ある日、八幡が増えまして   作:最下

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二度と

 都心付近らしく淀んだ空は星を一切見せてくれない、代わりにはどう足掻いてもなれないが近くの点滅しながら光る電灯をぼけっと眺める。流石にこの時期にこの時間に公園のベンチに座っていては体は冷えると、白い息を吐きながら空になった缶コーヒーを手元で転がす。

 ムー大で雪ノ下達と別れた後、彼女は家に俺は彼女が連絡してくるまで公園待機をする事になり、かれこれ四時間以上このベンチに腰を下ろしている。

 俺は彼女の連絡が来るまで暇なのだ。スマホは預けられているが連絡用で、人のスマホで好き勝手ネットサーフィンする訳にもいかない。雲の動きが辛うじて見れる天体観測か風に揺られる木々を見つめる程度しかやることがない。

 まあ、退屈なだけでこのコーヒーや夜食としてパンなどを与えてくれたので不便はしていない。面倒見のいい奴だと感心するが、将来悪い男に捉まらないか心配だ。

 

「さみぃ……」

 

 手を擦り息を吐き掛け暖を取ろうと試みる。

 コートを着ているとは言えこの寒さは応える。前をぴっちりと閉じ体を丸めてもまだ寒いぐらいだ、どうせなら春の初め頃に尋ねる羽目になりたかった。

 ゲーセンから出たのが六時ちょいだったから、そろそろ十時くらいにはなるだろうか。早く連絡来い、いい加減辛い。

 いっそ一眠りして待っていようかと思考を巡らせていると、上着のポケットに入れたスマホがピリリリと初期設定音で鳴る。登録名は「家」、とてもシンプル。

 

「……もしもし」

『小町が風呂に入った、すぐ来い、来たらチャイムは鳴らすな、ドアを三回叩け』

「了解」

 

 彼女から簡潔でわかりやすい指示を頂く、家に入ってからも静かに行動さえすれば怪しまれることはなさそうだ。

 この公園から家まで俺の歩行速度で五分も無い。小町は長風呂なので多少ゆっくりでも問題ないだろうが、寒いから大急ぎで行く事にする。

 寒い夜を共に乗り越えたゴミをゴミ箱に投げ入れ公園を後にする。

 

「うー、ポチャポチャお風呂と温かい布団が恋しい」

 

 人間って良いなって思いながら身を縮こませて歩く。

 お家に帰るのはわかるし全面的に同意なのだが、何故でんでんでんぐりかえってバイバイバイなんだろうな、デングリ反し必要か?

 なんて明日には忘れそうな事を考えていれば、家に着く。

 ノックを三回だったか。

 

「部屋に行ってて、場所はわかるな?」

「問題ない」

 

 すでに寝間着の彼女の横を通り過ぎ、階段を静かに素早く上って部屋に向かう。

 悪いが小町に会ったら絶対に面倒事になる自信と信頼と信用がある、あっちの小町は事ある事に俺を誰かに押し付けようとするがここの小町はどうなのだろう。ここの俺が異性と接する機会があるとも思えない。

 部屋は暖房で温められていて、かじかんだ手がじんわりと沁みる。

 

「はぁ……お邪魔します」

「待たせて悪いな。お茶淹れてくるから、着替えて待ってろ」

「ああ、助かる」

 

 総武高に出向く前に畳んで置いた位置に、一ミリも変わらず鎮座する俺の寝間着を手に取る。

 しかしこいつは性別の違いからか俺とは思えない程、気が利くな。いや俺だって気は遣える方だ、客人が来たら迷わずお茶漬けを用意するぐらいには気が遣える、礼儀とか建前は気にせず要件が済んだらさっさと帰れの意だ。

 着替えはすぐに済み、あいつが戻ってくるまで手持無沙汰で部屋の本棚を物色する。

 

「…………」

 

 性別が変わっても流石俺、本棚までしっかり似ている様だ。ただ一冊だけうっすい本が紛れているのが気になるが、人の趣味にとやかく言うのは悪趣味だな、うん、もしかしたら海老名さんに押し付けられたものかもしれないし。

