ある日、八幡が増えまして   作:最下

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遊び

 やっぱり断ればよかった。と、みんな大好きムー大で奉仕部の後ろを歩きながら思う。

 俺は本来ここにいないのだから下手に形跡を残すのは愚策ではないだろうか、これを俺にでもいいし雪ノ下にでも伝えて早退けさせてもらおう。

 

「なぁ、雪ノ下」

「あれ、雪ノ下さんじゃん。隼人ちゃんこっちこっち」

「……後にしてもらっていいかしら」

 

 良くない。声が聞こえた方向に目を向けると、なんとまあ、JK軍団がこっちに寄ってくる。

 その内二人は知っている顔、三浦と海老名さんだ。ならばさっきのデカくてキンキン高い声は戸部で、グループでも一際可愛いあの子は葉山なんだろう。後ろの普通の奴等が大岡と大和で……実にらしい。

 

「戸部、駄目だよ。ヒキタニさんの家族といるところだからね」

「あっ、ヒキタニさんいたの。ごめんごめん」

「い、いや、いいんだけど」

 

 あ、傷ついてる。俺も目の前にいて気付かなかったとか言われたら、その日の枕を涙で濡らす事になるけど。

 しかし葉山の雰囲気が何か違うな、どちらかと言うと陽乃さんに近い気がする。

 

「比企谷さんのお兄さんですか? 比企谷さんにはいつもお世話に……結衣がお世話になっています」

「おい」

 

 気のせいだった、ニコッと笑う葉山の顔は紛いもなく葉山だ。

 そして性別が変わったここの葉山と俺もやっぱり仲は良くないのね、仲良しで由比ヶ浜みたいに手を繋ぐところを見せられても反応に困るからこれでいいんだけどね。

 

「いとこが世話になってる。上手く距離を維持してやってくれ」

「はい!」

 

 流石葉山、かなり可愛い、いや可愛げがあって愛想もいい。

 ただ仕草も体格も輪郭も女の子なのに、笑顔だけは葉山と何一つ変わらないのが不気味でもあるが。

 

「ヒキタニさんのお兄さん? マジそっくり」

「へぇ、ブサイクではないんじゃない?」

「おお……TSヒキタニさん……。お兄さん、BLに興味ありません?」

「ありません」

 

 JKってこんなに寄ってくるの? 今まで全員葉山に向かってたろ、……その葉山が女の子だからか。勘弁してくれ、俺はパンダじゃない、三十六度のたんぱく質が群がんじゃない。BLにも興味ないからやめてくれ。

 

「はぁ……行くぞ兄さん」

「…………」

「んだよ、その顔」

「あなたに兄と呼ばれるのが嫌だったのかしら?」

「えぇ……」

 

 彼女に腕を引かれて脱出する。俺を兄と呼んでもいいのは小町だけだ!! 何て、今は言えるはずもないので適当に否定して雪ノ下達に着いていく。

 姓はともかく名前の被りは考えられないから兄呼びは仕方無いにせよ、複雑だ。どうせなら性別と共に名前も変わってくれたらよかったのに、八子とかでいいから。

 

「うーん、この機種でいいかな」

「何でもいいから入ろうぜ」

「そうね」

 

 彼女達に続いて俺も入る、こんな機械に四人を詰めるのは少し窮屈だ。

 こいつらって「奉仕部」ってより「ほうしぶっ!」って感じだよなぁ、現役JKによる間違った青春ドタバタコメディーみたいな。

 

『まずは虫歯ポーズ!』

「由比ヶ浜さん、虫歯ポーズとは何かしら?」

「こう!」

 

 ズァッと手を頬に当てる由比ヶ浜。

 なるほど、虫歯で痛む奥歯を押さえるように手を当てるから虫歯ポーズか。頬杖ついている俺も虫歯ポーズに分類されるのだろうか、やだ女子力高い。

 

『お次はー隣の人と手を繋いで撮ってみよー!』

「ゆきのんっ」

「ルールだものね」

「ほい」

「……ん」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜、俺と女の俺で手を繋ぐ。

 こいつの手を握っても胸の高まりなんざ無いし寧ろ胸の内は冷えていく、何でこんな事をしてんだろ俺……って、帰宅には明らかに必要ないプロセスだってのに……って。

 

『最後は抱きついちゃえ!』

「勝つわよ、由比ヶ浜さん」

「あれ、ゆきのん何か勘違いしてない?」

 

 間違いなくしている。雪ノ下の事だからゲームセンターにある物は全てゲームで勝ち負けが絡むのだろう、そして負けず嫌いさんだから熱を帯びる、と。

 俺は別に敗北でもいいんだが……お前は?

