Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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五:静かな二日目

 

 

目の前に出されたティーカップの中身を見て岡部は顔を顰めた。

別段怪しげな色はしていない。澄んだ赤茶色の飲み物。知識が正しければ紅茶で間違い無い飲み物である。そのティーカップの取っ手を取り、少量口に含む。暖かい味と、芳醇な匂いが体に走った。が、岡部は更に顔を顰めた。

 

「うぅむ、まぁ分かっていたが……炭酸飲料やドクペは無いんだろうな」

「そのドクペ?という物が何だか分からないけど。口に合わなかったようだね。申し訳ない。一応今ある最高級のお茶なんだけど……」

「いや、俺の好みの話だ。すまない」

 

向かい側の席に座るラインハルトは岡部の反応を見て申し訳なさそうに頭を下げた。その気遣いが逆に申し訳なくなり、自身の住んでいた所での習慣だった為だからと岡部は気にしないでくれと答えた。

ティーカップを机に戻し、岡部は一度ため息を吐く。おもむろに自身の腹に手を当て、何事も無いかを確認するようにして一度頷き、また手を戻した。

 

「此度は僕の不手際のせいで怪我をさせてしまって申し訳なかった。心から謝罪する」

 

岡部の顔を見てラインハルトは改めて頭を下げた。

今回の件、すなわち盗品蔵での事件。エルザと言う殺人鬼の悪行を防ぐ際、岡部は負傷してしまった。その事をラインハルトは気にしており、こうして何度も謝っているのだ。だが岡部からしてみれば自分の言葉を信じてくれた事、ならびにその後保護してくれた事でそんな謝罪は必要の無い事だった。その事を何度も伝えているのだが、責任感の強いラインハルトはそれではあまり納得出来ないらしく、今もこうして岡部を屋敷で歓迎しているのだ。

 

「それにしても、本当に運が良かったね。この鉄の塊のおかげで致命傷を避ける事が出来た……まぁ、ぱっくりと割れちゃったけど」

 

おもむろにラインハルトはテーブルにある物を置いた。それは岡部が所持していた玩具であるメタルうーぱであった。だがその鉄の塊はかつての姿を失くし、今はめっこりとへこんだ跡と真っ二つに切れている状態であった。

その無惨な姿になったメタルうーぱを手に取り、岡部は何処か寂しげな顔をする。あの後、結局うーぱには亀裂が入り、ぱっくりと割れてしまった。当然である。刃物を防げる程この玩具は頑丈に作られていない。だがそれでも、うーぱが岡部とククリ刀の間に入った事で岡部は致命傷を避ける事が出来た。感慨深い顔をし、岡部は静かにうーぱを元にあった場所に戻した。

 

「それで……俺はあの後腹を切られて気絶してしまい、此処に運ばれて治療された訳か……だが疑問だな。何故あの少女も居るんだ?」

 

岡部は片目を瞑り、もう片方の目でラインハルトの事を見ながら疑問を口にした。

自分が此処に運ばれた理由と原因は分かった。だが何故あのフェルトと言う名の少女が居るのかは理解出来なかった。確かに事件の関係者ではあるが、それならばあの老人と黒髪の少年、ナツキ・スバルも関係者のはずだ。何故フェルトだけが?それが岡部の疑問であった。

すると、ラインハルトは何処か面白げに表情を緩め、口を開いた。

 

「それは君が知っているんじゃないかい?そもそも君が言った事じゃないか、五人目の候補者が見つかると」

 

ラインハルトがそう言って、岡部はハッとした表情になる。

そう言えばそうであった。岡部はラインハルトを盗品蔵に連れて行く際、五人目の候補者が見つかると言って無理矢理連れて来てしまったのだ。今更嘘であったと言える訳が無い。先程まではクールな表情だった岡部の顔も、今では冷や汗で顔色が悪くなっていた。

そんな岡部を見てラインハルトは増々面白げに頬を緩めた。まるで岡部の一つ一つの動作を見て楽しんでいるようであった。

 

「…………」

「まぁ、君が悪意のある嘘を吐いたとは思わないよ。それに本当に見つかったんだから、君を責めるつもりなんて毛頭無い。むしろ僕は君に感謝したいんだ」

「……何?」

 

