冬休み後半。
タケルと倉橋は動物園に来ていた。
しかしお互いに和気藹々とした空気は感じられない。
「…………暗殺をしかけた奴っているか?」
「流石に居ないよ………なんか言い出せない」
「それが普通だよな。あんな昔話を聞いた後じゃ」
殺せんせーはかつては死神と呼ばれた殺し屋だった事。
捕らえられた彼はシロ――柳沢誇太郎の計画する実験体になっていた事。
監視役として付けられた女性、雪村あぐりの事。
会話をしているうちに彼女と親しくなった事。
月を爆発したのは本当は死神ではなく、検証実験に使われていたネズミの爆発が原因だという事。
処分されそうになった死神は暴走して暴れだし、それを庇ったあぐりが致命傷を負った事。
瀕死の彼女の願いで、死神は彼女の後を継いでE組の教師になった事。
「皆、迷っているんだよ。殺せんせーの過去を知った上で自分達はどうすべきか」
「…………そうだね」
「…………………」
大した会話も無く動物園から出ていく二人。
適当に歩き回っていると不意に声をかけられた。
「おや、タケル君に陽菜乃ちゃん! デートかい?」
「! フミ婆」
たこ焼き屋台のフミ婆だった。
相変わらず元気にたこ焼きを焼いていた。
「またデートかい? 熱々だねぇ」
「はは……どうも」
「おや。悩みごとかい?」
「!?」
「長年生きてると分かるんだよ。人の顔を見れば微妙な違いがね」
「………流石はフミ婆だ」
苦笑しながらフミ婆が差し出したたこ焼きを受け取るタケル。
しばし黙っていた倉橋はそんなフミ婆に悩みを打ち明けようとした。
「あの、フミお婆ちゃん」
「悪いけど、あたしは悩みの内容は聞かないよ」
「えっ!?」
「人はね、他人を救うことはできない。ただ背中を押して手助けをしてあげるくらいなのさ」
たこ焼きをクルクルと回しながらフミ婆は優しく話す。
「それだけ悩んでるってことは、相当に大きな悩みなんだろうね。だったら出来ることは一つさね」
そう言ってフミ婆はニカッと笑って二人に語った。
「自分の心のままに、やってごらんよ」
◎◎◎◎◎
三学期始業日。
教室はいつもの喧騒が微塵も無く、非常に静まり返っていた。
そんな彼らにイリーナが静かに忠告した。
「一番愚かな殺し方は……感情や欲望で無計画に殺す事。これはもう動物以下」
「ビッチ先生……」
「そして次に愚かなのは……自分の気持ちを愚かなのは……自分の気持ちを殺しながら相手を殺す事。私のような殺し方をしてはダメ。金の代わりに沢山のものを失うわ」
「………………」
「散々悩みなさいガキ供。あんた達の中の……一番大切な気持ちを殺さない為に」
そう告げて踵を返したイリーナの言葉を受けて渚が決心を固めた表情を見せた。
その放課後、渚はクラスの全員に集まって貰った。
「ンだよ渚。テメーが招集かけるなんざ珍しいな」
「ごめん……でもどうしても提案したくて」
「何……? 言ってみて」
「…………出来るかどうか分からないけど………殺せんせーの命を……助ける方法を探したいんだ」
その言葉に驚愕する皆。
助ける。つまり三月に爆発しないですむ方法を探すということだ。
「殺せんせーだって元々は僕らと大して変わらないんだ。僕らと同じように……失敗して、悔いて、生まれ変わって僕らの前に来た」
彼らが自身と同じ失敗をしないように色々な事を教えてくれた。
何より一緒に居て楽しかった。だから、殺すより先に助けたい。
「………私も賛成! 殺せんせーとまだまだ沢山生き物探したい!」
「渚が言わなきゃ私が言おうと思ってた。……恩返ししたいもん」
倉橋、片岡を始めとして原、杉野、不破も同意する。
「やらなきゃ後悔する。やれるだけやってみてもいいかもね」
「皆………」
「………………」
あまり自分の意思を示さない渚がそんな決意を皆に示した。
それが彼の"信念"なのだろう。
それに同意した者達も各々に"信念"を抱いている。
ただ、全員が全員同じとは限らない。
「こんな空気の中言うのはなんだけど……私は反対」
そう冷たく告げたのは中村だった。
「暗殺者と標的が私達の絆。そう先生は言った。この一年で築いてきたその絆……私も本当に大切に感じてる」
だからこそ、彼女は殺さなければならないという信念を掲げている。
そして寺坂達がその信念に同調した。
「助けるって言うけどよ。具体的にどーすんだ? あのタコを一から作れるレベルの知識が俺らにあれば別だがよ」
「で、でも……」
「渚よ。テメーの言いたいこと、俺らだって考えなかったわけじゃねぇ」
「けどな。今から助かる方法探して……もし見つからずに時間切れしたらどーなるよ」
暗殺者として力を一番つけた今の時期にそれを使わず無駄に過ごしてタイムリミットを迎える事になる。
