765プロのPになりました   作:ルスト

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アイドル

「おはようございまーす!」

「おはよう、春香ちゃん」

 

 研修を受けていた部屋を出ると、そこには昨日調べたアイドルが立っていた。

 音無さんに挨拶している女の子の頭には真っ赤なリボン2つ。

 間違いない、この子が……。

 

「おはようございます、天海春香さん」

「おはようございます! ……って、えっと、どちら様、でしょうか……?」

 

 俺は春香さんの事を知っているが、春香さんは俺の事を知らないな。

 自己紹介しよう。

 

「初めまして、天海春香さん。昨日付けで765プロダクションの新人プロデューサーとして入社しました上坂翼と申します」

「えっ? プロデューサー……ですか?」

 

 きょとんとした顔の春香さん。

 まあ、無理もないだろう。

 昨日決まって今日初めて顔を合わせるんだから……。

 

「そうなのよ、春香ちゃん。社長が昨日連れてきて、その日のうちに採用されたの。だから、ある意味では今日のサプライズね」

「はあ……。昨日ここに来ることが決まって…………。って、えええええええええ!?」

 

 春香さんは驚きを隠せないようだ。

 まあ無理もないだろう。

 仮に俺が春香さんの立場でも、同じ反応をすると思う。

 

「き、聞いてないですよ……。というか、昨日決まって今日……って、そんな滅茶苦茶な……」

「春香さん。あの社長ですし、そんな滅茶苦茶を押し通すことは良くあるのではないでしょうか?」

 

 言っててあまりの無計画さに呆れてくるが、顔には出さない。

 それでも一応、自分を雇った人間なんだから。

 

「……否定できないのが何だか、悲しいようなそうでもないような……」

「……お気持ち、お察しします」

 

 あんな無計画なやり方で大丈夫なんだろうか……。

 

「えっと……上坂、さん? プロデューサーになるってことは……」

「そうですね、研修が終了次第、プロデューサーとして誰かの担当になると思います」

 

 誰の担当になるか、は聞いていない。

 恐らく、アイドルとの顔合わせ、研修を経てから社長が決めるのだろう。

 

「そうなんですね……。誰の、って決まってないってことは、私の担当になってもらえることもあるって事ですよね!?」

「え、ええ。社長からはまだそんな話は聞いていませんので」

 

 ……言葉と表情に焦りを感じる。

 早くデビューしたい、と感じるのは当然か。

 もし売れている事務所なら社長もライブの費用や資金営業の費用を「アイドルの活動の報酬から出せ」とは言わないだろうし。

 

「上坂プロデューサー、春香ちゃんは一年前からデビューしてるんです。ですけど……」

「一年前からデビュー……」

 

 と言うことは、デビューしていない、じゃなかったか。

 一年活動して上手く行かなかった、と言う事なのか……。

 焦って当然だ。

 

「はい……。一年活動してたのに上手く行かなかったんです。だから、私少し焦っちゃって……」

「そうですか……」

 

 春香さんの笑顔からは、どことなく無理をしている感じがする。

 何とかしてあげたいが……。

 

「おはようございます」

 

 春香さん、音無さんと話していると、他のアイドルの子が事務所に入ってきた。

 長く伸ばした青い髪……この人は……。

 

「おはようございます、如月千早さん」

「……どうして私の名前を? ……貴方は?」

「初めまして。私は上坂翼と申します。昨日社長にスカウトされ、新人プロデューサーとして765プロに入社しました」

「……は? 昨日付けで入社? そんな話、全く……」

 

 まあ、当然だ。

 俺が千早さんの立場でも同じ事を思う。

 

「おはよう、千早ちゃん」

「春香、おはよう。えっと、この人って……」

「本当にプロデューサーを雇ったんだって! ですよね小鳥さん!」

「ええ。まあ、本当にいきなりなのは否定しないけど……」

「……そんなバカみたいな話が……あり得ますね…………」

 

 社長ェ……。

 まあ、あれじゃ仕方ないだろう。

 

「……先ほどは失礼しました。私は如月千早。歌を極めるため、アイドルになりました」

「歌を極めるため、アイドル……?」

 

 いやまあ、確かにアイドルも歌は歌うけど。

 歌手じゃなくて何故アイドルに……?

 

「私は歌を極められるなら道はどれでも構いません。社長に拾われたのでアイドルになりました。それだけです」

「なるほど……」

 

 歌に全てを賭けるアイドル、か……。

 春香さんのような焦りは感じない、けど……。

 

「もし担当になっていただけるのでしたらよろしくお願いします。歌以外に興味はありませんが、歌の道を極めるためなら、必要なことはやり遂げます」

「分かりました。こちらこそよろしく、如月千早さん」

「はい、よろしくお願いします」

 

 自己紹介を終えると千早さんは事務所の奥に歩いていく。

 ……歌の道を極める、か。

 何故だ? 危うさを感じるけど……。

 

「……ところで春香、貴方ちゃんと自己紹介はしたの?」

「え? ……ああ! 私ちゃんと自己紹介してなかった!?」

 

 それはそうと、春香さんと千早さんは友人……というより親友なのかな?

