Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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七:再起

 

 

目の前に出されたティーカップの中身を見て岡部は顔を顰めた。

だが岡部が顔を顰めた理由はティーカップの中身では無く、ティーカップが出されたという状況にあった。ティーカップの中には澄んだ赤茶色の液体が入っている。これはまぎれも無く、岡部が最初にラインハルトの別邸で目を覚ました時に出された物と同じであった。

 

「やはり……夢では無いのだな」

 

分かりきっていた現実を目の当たりにし、岡部は諦めたようにため息を吐いた。

やはり時間跳躍は行われている。自分がこの数日間ラインハルトの別邸でフェルトと共に過ごした日々は完全に掻き消された。全てが元に戻ってしまったのだ。それこそ時を戻す事の最大の特徴。今までの事が全て虚構となってしまう。

 

「一応今ある最高級のお茶なんだけど……口に合わなかったかな? すまない」

「いや、こっちの話だ。なんでもない」

 

岡部がティーカップに手を付けないのに不安に思ったラインハルトが申し訳なさそうに謝るが、その勘違いに何でも無いと岡部は手を振って表情を元に戻した。

ティーカップの取っ手を手に取り、赤茶色の液体を口に含む。最初に飲んだ時と同じ味、温かい感覚が岡部を包み込んだ。

 

岡部はなるべく動揺をラインハルトに悟られないよう、平常心のまま頭を働かせた。

これから五日後……もしくは四日目の夜、ナツキ・スバルは死ぬ。それが五日後の早朝だったのか、それとも四日目の真夜中だったのかは分からない。だが確かにその期間にナツキ・スバルは死ぬのだ。岡部は時間跳躍を体験したからこそ、その確証があった。

 

では何故死んだのか?貧民街や殺人鬼が居る王都とは違い、今のナツキ・スバルはロズワールという男の別邸で守られている。そんな環境下で、ましてや少女を守った救世主という扱いを受けている彼が何故死ぬのか?

 

此処が異世界だという事を考慮すれば、盗賊などの敵襲、魔物などの奇襲。様々な事が考えられる。だが岡部はもっと現実的で、自分の許容範囲内の答えを求めた。そしてその結果、やはりロズワール邸に向かう事が一番だと結論を出した。

 

「キョウマ、僕は君に恩返しがしたいんだ。望む物があれば何でも言ってくれ。君の願いなら何でも聞き遂げよう」

 

ラインハルトは一通り岡部にお礼を言った後、手を組んで何か頼みは無いかと尋ねて来た。このシチュエーションも岡部は既に知っていた。故に答えも用意してあった。

 

「……なら、ナツキ・スバルに会いたい。出来るだけ早くな」

 

岡部は簡潔に自分の要求を伝えた。ナツキ・スバルとの面会、それを岡部が望むのは不自然な事では無い。ましてや事件の関係者同士、顔を合わせる事はむしろ当然。故にラインハルトはその申し出を不審に思う事は無かった。だが彼の耳に引っ掛かった言葉は、出来るだけ早く、という言葉だった。

 

「早く、かい? 何か急ぐ理由でも?」

「いや、別にそういう訳じゃ無いんだが……俺の予測(ヴィジョン)が出来るだけ早くと囁いていてな……」

 

ラインハルトの質問に岡部はあたふたとしながら答える。その答えもまたいい加減な物であり、胡散臭さは抜群であった。だがラインハルトはそんな岡部を見ても笑顔を絶やさない。信じきっているのか、それとも嘘を吐いていたとしてもそれが正しい事なのだと分かっているのか、ラインハルトは岡部を疑うような事はしなかった。

 

「分かった。恩人の頼みなんだから精一杯叶えるよ……そうだな、あの竜車を借りれば……一日だけ待ってくれるかい?」

「ああ、問題無い」

 

考えるようにブツブツと呟きながらラインハルトが何かを思索すると、岡部の方に顔を向けて待ってくれるかと尋ねた。一日早いという状況に満足したように岡部は頷き、ほっと安堵の息を吐いた。

 

前回の世界線ではロズワール邸まで行くには幾分かの時間を要した。恐らくそれは移動手段等が問題なのだろうが、今回は早くと進言した為、前回よりも早く予定を進ませる事が出来た。この変化があれば未来を変えられるかも知れない、そんな考えを岡部は抱いた。

 

そして前回同様岡部はまたラインハルトの屋敷で厄介になる事になった。期間はどれくらいになるかは分からないが、とにかくナツキ・スバルに会うまで、そう口約束してから岡部は再び自分が目覚めた部屋へとやって来た。

ベッドに腰を降ろし、疲れたように深いため息を吐く。そして拳を握りしめると、やりきれなさそうに歯ぎしりをした。

 