「あのタコが、そんな半端な結末で、半端な生徒で、喜ぶと思うか?」
「で、でも、考えるのは無駄じゃない……」
「才能ある奴ってさ。何でも自分の思い通りになるって勘違いするよね」
中村達以上に冷たい声。
「ねぇ渚君。随分調子乗ってない?」
カルマである。
「E組で一番暗殺力があるの渚君だよ? その自分が暗殺やめようとか言い出すの? 才能が無いなりに……必死に殺そうと頑張ってきた奴等の事も考えず」
「そ、そんなつもりじゃ……第一、暗殺力なら僕なんかよりカルマ君の方がずっと……」
「そういうこというから尚更イラつくんだよ。実は自分が一番力が弱い人間の感情理解してないんじゃないの?」
「違うよ!! そーいうんじゃなくてもっと正直な気持ち!!」
論争はやがて、互いの精神を逆撫で、言い争いになる。
「カルマ君は殺せんせーのこと嫌いなの? 映画一緒に見に行ったり……色々楽しかったじゃん!!」
「だぁから!! そのタコが頑張って渚君みたいなヘタレ出さないために楽しい教室にして来たんだろ!! その努力もわかんねーのかよ!! 体だけじゃなくて頭まで小学生か!?」
その言葉が渚ね堪忍袋の緒を切る。
そして彼の反抗的な目もまた、カルマの逆鱗に触れた。
「え、何その目、小動物のメスの分際で人間様に逆らうの?」
そして渚を突き飛ばすカルマ。
「文句あるなら一度でもケンカに勝ってから言えば?」
と、何度も何度も渚を突き飛ばす。
彼が渚のネクタイを掴んだ瞬間、脚を飛び上がらせてカルマの首を絞めた。
「!!」
「と……飛びつき三角絞め!!」
「僕だって……半端な気持ちで言ってない!!」
「こいつ……!」
と、カルマが自由な左腕で紺色の眼魂を取り出した。
「!? おいカルマ!?」
[ナポレオン!]
「ううっ!?」
ナポレオンパーカーゴーストが渚を弾き飛ばす。
[ツタンカーメン!]
対して渚もツタンカーメン魂を纏って迎撃しようとする。
あわや激突かと思われたその時、リョウマ磯貝とゴエモン前原がカルマを、ムサシ杉野が渚を止めた。
「やめろって!!」
「二人とも喧嘩してどうすんだ! 教室の状況が激変したから苛立つ気持ちは分かるけど!!」
荒れる二人を必死に止める。
と、そんな彼らを仲裁しにとある人物がやってきた。
「中学生の喧嘩大いに結構! でも暗殺で始まったクラスです。武器で決めてはどうでしょう?」
…………………………。
「事の張本人が仲裁案を出してきた!!」
しかも何故か最高司令官の格好をしている。
そんな殺せんせーが持ってきたのは武器の入った二つの箱と、赤と青のBB弾。
先生を殺すべき派は赤、殺したくない派は青を選ぶ。
この山を戦場にチーム戦で戦い、相手チームを全滅か降伏させるか、敵陣の旗を奪ったチームの意見をクラスの総意とするとのことだ。
多数決とは異なり、経験を活かせば人数や戦力で劣るチームにも勝ち目があるのがこの方法の利点である。
「先生はね。大事な生徒達が全力で決めた意見であればそれを尊重します。最も嫌なのはクラスが分裂したまま終わってしまう事、先生の事を思ってくれるなら……それだけはしないと約束してください」
磯貝が全員に確認を取ると、一斉に頷く。
「……よし、これで決めよう。殺すか殺さないか」
まず、千葉と速水が赤、殺す派を選ぶ。
それに対して茅野、奥田、竹林は青を取り、逆に菅谷、三村、岡島が赤にした。
更に木村、狭間、イトナ、岡野が赤。
神崎、矢田、前原、磯貝が青を選択。
律は協調の観点からも中立を選んだ。
「(皆……信念を持ってこの二択を選んでる。二十九人皆がそれぞれに抱えている信念があるんだ)」
「さあ、君が最後ですよタケル君」
「ああ、はい」
命を守る事を信条としているタケルは青を選ぶだろうと皆思っている。
しかし、タケルが選んだのは赤だった。
「えっ!?」
「どうしてタケル君!! 命を守りたいんじゃないの!?」
「命を守りたいからこそだよ。俺達が殺そうとしなくても国やシロ――柳沢のように殺せんせーを殺そうと考える奴は消えない。だったら……殺せんせーの望みである俺達が殺すってことが殺せんせーの信念と命を守るってことになるんだと思う」
「…………! そうか」
こうして、2チームに分かれた。
烏間は戦場の中心に立って全体を見張る。
この戦いは生徒達自身の力で戦う為、英雄眼魂は戦場の各所に浮かんで観戦している。
そして、E組の内部戦争がついに始まる。
今回から再び本編に入りました。
フミ婆久しぶりの登場ですね。ゴーストで悩み事と言ったらこの人でしょうw
そしてまさかのタケルの赤選択。
彼の真意は次回で
あと 十五英雄以外の眼魂も既に顕現してたりします