Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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四:盗品蔵での決着

 

 

この世界には“収束”はあるのだろうか?

それが岡部が考えた一つの疑問だった。もしも収束が存在するとすれば、所謂運命と言う物が決まっている事になる。つまり特定の人物が死ぬとすれば、それは変える事の出来ない確定された未来という事だ。

 

岡部はかつて、それを世界戦を飛び越える事によって不可逆を可逆にした。この異世界にもその収束があるかどうかは分からないが、もしも存在するとすれば未来を変える事はかなり困難という事になる。

岡部は一度息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出した。冷静さを取り戻した脳をフル回転させ、何が最善なのかを考える。

 

「今はスイッチオフだ……異世界だからって調子に乗るな、落ち着け。一回鳳凰院凶真はお休みだ……今の俺は、ただの岡部倫太郎だ」

 

自身の中にあるスイッチをオフにする事によって岡部は鳳凰院凶真という仮面を取り外す。そうする事で、岡部はただの岡部となる事が出来た。

人命が掛かっている上に、あの少年がいつ死ぬか分からないという状況。そんな時まで厨二病的な発言を言ってられる程、岡部の神経は図太く無い。故に彼は平常心へと戻って行った。

 

「脅威はエルザ以外にも居ると仮定し、どうすればあの少年を守れる?俺に何か特別な力でも発現すれば話は別だが……そんな様子は微塵も無いし」

 

自分の手の平を閉じたり開いたりしながら岡部はそう呟く。

異世界に来たからと言って特別な力が目覚めるようなファンタジーな展開は当然無い。彼に残されている選択肢は己のささやかな武力を信じ、あのイカれた女に立ち向かうか、もしくは他人に頼るかだ。

ならばとて、やはり自分の情けないこの腕に賭けるより誰か他の人を頼る方が可能性は高いだろう。だが誰でも良いから頼れば良いという訳でも無い。相手はククリ刀を巧みに扱う恐ろしい女性。こちらもそれ相応の人物を用意しなければならない。では、誰に頼れば良いのか?まだ異世界に来て間もない岡部には心当たりが一人しか無かった。

 

「やはりあいつに頼るしか無いか……」

 

岡部はそう決意を固めると、拳を握りしめて足を前に出した。

立っていた場所を離れ、広場を移動しながら周りにキョロキョロを目を配る。その瞳は血走っており、周りの人々は必死な形相をした岡部に怖がった顔をした。

 

岡部が探している相手。それは岡部もまだ相手の事を知らない人物であった。ほんの数時間の間行動を共にしただけの関係。お互いに相手の素性など知らず、ろくな会話もしていない。だが岡部は彼を頼るしか無かった。この異世界にやって来て唯一まともにコミュニケーションを取る事が相手……そう、彼である。

 

「ーーラインハルト!」

 

見知った赤髪の青年の姿が見えた瞬間、岡部はあだ名では無く名前で呼んだ。自分の名前を呼ばれた青年ラインハルトは驚いたように目を見開き、岡部の方へと振り返った。

いつもの岡部であったならワルプルギスの騎士とあだ名で呼んでいたが、緊急事態であり、自分から声を掛けている以上相手に気づいてもらう為に本名で呼ぶ必要があった。そして案の定、彼は振り向いてくれた。

人混みを掻き分けて岡部はラインハルトの側へと駆け寄る。知らない顔、更に言えば奇妙な格好をした男性が現れた事にラインハルトは不思議そうな顔をした。

 

「あ、えっと……貴方誰ですか?」

「はぁ……はぁ……俺の名前なんてどうでも良い。とにかく今は緊急事態なんだ!」

 

体力に自信の無い岡部は少し走っただけですぐに息を切らし、膝に手を付きながら突かれた様に息を荒げた。それでもラインハルトの質問には答えるが、それ以上に緊急の事態がある為、すぐに要件を突き付けようとした。

 

「ラインハルト、お前の力が要る。頼む、助けてくれ」

「そんな事言われても……説明もナシじゃ助けようが無いですよ。せめて何があったのか教えてください」

 

岡部は頭を下げて必死にラインハルトに頼み込むが、今度はそう簡単にはいかない。流石に出会い頭に助けてくれとお願いされたらお人好しのラインハルトでもすぐには首を縦には振れないらしい。

