Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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九:岡部が変えた未来

 

 

スバルが意識を取り戻すと、彼は目の前に居る双子を見て絶叫を上げた。何故なら双子の片方、青髪のレムは前のループで自分を殺した張本人だからだ。そんな人物と再び合間見れば絶叫を上げるのは必然。死んだという経験を積んだスバルは発狂し、怯えるように叫び声を上げながら部屋に籠ってしまった。

 

「一体……何がどうなってんだよ」

 

ベッドの上に座り込みながらスバルは頭を悩ませた。

自身を殺した相手がまさかの屋敷の使用人、自分に優しくしてくれたレムだったとは。原因を考えようにも分からず、何がトリガーなのかが理解出来なかった。

 

「それにあの寒気、アレは一体?」

 

顎に手を置きながらスバルは更に思考を続ける。

レムと遭遇する前、スバルは異常な程の寒さと息苦しさを感じた。まるで病気に掛かってしまったかのような症状。あれは明らかに異常な物であった。考えられるとすればこの世界に存在する魔法という類いであろう。呪いか、もしくは状態異常の魔法か。スバルはそう推測する。そして記憶を探っている際、スバルはある事を思い出した。

 

「そういえば、レムに殺される時……廊下の奥に誰か居たよな?」

 

鉄球を喰らって死ぬ際、スバルは自分の視界の端に映った白衣の男の事を思い出した。

自分と同じ黒髪、この世界ではあまり見ない顔つき、極めつけはその奇妙な格好。だがそれはスバルが居た世界ではよく見た格好であった。だとすればもしや、あの時屋敷に居たあの男は自分と同じ世界から来た人間なのだろうか?だが何故?あんな時間に屋敷に居たのだ?

 

そこでスバルはまた一つ思い出す。此処に運ばれた時、ロズワールと話していた際に彼は言っていた。盗品蔵での戦いの時、その場にはスバルとは別にもう一人関係者が居たと。その人物はラインハルトの屋敷に運ばれたらしく、スバルには面識が無い。だが確かに、自分以外にもう一人あの場所で戦っていた人間が居たのだ。もしかしたら、それがあの男なのであろうか?

だがその情報が分かったとしても今スバルに出来る事は無い。その男が屋敷に来るのはあの日の夜、それまでは接触を図る事は出来ないのだ。

 

「とにかく今は何でレムが俺を殺したのか、そしてあの寒気は何だったのか……それを探るしか無い」

 

思考を切り替えてスバルは今直面している問題の事について考える。

脅威は二つ。レムによる攻撃とあの妙な寒気。恐らく最初に死んだのはあの寒気による衰弱死であろう。そしてレムは……まだ分からないが、それは今から調べなければならない。果たしてちゃんと話し合えるか分からないが。スバルは顔を顰めながら考えを纏めた。

 

「正直言って、絶望的だな……」

 

考えが纏まった後、スバルは額を抑えながらズルズルと崩れる様にベッドから降り、床に腰を降ろした。

信じていた相手に殺され、訳の分からぬ脅威に殺される。こんな事が起これば最早何を信じれば良いか分からない。ひょっとしたらこの屋敷に居る全員が自分の命を狙っているのかも知れない。そんな妄想にスバルは取り憑かれる。

 

気がつくと手が震えていた。自分が知らない内に怖がっていた事に気がつき、スバルは今自分がどのような状況に立たされているのかを理解した。死ぬのだ、自分は簡単に死ぬ、これからもずっと、何度でも何度でも死ぬのであろう。それがあまりにも怖過ぎる。

何とか恐怖を抑えようと手を握りしめた時、部屋の扉からノック音が聞こえて来た。

 

誰かと思ってスバルが入っても良いよ、と声を掛けると扉がゆっくりと開かれ、そこから銀髪の少女エミリアが現れた。

スバルが想いを寄せる相手。死んででも守りたい相手。彼女が居るからこそ何度でもループに立ち向かえる。そんなスバルの根源を支える相手であるエミリアが訪れた。

 

「スバル、大丈夫?」

「エミリアたん……!」

 

エミリアは首を傾けながらスバルの様子を伺う様にそう尋ねて来た。その可愛らしい仕草を見てスバルは安堵したように笑顔になり、己の手の震えを隠す為にさっと腕を後ろに引いた。

 

