Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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二:時間遡行のパラノイア

 

 

まず岡部が調べなければならない事は、“どうして時間跳躍が発生したのか?”であった。

自分では無い誰かが何処かで時間跳躍を行った。それがどのような物で、どのような意図を持ってして行われたのかは分からない。だがそれを“認識”する事が出来る岡部には知る必要があった。

 

街の広場で岡部は顎に手をやりながら頭を悩ます。その様子に民衆達は疑惑の目を向けていた。おかしな格好をした男が昼間から堂々と広間で立ち尽くしているのだ。それは実に奇妙な光景であり、見てしまうのは必然であった。するとそんな岡部に声を掛ける人物が居た。

 

「すいません、ちょっとお話良いですか?」

 

聞き覚えのある声。岡部がその方向を見ると炎のように真っ赤な髪をした青年が立っていた。それは岡部がつい先程まで喋っていた相手でもある、ラインハルトであった。

 

「おお、待っていたぞ。ワルプルギスの騎士よ」

「え、ワルプル……?」

 

見知った相手の出現に岡部は安堵の表情を浮かべ、大袈裟に両手を広げながらラインハルトの事を歓迎した。彼は思わぬ歓迎振りに戸惑ったような顔をしたが、敵意が無い事を知ると少しだけ安心するように緊張を和らげた。

 

ラインハルトの出現。先程よりも少し早い遭遇であったが、それは自身が広場を移動しなかったからだと岡部は推測した。先程のラインハルトは広場の人から自分の情報を聞いて追って来た。ならば広場に留まり続ければ彼と出会うのは必然であった。

情報源が必要な岡部にとってはラインハルトという人物は何よりも救いとなる為、この状況にそっと笑みを零した。

 

「今、この世界は何者かの陰謀によって螺旋の渦の中を彷徨っている。その原因を探る為、お前には協力してもらいたい」

「はぁ……よく分からないけど、何か困ってる事かな?だったら当然助けになるよ」

 

岡部の意味不明な言動にもラインハルトは怪訝な表情を見せず、彼が困っているという事実だけ理解すると簡単にそれを受け入れた。こうもすぐに承諾されるとは思わなかった岡部は驚いたように目を見開くが、ラインハルトが素直で純粋な青年なのだと理解し、感謝した。

 

岡部はひとまず自己紹介をする事にした。最初の時と同じ様に鳳凰院凶真という嘘の名。しかしそれはこの岡部にとっては何よりの自分の見栄であり、この世界ではそれが本当の名となりつつあった。ラインハルトは簡単にそれを信じ、岡部の事をキョウマと呼んだ。

 

ラインハルトの助けを得る事に成功した岡部は再び思索する事にする。

まず最初に考えなければならない事は時間跳躍がどのようにして行われたかという事。仮にこれが個人の手によって行われた物だとすれば、どのような状況で時間跳躍は行われるだろうか?これが誰かの意図によって、そして邪な思いでは無く、純粋かつ人を思っての事だと仮定すれば……。かつて、時間跳躍をした事がある岡部は簡単にその答えを知っていた。

ーー誰かを助ける為。

 

時間を跳躍してまでしたい事、それは身近な人を助けるに他ならない。

運命に抗い、時間に抗い、そうまでして助けたい人が居る。どうにもならないその状況を覆す為に、時間を超える。それが原因だと岡部は悟った。ならば、この街の何処かで、夜になるくらいの時間帯で、誰かが死ぬという事だ。

 

「ところでワルプルギスの騎士よ、この街で何か事件はあったか?」

「僕の名前それで定着しちゃうんだ……事件はそこら中で起きているよ。窃盗やら揉め事やら、この街で事件が無いなんて事はそれこそ無いさ」

 

岡部の質問にラインハルトは暗い表情になりながら答えた。

そう言えば、と気がついて岡部はラインハルトの服装に気がつく。ラフな格好ではあるが何処か騎士のような制服。何よりその腰にぶら下がっている上等そうな騎士剣。言動から見ても、彼は騎士か何らかの地位に居る者だと理解出来た。故に彼は気を沈めてしまったのだろう、この街の現状に。

 

「ああでも、さっき向こうの方で大きな事件があったらしい。窃盗かは知らないけど、魔法での攻防戦があったみたいだよ」

 

思い出した様に手を叩いてからラインハルトはそう言った。

魔法……その言葉に岡部は眉を顰める。やはり魔法が存在するのか、と嬉しいような恐ろしいような複雑な気持ちになりながら岡部はその事件に関心を示した。

もしかしたらその事件が原因で誰かしらが死亡し、時間跳躍が行われる可能性もある。調べてみるには十分な情報だった。

 

「よし、それを調べよう。何やら良からぬ匂いがする……行くぞ! ワルプルギスの騎士よ!」

「え、ちょっと待って。キョウマ!」

 