状況を説明しようにも時間跳躍の話を信じてくれる訳が無い。ならば何と言えば良い?これから恐ろしい事件が起こるからその手助けをして欲しい?そんな事を言えば岡部の信用性がただガタ落ちするだけだった。ならば、と。信じてもらえないのならいっそ、と岡部の中の鳳凰院が囁いた。

 

「“王選”が関係している……候補者の五人目が見つかろうとしているんだ」

 

気がつけば岡部はポツリとそう呟いていた。その言葉を聞いた瞬間、先程までのラインハルトの穏やかな表情が険しい表情になる。

嘘。これも嘘。王選の話など岡部は全く知らないし、この話も最初の世界で岡部が適当に言った言葉をラインハルトが汲んでくれた物だけだった。だが、その嘘から事実を見つける事が出来た。辛い選択ではあるが、岡部はそれをダシにする事でラインハルトに信じてもらう事にした。例えそれが後で嘘だと分かったとしても、人の命には変えられない。岡部にはその覚悟があった。

 

「五人目!? それは本当に……いや、それよりも何で君がそれを知って……」

「ラインハルト! 頼む。時間が無い。信じてくれ。俺は助けないといけない人が居る」

「…………」

 

やはりラインハルトは喰い付いて来た。間髪入れず岡部は頭を下げる。

時間が無い。それは事実である。あの少年がいつ死ぬか分からない以上、今この場で時間跳躍が行われてもおかしくは無い。故に岡部は一刻を争わなければならなかった。

ラインハルトは困ったように目を細めた。目の前に居る男が嘘を言っているのか本当を言っているのかは分からない。そもそも何故王選の詳細について知っているのかが疑問だった。普通ならこんな男の言う事など耳も傾けないだろう。だが、何故かラインハルトは岡部の言っている言葉に目を背ける事が出来なかった。

 

「分かった……君の頼みを聞こう。それに、誰かを助けたいって気持ちは本当みたいだしね」

 

覚悟を決め、ラインハルトは岡部を信じる事にしてそう告げた。思う所はあるが、彼は岡部が誰かを助けたいと思うのは本心なのだと察したのだ。思わず岡部は顔を上げ、ラインハルトの事を見る。彼は優しい笑みを浮かべながら頷いて来た。それを見て、岡部の心は感謝の気持ちでいっぱいになった。

 

「有り難う……助かる。よし、なら時間が無い。急ごう」

 

ラインハルトの助力を手に入れ、岡部は一つのピースが埋まった事を実感する。そしてその強力な助っ人の力を最大限活かす為、岡部は再びあの場所へ向かう事にした。地獄が待ち受けているであろう、盗品蔵へ。

時間通りならばまだあの地獄は起こっていないはずである。だがもしもあの少年が別の行動を取っていれば、時間が早まってしまうかも知れない。急がねば。岡部は足を急かした。

 

「何処へ行くんだい?」

「盗品蔵だ。あそこで俺の……あー、知人が事件に巻き込まれようとしている」

 

走りながらラインハルトが質問し、岡部はそれに曖昧な答え方をした。

いくら時間跳躍の話が出来ないからと言ってなんの説明もナシに行ってしまえばラインハルトを困らせる事になる。その為、岡部は自分の知人が事件に巻き込まれそうなのだと嘘を吐いた。とは言ってもまるっきり嘘という訳でも無く、半分は事真実である。

 

記憶を頼りにしながら岡部は再び貧民街へと足を踏み入れる。今度はエルザとの遭遇は無い。例え遭遇したとしても今回はラインハルトが居る為、心配は少ない。問題はラインハルトの実力がどのような物で、エルザを倒す事が出来るかどうかであるが。そんな不安を抱きながら岡部は更に走り続ける。

 

「それにしても、今日は変わった事が多い日だ」

「ん?どうかしたか?」

「いや、別に……たださっきも、君みたいに切羽詰まった人が居てね」

 

ふとラインハルトがそんな事を呟いた。どうやら彼は岡部と会う前に一騒動何かがあったらしい。

確かに岡部はラインハルトを探す際、最初の世界の時よりも大分手間取っていた。すぐに出会えたはずのラインハルトの姿無く、大分色々な道を経由してようやく見つけたのだ。

 

