みで動いてんのか、ぜんぜんわかんねー! ファンタジーっつー感じッスよぉ   ッ!!」

 

 鏡に手を突っ込んだりしてハシャイでいる仗助達とは裏腹に…… 承太郎の表情は、驚愕が張り付いたまま…硬い。

 

(これは……転送装置…なのか……? まるで、別の空間を繋いでいるように見えるが……)

 

 宇宙物のサイエンス・フィクションでよくあるように、一旦素粒子レベルで分解して、再構築するとかの物ではなさそうだ。 そもそもバラバラに分解などしたら、後で再構築したとしても、1度死んでいると言えるのではないだろうか?

 

 そんな承太郎の心配を他所(よそ)に、高校生3人組は何も考えずに木枠の中へ飛び込んでいく。

 

「…………やれやれだぜ」

 

 嘆息(たんそく)をひとつ、承太郎とガゼフは1歩を踏み出す。 得体の知れなさからの、気持ち悪さはあるが…… 今は、先に進まねば仗助達3人とシズを見失ってしまう。

 

 霧の中を突っ切るように何の抵抗も無く、7色に輝く膜の向こう側へと進んだ先には    

 

 

 

 

 

 …………宮殿。 そう、見渡せば…… 豪華な宮殿のような通路が続いていた。

 

 天上から落下した…… 砕けたシャンデリアが、淡い魔法の光を放つ。 所々が、蜘蛛の巣状にヒビ割れ陥没した白亜の床には、細かく砕けた瓦礫が散乱している。 ……真っ白に。 シミひとつ無かったであろう壁には…… 穿(うが)たれたような大穴が開き。 金で装飾された箇所は、まるで高熱に(さら)されたかのように溶けて歪んでいた。

 

 過去の栄光が…… 脆くも崩れ去ったかのようなこの光景は。 浮かれていた3人の心に冷や水を浴びせる形になり、舞い上がっていた気持ちは完全に墜落した。

 

 先程の、騒がしいまでのハシャギようが消え失せ。 ずっと無言でシズの後を追い、崩れた通路を歩いてきた仗助達。 彼らが、ドーム状の広い部屋の手前に差し掛かると、立ち止まったシズが振り返り   

 

「……ここで待ってて」

 

 と、言うと…… 首に巻いていた迷彩柄のマフラーを(ひるがえ)すと、まるでマフラーが消えてしまったかのように透明になる。 そして、そのマフラーに覆われたシズの姿も。

 

「なッ   !! 光学迷彩だと!?」

 

 承太郎が驚いた声を上げて目を見開く。

 

「ああ…… そーいう事だったのかよ……」

「何がだよ」

「俺達の背後を簡単に取れたのはよ~~ あの姿が消えるマフラーのおかげっつーことだよ億泰」

 

 ドーム状の部屋の奥にある、傷だらけの巨大な扉。 傷や破壊の跡があるのは扉だけではない。 至る所が、凄まじい暴力によって破壊されていたのだ。

 

 右側には首が落とされた女神の、左側には叩き潰された悪魔の彫刻が施された巨大な扉が、僅かな隙間だがひとりでに開く。 (しばら)く動きが無かったが、やがてシズがマフラーを外し姿を見せた。 どうやらシズが、わざわざ光学迷彩を使ってまで警戒して、扉を開けたようだった。 彼女にそこまで警戒させるとは、一体何者だったのだろうか。 

 

 手招きするシズへと向かう途中。 周囲に、禍々しい砕かれた像が置かれた巨大な扉を前に。 康一が「まるで魔王城みたいですね」と(つぶや)いた。 破壊の跡が生々しく、元の美しかった姿を想像する事しかできないが、莫大な資産と手間をかけて建設されているということは十分に感じられる。

 

 しかし…… そんな康一の(つぶや)きに(こた)えた者は、誰一人としていなかった。 

                  ゴ ゴ ゴ

 扉へと。 近付くに連れて…… 強くなる、臭気。

 

 

 

   ()せぶような血臭。

 

 