「何で此処に?」

「だって心配だったから……ラムから聞いたわよ。何か、凄い大変だったみたいだけど」

 

ラムから聞いた、それは自分が目覚めた時の事だろうとスバルは察した。

スバルが意識を取り戻した際、彼は目の前にレムが居た事から絶叫を上げてしまった。それはスバルからすれば当然の事かも知れないが、端から見れば寝てた人間が突然起きて叫び声を上げるという奇怪な光景に過ぎない。スバルはそれを理解し、恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「何か悩みがあるなら言って?私、力になるから」

 

とても優しい声。下心や何か企みがある訳では無い純粋な問いかけ。それは人の事を疑うしかない状況に立たされたスバルには何よりの救いだった。

スバルは考える。これまでループの事を誰かに話そうと思った事は一度も無かった。何故なら言った所で信じてくれる訳が無いからだ。むしろ自分が怪しまれ、不利な状況に立たせられる事になる。故にスバルはループ関連の事に関しては一切言及しなかったのだが……今こうして心を開いてくれているエミリアならば、信じてくれるのでは無いだろうか?例え信じてくれなくとも予感がする、や勘と言ってしまえば信じてくれるかも知れない。スバルはそんな希望を抱いた。

 

「エミリアたん、実は俺ーー」

 

ゆっくりと、唇を動かしてスバルは言葉を作る。自分はループしている、時間跳躍している、これから起こる事を知っている、レムが自分を殺しに来る、何者かから妙な攻撃を受けている、それらを全て言葉にしようとした。だが突如として、その唇の動きは止められた。

 

世界から音が消えた。静寂の世界で動きが止まり、何の音も聞こえなくなった。まるで時間停止。その不可思議な現象にスバルは悲鳴を上げる事すら出来ない。一体何が起きたのか全く理解出来ず、ただ困惑の二文字だけが頭を埋め尽くす。

そしてその奇怪な世界に更に奇怪な存在が現れた。黒い霧のような……不可思議な存在。その霧はユラユラと揺れ動きながら、掌の形となった。

 

そしてそれはあろう事から、スバルに近づいて来た。それが体に触れた瞬間、この世とは思えない程の恐怖を感じ、スバルは息を飲む。そしてその黒い掌は徐々にスバルの体の中を通って行き、そして心臓部分まで潜って行った。

痛い、苦しい、などの簡単な言葉では片付けれない苦痛がスバルの中に宿る。そしてその掌は、まるでそのスバルの恐怖が分かっているかのようにいとも簡単にスバルの心臓を握りつぶした。

 

「ーーーーがっ」

 

気がつけば、スバルの視界は元に戻っていた。音が戻り、時間が戻り、全てが元に戻った世界。だがスバルの体にはまだ先程の恐怖が残っており、彼は自分の胸をそっと抑えながら歯を食いしばった。

一体、先程のは何だったのか?全てが理解出来ない。だがスバルはたった一つだけ知る事が出来た……“死に戻り”について他者に喋ってはならない。アレはそう警告していた。

 

「スバル、どうしたの?」

「……ぅ、あ」

 

エミリアは心配したようにスバルの肩を掴みながら声を掛けて来た。スバルは顔を上げてエミリアの事を見る。そしてだらしない声を上げ、まるで力つきたように肩を落とし、顔を俯かせた。

 

「悪い……エミリアたん」

 

スバルの口から弱々しい声が漏れる。先程まで希望に満ちたあの声では無く、ただ絶望するだけの暗い声色。希望は無い。救いも無い。スバルに叩き付けられた現実はただただ孤独とういうあまりにも悲し過ぎる事実。

 

「俺に、構わないでくれ」

 

スバルが彼女に伝えられる言葉はこれだけだった。エミリアの安全を最優先する為の唯一の手段。それは自分に関わらない事。それしか無いのだ。力が無い自分の側に居るよりも、パックも付いているそんな状態の方が良い。スバルは冷静にそう分析し、彼女を拒絶した。

 

彼女は泣いてしまうのでは無いかと思うくらい悲しそうな表情をしながら去って行った。スバルも泣きそうな表情を歪ませながらベッドに倒れ込んだ。

これで完全に独りとなった。唯一の救済であったはずの彼女の手すら振り払ってしまった。もう、逃げる事も許されない。

 

