因みに前話のスカラシップの話題、ベースは某巨大S予備校ですが殆ど架空なのであまり気にしないで下さい。尚千葉大に関しての情報は事実です。千葉の豆知識ですね、はい。
次の日の放課後、俺は最早定例となる奉仕部への出勤をしに部室へと向かっていた。今日も今日とて冬の風は校内にまで吹き込み、雲が多いせいで太陽の光もあまり廊下に差し込まず、校内はさながら冷蔵庫のような寒さだ。
「…さぶっ…」
…思わずそんな独り言を呟いてしまう。俺はそれとなくマフラーの結びを少しキツくして、何とか首周りの保温性を上げる。…何で俺、こんな寒い中部活に向かってるんだろうか…月一回くらいしか依頼なんて来ないのに。そのくせして毎日部活あるとかどうなってるの?青春を生け贄にして社畜経験得てるの本当におかしいでしょ。やはり俺の社畜生活はまちがっている。
別に俺はあの奉仕部という部活自体が嫌いなわけではないのだ、それどころか落ち着くし逆に好ましく思っている。それでも、何のイベントも無いのにずっと通い続けるのはやはりどこか苦痛がある。何も起こらず、変化もしない。諸行無常という言葉をどこに忘れてしまったのか、今も尚あの部室の中は半年以上前から続く停滞が支配している。それが悪いとは特に思わないが、良いとも俺は思わない。中二病チックに言えば、俺は勇者になって魔王を倒す的な刺激が欲しいのかもしれない…ごめん、今のナシで。超恥ずかしい。
「…っきゃっ!?」
「うおっ!?」
そんな日々の不満を心で愚痴りながら歩いていたせいか、前から歩いてきた人に気づかず俺はぶつかってしまう。
「いたたた…」
「お、おい。大丈夫か?」
俺は後ろに倒されてしまったその人物に手を差し伸べる。顔をよく見れば、高校生にしては少々未だ幼い顔付きで、ショートの髪は茶色に染めている。冬だというのにシャツのボタンは上から二個も開けており、またリボンもかなり緩く付けていて由比ヶ浜と良い勝負である。にしてもこいつ、何というか…初めて見たような気がしないのはなぜだろうか…?
「…あ、はい…。大丈夫です」
そう言うと俺の手は取らず普通に立ち上がりスカートを叩く。…なんだろう、凄い今切ない気分だ。
「本当に悪いな、心中で不満を呟いてたから周りが少し見えてなかったわ」
「いえいえ、私もちゃんと確認せず歩いていましたしお互い様です」
…ちょっと待てよ、これを使えばあの奉仕部の退屈な時間を多少は削ることが出来るんじゃないだろうか。奉仕部は嫌いじゃない、嫌いじゃないのだが、変わり種の女の子二人と同じ空間で数時間過ごすと言うのは意外と精神的な体力を使うのだ。
…少し時間を潰してから行くか。そう俺が考えてしまうのはしょうがない事なのだろう。
「なあ、じゃあ詫びついでにジュースでも奢らせてくれないか?」
「えっ、もしかしてそのまま仲良くなってあわよくばデートに誘って告白しようとか考えているんですかでももう私間に合ってるのでごめんなさい遠慮します」
「いや違えし何も合ってねえよ…本音を言えばただ時間を潰したいだけだ」
「…そうですか、まあ私も喉が乾いたんでエスコートお願いします」
そう言って軽く笑う目の前の女子高生。何か、手を上げたり首を傾げたりする動作が一々小町に少し似てあざとい気がするが、俺は気にしないことにして近くにある購買に向かった。
購買はやはり放課後ということもあってか、殆ど人がおらずテーブルもガラガラに空いていた。
俺は取り敢えず自分の分のマッカンと、この…名前が分からないあざといちゃんにレモンティーを買ってテーブルへと座る。因みに何故レモンティーという選択にしたのかと言えばこういう少しギャルっぽい見た目をしている女は大体語尾にティーと付いたドリンクを飲むという俺ソースの経験談からである。由比ヶ浜とか超レモンティーとかミルクティー好きだし。つかアイツは手にペットボトル持ってたら大体そのどっちかなんだよな、ほんとに雪ノ下を見習えよ。こっちはお茶か野菜ジュースだぞ、すごく健康的。流石部長。俺はほぼマッカンだが。
疲れたように欠伸をするあざといちゃんの対面に俺は座り、あざといちゃんの前にレモンティー、自分のところにマッカンを置く。
「あ、ありがとうございます。やっぱ購買は暖かいですね〜あ、ところでお名前聞いてませんでしたね」
「2年F組の比企谷八幡だ、そっちは?」
「ありゃ、先輩でしたか。私は一色いろは、実はこう見えて生徒会長なんですよ?」
「…そうか、高1で生徒会長とか凄いんだな一色は」
その言葉で先ほどの疑問が氷解する。そうか、どっかで見たことあると思ったがなるほど、生徒集会で良く壇上で発言していたからか。でも、こんな見た目なのに良く生徒会長になれたな…もしかしてうちの生徒会選挙ってザルなのか?