 ずいぶん仲がいいように見える。

 ……ん? 春香さんがこっちに慌てて走って……。

 

「す、すいませんプロデューサーさ、って、わああっ!?」

「危ない!」

 

 慌てていたのか、突然躓き、転倒する春香さん。

 近くに居たので咄嗟に受け止めることは出来たけど……。

 

「う~……痛く、ない?」

「……大丈夫ですか、春香さん?」

 

 ……まさか何も無いところで転ぶとは。

 今回は受け止められたが、もし机の角に頭をぶつけたりしたら怪我では済まないな……。

 

「って、あああ!? す、すみませんプロデューサーさん! 私、いきなり……」

「いえ、無事ならそれで構いません。怪我が無くて何よりです。私は逃げませんから、とりあえず落ち着いてください」

「は、はい……。うう~、私とんでもないことを……」

 

 俺から離れたものの、春香の顔は赤い。

 ……まあ無理もないだろう。

 いきなり転んで俺に抱きとめられて……動揺するなと言う方が無理だな。

 

「え、えっと……もう知ってるかもしれませんけど、天海春香です! 趣味はお菓子作りで、歌うことが大好きです! …………それと、よく今みたいに転んじゃいます」

「……よく?」

 

 大丈夫なのか、それ……?

 ダンスの仕事を春香さんに回すのは最後の最後だけみたいなことを社長が言ってたのはこれが原因なのか……?

 

「えっと……ちょっとドジでして……」

「は、はあ……」

 

 いやいや、ちょっとドジだからよく転ぶって変じゃないか……?

 それとも、ドジだと転ぶのか……?

 ……とりあえず話題を変えよう。

 

「えっと、春香さん」

「は、はい!」

「千早さんとは仲がいいのですか?」

「千早ちゃんと、ですか?」

 

 強引に話題を変えることになったが、まあいいだろう。

 いくらなんでもさっきの空気は気まずい。

 

「ええ。やっぱり、歌が好きな者同士気が合うという事ですか?」

「えへへ、そうなのかもしれないです。千早ちゃん、歌がとっても上手なんですよ!」

「そうですか。確かに先ほど千早さんと話した内容でも「歌の道を極める」と言っていましたね」

「そうなんですよ~。千早ちゃん難しい歌でも難なく歌いこなしちゃって……。私よりずっと歌が上手なんです」

「へえ、そうなんですか」

 

 音楽に関する仕事、というより歌を歌う仕事だな。

 それを重点的に回してあげれば千早さんは喜ぶのだろうか。

 

「この前カラオケに行ったんですけど、そこでも千早ちゃん、当然のように97点以上、連続で叩きだしてたんですよ~」

「それはすごいですね……」

 

 というか、歌ド素人の自分には理解できないレベルの領域だよそれ。

 ……ん? 千早さんがこっちに来るな。

 

「あ、あの、春香。私の事よりあなた自身の事を言わないと駄目な気がするのだけど……」

「へ?」

「……確かに、千早さんの事ばかり話していましたね」

 

 まあ、そっちに話題を変えたからなんだが。

 

「あうう……」

「だ、大丈夫ですよ春香さん。別に気にしていませんから……」

 

 なんていうか、焦りと緊張で混乱してる感じだな……。

 一年活動してきて芽が出なかった、これが間違いなく影響してる。

 一度落ち着かせるには……。

 

「春香さん、深呼吸してください」

「……?」

「深呼吸して、それから自分の事を話してもらえますか? 慌てていたら言いたいことも言えなくなると思いますので」

「は、はい……。すー……はー……すー……」

 

 ……喋る際に焦りと緊張に飲まれているのは一番危険だ。

 そんなつもりじゃなかった、という事までうっかり言ってしまうことがある。

 言ってからじゃ取り返しがつかないし、そもそも自分が何を言っているのかも理解できなくなってしまうだろう。

 

「……プロデューサー、春香の事なんですが、あまり気にしないでください。春香、一年前にデビューしてから全く成果が出ていないのを焦っていて……」

「はい。事情は聞いていますし、気にしていませんよ」

 

 一年もやって成果が出ていなかったら焦るのは当然だ。

 そこに(新人だけど)プロデューサーが入ってきたら、自分を拾ってもらおうと考えるのは自然な考えじゃないだろうか?

 意識しているかどうかはともかく。

 

「……そう言えば、律子はプロデューサーだと聞いたんですが……音無さん、彼女は誰をプロデュースしているんですか? 春香さんがこの様子だと、全員を面倒みている、と言うわけじゃなさそうですが」

「ええ。律子さんは『竜宮小町』の売り込みに手いっぱいで……」

「竜宮小町?」

 

 ……ユニット名か?

 

「はい。双海亜美、水瀬伊織、三浦あずさの三名のユニットで、今の765プロの救世主になるかもしれないユニットです」

「私達がソロで売り出しても上手く行かなくて……三ヶ月前に律子が結成したんです」

 

 千早さんが音無さんの話に補足する。

 ……なるほどね。

 律子だけでは足りないから、資質はともかく、俺をプロデューサーにしようとしたわけか。

 

「我が765プロの現状、分かってくれたかな?」

「あ、社長……」

 

 まあ、これじゃ強引にでもプロデューサーを確保したくなるのも分からなくもない。

 やり方はともかく。

 

「人材発掘は続けるが、見つかるかは分からん! せめて一人でも多く成功させてやりたいのだ。だから、頼んだよ君!」

「そ、そうですね……。逃げられないようにしてくださいね?」

 

 ……大丈夫なんだろうか。

 いや、大丈夫だったらそもそも雇われないかな?




春香さんはアイマス2より三ヶ月早くデビューしています。

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