Re:ゼロから始める運命石の扉   作:ウロボロス

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一:始まりと繰り返しの余熱

 

 

その日、岡部倫太郎は極めてまともだった。

お約束の厨二病な発言は後を絶たないものの、決して頭がおかしくなったり幻覚を見たりする事は無かった。彼は表面上では狂った人を演じていたが、内心ではしっかりと自分の意識を保っていたのだ。

 

ーーでは何故こんな事になってしまったのか?

岡部は思わず頭に手をやり、ポケットから携帯を取り出した。受信状態の無い携帯……というのは実はカモフラージュであり、本当は仲間との極秘通話をする為の特別製の携帯なのである。そういう設定の携帯を耳に当て、岡部は一度咳払いをした。

 

「もしもし、俺だ。聞いてくれ……気がついたら俺は見知らぬ場所に立っていたんだ。いや、嘘じゃない。信じてくれ。恐らくこれは機関が仕掛けた罠だろう……ああ、まんまと嵌められたよ」

 

突然喋りだす岡部。当然電話の向こうで話している相手など居ない。つまり独り言である。

その光景に通行人達も奇妙そうに岡部の事を見つめていた。だが、民衆達の視線には岡部が喋っている姿だけで無く、その服装や容姿などもジロジロと観察していた。

 

町行く人々の髪色がカラフルなのに対し、岡部は黒。更に服装も岡部が白衣に対し、民衆はおとぎ話で出て来るような変わった格好。中には鎧や騎士のような見た目をした人々も居た。

これはひょっとしておかしいのは自分の方なのでは?と岡部は考えた。

 

「なんなんだコレは?コレではまるで異世界では無いか。くっ、ラノベの読み過ぎか……以上で交信を終わる。エル・プサイ・コングルゥ」

 

お約束の言葉を告げ、岡部は携帯をポケットへとしまった。

ひとまず今ので心の中の整理と、一度落ち着く事が出来た。彼はふざけているように見えて実は色々と考えているのである。ただしその成果はあまり芳しく無いが。

 

ひとまず岡部はこの場を移動する事にした。周りの人の目も気になる上、これ以上この場に居れば機関の刺客がやって来ると妄想したのだ。彼は常に機関に狙われている。その為自分の身をいち早く隠さなければならなかった。

そんな設定をこんな状況でもしっかりと守る為、岡部は早足で移動を開始した。

 

移動している最中、岡部は信じられない物を幾つも目の当たりにした。

頭から耳が生えた人間。体中に鱗がある人間。竜のような生き物が馬車を引いている姿。それを見て流石の岡部も目を回した。

 

「おいおい大丈夫か兄ちゃん。さっきの小僧と言い、今日はおかしな奴が多いな」

 

思わず倒れそうになる岡部に誰かが話し掛けた。はっとして岡部がその方向を見ると、林檎が置かれた屋台に厳つい顔をした男性が立っていた。どう見ても屋台には不向きな容姿だが、岡部は声を掛けてくれた事にすかさずお礼を言った。

 

「あ、ああ、すまない。少し頭がクラクラしてな……」

「ったく、しっかりしろよ。それにしても兄ちゃん。随分と変わった格好をしているな」

 

ケラケラと笑う男性に岡部は変わった格好という言葉にピクリと眉を動かした。

やはりこの服装は此処では変わった格好なのだ。ともすれば少なくとも此処は日本では無い。外国……でもこんな場所は見た事も聞いた事も無いし、どちらかと言えばゲームやアニメの世界に酷似している。岡部は考えを巡らせ、嫌な予測をした。

 

「一つ聞きたいんだが、此処は何処だ?」

「あ?なんだ、お前やっぱり商人か何かか?此処はルグニカ王国だよ。別名親竜王国」

 

一つ尋ねてみると、聞き慣れない言葉が返って来た。そのいかにもゲーム要素満載の単語に岡部は更に表情を青くする。

一つの仮説が岡部の中で出来上がっていた。ネットの中で度々見掛けるその類い小説。日本人の主人公が、現実世界とは全く違うゲームのような異世界へと迷い込むお話。最近流行りだしたそれを岡部もしっかりとチェックしていた。故に、この状況はまさにそれにピッタリであった。

普通ならそんな事簡単には信じないだろう。これは夢か何かの悪戯、少なくともそう考えるであろう。だが岡部はこれをヒシヒシと現実だと受け止めていた。そう。何故なら彼はこのような状況と同じくらい信じられない状況に過去に直面した事があるからだ。だから彼は信じる事が出来た。

