Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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十一:仮初めの平穏

 

 

「魔法について教えて欲しい?」

 

スバルと別れた後、岡部は部屋に戻ってラインハルトにある事を尋ねた。すなわち、魔法。ーーと言っても別段岡部が魔法を使いたいという訳では無い。いや、実際は使ってみたいが今はそんな事をしている場合では無い。岡部が今必要なのは情報であった。

 

「ああ、出来るだけ詳しく教えて欲しい」

「と言ってもな……僕も専門って訳じゃないから、そこまで詳しく教えられる訳じゃないんだけど」

 

岡部の頼みに対してラインハルトは自身の赤髪を掻きながら困った様にそう言葉を零した。しかし岡部の真剣な目つきを見てただ事では無い事を察し、出来るだけの事は教えると頷いて答えてくれた。それを聞いて岡部は何度もお礼を言い、さっそく本題へと入る。

 

「それで、具体的にはどんな事が知りたいんだい?」

「人に病や苦しみ、主に体調を悪くさせるような……そうだな、言ってしまえば呪いのような物は存在するか?」

 

岡部が知りたい事、それはスバルに起こったあの異常現象の事であった。スバルは最初に死んだ時は寝ている間に起こり、レムに殺される前は酷く体調が悪い様子だった。もしもコレが魔法によるものだとすれば、何らかの呪いのような物の可能性がある。此処が異世界だという事を踏まえ、そう推測した岡部はもっと詳しく知る為にラインハルトに尋ねてみる事にした。

ラインハルトは岡部から聞いた僅かな情報を頭の中で整理し、何度か頷くとすぐに口を開いた。

 

「だったら魔法じゃなくて呪術だね。昔北の方の国で流行ったものだよ……主に他人に迷惑ばかり掛ける危険な術さ」

 

結論を出したラインハルトは岡部が探しているものは魔法では無く呪術だと説明し、それがどのような物なのかを説明した。

呪術は魔法とは根本的に違い、相手に病や一定の行動を封じたりと地味な事しか出来ない。しかし中には相手を殺す程の術もあり、非常に危険である事を伝えた。それを聞いた岡部は眉間に皺を寄せ、考え込むように顎に手を置いた。

 

「それはどういう風に掛けられるものなんだ?」

「対象との接触。それが絶対のルールだよ。呪術師は呪いを掛けたい相手に触れないと術式を掛けられないんだ」

 

ラインハルトの答えを聞いて岡部は僅かに目を見開いた。

もしもスバルのあの体調の悪さが呪術師の呪いによる物だとすれば、スバルはループでの数日間の間に呪術師と接触していた事になる。ラインハルトから聞いた話を踏まえた以上、スバルが呪術を掛けられた可能性は高い。では一体誰の手によるものか?岡部は思考を続ける。

 

この場合レムが呪術を掛けたという可能性は低い。彼女は鉄球で簡単に人を殺せる程の実力を持っているのだから、わざわざ呪術などを掛けなくても良いはずだ。スバルから聞いた話でもレムは魔法が得意で無いと聞いている、印象的に肉体派と考えるべきだろう。もしも誰にもバレないようにスバルを呪いで殺すつもりだったとしても、だったら二回目のループの時にスバルを殺す必要は無かった。どのみちレムが犯人である可能性はやはり低い。

 

という事は呪術師は別に居るという事になる。ならば誰か?ラム?レムの姉という事もあって可能性はある。だが姉妹揃ってスバルを狙うだろうか?……有り得なくはなさそうだ。スバルとレム達の関係をいまいち把握していない以上、そこを岡部が決めつける訳にはいかなかった。そもそもこの屋敷に居る全員が怪しいのだ。レムはもちろん、姉であるラムも。ロズワールは道化の格好をしていて怪しさ満天な上、スバルの話では禁書庫という部屋に居るベアトリスの存在もある。エミリアに至っては浮かぶし喋るという意味不明な猫も連れている。やはり怪しい。最早異世界の常識は岡部の常識の範疇を超えていた。

 

結局答えを見つけ出す事は出来ず、岡部はラインハルトと別れて一旦廊下へと出た。まだ一日目、このままスバルがロズワールとの交渉を上手く進め、この屋敷で働く事が決まったらその後は警戒しながらレムとの信頼度を上げていかなければならない。だが岡部はそれだけでは不安であった。