「…………」

 

自分が意図せずの時間跳躍。それは何よりもたちの悪い現象である。

自分が普通に日々を過ごしていたら、ある日突然数日前に戻ってしまう。そんな現象。前回の時はほんの数時間の出来事だった為、対処は出来たが……こんなスパンの時間跳躍は岡部にはキツい物があった。

 

いくらマッドサイエンティストであろうと、いくら鳳凰院凶真であろうと、いくら岡部倫太郎であろうと、彼もまた人間。時間跳躍という人智を離れた所業を幾度も無く体験するのは岡部にとって一種のトラウマ。しかも今回は頼れる友も居ない。現在の岡部は正真正銘一人ぼっちなのである。

その現実を突き付けられ、岡部は拳を離すともう一度ため息を吐いた。部屋に重苦しい雰囲気が流れる。すると。

 

「おーい、入って平気かー?」

 

トントン、と扉からノック音が聞こえ、続けて少女の声が聞こえて来た。フェルトの声である。思っても見なかった出来事に岡部は一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに表情を戻して一度咳払いをすると扉を開けてフェルトを迎え入れた。

 

「よっ、おじちゃん。随分と辛気くさい面してんじゃねーか。リンガ食うか? 食堂から盗んで来たやつだけど」

「……お前は相変わらずだな」

 

部屋に入って来たフェルトは両手に入りきらないくらいのリンガを抱えており、それを一つ手に持って齧りながら喋っていた。どうやら食堂に置いてあった物をラインハルトの断り無く取って来たらしい。

そんなフェルトの相変わらずな盗みに岡部は苦笑するが、岡部の事をよく知らず、ましてや数日間行動を共にした事を知らないフェルトは不思議そうに首を傾げる。

フェルトは気にせず部屋の中へズカズカと歩いて行く、そして岡部の断り無くベッドに腰を降ろすと、再びリンガを齧り始めた。

 

「何かあったのかおじちゃん? 寝てた時よりもかなり顔色悪くなってるぜ」

「……ん、まぁ。ちょっとな」

 

フェルトの指摘に岡部は顎を触りながら言いづらそうに誤摩化した。

別段フェルトの事を信用していない訳では無い。手癖は悪いが彼女も恩を返そうとする誠意はあるし、友人としても良い人なのだという事はこの数日間で分かった。だがだからと言って、悩みを打ち明ける程信頼が固まっている訳では無い。ましてや今のリセットされたこの状況では、自身の根本の悩みを打ち明けられるはずが無い。

岡部は慎重に言葉を選びながら、出来るだけ核心には触れないように喋り始めた。

 

「悩み、という程では無いんだが……自分の手の届きづらい所で事件が起こってるんだ。それをどうにかしたいんだが、上手く行かなくて……」

 

あまりにも抽象的な説明。だが岡部の心情はまさにソレであり、フェルトに伝えるだけの言葉なら十分であった。岡部は暗い表情になりながらそう言うが、フェルトは口に含んでいたリンガを吹き出し、面白おかしそうに笑い出した。

 

「ぷはっ! なんだそりゃ、そんなの放っておけば良いじゃんか」

「……は?」

 

フェルトからの意外な解答に岡部は目を見開く。

悪びれた顔を見せずフェルトは盛大に笑い、ようやく笑いが収まると落としそうになっていたリンガを抱え直し、岡部の事を見上げながら話し始めた。

 

「要は他所様のゴタゴタなんだろ?だったら放っておきゃー良いんだよ。それが解決しようが解決しまいが、あたし等には関係無いんだから」

 

フェルトが出した答えはまさに貧民街で生きて来た者達の生き様であった。

例え身近な場所で問題が起ころうと、自分に関わり合いの無い事ならばそれに干渉しない。隣で火事が起ころうと自分の家が燃えなければ放っておく。そういう考え方。そういう考え方だったからこそ、フェルトは今まで生きて来られた。

 

その解答に岡部はハッとした表情になった。

確かに、それも一つの答えであるだろう。干渉しない、関わらない。岡部の第一の目的はナツキ・スバルとの接触だった為、その答えはまさに盲点であった。

 

時間跳躍が起こった時、それはナツキ・スバルを根源として起こる。故に彼との接触を図っていた岡部にとっては時間跳躍が起こる要因は自分の目的を妨げる物だと考え、それを排除しようと考えていた。だが、実際は違う。

岡部が干渉する必要性は無い。確かにナツキ・スバルとの接触が先送りになる場合もあるが、彼もまた時間を跳躍した者なのだ。彼も運命を変える力を持っている。現に盗品蔵では既にエルザと対峙していた。未来を変えようとしていたのだ。

