Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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三:思わぬ遭遇

 

 

岡部の新たな目的、それはどのようにして少年と接触するかだった。

彼がこの街に居る事は分かっている。貧民街からの距離を考えると、かなり近くに居るはずだ。だがだからと言って闇雲に探せば見つかるという訳でも無い。更に言えば彼が前の記憶を持ち越していたとすれば、先程と同じ様な行動はしないはずだ。つまり先程の盗品蔵には居ない可能性もある。

 

「どうすればあの少年に会える……?」

 

額に手を置きながら岡部は思考する。

自分と同じ黒髪、目つきが悪く、前髪を掻き上げてヤンキーな見た目をしているあの少年。あれは間違いなく日本人であった。恐らく年齢は高校生あたり、状況からして異世界へやって来たばかり。もしかしたら自分と同じ様な境遇かも知れない。

 

岡部は何が何でも彼と接触する必要があった。

同じ異世界人という理由もあるが、それ以上に彼は時間跳躍を行っている張本人。リーティング・シュタイナーを持っている以上、岡部は少年の側に居なければならなかった。

観測出来るからこそ近くにいなければならない。そうしないと何が起きて、少年が何を変えようとしているか分からないからだ。恐らくはあの悲劇を回避する為、彼は奮闘している。岡部はそれを手助けしたかった。

 

「まるで過去の俺を見ているようだな……」

 

フッと笑みを零し、岡部は手を降ろす。

何を考えているのやら、あの目つきの悪い少年に親近感を抱いているのだろうか?そんな事を考え、自分も随分と歳を取ったものだと岡部は苦笑した。

 

「まずはもう一度盗品蔵へ行ってみるか……ん、いや。この場合はもう一度では無いな」

 

初めてか、と呟きながら岡部はひとまず盗品蔵へ向かう事にした。

あんな事があった後だから簡単に少年が来るとは思えないが、情報が一つも無い以上、あの少年が再び戻って来る事に期待しなければならない。そんな淡い期待を抱き、岡部は足を進ませた。

 

今度はラインハルトの案内は無いが、それでも岡部は記憶を掘り返して逃走者を追跡したルートを辿った。そして何とかあの貧民街まで辿り着き、岡部は再び汚れた裏路地へと足を踏み入れた。鋭い異臭が岡部を歓迎する。

そのまま盗品蔵へ向かおうと岡部が歩き続けたその時、ふと見覚えのある女性が目に入った。最初は岡部はその存在に気がつかなかったが、やがて近づいて姿がはっきりすると、思わず息を飲んだ。

 

「……ッ!!」

 

それは岡部がつい先程目にし、そしてとてもおぞましいと思った相手であった。

服として機能しているか分からない程肌が露出された黒いドレスと、肩まで伸びたウェーブの掛かった黒髪、大人の色気を醸し出すその容姿は一瞬で男を虜にしてしまう程美しい。だがその美貌に裏に隠された残忍さを目にした岡部にとっては、ただただ恐ろしいだけであった。

先程の世界で老人と少女、そしてあの少年と自分をも手に掛けたあの女性が、岡部の前に立っていた。

 

「あら、どうかしたの?」

 

岡部の視線に気がついた女性は歩みを止め、きょとんとした顔をして口元に人差し指を当て、岡部の事を見つめた。

その瞳で見られた瞬間岡部は息を荒くする。胸が締め付けられるような痛みが走り、先程の世界で切られた箇所が痛み始めた。その苦しみに耐えながら、岡部は必死に平静を取り繕い、女性の視線を受け止めた。

 

「あ、いや……何でもない。少し古傷がな」

「そう、それは大変ね。それにしても凄い汗。本当に大丈夫なの?」

「問題……無い」

 

自身の慌てぶりを誤摩化し、岡部は隙を見せないように女性と会話する。女性はそんな岡部を面白そうにクスリと笑い、口元を隠してみせた。

それだけ見れば本当にただの美しい女性。だが岡部は薄々と勘づいていた。女性の腰当たりに隠されたあの凶器を。

 

「失礼。俺は鳳凰院凶真……キョウマと呼んでくれ。是非とも美しい貴方のお名前を伺いたい」

「あらあら御上手ね。そうねぇ……エルザよ。私はただのエルザ。そう呼んで頂戴」

 

冷静を取り戻した岡部は地面に膝を付き、頭を足れる様にして手を差し伸べ、女性に名を問うた。そんな大袈裟な岡部に苦笑し、女性は少し悩んだように瞳を動かすと、別に良いかとでも言いたげに瞳を瞑って名を明かした。

