ある日、八幡が増えまして   作:最下

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奉仕部

 起きたら一人、ベッドの上で転がっていた。やはり夢落ちか、くだらない。

 時間を見ると六限目が始まる時間帯だ、寝過ぎだろ。ぶっちゃけサボりたいがとりあえず顔を出しておこう、無断で休むと由比ヶ浜がうるさい。

 きっと俺のスマホくんには着信がいっぱい……

 

「あれ、スマホくーん?」

 

 普段枕元に置いてあるスマホがない。まあ、先に着替えるとしよう。

 

「じゃないな」

 

 この部屋の扉に一枚の紙がセロハンテープで貼ってあった、ノートを一ページ破って貼り出した感じ。外見は正直どうでもいい。

 内容は……箇条書きで、必要最低限にしか部屋を出るな、部活せずに帰るから早まるな。だけだった。早まるな?

 ……夢じゃないのか。

 

「はぁ……」

 

 椅子に腰掛ける。

 気付いたらベッドで寝てたのだしあいつがベッドに運んでくれたのだろうか、女子に運ばれるほどひょろくないと思っていたのだが……やだやだ。

 ま、少し寝たら頭はすっきりした、だからと言って解決策が湧いてくる事はない。俺にゃあもう夢落ちでも無いんだったら正直どうしようもないからな。だが元の場所を諦めてここで生きることすら難しい……身分を証明できる物が一切無いのだ、戸籍も保険証も学生証すらない。

 

「選択肢がないな……」

 

 まず俺は今着てる服しか手持ちがない。そのまま外に出たら間違いなく警察にお世話になる、どうしろってんだ、冴えた頭で余計現実を見せられるとは。

 知り合いは女の比企谷八幡のみ。あれは頼っていいのかわからない、出来れば頼りたくはない。だがここでは小町も両親も他人だ、……きっつい。ならあいつにしか話しはできない。

 

「助けて小町……」

 

 もちろん、ここの小町ではなく俺の小町に助けを求める。当然返答は無だ。ありふれた異世界トリップならもっと特典が欲しかった、特殊能力でも金でもいいから。

 現実逃避の無駄な考えだけが脳裏を滑っていく。

 

「ふぅ……」

 

 ふぅとか、はぁとか、何度も溜め息を吐いてしまう。した数だけ幸せが逃げると言うがとっくにすっからかんだろう、今ならタダで溜め息が吐ける!

 溜め息の数が軽く十を越えたところで下で物音がした。

 時間を見ると六限が終わって少し、いくらチャリを飛ばしてもまだ下校途中だろう、つまり下の物音は比企谷小町だ。

 

「……いるか?」

「早いなおい」

 

 ハズレ、比企谷八幡だった。手にコンビニのビニール袋を提げた彼女が帰ってきた。

 かなり急いで帰ってきたのだろう。息は乱れ、頬は赤く染まっている、じっとり汗をかいているのか髪をわずわらしそうに撫でると、手の袋をこちらへ押し出した。

 

「ん」

「お前は田舎育ちの少年か」

 

 とりあえず受け取ると中にはおにぎりが三個と選ばれたお茶、全て俺の好みと一致している……性別違っても同一人物なんだし当然か。

 貰っていいのだろうか。

 

「食え、何も食ってないだろ」

「おお……サンキュ」

 

 女になった場合の自分だと理解してなかったら惚れるところだった、自分だと理解してると複雑極まりないが。朝昼兼用を夕方に食べる、不健康だな、まだ若いから大丈夫ダイジョブ。

 

「随分急いでたな」

「それ食ったら出掛けるから、父さんの服持ってくる」

「は? 出掛ける? 何処に」

 

 俺の質問より早く部屋を出て行ってしまった。

 何なんだ……。

 

「奉仕部、要は総武高校に行く」

「はぁ? 何言ってんの?」

「いいから、食って着替えろ」

「……了解」

 