レムの事はスバルに一任するとして、やはりスバルの体調の変化の事が気になっている。何者かに狙われてる可能性がある以上、岡部は不安を拭えなかった。

 

「……む」

 

そんな事を考えていると、廊下の向かい側からレムがやって来た。掃除の最中だったのか、手には雑巾が握られている。だがそれを何に使おうとしているのかは分からない。岡部は彼女を見るなり眉間に皺を寄せてあからさまに嫌な顔をした。どうしてそんな顔をされるのか分からないレムは岡部の事に気がつくと困った様に手をばたつかせた。

 

「どうかなさいましたか?お客様」

「いや……別に」

 

近づいて来たレムに若干距離を置きながら岡部は返事をした。

上目遣いで見て来るレムに殺気は無い。あの夜のような凶悪さも微塵も出ていなかった。だが何処か岡部の事を疑った瞳で見ている……そこは単純な人見知りでも済ませられる問題であったが、あんな体験をした以上、その視線すら岡部は恐怖の対象であった。

 

岡部は警戒しつつレムの事を見下ろした。メイド服、片目だけ隠した短い青髪、可愛らしい容姿、お兄ちゃんと呼ばれたらさぞかし世界中のオタクが喜びそうな雰囲気をしている。まさに圧倒的ではないか。と思いつつも岡部は何を考えているんだと自分の頭を小突いた。

確かに目の前の少女は可愛らしい。その点については認める。流石は異世界。ファンタジーな世界である以上、住んでいる少女は誰もが美しい。王都に居た際も岡部は横切って行く女性が皆美しい事に気がついていた。だが、だからと言って警戒を緩める事は出来ない。むしろこれだけキャラが濃い者の方は危なっかしいのだ。自分が良い例である。

 

「あの……レムの顔に何かついてますでしょうか?」

「ああ、いや、違うんだ。ただちょっと気になっただけでな」

「そうですか……では」

 

つい凝視してしまい、レムは眉を顰めながら岡部の事を睨んで言葉を発した。慌てて岡部は謝罪をして頭を下げる。結局なんだったのか分からないレムは落としそうになっていた雑巾を掴み直すと、お辞儀をして岡部の隣を横切った。このまま去ってしまうのかと思ったその際、レムは顔だけ岡部の方に向けて口を開いた。

 

「忠告しておきますが、お客様の狙いが何なのかは知りません……ですがロズワール様には指一本触れさせませんので」

 

その言葉を発した瞬間、岡部はあの夜のレムの姿を思い出した。殺気立った鬼ような少女。人を殺すのに何の躊躇いも見せなかったあの無情さ。やはりレムはレムである。少女は狂ったままであった。岡部は改めて警戒心を強め、去って行くレムの背中を睨んだ。

やはりあの少女は油断出来ない。隙を見せれば簡単にスバルを殺す可能性がある。レムが岡部に嫌悪感を抱いているのと同様、岡部もまたレムに嫌悪感を抱いた。岡部は小さくため息を吐き、その場から歩き出した。

 

ロズワールとの交渉が終わった後、スバルはさっそく上手く行った事を岡部に伝えた。内容はこの前と同じ様に、スバルはこの屋敷で働く事となった。すぐにでも仕事は始められる為、スバルはさっそくレムとの仲良し度を上げようと躍起になっている。その辺りは子供っぽいなと思いながら岡部は計画が上手く言った事を讃えた。

 

「よし、では此処からはプロトコルオメガの開始だ。準備は良いか?“プレアデス”よ」

「え?……何?それ俺のあだ名?そういう設定なの?」

 

計画が上手く言った事から久しぶりにスイッチが入った岡部はお決まりの厨二病トークを発揮する。訳の分からない計画名と勝手に決めたスバルのコードネームを口にし、スバルは困ったように頭を捻らせた。一応同じ日本人という事もあり、なおかつスバルもその辺りの雰囲気はなんとなく察している為、岡部が何を言いたいのかは分かった。だがそれでもやはり納得のいかなそうな顔をしている。

 

「え、てかキョウマっていつもそんなテンションなの?」

「何を言っている。これは設定でもテンションでも無い。全て事実だ! 此処は異世界、我々は使命を与えられたエージェントなのだよ」

「うわ〜……これガチのやつだ」

 