 

「………………こい」

「そ、そう」

 

 彼女は悩んで悩んで溜め息を一つ、腕を広げて受け入れる構えを取る。

 何でだよ、お前も負けたくないの? そこは胸の前で腕組んでいいのよ? 後これだと俺がお前に抱き付く形になるじゃん、男の子としてあまりにも複雑だ。

 

「あー……もう」

『ハイ、チーズ!』

「おわっ」

 

 フラッシュが瞬く。

 

 

  *  *  *

 

 

 抱き付くのは男の子として嫌だった、専業主夫を目指しているがそれは女性的になりたい訳じゃない。男として女を支える立場になりたいだけなのだ、そして人の稼ぎでのうのうと暮らしたい。

 話がずれたな。とにかく咄嗟の行動だったのだ、彼女が望まない敗北を避けて俺の金魚のふんよりほっそいプライドを守るための行動だったのだ。

 だから、だ。

 

「いやーあはは、ゆきのん、あたしたちの負けかな~」

「判定基準は何かしら」

「……言葉にはしづらいけど、何か初々しいところ?」

 

 やめて。

 

「はい、ヒッキーと比企谷くんのぶん」

「おお」

「いや、俺は」

 

 持ち帰らないから要らない。と続けようとしたが視線を感じたので止めた。

 どっちの視線だ、雪ノ下か女の俺か。どっちも由比ヶ浜には甘そうなので詮索するだけ時間の無駄と思考を打ち切る。

 

「ほれ、沢山あっても邪魔そうだし二枚ずつな」

「ああ……サンキュ」

 

 どれもアホみたいにきらきらしてるのを受け取る。

 一枚目は虫歯ポーズ、由比ヶ浜は馴れてるな、しかし俺がやるとこのポーズはオカマっぽいんじゃないだろうか。落書きにそれぞれの名前が丸っこい字で書き込まれている、ヒッキーとハチマンか。

 二枚目は手を繋いでの写真、改めて見ると本当に兄妹みたいだ、手を繋いでも恋人同士には決して見えないだろう。落書きは装飾が散りばめられている。

 三枚目は……うん……、平常運転の雪ノ下達と、両手を回す様に抱き付いた彼女に片手で抱き寄せている俺、それ以上は語らない。アホみたいにハート書き込んでんじゃねぇよ、同一人物だっての。

 

「比企谷さん、比企谷くん、次は負けないわ」

「落ち着け雪ノ下、こいつに次はない」

「ヒッキー、言い方……」

 

 何か死ぬみたいだな、それ。ともかく次が無いってのはその通りだ、予定では明日にはこの世界線から出ていく訳だから。もし出ていけなくとも勝負事なんてしていられない。

 

「そうだったわね、なら戻った先にも私がいるならその私に任せるわ。そしてあなたは私が近い内に負かしてあげる」

「……統計で見ればお前が勝ち越してんだから、一回ぐらい忘れろよ」

「嫌よ、負けず嫌いなの」

「知ってる」

 

 お前はそう言う奴だよな、敗北は勝利を経て返上しなければ気が済まない奴だよな、知ってる。明日の俺はあっちの雪ノ下にボコボコにされるかもしれない、帰るの怖い。

 恐怖に震えていると、由比ヶ浜がゲーセンの騒音に飲み込まれないように声を張り上げる。

 

「ねっ他のゲームも、やろっ?」

「どーする」

 

 チラリとこちらを見られたので何でもいいと返す。

 素直に従おう、解決策や頼んでもいない思いで作りに励んでくれたのだ。それにゲーセンに来てプリクラだけってのも退屈だろう、戸塚がいるなら話は別だけど。

 

「だが、先にトイレ行ってくる、ゲーセン内なら探すから好きに遊んでてくれ」

「おう、いてら」

 