 彼女は着替えをベッドに放って、言いたい事だけ言って出て行ってしまった。思えば俺は文句を言える立場ではないので従い、おにぎりとお茶を胃に詰めていく。

 ……女子高の総武ねぇ、戸塚と会えたりしないだろうか、女の子なら普通に結婚できるわけだし、まず告白が成功する気がしないけど。

 

「……ごちそうさん」

 

 Yシャツにスラックス、学校にお邪魔するなら妥当な服装に仕上がるだろう。

 やはり女に生まれれば親父からの待遇も変わるのだろうか、あいつは親父を父さんと呼んでいたしやはり違うのかもしれない。

 

「着替えたぞ」

「ん、コート。行くぞ」

 

 続けて投げ渡されたコートを羽織る。不本意ながらそこそこ似ているらしいし親父と言えばギリッギリ騙せるかもしれない、二秒見ればバレるだろうけど。もし小町が間違えたらここの親父は泣いてもいい。

 

「いってきます」

「……お邪魔しました」

 

 どちらが適切かはわからないが、今は俺の家でないなら扱いは客だろう。違和感に寂しさもあるが、これが妥当だ。

 ふと彼女の視線が俺に向けられている事に気付いた。

 

「何?」

「……オレを乗っけてチャリ走れる?」

「小町乗っけてるから行けると思うが」

 

 YESと答えるとチャリを押してきた。

 まあ、こいつは俺自身と言える訳だし恥ずかしいなんて感情を抱く事はない。だが俺の後ろは小町の特等席だ、今回限りはさっきのおにぎり分の料金で乗せてやるとする。

 

「わかった、乗れ」

「サンキュ」

 

 腰をしっかりと掴まれる、これなら落ちる心配もないだろう。小町みたいに抱き付いてこないだけで実に俺らしいと思う。

 足に力を入れて漕ぎだす。

 

「そろそろ聞いてもいいか? 何で学校だよ、そこらのファミレスじゃダメなの?」

「あの二人はファミレスにいるには派手過ぎるだろ」

「まあ、そうだな」

 

 確かに雪ノ下達は良く目立つ、同じ席に居合わせると不釣り合いの居辛さまで感じるまである。だからってなぁ、女子高に行くのはおかしくないかな。秘密の花園に足を踏み入れる気分だ。女子高は見たいけど入りたくない。

 

「……今更だけど、おまえって名前で呼ぶべき?」

「いや、お前とかアイツ、コイツ、ソイツでいいだろ。物を指す指示語はヤダけど」

「ああ……うん」

 

 物を指す指示語とは、これ、それ、あれ、どれだ。

 俺もそれで呼ばれた事がある、人を指す時はさっき言った通りだから正しく使うように指導してあげよう、十中八九わざとだけどな!

 

「学校に着いたら大人しくしてろよ、平塚先生に無理言ってるから」

「ああ」

 

 大人しくするのは得意中の得意だ、得意過ぎて特技とすら言える、だっていないかと思ったって言われた事あるし。

 しかし平塚先生か、俺は良く知っているが向こうからしたら初対面、寂しいものがある。

 ……早く帰りたい、欲を言えば戸塚とついでに葉山を見て帰りたい。

 

「……ここの小町も総武に行くのか?」

「ああ、『お姉ちゃんと同じ学校がいい! あっ今の小町的にポイント高い』とか言ってる」

「小町らしいな」

「そっちも?」

「まあ、『お兄ちゃんと同じ学校がいい! 今の小町的にポイント高い?』とか言ってる」

「小町らしいな」

 

 小町との十五年の付き合いを込めた、渾身の声真似だったがスルーされてしまった。

 元の場所とここで変わっているのは比企谷八幡の性別程度だ、性格には違いが見当たらないし、他者の性格にも影響はでないのだろう。

 

「……本当に、総武高なんだな」

「疑ってたか」

「ずっと女子高だったから」

 