エルザ……前の世界ではラインハルトが“腸狩り”と呼んでいた。恐らく異名なのであろう。そしてその名から推測すると……彼女はあまり良く無い趣味の持ち主らしい。岡部は緊張しつつも体を起こし、エルザと対峙した。

 

「ところで麗しきレディはこれからどちらへ?なんなら俺と優雅にティータイムでも如何だろうか?色々と君の事が知りたいんだ」

「フフフ、面白い人ね。お誘いは嬉しいのだけれど、私はこれから用事があるの。ごめんなさいね」

 

いずれは対峙する事を知っている為、岡部はガンガンエルザに話し掛ける。エルザは別にそれに気にした様子も見せず、笑みを零しながらその誘いを受けながした。そして後はもう何も言わないとばかりに踵を返し、その場から立ち去ろうとした。

 

その後ろ姿を見た時、岡部の胸に嫌な思いがよぎった。

いけない。このまま彼女を行かせてはならない。エルザがこのまま行ってしまえば、またあの悲劇が繰り返されてしまう。それを防ぐ為、岡部は自然と手を伸ばして口を開いた。

 

「用事と言うのは……盗品蔵の事か?」

 

立ち去ろうとしたエルザに向かって岡部はそう呟く、すると彼女はピタリとその場で立ち止まった。

路地裏で奇妙な沈黙が訪れる。岡部もエルザもどちらも動かず、ただただ痛々しい静けさだけが流れた。そしてゆっくりとエルザが振り返ると、その表情は先程とは違って邪悪に染まっていた。思わず岡部は後ずさりをする。

 

「どうして、それを?」

 

鋭い瞳でエルザは岡部にそう問い正す。口調は優しげであったが、その声色には言わなければ殺すと言った怒気が込められていた。今にも自身の獲物を引き抜きそうなエルザを警戒しながら、岡部は冷静に頭を働かせた。

 

呼び止めてしまった以上、彼女の質問には答えなければならない。もしかしたら此処で時間稼ぎする事によって未来を変えられるかも知れないのだ。岡部の胸に淡い妄想が抱かれた。

この場合、何と言えば良いだろうか?自分が時間跳躍したなど言った所で仕方が無い。今はとにかくエルザを刺激しないようにしながら、少しでも多くの情報を引き抜く事が重要であった。最悪の場合、死にそうになっても時間跳躍の加護で何とでもなる。そんな危険な発想をしながら岡部は言葉を探し出す。そして最初の世界でラインハルトが口にした“王選”という単語を思い出した。

 

「“王選”の関係者……と言えば分かるか ?」

 

ジリジリと警戒心を強めながら岡部はポツリとそう答える。

根拠も証拠も何も無いただのハッタリ。ラインハルトの口ぶりからして王選という物が重要な事を意味している事は分かる。ならばこれを口にすれば相手が勝手に憶測し、体の良い勘違いをしてくれるかも知れない。そんな何万分の一の確率に岡部は賭けた。

そして、どうやら天の神は岡部の事を味方したようであった。

 

「そう、なるほど……貴方も同業者っていう訳ね」

「…………」

 

エルザの問いかけかも分からない言葉に岡部は沈黙で押し通す。幸いエルザもその様子だけで満足したのか、何かアクションを起こすような事はしない。

やはり王選はそれだけ重要な物なのだ。もしかしたらこの街一体で行われている何かなのかも知れない。そしてこの事件の裏では王選が絡んでいるという情報を得る事が出来た。岡部はその収穫にそっと微笑んだ。

 

「だったら尚更貴方を生かしておく訳には行かないわね。貴方のお腹、引き裂いてあげる」

「ーーーーッ!!」

 

しかし、このまま逃げる事は叶わなかったようだ。エルザはククリ刀を引き抜き、それを岡部に突き付けてみせた。岡部は一歩下がり、いつでも逃げられる体勢になる。

逃げられるか?エルザは素早い上に気づかないうちに体を引き裂く程の技術を持っている。そんな恐ろしい敵を相手に逃走する事は可能なのであろうか?岡部は不安を募らせ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

やるしか無い。また馬鹿をやらねばならない。そうしなければどうせ死ぬ。ーー覚悟を決めた岡部は自身の“スイッチ”を入れ直し、口を開いた。

 