スバルは本当の意味で孤独になった事を悲しんだ。ループという異常現象の中でただ一人認識出来る存在。それは特別な力でもありながら悩みの種でもある。その悩みを打ち明ける事が出来ないというのは、何よりの苦痛である。

理解されない、共有出来ない、分かり合う事が出来ない。スバルは悲しみ続ける。この孤独のループの中で、どうやって自分は生きて行けば良いのかと。

 

それから数時間後くらいだろうか、廊下の方から何やら騒がしい音が聞こえて来た。スバルはロズワールからの招集が掛かったか、などと簡単に考えていたが、何やら様子が違う。

レムの困ったような声と、カツカツとリズムよく聞こえて来る足音がある。そしてその足音は自分の部屋の前で止まると、ドンと大きな音を立てながら扉が開かれた。

 

「こ、困ります! このお部屋にはお客様が……」

「そのお客様に用事があるんだ。悪いがラインハルト、そっちは頼んだぞ」

「やれやれ、君のお願いは中々にめちゃくちゃだね。まぁ恩人の願いなら喜んで請け負うけどさ」

 

レムの声と、聞き覚えのあるラインハルトの声が聞こえた。そしてもう一人、知らない男の声が聞こえてる。流石に部屋まで乗り込んで来たので何事かと思ってスバルがベッドから体を起こすと、扉の前には白衣を着た男と、その後ろでレムを制止するラインハルトの姿があった。

 

「ようやく会えたな、ナツキ・スバル。色々と話したい事はあるが……まずはお前が時間跳躍(ループ)で何を視たのか教えてもらおうか」

 

その白衣を着た黒髪の男は、仰々しくポーズを取りながらそんな事を言って来た。それは明らかに変であり、首を傾げる光景である。だがそれを唯一理解出来るスバルにとって、その男の出現は何よりの救いであった。

スバルの曇っていた瞳に、光が宿った。

 

 

 

 

三度のループ。意識を取り戻した後、岡部がまず考えた事は戦力であった。

前回のループでスバルを殺したのはレムというメイド少女だという事が判明した。そして相手は鉄球という武器を駆使するかなりの実力者という事が分かる。更に道中では何者かからの攻撃もある。ハッキリ言ってこれは岡部にはどうしようも無い障害だった。なまじ体力も無い岡部にとって、肉体戦とは何より苦手とする物だった。故に必要なのだ、レムを退けられるくらいの戦力が。

 

「キョウマ、僕は君に恩返しがしたいんだ。望む物があれば何でも言ってくれ。君の願いなら何でも聞き遂げよう」

 

三度目になるラインハルトからの願い。岡部はティーカップを手に持ちながら片目を開けてラインハルトの事を見た。

ラインハルトは“剣聖”と呼ばれる最強の剣士。そんじょそこらの盗人達なら名前を聞いただけでも逃げ出す程のレベル。そしてその実力を既に見ている岡部にとって、ラインハルトは戦力としてうってつけの人物であった。

 

だが問題がある。どうやって彼を連れ出すか、だ。

ロズワール邸で事件が起きるのだと言った所で信じてくれるかは分からない。そもそもラインハルトは真実か嘘か識別出来る素振りがある。もしかしたら人の心を読む能力でも持っているのかも知れない。そんな疑いを抱いている岡部は、現状では迂闊な言葉を述べる訳には行かなかった。

 

また前回のように自身の行いを正当化し、これは正義の為なのだと言い訳すれば良いだろうか?何度も同じ手が通用するかは分からない。そもそもまだ今回の事件の全貌を完全には把握していないのだ。もしかしたらラインハルトを連れ出した結果、最悪の結末が待っているかも知れない。慎重に選択しなければならない。そう吟味した結果、岡部はシンプルに要求を突き付ける事にした。

 

「ラインハルト、お前の力を貸してくれ」

 

たったそれだけの簡単な要求。

自分に力を貸して欲しい、とだけ岡部は言った。するとラインハルトはすぐに承諾してくれた。自分の力を必要とされた事が嬉しいのか、どこか瞳が輝いている。

 

続けて岡部は要求についての内容を伝えた。

自分はナツキ・スバルに会いたい。彼の安否は何よりも気になるのだ、と。だからすぐにロズワール邸に向かいたい、そしてその際にラインハルトには護衛として自分の側に居て欲しい、そう伝えた。

 