 

「なるほどな……」

 

岡部は感心がいったように息を吐き、天井を見上げた。

自分が出せなかった答えをフェルトはいとも簡単に答えた。これが考え方の違いというやつなのだろう。

何も自分がわざわざ関わる必要は無い。ナツキ・スバルが死んで時間跳躍を行える以上、彼が死んで会えなくなるという状況は有り得ない。問題が起こったとしても、彼がそれを解決するまで自分はじっと待っていれば良いのだ。そう気づき、岡部はふと首を捻った。

 

「だとしたら、俺が死んだ場合はどうなる?」

 

時間跳躍はナツキ・スバルの死亡によって行われる。それは現場で見たからこそ岡部は知っているが、もしも観測出来ている自分が死んだ場合、時間跳躍はどのようになる?

例えば自分がこの数日間の間に死に、ナツキ・スバルが生き続けた場合……もう二度と彼が時間跳躍を行うような事が無かったら?自分は永遠と死んだままなのだろうか?

もしかしたらナツキ・スバルと同じ様に自分も死ねば時間跳躍が行われるのであろうか? だがそれを試すのは幾らなんでもリスクが高過ぎる。そんな様々な仮説が浮かび上がり、岡部はどんどん思考の渦の中へと潜り込んで行った。

そんな彼を突然現実に引き戻したのは、フェルトであった。

 

「おーい、何考え込んでるんだよ? 答えは出たのか?」

「んっ……あ、ああ」

 

岡部の前まで歩み寄り、手を振りながらフェルトが尋ねる。それに気がついて岡部はようやく正気に戻り、自分は本来の論点から逸れた考えをしていた事に気がついた。

すぐに考えを戻し、彼は答えを探る。

 

「確かに、お前のその考え方も正しいよ。というかもしかしたら正解なのかも知れない」

「なら放っておくのか? その届きづらい事件ってのを」

「……いや」

 

一度はフェルトの答えを肯定しつつも、岡部はぼんやりと自分の手を見つめながらフェルトの言葉を否定した。

確かにフェルトの考えた方も正しい。だが正しく無い場合もある。もしかしたらナツキ・スバルの時間跳躍に回数制限があるかも知れない、もしかしたらロズワール邸で起こっている出来事が尋常では無いかも知れない、もしかしたらその場に居なければ知れない事があるかも知れない。そのもしかしたらの数だけ、未来は不確定要素が満載なのだ。故に、岡部の答えは決まった。

 

「俺は行くさ。何が起こっていて、何が起ころうとしているのか、それを知りたい。俺の目的を果たす為にも、知らなければならないんだ。……やっぱり、俺は首を突っ込むしか無いんだよ」

 

何の為に自身には“リーディング・シュタイナー”という能力が与えれたのかは分からない。神のご意志なのかも知れないし、突然変異の類いなのかも知れない。だが今回、この能力のおかげで岡部は時間跳躍が行われる瞬間を“観測”する事が出来る。世界が書き換えられる瞬間を“視る”事ができ、“認識”する事が出来るのだ。

 

そんな能力を持っていながら岡部はただ黙って見ている事など出来ない。知っているからこそ、知らなくてはならないのだ。時間跳躍が行われる前に何が起こって、時間跳躍が起こった結果何が起こるのかを。そしてそれを知る為には、時間跳躍の根源であるナツキ・スバルの近くに居なければならない。

 

「何故なら俺は鳳凰院凶真! この世界を混乱の渦に沈めて良いのはこの俺だけ! 俺の知らぬ場所で破滅を起こそうなどとこの俺が許さんからな。ふぅはははははははは!!!」

 

白衣をひるがえし、手で顔を覆いながら岡部は堂々とそう叫ぶ。

先程まではそれらしい事を言っておきながら、突然の厨二病へと変貌。厨二病という物を知らないフェルトでもそれが明らかに痛々しい物だという事は分かり、先程まで覚悟を決めていた岡部を男らしいと思ってしまった事を恥じた。

 

「……それさえなきゃ格好良いのにな」

「何を言っている! これこそが俺が俺である所以! さぁ、世界を破滅に導くぞぉ!!」

 

勝手に盛り上がっている岡部を他所にフェルトは小さくため息を吐いた。

いずれにせよ、岡部の表情から迷いは消えた。今朝からずっと見せていた陰、それは今では全く見えない。それを知って少し安堵した様にフェルトは表情を和らげると、未だにうるさい岡部の尻に脚蹴りを喰らわせた。

 

 





最後までの大まかなプロットは出来ましたので、少しずつ独自要素を入れながらのこの作品の完結へと向かって行きたいと思います。

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