いつもはハイテンションなスバルも流石に自分よりも歳上でなおかつ厨二病トークをめちゃくちゃ発揮している岡部には抵抗感があったのか、何処か冷めた視線で岡部の事を見た。人の振り見て我が振り直さず……であるがスバルがそれに気づけるはずもない。そして岡部も。結局岡部の厨二病が治る事は無いし、スバルのハイテンション振りも収まる事は無かった。

 

「ごほん、では改めて計画を確認する。プレアデスは鉄球ガールとの信頼を勝ち取る。そして敵か何らかの刺客だと思われる呪術師との接触を警戒する……これで良いな?」

 

一度咳払いをして真面目な雰囲気に戻りながら岡部はそう確認した。その間もやっぱり厨二病単語は消えない。スバルはそれでも真面目に聞き、あらかじめ聞いていた呪術師の事も把握して頷いた。

呪術師については呪術を掛けられても術式を解除さえすれば問題無い為、その辺りの事はラインハルトに任せている。問題はスバルがいつ誰に呪術を掛けられ、それに気づけるかであった。岡部としては誰がスバルに呪術を掛けるのかが気になったが、ひとまずはそれは後回しとなる。

 

死に戻りが出来る特性上、こちらは死なないというメリットがある。故に何度でもやり直しが出来るのだ。最終手段としてはスバルの身を犠牲としてわざと死ぬ様な場面に直面し、犯人をあぶり出す事も出来る。だが岡部はこのような強行手段はしたく無かった。いくら死に戻り出来ると言え、何らかの制限や限界がある可能性がある。それにスバルはまだ子供。あまり無理はさせたくなかった。

 

「ああ、大丈夫だ」

「では……作戦開始だ」

 

スバルが力強く頷いたのを見て岡部は安堵したように頷き返し、いよいよ作戦を開始した。

この間は岡部自身は殆どする事が無い。むしろレムと険悪な関係になっている為、下手にスバルの近くに居ればより嫌われる可能性がある。その為、下手に動く事が出来なかった。ひとまず岡部は呪術師の事をより詳しくラインハルトに聞いたり、館で情報収集に徹する事にした。

 

幸いロズワール邸には図書室もあり、情報収集に困るような事は無かった。いつものように岡部は集中力を研ぎ澄まして情報の海の中へと没頭する。すると窓の向こう側から話し声が聞こえて来た。気になった岡部がそこを覗くと銀髪の少女が芝生の上に座っている姿があった。辺りには光る虫のような奇妙な物体が浮いている。それが何なのか知りたくなった岡部は本を閉じるとさっそく庭へと向かった。

 

「何をしているんだ?」

「へっ?あ……キョウマさん」

 

突然後ろから話し掛けられた事に驚いたエミリアはビクリと肩を振るわすが、声を掛けて来たのが岡部だと知ると少し安心したように胸を撫で下ろした。それでも接点が無い相手と対峙するのは緊張するのか、表情が強張っている。岡部はポケットに手を入れながら見下ろすように光る物体を観察した。

 

「微精霊とお話をしてたの。そういう契約だから……」

「ほぅ、精霊……中々興味深いでは無いか」

「精霊に興味があるの?」

「まぁあると言えばあるが、無いと言えば無い」

 

つまりそこまで興味津々という訳では無い。今の岡部はスバルとの契約の事で頭が一杯の為、他の事に意識を向けている暇が無かった。だがそれでもやはり精霊という物がどういう存在なのかが全然気にならないと言えば嘘になる。もしかしたら今回の事件を解くヒントになるかも知れないと思い、岡部は質問をする事にした。

 

「精霊を使えば人の体調を悪くさせるような事は出来るのか?」

「そんな事出来ないわよ。微精霊は出来る事が少ないし、上級の精霊だってそんな悪い事しません」

 

何故かプクーと頬を膨らませながらエミリアは反論した。岡部はそうなのかと言葉を零しながら変な事を言ってすまんと謝罪する。するとエミリアは謝ったら良しと何故かお姉さん風に胸を張りながら岡部の事を許した。何だか随分と子供っぽいと思いながら岡部はエミリアの事を見つめる。

 

銀髪のハーフエルフ、エミリア。スバルから聞いた話では彼はエミリアの事に惚れているようで、前回のループでは彼女を守る為に戦っていたらしい。確かに彼の言う通り美しい姿をしている。だが何故こんな子供っぽいのかが分からない。岡部の現代知識ではエルフは長寿の為、幼い外見とは違って年寄りな事が多い……という認識があったのだが、やはり実際の異世界では違うのか、と勝手に納得する事にした。