 

「クク……時の迷宮(メイズ)の次は空間の遊戯(カタルシス)か」

「兄ちゃん大丈夫か?何言ってるかマジで分からねぇぞ」

 

頭を抑えながらうめくように言う岡部に男性は引くように言葉を漏らした。

岡部はそれを気にせずただ笑い、諦めた様に肩を落とした。最早信じるしかあるまい、受け止めるしか無い。これは現実で、自分は本当に異世界へとやって来てしまったのだ。

かつて時を跳躍した男は、今度は空間を飛び越えてしまった。

 

「フフフ、面白いではないか……良いだろう、機関の連中よ。貴様等がこの俺を異空間を閉じ込めるというなら、俺はその空間をも支配してやろう。何故なら我が名は鳳凰院凶真!! 不可能などなーーーい! ふぅはははははは!!!」

 

突然顔に手を置いておかしなポーズを取りながら喋りだす岡部。男性最早は絶句してしまった。

男性は先程もおかしな少年と遭遇したが、今度の青年はかなり飛んでいる人間であった。ただでさえ人の出入りが少ない店が更に人が去って行った。その人気の無い道端で、岡部はただただ不気味な笑い声を上げ続けた。

その結果、当然岡部は男性に蹴り飛ばされ、遠くへ去るように突き放された。

 

異世界へやって来た事を勝手に自覚した岡部であったが、結局の所自分が何をすれば良いのかは分かっていなかった。元の世界へ帰る事すら愚か、この世界で自分がどのように生活して行くのかの検討も付いていなかった。

結局の所、答えが見つからないまま夕刻になり、岡部は唯一の自分の私物である携帯を手にしながら道角で困り果てていた。

 

「さて、どうしたものかな……」

 

決め顔でそう呟く彼であるが、内心は酷く焦っていた。

基本ポジティブ思考の岡部ではあるが、いざ困難に直面すると誰よりもネガティブになり、更には普段のポテンシャルも失われてしまうのだ。

この異世界でのひとまずの目標はどうやって生きて行くか、それが最初の試練だと岡部は認識した。

 

貨幣は当然違う。そもそも自分の手持ちの有り金など微々たる物でしか無い。書いてある文字も違うし、当然ながら解読する事も出来ない。そんな何一つ異質な世界でどうやって生きて行けば良いのか?困り果てた岡部に、ふと声を掛けて来た人物が居た。

 

「すいません、ちょっとお話良いですか?」

「む?」

 

明るい人当たりの良い声。振り返るとそこには炎のように真っ赤な髪をした青年が立っており、愛想笑い浮かべながら岡部の事を見ていた。

自分が話し掛けられた事に気づき、岡部は片目だけ開けて青年の事を見下ろす。青年の腰には装飾の入った騎士剣が下げられている。身なりからして、剣士か騎士と言ったところかと岡部は当たりを付けた。

 

「ほぅ、まさか貴様の方から接触を図って来るとはな……暗夜(ワルプルギス)の騎士よ」

「え?あ……僕の事ご存知なんですか?」

 

完全な初対面でありながら岡部はさも青年の事を知っている口ぶりで話した。わざわざ額に手を置き、その隙間から青年の瞳を捉えながら話し続ける。その姿はさも意味ありげであったが、実際はなんの意味も持っていなかった。それを知らない青年は素直に岡部の言っている事を鵜呑みにしてしまい、少し警戒したように肩を狭めた。

 

「クク、当然だとも。機関の中でも謎が多く、その姿は幾重にも噂されている……だがその正体こそ、機関を想像した狂気の天才科学者。それが貴様だ! ワルプルギスの騎士よ!!」

 

青年の事を指差しながら岡部は堂々とそう言い放った。それはまるで事件の犯人を明かしたかのような素振りであったが、実際の所は全て岡部の妄想であり、言った言葉全部虚像であった。

当然青年も困ったように顔をしかめたが、岡部という男が普通の人間とは違うという認識をした。それはあるいは恐れ、警戒心などから来た感情だが、実際は岡部など青年の足下にも及ばない程の実力しか持っていなかった。青年はそれを知らない。

 

「え、えっと……初めまして。僕の名前はラインハルトです」

「フッ……まぁそういう事にしておいてやろう。貴様にも色々あるのだろうからな。我が名は鳳凰院凶真、こっちではその名を使っている」

 