てっきり嘘を見抜かれ、責められると思っていた岡部だったが、意外な事にラインハルトの表情は和らげで、怒りどころかむしろ喜びで包まれていた。その予想外の反応に岡部は戸惑い、困ったように首を傾げた。

 

「君のおかげで僕はようやく仕えるべき相手を見つける事が出来た。有り難う、キョウマ」

 

今日で三回目のラインハルトの頭を下げる動作。しかしその動作には今までの中で一番重く、そして気持ちが籠っていた。どう答えれば良いのか迷っていた岡部も、その姿を見てラインハルトの真剣振りが伝わり、下手な言葉を出せずになっていた。

 

「あ、ああ……まぁ、そうだな。何せ俺は狂気のマッドサイエンティスト。運命は全て俺の掌の中にある」

「ああ、そうだね……もしかしたら君は本当に予言者なのかも知れない」

 

重い雰囲気に耐えられず厨二病トークで逃げようとする岡部だが、頭を上げたラインハルトは聡い表情をしながらそう呟いた。その言葉が増々重く伸し掛り、岡部に耐える事の出来ない重圧を与えて行く。

 

ラインハルトは今回の件で岡部の事を完全に信じきっていた。

最初は訳の分からぬ事を言い、更には関係者しか知る事の無いはずの“王選”を知り、ましてや五人目の候補者が見つかると宣言、普通なら頭がおかしいとしか思えない発言をしていた岡部であった。だが、ラインハルトは彼を信じる事にした。誰かを助けたいという気持ちは本当だった為、ラインハルトは多少の嘘が混じっていようと彼の正義に手助けをしようと決意したのだ。

そしてその結果、ラインハルトは返す事の出来ない程の恩恵を得る事となった。長年探していた相手である、自身の仕えるべき相手を見つける事が出来たのだ。その夢を果たす事が出来た故に、ラインハルトは岡部を尊敬し、彼に感謝したのだ。

 

「キョウマはある意味、僕の救世主さ」

「うぅむ、俺はどっちかと言うと場を掻き乱すジョーカー的な存在なんだがな」

 

ラインハルトの本心の言葉に岡部はむず痒そうに言葉を返す。

誰かからか感謝される事に慣れていない岡部にとって、ラインハルトのような完璧超人の人種の人間から感謝される事はかなり違和感のある事なのだ。

 

「それにしても、あの女の子が五人目の候補者ねぇ……」

 

岡部は椅子の背もたれに寄りかかりながら部屋で会ったフェルトの事を思い出した。

綺麗な容姿と可愛らしい顔の少女であったが、お世辞にも服装や仕草は綺麗とは言えない少女。貧民街に住んでいたらしく、生活も盗みをして切り盛りしていたと言う。そんな少女が、五人目の候補者。

 

実際岡部は王選と言う物がどういう物なのかはさっぱり分かっていない。だが言葉からして何か重大な物だという事は分かる。王と選の二つの言葉があれば、幾つか予想を立てる事も可能だ。故に岡部はフェルトのような少女が五人目の候補者という事が意外でならなかった。

奇妙な気持ちになりながらも、結局は自分には関係の無い事だとため息を吐いて思考を停止する。

 

「キョウマ、僕は君に恩返しがしたいんだ。望む物があれば何でも言ってくれ。君の願いなら何でも聞き遂げよう」

 

まるで何処かの龍の願いを聞き遂げるシーンだ、と思いながら岡部はラインハルトの申し出を聞いた。

ラインハルトが岡部を好意的に思っている。それは悪い気分では無かった。更には向こうから恩返しがしたいと申し出て来る。ならば岡部は利用しない手だては無かった。

 

「だったら話は早いさ。俺の願いは一つだ」

 

岡部は人差し指を掲げ、自身の願いは一つだけと宣言した。

そのただならぬ雰囲気にラインハルトも真剣になる。だが、岡部はどこか気の抜けた表情で口を開いた。

 