 ゲーセンからこの階のトイレへは少し歩くが、無一文の俺が出来るのはプレイを見るだけ、何なら遊び終わった頃に戻るぐらいでもいい。

 そんな身にならない事を考えていると、お目当てのトイレが見えてきた。

 

「っ!」

「わっ! すみません、ぶつかってしまって」

「やっ、こちらこそ悪かった」

 

 出てきたところの少女と衝突してしまった。少女とぶつかるなんて少女漫画かラブコメぐらいだと思ってた。

 だが、やっぱり運命の出逢いなんざ有り得ない。

 

「あ、比企谷さんのお兄さん」

「急いでんで、じゃ」

 

 葉山だった。こちらの急いでいるは口実ではなく、本当に今お前の相手をしている余裕はない、思えば今日一度もトイレに足を運んでいないのだ。その分食ったり飲んだりもしていないが出るものはある。

 しかし運命の出逢いは無くとも腐れ縁に近いものは存在するのかもしれない。例え性別が変わっても別の世界線でも、それこそ生まれ変わっても顔を合わせるのかもしれない、……気持ち悪っ!

 来世に憂鬱な思いを馳せ、手の水気を切りながらトイレを後にする。

 

「比企谷さんのお兄さん」

「……まだいたの?」

 

 やはり腐れ縁なのだろう、実はあっちの記憶があるなんて言い出さないよな? だとしたらお前に「お兄さん!」なんて呼ばれる度に、背筋に冷たい汗が流れるのを告白するんだけど。

 

「はい、ちょっとお聞きしたいことがあって……今いいですか?」

「いとこを待たせてるんで」

「ゲームセンターなら途中までご一緒させてください」

 

 ……こいつ当然だが完璧に葉山だ。歳上と勘違いしてるからかヒキタニさんの親族だからか敬語だが、断らせない言葉を選び、俺の言葉から道を封鎖させにかかってくる。喜べ一色、この美少女葉山にもっとも近いのは多分お前だ。

 

「……手短に頼む」

「はい。あっ、でもその前にハンカチどうぞ」

「いいっての」

「手が荒れちゃいますよ」

 

 半場無理矢理押し付けられたので、大人しく手を拭く。押し問答は目的ではない。にしてもやっぱり一色じゃなくて陽乃さん似だわ、思わず惚れそうになったもん。逆説的に考えて一色には惚れない。

 

「ありがとさん、洗濯して持たすからあいつから受け取ってくれ」

「そんな、いいですよ、私が持ち帰ります」

「気にしないでいい」

「あ、ありがとうございます……」

 

 頬を染めて俯き気味になってしまった葉山隼子(仮名)。

 やめて、ただでさえ、男の葉山でさえ、胸がトキメキ掛けた事があるのに可愛い女の子になってそんな顔しないで、やめて、助けて戸塚。

 後気にしないでいいってのは、俺はやらないから気にしないでいいって意味だから。

 

「で、話ってのは?」

「あ、ああ、そうでした」

 

 軌道修正をして、話を促す。

 

「話ってのは疑問です、私ってお兄さんと会ったことありましたか?」

「いや、今日が初めて、初対面だろ」

 

 ついに比企谷さんの、が消えてお兄さんになった。

 俺が知っていて何だかんだで毎日顔を見ているのは、男版のお前に過ぎないからな。

 

「私を見た時、納得した様な、安心した様な表情をしたのが気に掛かって……。お気に障りましたか?」

「別に。あれは俺似のあいつに話せるクラスメイトがいたのに安心しただけさ」

「……いいお兄さんですね」

 

 本当は性別が変わっても、一切変わらないお前に安心感を覚えただけなのだが。黙っていた方がこいつの言う通りいいお兄さんなので黙っておくことにする。

 

「でも、いいお兄さんは普通『距離を維持しろ』なんて言いませんよ?」

「……俺のスタイルでな、無理に親しくする必要はないって思ってるんだ」

「そうでしたか、てっきり……内情を深く知っているのかと」

 

 そりゃあ、別の世界線と言えど実質当事者と言っても間違いではないんでな。こっち側でも葉山隼人と比企谷八幡は仲良くできねぇんだよ、考えがあまりにも違い過ぎて、そしてそれは恐らくずっと変わらない。

 