呆気にとられていた青年は岡部にそう自己紹介をした。それを聞いて岡部は勝手な推測を立て、バサリと白衣をひるがえして自分の名を語った。当然その名は偽名であり、本名は岡部倫太郎。鳳凰院凶真などという名前は存在しない。しかしその事を知らないラインハルトは素直に頷いて岡部に握手を求めた。

 

「おっと、あまり俺に近づかない方が良い……制御出来ないんでな、左手が」

 

そう言って自分の左腕を抑え、震えながら岡部はラインハルトに警告した。しかしラインハルトが差し出した手は右手、色々と設定がずさんな所があった。

普通ならこんな人と会えば即逃げてしまうが、心優しいラインハルトは岡部はちょっと変わったユーモアのある人なのだろう、とポジティブな考え方をし、岡部に明るい笑顔を向けた。

 

「それで、キョウマさんは何故此処に?見た事も無い服を着てるけど……ひょっとして商人か何か?」

「いいや、実は俺も何故こんな場所に居るのか分からなくてな……強いて言うなら、導かれて来たんだ」

「導かれて……?」

 

ラインハルトはようやく本題に入り、岡部という変わった人物が何故この街に居るのかを問いただした。実は広場での岡部の噂をしている民衆の声を聞き、一応は騎士であるラインハルトは少しだけ調査をしてみる事にしたのだ。そしてようやく件の人物を見つけ、今正に尋問をしているという状況であった。そうとは知らない岡部は両手を広げながら大袈裟に説明を始める。その内容はラインハルトにはちっとも理解出来る物では無かった。

 

「そう、俺の第六感(シックスセンス)が囁いている。今この街に何かが起きようとしているんだ。予知(ヴィジョン)で視えるのは……深紅の宝石、選ばれた五人の賢者、そしてその最後の一人が今見つかろうとしている……そう、その人間がこの街に居る」

 

適当な設定をベラベラと喋りだす岡部。次から次へと出て来る物は全て真っ赤な嘘であった。だがその言葉にラインハルトはピクリと肩を震わせた。あれだけ強めていた警戒心を解き、慌てた様子で口を開いた。

 

「五人の賢者?……まさか、“王選”の最後の候補者を知ってるのか?」

「む?あ、ああ……そう、“王選”さ。選ばれし最後の一人がこの街の何処かに居るのだ!」

 

ラインハルトの言葉に岡部は適当に調子を合わせた。実際の所はその王選というものも最後の候補者の事など微塵も知らなかったが、ただ大袈裟な事を喋りたいだけの岡部はその話を利用する事にした。

 

ラインハルトは突然岡部に近寄った。自分の任務であり、そして仕えるべき人がこの街の何処かに居ると知って急に居ても立っても居られなくなったのだ。更にはその人物を知っていると岡部は言う。ラインハルトはこの機を逃す訳には行かなかった。

 

「教えてくれ! その最後の候補者は何処に……!?」

「フフ、知りたいか?良いだろう、教えてやる……その最後の候補者の居場所をな……」

 

急に積極的になったラインハルトに若干引きながら岡部は言葉に詰まる。

適当に言ってしまったが故にまだオチが思いついてなかったのだ。両手を広げたままじばらく虚空を見つめ、視線を右往左往とさせる。目の前では答えを待っているラインハルトの姿があった。とても今更戯言だったとは言えない。

考え抜いた末、岡部は一番ありきたりな答えを言う事にした。

 

「そう! その人間は何を隠そう、この鳳凰院ーーーーッ!?」

 

大袈裟に白衣をばたつかせ、岡部が答えを言い放とうとしたその時、世界が止まった。

比喩でも何でも無く、文字通り世界のあらゆる物が静止した。沈みきった太陽、夜の暗雲、道行く人々達、目の前に居るラインハルト、それらの全てが一切の動きを失った。

 

何がーーと岡部が言葉を呟いた。何故自分は動く事が出来る。今起きているその出来事を認識する事が出来る。それはかつての“あの感覚”と似ている部分があった。

そして次第に岡部に見えている光景が白く染まり始めた。建物が崩壊し、人々は白い粉のように消え去り、空も地面も形を失った。

 