 

「面白いものあるか? ……あっ」

「ほぼ同じだな」

 

 戻ってきた彼女は何かを思い出したかのように声を上げる。

 別に薄い本は見てないよ、本と本の間に挟まっている所しか見てないよ、内容も表紙も見てないよ、女の子は皆腐ってるって海老名さんも言ってたからね、気にしてないよ。

 ジト目であっているのか、それを俺に向けながら湯呑を突き出してくる。

 

「緑茶でいいよな、ってか文句は言うな」

「サンキュ、あっついっ!」

 

 受け取った湯呑は思ったより熱かった。

 今日は意地にでも寝なくてはいけないのでコーヒーは避けてくれたのだろう。流石俺、気が利くし物静かだし三歩どころか五歩以上後ろを歩く大和撫子っぷりだ。ちなみにこれらは全部俺にも当て嵌まる。

 

「ああ、五臓六腑に沁み渡るぅー」

「やっぱ寒かったか」

「そうだな、冬だし当然だ」

 

 時計を見ると既に十一時を過ぎていた。五時間の間も天然冷蔵庫で冷やされていた事を考えると、問題は寒さより時間にあった気がする。

 

「ほら、コート寄こせ」

「何から何まで悪いな……」

「いいっての、こういう時はありがとうだろ?」

「お、おお、ありがとうございます」

 

 何そのイケメンな台詞、きゅん。ここで豆知識、葉山が言って違和感が無く俺が言うと違和感があるのは大体イケてる惚れそうな言葉だ、自分で言ってちょっと悲しい。

 

「あん? ハンカチ? 持たせたっけ?」

「忘れてた葉山から借りたやつ、洗って返しといてくれませんか」

「……まあ、いいけど」

 

 ハンカチを取り出してからコートを丸めてぶん投げる。

 俺のじゃないけど自分がさっきまで着ていたものを投げられんのって複雑だな、親父への熱い想いだと解釈しておこう。

 

「頼むから今日で帰れよ、明日も面倒を見れる気はしない」

「ああ、帰る、二度とこない」

「そうしとけ」

 

 絶対に来ない、心の中だけでもう一度呟く。

 俺の居場所はここじゃないから、みたいな意味では無く、単純に身元を証明できない不便さとこれ以上の施しを受けたくないからだ。

 

「プリクラも持ち帰れんのかね? 服にでも留めておくか」

「いやお前が貰っておいてくれ、あっちで見られたら色々と面倒だ」

 

 由比ヶ浜から貰ったプリクラを彼女に渡すと渋い顔で受け取る。

 雪ノ下と由比ヶ浜と写っているだけなら小町も「へー」で済ましてくれるだろうが、お前の顔を見たら「誰なのこの女!」って浮気がバレた夫みたいな目に遭うのが脳裏に浮かぶ、下手な嘘を吐いてもあっちの雪ノ下達が否定するだろう。面倒事を避けるためにも俺がここから持ち帰っていい物はない。

 

「……おまえにとっちゃ夢みたいなもんか」

「俺がいるべき世界線でないなら、夢で済ませるのが一番だろ」

 

 そもそも世界線と言うのも仮の考え方の一つに過ぎないのだが、これが適切なのだから仕方ない。

 

「前もって言っておくが、夢だとしても今日の事は感謝しているから」

「……おまえって本当にオレ? そんな素直だった?」

「自分に素直に生きてんだよ」

 

 彼女の疑問に冗談めかして答える。

 もう俺には嘘を吐いてしまったから、自分には素直でいたい。この言葉に嘘のつもりはないが守れるかはわからない、簡単な事ではないから。

 

「……何て顔してるんだおまえは」

「あ?」

「気付いて無いならいい」

 

 何なんだよ、顔? お前と俺じゃあ輪郭くらいしか変わりがないだろ。同一人物らしく性別以外の違いが一切ないのだから、小町より兄妹らしいと言える。だから何で俺が兄になるんだよ、姉弟でもいいだろ。