「失礼。最後に名前を伺ってもいいですか?」

「比企谷……八重」

「ありがとうございます八重さん、私も友人のところに戻ります」

「気ぃつけてな」

 

 小走りでエスカレーターに向かっていく葉山。

 やえって誰だよ。まあ、あいつとも二度と顔を合わせる日はこないし、即席の偽名でいいだろう。もしあいつがボロを出しても俺の存在がまた千葉七不思議の一つになるだけだ。

 葉山を見送り、後ろを向けば視覚的にも聴覚的にもギャンギャラうるさいゲーセンに戻ってきていた。

 

「遅かったな」

「少し雑談してた」

「誰と?」

「葉山」

 

 由比ヶ浜がUFOキャッチャーに励んでいるところで合流する。どうやら雪ノ下にパンさんのぬいぐるみを取ってあげるって意気込んでいるらしい。

 あいつに貢がせ上手なイメージはないし実は上手かったりするのだろうか、人付き合いでゲーセンに足を運ぶ事もあるだろうし。

 

「ふーん、流石葉山だな。初対面だろ?」

「あっちの葉山ならともかくな」

 

 あっちの葉山なら三日に一度くらい話す機会がある。どちらも望んでの対話ではないので二言三言だけでも言葉を交わしたら上々だ。

 

「で、何か言ってた?」

「特に何も。ただあいつの中で俺の名前が八重になっただけだな」

「へぇ、可愛い女の子に名前知ってもらってよかったな、八重?」

「誰だよ」

 

 由比ヶ浜が操るクレーンがパンさんを掴み、口の近くに落とす。中々堅実な動きだな、これなら後二回三回で取れそうだ。

 葉山には悪いとは思うが、面倒事回避に必要だったのだ。あいつは信頼はしているが人の口に戸を建てる事はできない、友人の多いあいつならどこからでも流出する恐れがある。

 で、八重って誰だよ。

 

「素直に喜んでおけよ、葉山は女のオレから見ても可愛いからな」

「こっちの葉山を知ってると複雑でな……」

「……仲わりぃの?」

「それもある」

 

 仲が悪いのもある、だが一番の理由はこっちの葉山は男だという事実。もしここの葉山に恋心でも抱いてしまったら俺のアイアンディティがクラッシュされる、他にも色々危険な匂いがする、海老名さんとか。

 おっ、由比ヶ浜がパンさん取った。

 

「小町が風呂に入ったら家に引き入れるよ、スマホ渡しておくから家電からかける」

「悪いな」

「いいんだよ、その代わりもう来るなよ」

「気をつけます」

 

 パンさんを受け取るのを渋る雪ノ下を見ながら今後の方針を固める。

 それにしても気をつけてれば未然に防げるものなのだろうか、だとしたらここには二度と来ない。可能なら女子高生戸塚彩加にも会いたがったが、俺の理性が無事である保証はないので仕方ない。

 

「由比ヶ浜、そろそろ帰る、こいつの夜食も買わんといかんし」

「うん。はい、受け取って!」

「あ、ありがとう……」

 

 雪ノ下が由比ヶ浜に押し切られて押し問答は終わる。

 いつも通りなんだから雪ノ下もいい加減諦めればいいのに……。

 

「ここで解散でいいか?」

「ええ、あなた方は自転車ね」

「ゆきのんっ、一緒に帰ろ?」

 

 抱き付いてキャッキャッと楽しそうな由比ヶ浜と、表情に出さまいとしているが嬉しいと一目でわかる雪ノ下。

 あいつらは変わらないな、もしかしたら俺とこいつ、葉山と葉山みたいに、性別が反転しても変わらないのかもしれない。

 

「帰りも頼むぜ、にーさん」

「俺を兄と呼んでもいいのは小町だけだ」

 

 肩を並べて駐輪場にまで歩いていく。

 俺を兄と呼んでいいのは小町だけだし、俺の後ろに乗っていいのは小町だけだし、俺が妹と可愛がるのも小町だけだ。

 早く家に帰りたい、俺を知っている小町に会いたい、戸塚とゆっくりおしゃべりしたい。そのためには我が家に似た他人の家に忍び込んで、自分と向き合って寝なければいけない、何て面倒な。

 こんな奇々怪々な出来事はもうこりごりだ。


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