そんな風に一人頭を頷かせていると、エミリアの横から猫がスルリと姿を現した。しかも浮いて。

 

「…………」

「あれ?どうしたのパック」

「なーんかね、いけ好かないんだよねぇ……」

 

パック。エミリアの精霊で見た目に反してかなりの実力を持つ精霊らしい。スバルの話ではエルザ戦でも魔法を使って善戦したとか。こんな猫がそこまでの実力を持っているとは思えない岡部は睨んで来るパックをまじまじと観察した。

 

「おいおい、初対面……では無いが殆ど初対面のような相手にそんな言い方は無いんじゃないか?」

 

自分があまり好印象を持たれる人柄では無い事は自覚しているが、それでもまだろくに話した事も無い相手にいけ好かないなどと言われる筋合いは無い岡部はそう言ってパックに反論した。だがパックは相変わらず目を細め、まるで岡部の何かを探るようにジロジロと睨んだ。岡部はその視線を何処かで一度感じた事があったような気がしたが、それが何かは思い出せなかった。

 

「それもそうなんだけど……なんか君からは良く無い物を感じるんだ」

「パックがそんな事言うなんて珍しいね。普段ならスバルみたいな人が相手でもノリノリで相手に合わせるのに」

「うーん、キョウマのゲートが何か変な感じなんだけど……それが原因って訳でも無いみたいだし」

 

パックのゲートという言葉に岡部は首を傾げる。確か魔法を使う際の出入り口のような役割を果たす物であったはずだ。当然元の世界では人体にそのような器官は存在しないが、異世界に来た事によって発現したものか、はたまた元から存在していて現代科学が認識出来なかっただけなのか……とにかくそういう物があるらしい。そしてパック曰く、岡部のゲートは普通の人と何かが違うらしい。

 

「ゲートが変?」

「んー、僕もよく分からないや。とにかく僕がキョウマの事が苦手なのは別の何かがあるって事だよ」

 

だと、と指を差しながらパックはそう指摘するが、そんな事を言われても岡部にはさっぱりであった。何もしていないのに何故苦手意識を持たれるのか?そういうえば前も動物にこのような反応をされる事があった。その時は敬意を表するように頭を垂れるという対照的な物だったが、ひょっとしたら岡部は動物に何らかの特別な印象を持たれる体質なのかも知れない。ただしアレが動物だったのかは分からない上に、パックに至っては精霊であるが。

 

「私もキョウマさんは何だか苦手だなぁ」

「ぐおぉ……ストレートに言ってくれるな」

 

知ってか知らずなのか、エミリアは悪気の無い笑顔を見せながら本心を言った。逆に岡部はその純粋な感想の方がグサリと心に突き刺さり、本当に痛そうに胸を抑えた。

何故かこの屋敷では苦手意識を持たれる相手が多い。主な原因は自分の態度にもあるのだろうが、その内の何人かは明らかに別の何かが原因で嫌っていた。岡部は何故このような状況になってしまったのかと頭を悩ませる。

 

エミリアと会話を終えた後、岡部は再び自室へ戻ろうと廊下を歩いていた。すると遠くからスバルがバタバタと慌ただしい足音を立てながら迫って来た。何故か凄い剣幕をし、岡部の近くまで走り寄って来ると息を荒くしながら口を開いた。

 

「キョウマ! お前何エミリアたんと楽しそうに会話してんだよ!! さてはお前もエミリアたんの事を……!!」

「…………」

 

楽しい会話など一切していないがスバルからすればエミリアと会話をしていただけでも腹立たしい事なのである。子供特有の嫉妬心を見て岡部は小さく笑みを浮かべたが、スバルは増々腹を立てるだけであった。その後、やって来たレムに引きずられながらスバルは仕事へと戻る事となった。引きずられながら岡部の事を罵倒するのは流石はスバルというべきか。それとも醜いだけか。

 

すぐに人を殺そうとする鉄球ガール。その姉。怪しい領主。何故か嫌う猫。その無垢な心を持つ主人。この屋敷には怪しい人物がたくさん居る。元の世界へ戻る為にスバルに会いに来たというのに、何故こんな昼ドラのようなキャラの濃い人達と接点を持たなくてはならないといけないのか。ホームシックに駆られた岡部は気を紛らわす為、再び情報収集をしようと自室へと戻った。

 

 


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