意気揚々とテンションを上げながら岡部は歩き出した。慌ててラインハルトはその後を追う。

ひとまずは街の人に何があったかを聞く事にした。見た目が怪しい岡部が尋ねると人々は怪訝な顔をしたが、ラインハルトが尋ねるとすぐに答えた。その状況に岡部が不満を覚える事は無かったが、何故ラインハルトがここまで民衆から支持を得ているのかは疑問だった。もしかしたら彼は地位の高い人間なのかも知れない、岡部はそんな憶測を立てた。

 

街の人の情報を整理すると、その事件はかなり大きな騒ぎを起こしたらしい。

何やら金髪の少女がフードを被った何者かに襲われていたとか。その言葉だけ聞くと一見フードを被った何者かの方が怪しいが、状況からするとフードの方が金髪の少女に持ち物を奪われ、魔法で後を追っていたらしい。

岡部が事件があった場所へ向かい、氷で覆われた道を目にした声を漏らした。

 

「ふぅむ。やはりこの事件が怪しいな……」

「この魔法……ひょっとして」

「ん、どうかしたか?ワルプルギスの騎士よ」

「あ、いや。何でもないよキョウマ。それで、この事件が君の調べたい事なの?」

 

氷を目にして何やら意味深な表情をしていたラインハルトに岡部は声を掛けたが、彼はすぐに表情を戻して何事も無かったかのように話題をずらした。

その仕草に気になった岡部だが、別段追及する気も無かったので気にしない事にした。そして顎に手を置き、考え込むように目細めた。

 

「ああ、そうだな。恐らくこの事件が何らかの関係があると思う。後を追えるか?ワルプルギス」

「追跡はあまり得意じゃないんだけどね……ただまぁ、これだけ手がかりが残ってれば、少しくらい心当たりはあるよ」

 

この事件が時間跳躍と関係があるかは不明だが、手掛かりが無い以上、人が死にそうな場所を探るしか無い。そう考えた岡部はラインハルトに追跡を依頼した。ラインハルトは少し自信無さげに髪を掻いたが、それでも事件の真相をしる為か、怯む事無く岡部に頷いてみせた。

 

二人は氷が転がっている道を歩きながら更に先へと進んだ。氷が無くなった後もラインハルトは残された僅かな手がかりと自信の勘を頼りに足を進め、岡部もその後を追った。

ある程度の手がかりがあれば行く付く先も予想出来る、その考えからラインハルトは自然とこの事件の人物が何処に向かって行ったかが分かって来た。そして二人は先程の広間とは違い、薄汚れた貧民街へとやって来た。

 

「此処は……」

「此処は貧民街。目撃者の証言からすると、事件の逃走者はこの先にある“盗品蔵”に向かったらしい」

 

貧民街に入るなり岡部は鼻を抑えた。臭って来る異臭。道行く場所には塵が散らかっており、清潔感など一つも無い。だがその場所は何となく岡部が居たあの街の裏路地と似ていた。どの世界にもこのような場所は存在するのだ。

そして二人は目的地である盗品蔵へと辿り着いた。とは言ってもどのように行動すれば良いのか分からず、岡部は足踏みをする。

 

「入るのかい?」

「ああ、入らねばならない。真実がこの先にあるのだ」

 

覚悟を決め、岡部は中へ入ろうと扉に手を掛ける。だがその瞬間、部屋の中からとてつもなく大きな破壊音が鳴った。ガシャンガシャンと何かが割れる音、バキバキと砕け散る音、それらを聞き、岡部は飛び跳ねる様に扉から離れ、困惑した。

ラインハルトも中で何かが起きていると悟り、急に警戒心を強めて腰を低くした。

 

「……ッ!?」

 

再び大きな破壊音。黙っていられなくなったラインハルトは扉を蹴破り、中へと飛び込んだ。岡部も戸惑うが、このまま傍観している訳には行かず、遅れてその後を追った。

そして部屋の中に入ると、そこには地獄が広がっていた。

 

片腕が無く、喉から大量の血を流しながら倒れている老人。肩が引き裂かれ、血を流しながらピクリとも動かない少女。その様子をただただ恐れるように震えて見ている黒髪の少年と、その中心に立ってほくそ笑んでいる女性。その手には血に染まったククリ刀。

 

「これ、はーーッ!?」

「くの字に折れた北国特有の刀剣……“腸狩り”か!」

「あら、お客様?」

 

岡部が困惑している中、ラインハルトはいち早く状況を飲み込み、この地獄を引き起こしたであろう女性の事を睨んだ。女性は詫びる様子もせず、ただ淡々と笑みを浮かべ、ククリ刀を掲げてみせた。

 

「あらあら、これは嬉しいわ……まさか“剣聖”と御会い出来るなんてね」

 