「あの黒髪の少年……確か名前はナツキ・スバルだったか?彼と会いたい。今はロズワールとかいう男の屋敷に居るんだろう?会えるように手配してもらいたい」

 

ドンと音を立てて机を叩き、岡部はそう告白した。

彼の願いはたった一つ。恐らくは自分と同郷であろう黒髪の少年との接触である。元より岡部は少年との接触の為にあの恐ろしい事件に片足を突っ込んだのである。その結果脅威を退ける事は出来たが、肝心の目的とはかけ離れる羽目になってしまった。だからこそ、権力のあるラインハルトにこの頼みをする事にしたのだ。

 

「そんな事で良いのかい?スバルと会う……それだけ?」

「ああ、それだけだ。問題無いだろう?」

 

岡部の願いを聞いた瞬間、ラインハルトは予想外過ぎた答えだったせいで呆けた顔をしながら思わず聞き返した。だが戻って来る答えは同じ物。気を這っていたラインハルトは疑問そうな顔をして岡部の事を見ていたが、やがて勝手に納得したように顔を頷かせた。

 

「分かった。ロズワール卿の所に居るスバルとの面会だね。あの屋敷に行くには此処から半日掛かる……ああ、でも今は竜車が……二日待ってくれるかい?」

「ああ、それくらいどうとでも無い」

 

ただ待つだけなのに岡部はまるで貫禄のあるように答える。

こうして約束を契る事が出来た双方はお互いに納得の行く答えを出す事が出来、満足な交渉を終える事が出来た。

 

その後、岡部は二日後まではラインハルトの屋敷で厄介になる事になった。元々行く宛の無い岡部にとってはそれは願っても無いチャンスであり、ラインハルトの屋敷に居候する事は大歓迎であった。

ラインハルトも恩人である岡部が屋敷に居てくれる事は嬉しいのか、それとも客人が居るのが純粋に嬉しいのか、どちらにせよ笑顔である事には間違い無かった。

 

岡部は最初に自分が居た部屋、すなわち自分が寝ていた部屋に戻る。一応そこは岡部に与えられた部屋であり、彼が好きなように使って良いと言われていた。岡部は設置されていたソファに倒れ込む様に座ると、疲れたように額に手を置いて深いため息を吐いた。

異世界へ連れて来られた事、突然事件に巻き込まれた事、そして何より時間跳躍。岡部を疲れさせるには十分な要因であった。出来る事であれば夢であって欲しい、そんな淡い期待を抱きながら彼はそっと笑みを零した。

 

「あの少年に会えば……何か分かるはずさ」

 

あの少年、すなわちナツキ・スバル。岡部にとって彼は希望であった。

異世界という訳の分からない状況を覆す為の切り札。故に岡部は何としてもスバルと会わなければならなかった。

 

「俺は何としても戻ってみせる。元の世界へ」

 

掌を握りしめて拳を作り、岡部はそれを掲げて誓いを告げる。

岡部の最終的な目的は元の世界への帰還。それだけである。彼は決して異世界での生活や地位、名誉を望んでいる訳では無い。元の世界で待っているである友人達、彼らの元へ帰る事が岡部にとっての一番の願いなのだ。その為にも、この現象の謎を解く為に共通の悩みを持っているであろうスバルに会わなければならない。

岡部は改めて自身の目的を掲げ、握りしめていた拳をぱっと離した。

 

 

翌日、岡部がベッドで目を覚ますと何かの違和感に気づいた。

部屋に大きな違いは見られない。だが何処からともなく気配のような物を感じる。まるで壁の向こうに誰かが居るような……そんな感覚があった。

おもむろに岡部は壁に耳を当てる。カリカリと妙な音が聞こえ、確かにそれは規則的に動いている。岡部は横に窓を開け、そこから顔を覗かせた。するとそこには。

 

「……何をしているんだ?」

 

外では、壁のでっぱりに捕まりながら移動しているフェルトの姿があった。岡部が窓から現れた事に彼女は驚いたように肩をビクッと振るわせたが、それでも手は出っ張りから離さないようしっかりと固定していた。