                  ゴ ゴ ゴ

 シズに案内されるがまま、この先へと扉を(くぐ)ったならば確実に。 目に映るのは…… 血濡れの惨状、血の湯船(ブラッドバス)が待っているだろう。

 

 不安な表情を見せる康一達3人に、その場で待っているようにと承太郎は片手で制し。 「先に私が見てこよう」 と、前に出た。

 

 「承太郎殿1人で先に行くのは危険だ。 この先を確認しに行くのならば、私も同行しよう」

 

 大剣を抜き放ち、鋭く闘志を練り上げたガゼフもその横に続く。 2人は、門と見間違えるほどの巨大で重厚な扉に背を預ける。 ガゼフは一層強くなった血の臭いに顔を(ひそ)め、僅かに1人通れるほど開いた隙間から中の様子を(うかが)った。

                  ゴ ゴ ゴ

    ッ!!」

 

 思わず息を飲む…… その破壊の規模に。 眼を見開く…… その死山血河に。

 

 崩落した柱が何本も積み重なり、床や重なった部分から血が滴り落ちている。 えぐられた柱に、掛けられていたであろういくつもの旗。 大部分の旗が地に落ち、赤地の布は汚泥と血に濡れていた。 大理石の床には何条もの裂け目(クレバス)が刻まれ、その深さは闇に閉ざされ(うかがい)い知ることは出来ない。 破壊されていない箇所が見当たらないほど、破壊し尽くされたその空間に…… たった一つ。 健在に(たたず)む1つの影。

 

「承太郎殿。 此処はどうやら…… 玉座…のようだな」

「……そのようだ。 破壊し尽くされた状況を見るに…… 相当激しい戦闘があったようだな」

                  ゴ ゴ ゴ

 室内の最奥、巨大な王座のみが。 凄まじいまでの暴力から逃れ、無傷で鎮座していた。 

 

 両開きの大扉を片方だけ開き、5人全員が玉座の間へと立ち入った。 シズの案内で、瓦礫や障害物を迂回しつつ王座の手前、階段の前まで到着する。

 

「……この人が君の主人なの?」

 

 悲痛な表情の康一が、シズにそう問いかける。 無表情でコクリと、ただ頷く彼女に康一は…… 言葉を失ってしまった。

 

 ズタズタに引き裂かれた赤絨毯が敷かれた、階段の(いただき)に……

 

「主人の死が、受け入れられずにいる。 っつーワケか……」

 

 豪奢な漆黒のローブに身を包んだ白骨化した1人の遺体が、至る所に彫刻の装飾が施された、巨大な水晶の玉座に腰掛けているのを()の当たりにして。

 

 ふとした拍子に、億泰が足元の赤絨毯に染み込んだ赤黒い液体に気が付く。 視線を上げ、点々と続くその跡を眼で追うと……

 

「たっ…… たいへんだこりゃああっ!!」

 

 遺体のすぐ側で、力無く横たわる女性を発見した。

 

「あっ! じょ、仗助君! あそこに誰か倒れているよッ!」

 

 仗助が<クレイジー・(ダイアモンド)>を実体化させ、弾かれるように駆け出し階段に足を掛け  

 

「待て仗助ッ!! 行くな!!」

 

 行く手を遮るように片手を上げた、承太郎に制された。

 

「なんでッスかッ! 早くしね  と……」

 

    間に合わなくなる。

 

 だが、この言葉は紡がれずに終わることとなった。

 

    もう死んでいる」

 

 承太郎の腕を、無理矢理退かそうとしていた仗助の手が。 一瞬、ビクリと震えた後…… 承太郎の腕から離れ、そのままダラリと垂れ下がる。

 

 仗助をその場に残し、10段程度の短い階段を上ると、白い服を着た女性のすぐ側へ膝を突く。 玉座に座る白骨化した遺体   かなりの高身長。 恐らく男性   の膝に頭を預け、息を引き取った女性の状態を調べていく。

 

 頭から伸びる角のような物と、腰にある黒い羽のような物は何らかのファッションだろうか? 作り物にしては、妙にリアルに作られている。 ピアスや刺青のように、埋め込む(たぐ)いのアクセサリーが流行ったのだろう。

 

 承太郎は現場を荒らさないよう、迂闊に触れないように注意しながら、下から覗き込むように見ていく。 左頚動脈付近を、鋭利な刃物で切られたような裂け目が走っており、腕にいたっては骨ごと肩口まで切り裂かれていた。

 

(死因は…… 咽喉と腕を裂かれたことによる失血死か?)