ラインハルトはまたすぐに岡部の事を信じた。街で一番速い地竜を用意し、一日も掛からないくらいのスピードでロズワール邸へ着く事を約束してくれた。そして何故護衛が必要なのかという詳しい事は尋ねず、岡部を守るという使命を使わされた彼はそれに従う事にした。だが彼も一つだけ要求、というよりも条件を付けて来た。

それは屋敷を離れる為にも必要な事であり、彼が岡部の次に守らなければならない物であった。

 

「なんだ兄ちゃん、しばらく見ない内に随分と枯れた顔になっちまったなぁ」

 

金髪の少女フェルトは岡部の後ろからひょっこりと顔を出すとスバルに近づき、くたびれた顔をしたスバルの顔を見ながら小馬鹿にするようにそんな事を言った。

 

現在、スバルの部屋にはスバル、岡部、ラインハルト、フェルト、レムという変わった人物達が集合している。本来なら居るはずも無いラインハルトとフェルトの出現、そして白衣を着た謎の男の存在にスバルは困惑した。

 

「な、何でラインハルトとフェルトが此処に……ってか、あんた誰だよ?」

「む、俺の名か?クク、気になるか。良いだろう、教えてやろうでは無いか……」

 

二人の事に戸惑いながら気になっていたスバルは岡部に名前を尋ねた。すると岡部は悪い笑みを浮かべながらクツクツとわざとらしい笑い声を上げる。するとフェルトがやっちまったと言わんばかりに目を瞑ってため息を吐き、ラインハルトの方もクスリと笑みを零した。

岡部は大袈裟に白衣を翻し、手で顔を覆いながら決めポーズを取る。

 

「我が名は鳳凰院凶真!! 世界を混沌に陥れるマッドサイエンティストだ! よぉく覚えておくが良い! フゥハハハハハハハハ!!」

「いや絶対嘘だろ!? そんな厨二病臭い名前した奴居たら俺マッハで逃げるわ!!」

 

岡部の自己紹介を聞き、スバルは思わずツッコミを入れた。その瞬間にスバルはハッとした表情をする。岡部もスバルの反応を見て計画通りと言わんばかりに笑みを浮かべた。

 

「フ……やはり俺と同じ世界から来た奴か……」

「あ、あんた……まさか……!」

 

スバルはようやく理解する。白衣を着た男、キョウマと名乗るこの男はやはり自分と同じ世界から来た人間なのだ。でなければこんなトチ狂った事を言う訳が無い。そして自分と最初に接触した際、彼は確かにループという言葉を言った。それが意味する事はやはり、彼も知っているとしか考えられない。

初めてスバルの表情が明るくなった。希望が見え始め、瞳が輝きだす。だがそんな時、部屋に新たな訪問者が現れた。

 

「これはこーれは。ずーいぶんと賑やかになってるじゃないのぉ」

 

男の声、でありながらもどこな女のような独特な口調で喋る人物。その人物をよく知っているスバルは彼の出現に驚き、扉の方を見た。そこには案の定ロズワールの姿があり、ロズワールは客人が増えた事に嬉しそうな顔をしながら皆の事を歓迎していた。

 

「まさか“剣聖”様が直々にうちに来るなーんてね。私驚いちゃったよぉ」

「ロズワール卿。突然の訪問申し訳ありません」

「いやいや良いんだ。君ともそこの御方とも話したい事があったしねぇ」

 

ロズワールは目を細めながらラインハルトの事を見た。そして次に岡部に視線を移し、彼の事を品定めでもするかのようにじっと観察した。岡部も岡部で反応を見せる。ロズワールの口調を聞き、心当たりがある岡部はロズワールの事を警戒するように彼から距離を取った。

そう、似ているのだ。前回のループで竜車が崖から落とされた際の、その落とした人物の声と。

 

「まぁ此処ではなんだし……皆様一度集まってゆっくりとお話といきましょーよ?」

 

岡部から視線を戻したロズワールは怪しい笑みを浮かべながらそう提案し、部屋から出て行った。付いて来いという意味なのであろう、それを理解していながらも岡部はすぐには歩き出す事が出来なかった。

レム、ラインハルト、フェルトと続いてスバルもゆっくりと歩き出す。岡部はその時になって歩き出した。道化師、岡部が抱いたロズワールへの最初の印象はソレであった。

 

 


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