この街には色々とありそうだ、などと呑気な事を考えながら岡部はふと足を止める。道の先の方から足音が聞こえて来たのだ。つまり、こちらに近づいて来る者が居る。

自然と岡部は後ずさりをしてしまう。もしかしたらエルザかも知れない。あの影から再びククリ刀が姿を覗かせるかも知れない。そんな恐怖がよぎった。だが、隣に居たラインハルトが安心させるように前に出て、向かって来る存在を警戒した。そして。

 

「はぁ……はぁ……」

 

道の隙間から姿を現したのは、金髪の小柄な少女だった。

歳はまだ十五くらいだろうか、岡部が元居た世界だったら制服を着て友達と楽しそうにお喋りをする姿が連想される。それくらいのいたいけな少女が、ボロボロな服を着て、額から汗を流しながら壁にもたれ掛かった。

 

「あ、あんた達……頼む、助けてくれ」

「……この子は」

「事件に巻き込まれた子だ……くそ、もう始まってしまったのか!?」

 

金髪の小女が前の世界で倒れたいた少女だという事を思い出し、岡部は盗品蔵でもう戦いが起こってしまったのだという事に気づかされた。

少女は倒れ込む様にして近づいたラインハルトに頼み込んだ。ラインハルトはそんな少女の手を取り、何かを思うように表情を険しくする。

 

「この子を頼む。僕は先に行くよ」

「なっ……おい待て!」

 

正義感に駆られたのか、ただ事では無いと悟ったラインハルトは岡部に少女の事を任せ、その先へと走って行った。その尋常じゃないスピードに岡部は声を掛ける事すら出来ず、ラインハルトの姿はあっという間に見えなくなってしまった。

残された岡部は少女に駆け寄る。近くで見ればやはり間違いない。あの倒れていた少女であった。

 

「おい大丈夫か?怪我は?」

「アタシは大丈夫……それよりもロム爺が……お願い、助けて」

 

試しに声を掛けると少女は今にも泣きそうな声色でそう言って来た。助けを求めるのに必死なその姿は先程の岡部とよく似ている。

妙な親近感を覚えながら、岡部はすぐに行動に出なければと身を乗り出した。

駆け出し、盗品蔵へと向かう。ふと後ろを見ると、フラフラになりながらも少女が付いて来た。それを横目で見ながら岡部は目的地へと辿り着く。そしてそこには、またもや信じられない光景が広がっていた。

 

盗品蔵が破壊されていた。そう言う他無かった。入り口のカウンターは大砲でも通ったかのように破壊され、建物も心無しかグラグラと揺れているように見える。指先で突けば崩れてしまうのでは無いか、と思う程であった。

 

「これは、何が……」

「うわ、何コレ……」

 

岡部がポツリと呟き、いつの間にか隣に追いついていた少女も驚きの声を上げた。恐る恐る盗品蔵へと近づく、中ではもう決着が付いた後なのか、緊迫の雰囲気は無い。

そっと顔を覗かせると、中ではラインハルトが居た。その横にはあの少年と、銀髪の少女。あとおまで老人の姿があった。あのエルザの姿は無い。

 

一見すると、ラインハルトが駆けつけて脅威を振り払った場面に見える。剣を持っている彼の姿を見ればそう想像してしまう。そしてそれは恐らく間違っていないのだろう。この破壊跡がそれを物語っている。だが岡部の疑問はエルザの姿であった。

戦った跡があるというのならば、エルザはどうなった?ラインハルトが跡形も無く微塵切りにしたのか?それとも建物の残骸の中で潰れているのか?

 

長年の勘……と言える程長い間生きている訳でも無く、とびきり勘が良い訳でもない。だが岡部は薄々と嫌な思いをよぎっていた。心がざわつくような、何か決定的なミスを見逃しているような感覚。そしてそれは実現となった。

突如、岡部の横にあった廃材の山が動いた。ボロボロと崩れ、そこから影が姿を現す。

 

「ーーッ! ラインハルトォ!!」

 

刹那、岡部は横居た少女を自分の後ろへ下がらせた。そして声を上げてラインハルトの名を叫ぶ。しかし遅い、廃材の山をどかし、遂に悪魔が姿を現した。エルザ。

血まみれで、ボロボロの姿になりながらも何故か生きているソレ。それを最早人間というのはあまりにも滑稽過ぎた。

 