全てが破壊され、何も無い世界。その無の世界で岡部は呆然と立っていた。

何が起こったのか分からず、ただでさえ異世界という意味不明な状況で今度は真っ白な世界。いよいよ頭の許容量が限界に近づいていた。

岡部がパニック状態になっていると、その無の世界に地面が出来上がった。パキパキと音を立て、まるで殻を破るかのように次々と地面が現れ、更に空、建物、木々や人々も形を取り戻して行った。再構築されたのだ。

 

「何……がッ!?」

 

気がつけば、岡部は最初に立っていたあの道に居た。

周りには最初に見た通行人達、その民衆達は岡部の事をジロジロと見ており、岡部の事を怪しげな瞳で見ている。先程まで居たはずのラインハルトの姿も無く、岡部は完全に理解出来なくなっていた。

 

一体何が起きたのか、先程まで夜だったはずなのに今は真っ昼間に戻っている。……戻っている?岡部は表情を曇らせた。

今、自分は何故戻っていると表現した?確かに先程まで夜だったのに今は昼間になっている。だがそれは単に夜が明けたと考えればいいだけの話だ。なのに何故自分は戻っていると認識したのか?

 

自然と岡部は自分の瞳を覆うように手を置いていた。

ドクンドクンと脈打つ心臓。ピリピリと肌に伝わるこの感覚……この感覚を岡部は昔感じた事があった。何もかもが無くなり、全てがやり直された瞬間。自分だけがそれを認識しており、理解している状況。そう、あのタイムリープの時の感覚。

 

「これは……“リーディング・シュタイナー”が発動したのか!?」

 

岡部命名リーディング・シュタイナー。

かつて時間跳躍をした時、岡部はその改変された世界を認識する事が出来た。何故か世界線が移動した時、岡部は前の記憶を失う事無くその世界を認識する事が出来たのだ。この能力を駆使して彼はかつて大いなる戦いに挑んだ事があった。

その能力が、今はもう必要は無いと思ってずっと封印していたその能力が……発動された。それが意味する事は一つ。

 

「世界が……時間が跳躍したとでも言うのか?」

 

世界線の移動。正しくは時間跳躍。時が巻き戻ったこの感じからしてタイムスリップがなされたのだと岡部は結論付けた。だが分からない事もある。

そもそも何故突然タイムスリップが行われたのか?この世界が異世界ならば魔法もあるのだろう、ならば時間を操る程の魔法があってもまだ理解が出来る。だが、それがこんな突然に行われる物なのであろうか?ましてやあんな夜に突然。

 

岡部が確信している事は一つ。自分では無い何者かが時間跳躍を行ったという事。そしてリーティング・シュタイナーを持っている自分はその跳躍に巻き込まれ、巻き戻った世界へやって来てしまったのだ。

かつての戦いで起きた事の繰り返し、それは岡部を苦しませる物であった。だが、狂気のマッドサイエンティストである彼の口元は歪んでいた。

 

「フ……フフ、そうか運命石よ、これは貴様が仕掛けた物か。再び俺に立ち向かえと言うのだな?“円環連鎖の螺旋(ウロボロス)”に……」

 

額に手を置き、肩を震わせながら岡部は言葉を零した。

そこには憎しみの感情が込められており、まるで誰かを憎むようにその声色は低かった。だが瞳だけは輝いており、炎のように熱い意志がしっかりと宿っていた。

 

「良いだろう! 世界よ、俺は再びお前と戦う! 必ずこの無限連鎖の呪縛を解き放ち、狂気の世界へ導いてやる!!」

 

バサリと白衣をひるがえし、岡部は広間に人全員に聞こえるくらいの大声でそう言い放った。

道行く人はぎょっとした様子で岡部の事を見たり、そっと距離を取ったりする。歩いていたリザードマンや猫耳の人間も流石に驚いたように岡部を見ていた。そんな視線に突き付けながらも、岡部は晴れ晴れとした表情で決め台詞を続ける。

 

「我が名は鳳凰院凶真!! 恐れ戦く良い! ふぅははははははははは!!」

 

まるで魔王のような邪悪な笑い声を上げる。

民衆はその光景を見て全員が同じ事を思った。あいつに関わったらマズい。

 

今ここで、再び岡部倫太郎の戦いが幕を上げようとしていた。

繰り返される世界、超える事の出来ない世界線、何度も突き付けられる困難、この先からはその受難が待っている。だが岡部は逃げない。何故なら彼は、狂気のマッドサイエンティストだからである。

 

 


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