 

 まるで鋭利な刀剣を、片手で受け止め防御したような裂け方だった。

 

 床に撒かれた血の跡に触れる。 人差し指で(こす)り取ってみるが、乾燥した血液は床の絨毯に染み込んで固まっており、指に血の粉が少量付着するだけだった。

 

(流れ出た血液が完全に乾いて、死後硬直の緩解(かんかい)が始まっていない…… いや、一部始まっているな)

 

 あごの辺りの筋肉の硬直が、僅かだがやや緩んでいるように見える。

 

(この気温でこの硬直だとすると……)

 

 温度計などの機材も無い。 司法解剖する事も出来ないが、頭の中で計算をし、大体の結論を出すと立ち上がる。

 

「最低でも、死後60時間経っているという事になるな…… 死亡推定時刻は…… 約3日前、誤差8時間ってところか」

 

 3日前までは生きていた可能性があるとの言葉を聞き、仗助の表情がクシャリと歪む。

 

「俺が…… ベッドの上でチンタラ寝てなけりゃあ…… 助かったかもしんねー……」

 

 そう、約3日前だ。 仗助達がこの世界に飛ばされてすぐに。 この神殿のような施設へ来たのならば、この玉座が戦場になる前に到着出来たかもしれなかった。

 

 拳を硬く握り締め、肩を震わせる仗助。 そんな彼の様子を心配そうに見つめていた康一が、仗助の肩を抱き……

 

「仗助くん。 (きみ)のせいじゃあないよ」

 

 と、否定する。

 

「ケガをしていた仗助くんを助けるために、神殿を後回しにしてカルネ村行ったって思ってるかもしれないけど…… それは違うよ。 仗助くんがカルネ村に行けたおかげで…… エモットさん達も村長も、ストロノーフさん達も死なずにすんだんだよ」

 

 光を失っていた仗助の瞳に、再び輝きが戻っていく。

 

「あの女性を助けられなかったって…… 後悔ばかりしちゃうんじゃあなくて…… 村の人達だけでも助けられたって。 そう考えるんだよ、仗助くん」

「ああ…… サンキューな…康一。 もう平気だぜ……」

 

 気力を取り戻した仗助は、礼を言うと康一に微笑みを向けた。 そこへ億泰が、頭を捻りながらやってくる。 床に落ちた旗に描かれている紋章を調べていたようだが、知った紋章は無かったようだ。

 

「なぁ仗助ェ~~ このお城っぽいとこが無人ってぇーなるとよー。 ココがいってぇ何なのか、聞けねえっつーことだよなぁ。 あのロボ娘に聞いても、なぁ~~んも答えねェしよー」

「そういえばそうだよね。 何のためにココまで連れてきたんだろう」

「……つーか、あのシズ・デルタっていうメイドロボ何処行ったんだ?」

 

 3人はキョロキョロと辺りを見渡す。 ……が、また彼女の姿は見えなくなっていた。

 

 探すのを諦めかけた…… その時。 突然、目の前に光学迷彩を解除したシズが現れ、3人は驚愕した。 驚かすのが好きな、悪戯好きの性格なのだろうか?

 

 してやられたような気分だったが、気を取り直した仗助が「何のために此処へ案内したんだ?」と、問いかける。 そんな質問にシズは短く、ポツリと呟くように「これ……」と言った後、細くしなやかな腕を伸ばした。

 

「これ…… 元に戻して。 おねがい」

 

 差し出された、シズの小さな手にあったのは…… 色とりどりの丸い宝石と、バラバラに砕かれた黄金の欠片だった。

 

 

 

 

to be continued・・・




シズのマフラーは半捏造。
不可視化できるアイテムを持っている&ドワーフの不可視化マントがシズと同じかといっていたからこれかなと。
迷彩柄だし。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告