なんてことを本人の前で不躾にも考えていると、一色は顔を俯かせる。
「…でも私、本当は生徒会長になりたかった訳じゃないんです」
「そりゃまた、どうして?選挙には立候補していたよな?」
そう言えば去年、ほんのチラッと一色を生徒会選挙の時に見かけたことがある。その時は流したが今思い返すと確か…。
「友達が、勝手に応募しちゃってたんです。それで、もう引こうにも引けない段階まで行っちゃって、対立候補も居なくて、気付いたら生徒会長に任命されちゃいましたね。…本当に困っちゃいます」
ーーー欠けていたピースが嵌まる音がした。思い出した。確かあの時は集会で選挙演説をしていたのだが、どこかその声に覇気とか意欲とか、そういうのはまるでなかったような気がする。ただ流されているだけというか、もう半ば諦めてしまったような表情でその言葉に気持ちは何も篭っていなかった。恐らく、早く終わってほしいという一心で演説をしていたのだろう、何せ対立候補がいない時点で一色の当選は確実だったのだから。
「…辞めたいとか、思ったことはないのか?」
「当然思ったに決まってるじゃないですか。でも生徒会長なんて地位、部活みたいにホイホイ辞めれるわけないじゃないですか」
「苦しい、とか感じないのか?」
「勿論感じてますよ?来る日も来る日も雑務で、偶にパシリ先輩が手伝ってくれますけどそれでも量は多いですし、それに望んで得た立場でもないので。…実を言えば、先輩がこれに誘ってくれた時、ラッキーと思ったんです。あのままだとまたいつも通りに生徒会室に行って、同じような雑務を来なして、帰宅するだけだったので…」
…もしかしたら一色は俺と少し似た環境にあるのかもしれない。当然責任の重さやすべき事は全く違うし、年齢も周囲の人間も違う。だけど、毎日同じような事の積み重ねで飽き飽きしている、それだけは歪めようがない共通項で括られる事実だ。一色いろはという人間もまた、何らかの刺激を望んでいるのである。…それならば、二人も同じ考えを持つ人間がいるのなら、互いの苦しみを理解することは完全に出来なくとも、その望みを補完する事はできるのではないだろうか。
そこまで思い至った俺は、疲れた表情の一色を直視しつつ発言した。
「なあ一色、一つ提案があるんだが…」
「…なんですか、先輩?」
「…週一で良いから、こうして話さないか?」
ーーーーーーーーーー
「で、比企谷君?遅れてきた理由は何かしら?」
時間は少し進み、奉仕部部室。
現在俺は、少々の遅刻から詰問を受けていた。
「えっと、ふくつ」
「嘘ね。もし仮にそうなら今頃比企谷君はお腹を左手で擦ってるわ」
「ちょっと待て、何でお前が俺の癖を知ってる」
「日々の観察のお陰よ」
普段の癖ならいざ知らず、何故こいつは俺が腹痛の後に行う動作を知っているんだよ…!小町だって気づいたのは2年前つってたぞ…!
…久々に背筋が冷たくなった…。
「もしかしてまさかヒッキー…逢引!?」
「どうしてそういう結論に至ったんだよ、お前の頭ん中は常時昼ドラ展開中か?」
そして相変わらずな由比ヶ浜。本当にこいつの脳内はどうなってるのか、一度中身を割って確かめたいまである。
「私も由比ヶ浜さんと同意見だわ…。どうせ性懲りもなくこの男はまた他の女を引っ掛けてるんだわ、気持ち悪い」
「いやあの雪ノ下さん、何で俺がそんなチャラ男みたいな扱いになっているんですかね。自慢じゃないが俺の携帯の連絡帳の異性、この部活メンバーと小町と母ちゃん、あと平塚先生くらいしか……いないぞ?」
「その妙な合間は何かしら?」
「なんかもの凄く怪しいよ!」
…そう言えば昨日川崎と、今日一色と連絡先を交換したんだった…、と思い出して少し返答に合間が空いてしまったことに気づいたのだが既に後の祭り、由比ヶ浜は頬を赤くし膨らませてムッとした表情になり、雪ノ下は目のハイライトが消え絶対零度の能面へと変化した。由比ヶ浜は可愛いが雪ノ下、お前はマジで怖いからそれ止めろ。やめて下さい。お願いします。100円あげるから。
「…由比ヶ浜さん、ちょっとこれで野菜ジュース買ってきてくれないかしら?」
そう言って雪ノ下は財布から120円を取り出し由比ヶ浜に渡す。…何だろうか、凄く嫌な予感がするんだが…。
「えっ、でもゆきのん」
「由比ヶ浜さん、お願い」
「…うん、分かったよゆきのん」
由比ヶ浜は反論しようとしたが、雪ノ下の謎の迫力に負けてそのおつかいを受諾してしまう。…これは乗るしかない、このビックウェーブに!