エルザの瞳が光る。目の前に異物が、邪魔者が存在している事を知ると、その手でかろうじて握っている獲物、ククリ刀を振り上げた。岡部は無意識に側にあった廃材の木の破片を前に突き出す。ズバン、と鋭い音が鳴り、いとも簡単にその木は切り裂かれた。

 

「ぐがッ……!」

「邪魔よ貴方。お腹、切り開いて上げる!」

 

盾を失い、岡部は棒立ち状態になる。エルザは再びククリ刀を構え、横一線に振り抜こうとする。岡部は避ける事が出来ない。後ろには少女が居る。避ければ少女が切られる。避けなければ自分が切られる。

部屋の奥に居るラインハルトは岡部の方へ向かって走って来ているが、邪魔な廃材と距離のせいできっと間に合わない。岡部は必死に頭を回転させた。どうすれば、どうすれば良い?

 

「ぉ、ぉぉ、おおおおおおおッ!!!」

 

悩んだ末、岡部は咆哮を上げた。どうせ最悪の事態になるのであれば、一矢報いてやろう。例え此処で自分が倒れようとも、後ろに居る少女が無事ならばそれで良いではないか。その自己犠牲を全うする為、岡部は拳を振るった。

拳と刃が交差する。岡部の拳はエルザの頬に直撃し、エルザのククリ刀は岡部の腹を捉える。ガキィン、と奇妙な音が鳴った。その音を最後の別れとして、岡部は拳を振り抜いてエルザを思い切り吹き飛ばした。

 

「ーーッ!? なっ……!」

 

エルザは地面に倒れながら殴られた頬を抑え、信じられないという顔をした。

何故岡部は死なない?何故ククリ刀でお腹を裂いたはずなのに何ともない?刃が触れたはずなのに、何故彼の体は切れていない?エルザの頭の中ではその疑問が流れ続けていた。

そんな彼女を見ながら、岡部は自分のお腹を必死に抑えながらポケットからある物を取り出した。胸ポケットとは別に入れていた物、その小さな鉄の塊を目にして、そっと笑みを零す。

 

「ああ、そう言えば……あの後まゆりと“コレ”が出るまで何度もガチャをしたっけな……」

 

パンダのような奇妙な顔をした変な生物、のキーホルダー。その小さな鉄の塊によって岡部は致命傷を回避する事が出来た。

メタルうーぱ。それは岡部が居た世界の玩具で、友人のまゆりの大好きなホビーの一つであった。それを何枚もの百円玉を注ぎ込んだ事で手に入れ、岡部はポケットに入れておいたのだ。そのメタルうーぱがククリ刀の刃の脅威から身を守ってくれた。

 

「エルザ! そこまでだ!!」

「ーーっち! 余計な邪魔を……!」

 

ようやくラインハルトが間に合い、剣を振るってエルザを牽制する。再び二人の戦いが始まり、岡部はフラフラと壁にもたれ掛かった。

 

「お、おい。大丈夫かよおじちゃん」

「俺は……おじちゃんと呼ばれる……齢じゃない」

 

そんな岡部に少女が心配そうに声を掛けて来た。

ふと岡部は持っていたメタルうーぱに目をやる。うーぱの丸い体にはヒビが入っており、めっこりとへこんでいる跡があった。当然だ。あんな鋭い一撃をこんな小さな玩具で完全に防げる訳が無い。

岡部はジワジワと広がる腹部からの痛みに表情を青くし、そのまま床に膝を付き、目を瞑った。意識が、遠くなる。

 

 

岡部は夢を見ていた。

真っ白な空間で、何も無いただただ無だけが広がる世界。そこに岡部は立っていた。ふと気がつくと、岡部は自分の後ろに誰かが居る事に気がついた。振り返ってみると、そこには真っ黒な影で覆われた人間の姿があった。

 

「…………?」

 

それは実に奇妙な姿であった。確かに人の形はしているのだが、その表面に影がびっしりと覆われているのだ。体つきからして女性だという事が分かる。だがそれ以上の情報は分からず、その影の女性はぴくりとも動かない上に何のアクションも仕掛けて来なかった。

岡部は首を傾げながらその女性の対応に悩む。すると、突然影の女性が動き、岡部の方へそっと近づいて来た。

 

「…………」

 