フェルトが今居る場所、すなわち屋敷の壁。此処は三階であり、地面とはかなりの距離がある。それなのにフェルトがこんな盗人のような事をしているのにはいくら岡部でも疑問があった。そんな岡部の事を睨みながら、フェルトは尖った歯を見せながら口を開く。

 

「何って見りゃ分かるだろーが。脱走だよ脱走」

「脱走……?」

 

はて、と岡部は首を傾げる。フェルトの言う脱走という言葉が理解出来ないのでは無く、何故脱走をするのかという疑問があった。

少なくともフェルトは“五人目の候補者”という待遇で岡部と同じ様に客人として扱われている。否、それ以上だと岡部は認識していた。そんな待遇は貧民街で育った彼女にとっては喉から手が出る程欲しい温もりのはずだ。なのに何故彼女は脱走しようとしているのか?

 

「ラインハルトにおじちゃんには教えるなって言われたから詳しくは言わねーけど、アタシはあいつの言いなりになるつもりは無いんだよ。だから脱走」

 

ブツブツと文句を言いながらフェルトは具体的では無い説明をする。

口ぶりからしてフェルトが逃げるようになった要因の事をラインハルトは岡部に知られたくないようだ。それはきっと関係者以外が知ってはいけないからだろう、と岡部は勝手に仮説を立てて納得する。元より自分は関わるつもりが無い為、フェルトにも詳しく聞き返す様な事はしなかった。

それを踏まえて岡部は窓際にもたれ掛かりながらフェルトの事を見る。彼女は脱走を完遂する為、地面までのルートをチェックしていた。

 

「なるほどな……分かった。ならちょっと待ってろ。今ロープか何か持って来る」

「……は?」

 

岡部は顔を頷かせるとフェルトにそう言い、部屋を見回して何か縄になるような物は無いかと探索した。そんな彼にフェルトが意味不明という顔をして口をぽかんと開ける。酷く不可解そうな表情であった。

 

「……え、何?止めねーの?」

 

てっきり脱走を阻止されるかと思っていたフェルトだったが、意外にも協力的な岡部に反応に困った素振りを見せていた。思わず出っ張りを離してしまいそうになり、慌てて掴み直して姿勢を立て直す。

岡部はベッドのシーツやカーテンなどを弄って縄を作ろうとしていた。彼は器用に手を動かしながら口をフェルトの疑問に答える。

 

「お前が何か悪い事をして捕まってるなら話は別だが……どうやらそういう訳じゃ無いらしいしな。お前の意志は尊重されるべきだ。そら、コレでどうだ?」

 

しっかりと縛り、その場にあった布などで作り上げた縄をベッドの取っ手に縛り付ける。そしてそれを窓から伝わせ、フェルトに使うように指示する。しかしフェルトはまだ納得のいかなそうな顔をしており、怪しげに岡部の事を見つめていた。

 

「ああでも、これからは誰からか物を盗んだりするなよ?」

「それは約束できねーな」

 

岡部の忠告にフェルトはべぇっと舌を出しながら答えた。そして岡部の縄を受け取り、スルスルと華麗な動きで降りて行く。猫のように静かに地面に着地し、何事も無かったかのように彼女を服をはたくと、おもむろに岡部の事を見上げた。

 

「なぁ、おじちゃんも来いよ。そう言えばまだお礼してなかったし」

 

フェルトはそう言って手を招き、岡部に降りて来るように指示した。

どうやら彼女は岡部に借りを返したいらしく、それをこの場で済ましてしまいたいらしい。確かにこのままフェルトが去れば岡部がもう一度彼女と会う事は無いかも知れない。だがだからと言って岡部がそれに付き合う必要は無い。彼にとって一番の目的はナツキ・スバルとの接触であり、その他の事はどうでも良い事であった。

 

岡部は少し悩む様に顎に手を当てた。メイザール領へ送り出した使者が帰ってくるのは明日。今日くらいは異世界を満喫しても良いかも知れない。そんな安易から、彼は冒険へ出る事にした。

シーツの縄を掴み、慣れない動きでズルズルと降りて行く。最後にドサリと尻餅を付きながら着地した岡部を見て、フェルトはケラケラと小馬鹿にするように笑った。

 

 


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