「えっとじゃあ俺もちょっとついでにジュースでも買ってこようかなぁ〜」
「比企谷君…?」
「…ごめんなさい、ここで大人しく座ってます」
…見事に危険領域からの脱出に失敗し、由比ヶ浜はガラガラとドアを開け教室から出ていってしまう。…べ、別に雪ノ下の恐ろしい雰囲気に負けて逃げようとした訳じゃないんだからね!
雪ノ下は由比ヶ浜が完全に出ていったことを確認すると、抑揚の無い発音で言葉を紡ぎながら俺に無感情の瞳を向ける。
「比企谷君、実は貴方にずっと昨日から聞きたいことがあったのよ」
「…昨日?昨日は俺、お前と会ってないよな?」
「ええ、私が偶然通り掛かっただけだもの。だから仕方ないわね。まあ前置きは良いわ。単刀直入に聞きたいの」
…やばい、何かは分からないけどやばい。俺の中の警鐘が由比ヶ浜が出て行ってからずっと鳴りっぱなしだ。
それに雪ノ下にしてはどこか会話の流れが可笑しい。基本的に雪ノ下は他者も重んじて会話を進める人間だ、なのに今は自分の世界だけで完結している節がある。圧倒的違和感、それを雪ノ下から感じ取れる。
…今は雪ノ下の感情を刺激しない方がいい、そう直感的に感じた。
そして雪ノ下は冷たいまま、その口を開く。
「ーーー貴方、昨日の夜10時23分、駅で川崎さんと何していたの?」
瞬間、俺の思考がフリーズする。
…どういうことだ、いや、それ自体は分かる。偶然雪ノ下は駅を通りかかった、そこに嘘は含有されていないだろう。しかし幾ら雪ノ下が几帳面だとしても、その時間を分単位で覚えているのは幾ら何でも行き過ぎている。違和感を感じる。
…そう、まるでこれではヤンデレみたいじゃないか。
ーーーそんな浮き上がった考えを即時に俺は圧し折る。そんな訳が無い、あの雪ノ下のことだ。まず普段の言動から見て俺に惚れている訳が無いし、それに雪ノ下はそんな奴じゃない。そうだ、そんな奴じゃない…。
「ぐ、偶然川崎と予備校のクラスが同じだったから一緒に帰ることにしたんだ。多分お前が見たのもその時のことだろうと思う」
「…でもそれだけじゃないわよね?」
一瞬、背筋がピクッとしてしまう。しかし他にしたことと言えば川崎に数学を教えて欲しいと頼んだことくらいだ、あれはノーカンでも大丈夫だろう。
「…いや、本当にそれだけだ」
何故か足が情けなくガタガタと貧乏揺すりを始める。気合で音こそ立ててないが、口の中では歯もギリギリと歯ぎしりを立てそうになっている。…まさか俺は雪ノ下に怯えているのか?いやそんな馬鹿なことがあるはずが無い。
きっとこれは俺の勘違いだろう。雪ノ下は確かに他がそうであるように、一見隙が無いように見えて完璧な人間ではない。そして恋愛事ともあまりに関わりはなさそうで、だからヤンデレに見えるのも俺の思い過ごしだろう。
「比企谷君はわた…」
「ゆきのん!野菜ジュース買ってきたよ!…はぁ、はぁ…」
ガラッと大きな音を立ててドアを開けたのは由比ヶ浜だった。少し走ってきたのか、由比ヶ浜は軽く肩で息をしている。…先程の状況、非常に不味かったのでとても助かった、ナイス由比ヶ浜!…言葉にはできないが。
「…ありがとう、由比ヶ浜さん」
「どういたしましてゆきのん!」
そうお礼を言う雪ノ下は何時もの雪ノ下で、さっきの雪ノ下が既に夢のように思えてくる。しかし、あれもまた雪ノ下雪乃であるのも事実である。
どちらが本当で、どちらが仮面なのか…そんな事を考え始めたせいか俺の脳内はゴチャゴチャと整理の付かない状態になってしまい、…だから俺はその議題を忘れることにした。
…それにしても、さっきは小声で何を言いかけたのだろうか…?
早速、八幡もゆきのんもキャラ崩壊し始めたぞ…
少し強引な流れについては反省してます、後悔はしてないけど。
感想や評価を下さるとモチベが上がりますのでできればお願いしまふ。