影の女性は何も言って来ない。ただ岡部に近づいた後、目も鼻も口も無いその影で覆われた顔でじっと岡部の様子を伺っていた。その奇妙な行動の一連振りに岡部は増々首を傾げる。そしてようやく、影の女性は何かを決めたように顔を頷かせ、影で覆われた口を動かした。

 

「あの人を、助けてあげてください」

 

影の女性はそれだけ言って、頭を下げた。その何一つ理解出来ないお願いに岡部は怪訝そうな顔をする。

そもそも影の女性が何者で、あの人とは誰の事で、何故自分が助けなければならないのか?そんな疑問だけが立て続けに湧いて来た。だが岡部は質問する事が出来ない。何故か口が動かず、ただ影の女性の事を見つめる事しか出来なかったのだ。

やがて岡部の意識が遠くなり始める。影の女性が姿を消し、岡部自身の姿も消えて行く。意識が、目覚める。

 

 

「ーーーーッ」

 

岡部が目を覚ますと、自分の前には見慣れぬ天井があった。

意識が覚醒し、ようやく自分が夢を見ていた事に気がつく。奇妙な夢であった。あの影の女性が誰で、何故自分にそんな事をお願いしてきたのかが分からなかった。だが所詮は夢、そう割り切って岡部は体を起こそうとする。すると。

 

「よう、おじちゃん。目が覚めたか?」

 

ひょい、と横から顔を覗かせ着た者が居た。それはあの金髪の少女であった。

尖った歯を見せながら岡部の事を見つめ、容態は大丈夫かと少しだけ心配そうな瞳で見つめて来た。

 

「ぅ……ああ。そっちこそ……無事、だったみたいだな」

「おかげ様でな。借りが出来ちまったよ」

 

岡部は額に手をやり、ふぅと小さくため息を吐いてからそう言った。それを聞いて少女も安心したように頬を緩め、あの時の出来事に感謝を述べた。とは言っても岡部自身は自分が大した事はやったと思っていない。

エルザに意気揚々と挑んだものの、結局は相打ちどころかものの見事にダメージを喰らっていた。確かにアレは少女を庇ってやったものだったが、側にラインハルトが居たからこそ出来た行為であった。自分は単なる時間稼ぎ、脆い肉の盾に過ぎない。故に岡部は自身を誇るような事はしなかった。

 

「それで……此処は一体何処なんだ?」

 

岡部は体を起こし、ゆっくりと部屋の様子を見渡しながら疑問を口にした。

岡部が眠っていたベッドは高級そうなシーツに、綺麗な刺繍が入った枕。寝心地も最高に良い。部屋の隅に置いてある棚や机、置かれている花瓶や時計を見ても分かる。此処はどう見ても金持ちが住んでいる家の部屋だ。

それに気づいて岡部は何となく嫌な予感を走らせる。その視線に気づいた少女は、同情のような、それとも道連れのつもりなのか、渇いた笑みを浮かべて口を開いた。

 

「此処はあのクソラインハルトの家、つーか別邸……所謂“剣聖”様の屋敷だよ。あ、ちなみにあの黒髪の兄ちゃんは銀髪の姉ちゃんとこに引き取られたよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、岡部は絶句してしまった。

此処はラインハルトの家。それはまだ良い。確かにあまりにも高級感漂う部屋のせいでラインハルトの素性に疑問を思った点はあったが、それ以上に岡部は焦る必要がある情報が今の少女の言葉の中には隠されていた。

 

黒髪の兄ちゃんが銀髪の姉ちゃんとこに引き取られた。ーー黒髪の兄ちゃんとは恐らく岡部が探していたあの少年の事だろう。そして銀髪の姉ちゃんとは少年の隣に居た少女の事だ。聞く所に寄るとあの少女もかなりの権力者らしく、王都から離れた別の場所の屋敷に住んでいるとか。少年はそこに引き取られたらしい。そして自分は今、ラインハルトの別邸で客人として連れ込まれた……つまり、少年との距離がかなり遠くなってしまったという事だ。

岡部は大きく項垂れた。少年と接触する為に色々と策を講じたのに、結局は離れる羽目となってしまった。これは落胆以外の言葉で現す事は出来ない。深いため息が、部屋の中で響いた。

 

 




設定ミスやおかしな点がありましたら申し訳ありません。

出来ればキャラ崩壊などが起こらないよう、注意しながら進めます。

まだまだ至らぬ点はありますが、今後とも宜しくお願いします。

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