ラインハルトの事を目にすると、女性は嬉しそうに頬を緩ませながらククリ刀に付いた血を舐めた。ラインハルトも静かに対峙する。今、二人の間ではもの凄い気迫がぶつかり合っていた。とても近づけない、流石の岡部も後ずさりし、部屋の隅へと酔った。

ふと気がつく、自分の隣に黒髪の少年が居る事を。

 

異世界に来て初めて目にする自分と同じ黒髪。顔つきも何処か日本人と似ている。それどころか、少年が着ている服装は自分が居た世界とよく似ている物だった。否、違う、これは本物だ。それに気がついた瞬間、岡部はその少年に話し掛けた。

 

「おい、お前……」

「でも貴方と戦う前に、邪魔な塵を片付けないとね」

 

岡部が少年に話し掛けようとしたその時、岡部は急に自分の胸が熱くなったのを感じた。見ると、お気に入りの白衣が真っ赤に染まっている。

切られたのだ……それに気がついた瞬間、岡部は悲鳴を上げた。見ると隣の少年も切り裂かれており、腹から大量の血を流しながら悶え苦しんでいた。

 

「ぐっ……が!?」

 

岡部は胸を抑え、床に倒れ込んだ。ラインハルトが何やら声を上げているが聞こえない。岡部の耳はキィンと音が響くだけで、僅かに聞こえるのは近くで女性が笑っている声だけだった。

痛み、痛み、痛み痛み……久しく忘れていたこの痛み。精神では無く、肉体に直接与えて来るこの痛み、熱さ、目眩、苦痛、ただただ嫌な感情だけが岡部の中を犯して行く。

 

このままでは不味い。そう思ったその時、突如として岡部の視界では信じられない事が起こった。床が崩壊し、家具が分解され、ラインハルトもあの女性も形を失って行ったのだ。この光景は最初の時間跳躍で見た物と同じであった。だが一つだけ違う物がある。岡部の隣で倒れている黒髪の少年だ。

 

黒髪の少年は最早息絶えてしまったのか、倒れてピクリとも動かない。だが彼だけは崩壊していなかった。そしてその少年から、黒い影のような物がしみ出して来た。その影は形を作り、モヤモヤとした人のような影となった。

その影はまるで愛おしそうに少年の事を眺めている。その光景は実に不可解であった。だが、岡部には一つだけ確信を得る事が出来た。

 

「そうか……お前が……お前が、そう……なのか」

 

岡部は言葉を漏らしながら少年に手を伸ばす。ただその手が届く事は無い。

この異常な状況。少年が死んだ瞬間に起こった崩壊。これはすなわち、時間跳躍であった。少年がこれを意図的に行っている物なのか、それともあの影が少年を助ける為に行っているのか、それは分からない。だが少年こそがこの事件の鍵なのだと岡部は確信した。

 

世界が崩壊していく。真っ白になり、空も地も無い無の空間。やがて少しずつその空間は形を成していき、再び街が形成される。そして気がつけば、岡部はまたあの広場の前に立っていた。

血に塗られた部屋も、死んだ老人と少女の姿も無い。あの少年の姿も。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

岡部はハッとなって自分の胸を抑えた。

血に染まったはずの白衣は真っ白に戻っており、切られたはずの傷も無い。やはり時間が跳躍したのだと実感しながら、岡部は切られた感触を思い出し、冷や汗を流しながら地面に膝を付いた。

 

異世界に来て初めての負傷。傷は浅かったが、あのままでは確実にあの女性に殺されていた。現に到着していた時には老人と少女も死んでいたし、自分の隣に居た少年も目の前で殺された。

“死”がすぐ近くに存在するのだ……その異世界の恐怖を改めて思い知らされ、岡部は息を荒くした。恐怖が全身を包み込む。

 

「く、フフ……まさか切られるとはな……まぁ、車にぶつかったり銃で撃たれるよりはマシか……」

 

かつての戦いを思い出しながら岡部は汗を拭い、立ち上がる。

今自分が直面している戦いはかつての運命の戦いと同じくらい壮大なのだと実感し、改めて覚悟を決めた。このぐらいでへこたれるものか、逃げるつもりなど毛頭無い。この世界の真実を知る為に、岡部は拳を握りしめる。

 

「まずはあの少年との接触だ……必ず変えてみせるぞ。運命を」

 

あの血まみれの悲惨な部屋はもう二度と見たく無い。恐らくあの少年も時間跳躍を行ったからには何らかの違うアクションを取るはずだ。ならば、協力しなければならない。

岡部は次の目標は少年とのコンタクトだと決め、広場から歩き出した。

 




更新は偏りますが、感想などが頂けましたら幸いです。

ゆっくりですがこれからも何卒宜しくお願いします。

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