「ク、クク……やめておけ。お前の剣技は全て見抜いている、“腸狩り”。それとも俺の“暗黒精霊(アンビシャススピリット)”の餌になりたいか?」

 

またもやハッタリ。救いようの無いどうしようもない嘘。だが今の岡部はそれにすがりつくしか無かった。大袈裟に目を抑えて何かをするような動作をし、エルザに手を差し伸べながら近づく。

その異様な動作と、警戒心の無さ過ぎる雰囲気にエルザは眉を顰めた。

 

「貴方……精霊と契約してるの?」

「ああ、その通りだ。今は寝ているがな。だが俺に危害を加えれば……すぐにあいつは目を覚ますぞ?」

 

エルザの言葉に岡部は片目を瞑りながら答えてみせる。

さも今すぐにでも呼んでやろうか?と言いたげな素振りであったが、実際の所はそんな精霊なんか居ないし、契約も何もしていない。全て真っ赤な嘘である。

 

だがエルザはその岡部の様子に疑問を持っていた。

目の前に居る男は全くと言って良い程警戒心の無い、ズブの素人の男である。ろくに構えも取らなければ、武器を持っている様子も無い。ましてや精霊の気配などしないし、彼が何か特別な力を持っている様子も無い。

それでもエルザが彼の事を警戒するのは、岡部の内にある奇妙な気配であった。

 

(この男……何?ゲートが強力なの?この奇妙なマナは一体……)

 

エルザが先程から気に掛けている事、それは岡部が放っている妙な気配であった。

別段強力な力や加護を持った様子は無い。それどころか岡部のマナは一般人と同じくらい弱々しい。ゲートも、特別強力な様子も無い。ならば何故、こんなにも奇妙なマナを発している?それがエルザの疑問であった。

 

(どうでも良い……腸を切り開けば全て分かる事)

 

散々悩んだ結果、エルザは腸を見れば全て理解出来ると判断し、ククリ刀を構え直した。

再び岡部は表情を険しくする。少しは相手を動揺させる事が出来たが、それでも完全にエルザを引かす事は出来なかった。このままでは本当に自分は殺されてしまう。先程まで薄れていたはずの恐怖が戻って来た。

そしてエルザが駆け出したその瞬間、異変が起こった。突如としてエルザの動きが停止したのだ。

 

「……これはッ!」

 

その状況を目にして岡部は一瞬で理解する。

この状況はどう見ても時間跳躍が行われる瞬間。現にエルザの姿はどんどん崩壊していき、建物や地面も形を失って行っている。これはあの少年が時間跳躍を行ったという事だ。となるとそれはつまり。

 

「あの餓鬼! ……もう死んだのか!?」

 

時間跳躍が行われる鍵は少年の死亡だと推測している岡部はあの少年が今この瞬間死んだのだと考え、驚きの声を上げた。まだ夜にもなってないというのに、先程よりもかなり早い死亡。つまりあの少年は先程のエルザでは無く、別の存在の何かに殺されたという事だ。

確かに困難に立ち向かおうと時間跳躍をしている以上、様々な苦難にぶつかる事になる。だがこんなにも早くの死亡は流石の岡部も予想していなかった。

 

「いやいや早過ぎるだろう!? 何で?ホワイ!? エルザは此処に居るんだぞ?何に殺されたんだよ!」

 

思わず素に戻ってしまい、岡部は地面を蹴った。

それでも何とか危機的な状況は回避する事が出来た為、少年の犠牲に少なからず感謝した。

 

世界が再構築され、時間が巻き戻る。そして岡部は、またあの広場の前へ立っていた。

流れる人々が皆岡部の事をジロジロと見ている。その視線にもう慣れてしまった岡部は、まず小さくため息を付いてから額に手を置き、青い空を見上げた。

 

「ふぅ……よし、今度こそやる事は決まったな」

 

眩しい空を見上げながら目を細めて岡部は言葉を呟く。

エルザという恐ろしい脅威。あの盗品蔵で起きた地獄の様な惨状。そして何故か殺されてしまう少年。これからの要素からして、岡部は自分がすべき事は一つだと悟った。

 

「あの少年を助ける。それが俺のまず最初の試練(ラビリンス)だ」

 

少年が死ねば時間跳躍が行われてまた時が戻ってしまう。そのままでは一生このループを抜け出す事は出来ない。ならばまず最初にすべき事は何としてもあの少年の生存だ。

ならば自分は彼を守る為に動こう。そう心に決め、岡部は少年を助ける為にと足を前に出した。

 

 


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