 彼女はふぅっと溜息を吐く。

 

「オレは寝る。おまえは……も横になっておけ、おまえだって早く帰りたいだろ?」

「そりゃな。でももう少し躊躇いとか恥じらいはねーの?」

「無い。自分なら一人で寝てるのと同じだ」

 

 そう言って彼女はベッドの壁際に転がり、隣をベンと叩いた。

 そこに横になれの意なのだろう。俺がこいつだったら恥ずかしがったり嫌悪を出したりこんな慈善行為は恐らく出来ない、……聖人君子?

 

「邪魔すんよ」

「はいはい」

 

 部屋の電気を切り、雪ノ下の言う通り、向かい合う様に身体を倒す。

 うわぁ、改めて見るとマジで女の子じゃん。小町の姉であるこいつがこんなスタイルなら小町にも未来があるのかなぁ、でも雪ノ下姉妹を見ているとあいつの胸部に明るい未来は無い気もしてくる。妹の胸の事考える兄ってかなり気持ち悪いな。

 そして小町以外の女の子と共に睡眠を取る日がくるとは思わなかった、こいつも自分だから身内みたいなもんだけど。それより会って一日でベッドインとか大丈夫なのかこれ。

 

「って、お前の発熱量凄いぞ、大丈夫か」

 

 俺のベッドはそこまで広くない、高校生二人が入るには少しだけ肌が触れ合う。そこから人の体温としては熱いぐらいの熱が伝わってくる。

 疲労で体調でも悪くしたのか。意味の解らない出来事が起きている真っただ中にいるのだ、無理もない。何かしら気を掛けたくとも何もない。

 

「大丈夫だ、気を遣うくらいなら寝てろ」

 

 そうは言って距離を取る様に俺の胸を押す。

 しかしお前の頬は薄暗い部屋でもわかる程に赤いし、俯き気味の顔に手を当てている様からは具合が良いとは到底思えやしない。

 

「おまえ、小町が体調崩した時もこんな感じなの?」

「んな訳ないだろ。さっさとベッドに突っ込んで、偶に水と飯の確認をするだけだ」

「オレらしい看護だな……」

 

 俺が不調の時は空メールでも何でも送れば小町が来てくれる親切設計だ、お蔭で変に風邪をこじらす事もなく治してきた。小町には感謝している、母ちゃんが来る事もあって驚くのは風物詩か何か。

 彼女は顔から手を離すと溜息を一つ吐いた。顔はまだ赤い。

 

「いいか? 良く聞け、比企谷八幡」

「お、おう。何だ」

 

 改まった様子に戸惑ってしまう。お前も比企谷八幡だからな、など口に出したら白い目で見られる事だろう。

 

「オレは女子高に通ってて身近な異性と言ったら父親だ、後は海浜のと少し話した程度か」

「ああ」

「比べておまえは共学で妹もいる、雪ノ下と由比ヶ浜とも普通に話してるだろ?」

「ああ」

 

 首を縦に動かしながら相槌も打つ。

 彼女の声のトーンと仕草から怒っていると言うよりかは不満を訴えている事がわかった、ただ指先だけでベッドをデシデシ叩くのは怒りを感じているようにしか見えない。

 

「要は、耐性がねぇんだよ……もう少し察しやがれ……」

「あ、あー、それは、えっと、……すみませんでした」

 

 今になって彼女の顔が赤い理由がわかった。年頃の娘らしく異性と寝床を共有する事を恥ずかしがっていたらしい。どこの鈍感だ、俺はそれに全く気付けていなかった。小町がいたら大目玉を食らわせれただろう。

 

「おまえからしたら妹みたいなもんだろうが、オレからしたら慣れない異性だからな、バカ」

 

 付け足す様に胸を軽めに殴られる。その拳はまるで痛く無いが、目に込められた不満が俺に突き刺さる。

 これには配慮が足りなかったと反省するばかりだ。

 

「もういいから、寝ようぜ」

 

 さらに一撃加え、彼女は掛け布団を頬の辺りまで引き上げる。その動作が拗ねた小町にそっくりで思わず笑ってしまうと、それが気に食わなかったらしく睨まれた。

 

「悪かったな、気が遣えないやつで」

「なっ、おま」

 

 何時だったか小町にやった様に、彼女に手を回し心臓の鼓動に合わせて背中を叩く。思ったより抵抗は無かった、睨まれ続けているがそれでも止めずにいると諦めたように目を閉じる。

 

「……少女マンガか何かか?」

「俺は読まないんでコメント出来ないな」

「あっそ……」

 

 あっちに戻ったら小町から借りて読んでみようか、こいつと話す機会は二度と訪れないだろうが知識として得るのは面白いかもしれない。今の少女漫画は頭に芋けんぴ付いているらしいので心配だけど。

 

「くそっ……さっさと寝て帰れ」

「ああ……、そうするよ」

 

 良い具合に眠りに誘われながらも手はポンポンと単調に動かす。

 彼女の可愛げのない毒づきも切れが無く何処か間延びしていて睡魔に襲われている事を覗わせる。

 

「おまえみたいな兄は絶対いらねぇ……」

「ああ……俺も、そう思うよ」

 

 眠いなら寝ればいいのに、まるでぐずっている子供みたいだ。俺の方にはもう皮肉一つ言う余裕もなくドロドロとした眠りへと緩やかに引きずり込まれていく。

 

「おやすみ……さよならだ、多分……」

「ああ、じゃあな」

 

 夢に落ちる一歩手前、頭を撫でられた気がした。

 

 

  *  *  *

 

 

 カーテンの隙間から差し込む光。それが煩わしく布団を頭にまで引き上げ、再び微睡みに落ちていこうと一肌で温められたぬくもりに身を預け、思い止まる。

 ……そうじゃないだろ。布団を蹴飛ばして体を起こし周囲を見渡す。横に彼女の姿は無く、そこに俺以外の誰かが眠っていた形跡もない。

 もしかして、戻ってきたのだろうか……?

 

「――ッ!」

 

 慌ててベッドから下りて本棚に駆け寄る。確か、あっちの俺の棚なら、この辺りに名状し難い謎の薄い本が……ない。気は進まないが衣類棚を開き、下着を漁る。

 

「男もの……」

 

 男もののトランクスを握り締める。

 そうか、ここは家か、紛いもない我が家か、安心の余り溜め息すら溢れてしまう。トランクスを手に、息を吐く俺の姿は他者からどのように映るのだろうか。

 

「……ただいま、いや夢か?」

 

 頭をグシャグシャかき混ぜながら呟く。途中、手を止め何かを思い出そうとするが引き出される記憶はない。自分の行動ながら不思議に思うが、些細な事だ。

 何にせよ、今日はただの平日だ。学生らしく学校にいかねばならない。

 

「あん?」

 

 胸元に一つ、五百円玉程度しか入らない様な小さな袋が安全ピンで留められていた。

 昨日の夜はこんなもの無かったはずなのだが……。寝ている内に態々小町が付けたとも思えない、ならこれは誰が、彼女か……?

 意図はないが一度朝日に袋を透かせてから、開封する。

 

「……あいつめ」

 

 唸りに近い愚痴を吐く。袋の中には確かに返却したはずのものが封されていた。せっかく人が夢落ちで片付けてしまいたいってのに、なんて事をしてくれているんだろう。

 

「……わかったよ、夢じゃないのな」

 

 再び袋に詰め込み、机の上に放り投げる。

 不満と文句は大いにあるがここで言ったところで向こうの彼女には届かない、結局俺はしてやられた訳だ。二度と会う機会は無いので本人に嫌味の一つ言う事すらできないとは。

 だが、だが、一つだけ言ってやる、聞こえなくとも言ってやる。

 

「俺も、お前みたいな妹は、絶っ対に、いらねぇ……」

 

 


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