 俺も戸塚が女の子と言われなきゃ信じなかった気がする、自分より戸塚の存在を信じるのは当然だ。後葉山もか、あいつは信用は出来ないが信頼は出来る、ここの葉山もきっとそうなのだろう。

 

「そろそろ降ろせ、怒られる」

「あいよ」

 

 滑らかに止める事ができ、うっかり急ブレーキからのドキドキハプニングなんてものは起きない、あれは所詮フィクションだ。そもそも彼女とは密着する事になってもドキドキなんてものはありえない。

 

「ヒッキー! こっちー!」

「すぐ行くー」

 

 特別練の一階から由比ヶ浜の声が聞こえ、彼女がそれに返事する。

 部外者なのに正面から入らないでいいのだろうか。

 

「言ったろ、平塚先生に無理言ったって」

「ああ、そうだったな」

 

 学校の敷地内に入ったので大人しく存在感を薄くさせる、奉仕部の面々には普段あっという間に看過されるが顔も合わせた事も無いこいつらならどうだろうか。

 保健室横の俺のベストプレイスから校舎内にお邪魔する。

 

「ようこそ、君が比企谷の言っていた緊急案件か」

「ど、どうも。お世話になります平塚先生、ですよね」

 

 ダンジョンに入ってすぐボスキャラみたいなクソゲーに等しい配置。

 保健室の壁によりかかっている平塚先生が歩き寄ってきて、握手を求められたので大人しく手を出す。力強い握手だ。

 

「知っていたか。今日は比企谷の頼みだから引き受けたが次からは正面から入ってきたまえ」

「うす」

「じゃあ後は任せたぞ比企谷」

「へい」

 

 白衣を靡かせて去っていく平塚先生を見送る。

 ……精神的に問題を抱えている子みたいな扱いされたな、この際どうでもいいけど。

 

「ほえーヒッキーそっくり」

「雪ノ下は?」

「ゆきのんは部室だよ」

「ふーん」

 

 由比ヶ浜達の三歩後ろを歩く。

 これって超大和撫子ではないだろうか、やはり今は男が支える時代と言う事だ。

 

「ヒッキーのいとこ?」

「あー……後で纏めて説明するから」

「……? わかった」

 

 平塚先生を見送ってから一度も口を開かずに奉仕部まで辿り着いた。

 当然だが俺と由比ヶ浜、彼女と由比ヶ浜だと距離感が違う。より近くになっていてかなり百合百合しい。

 

「雪ノ下、客だ」

「彼が……?」

「……ども」

 

 初対面、雪ノ下を嫌な奴と評したあの日と同じ顔をしている。

 ……そう言えば何で俺って連れ出されたの、裁くため? いつでも逃げれる様に雪ノ下達の位置を確認しておく。……一瞬だけでも気を引くことが出来れば逃げれる。

 

「オレから説明させてもらうぞ、信じがたいとは思うが聞いてくれ」

 

 それから雪ノ下と由比ヶ浜に細かい説明を始めた、二人の表情はちんぷんかんぷんと言ったところだが、無理もないだろう、俺だって当事者でなければ安易に信じる事は出来ない。

 

「材木座さんのアレとは違うのね?」

「ああ、あいつに感化されたわけでもこいつが中二病でもない」

 

 やっぱり材木座もここにいるのか。しかも変わらず中二病らしい。しかし雪ノ下に名前を正しく覚えられているのなら、あっちの材木座よりも扱いは良いと判断できる。

 

「比企谷くんもそれでいいのね?」

「……ああ、間違いない」

「ゆきのん~あたし何もわからなかったー」

「大丈夫よ、想定内だから」

「ゆきのん!?」

 

 あれで何かしらわかったのか、相変わらず凄いな雪ノ下。

 

「二人とも、原因は?」

「うんにゃわからん」

「同じく」

 

 雪ノ下の問いに三文字で答える。

 朝起きたらこいつのベッドで寝ていたのだ、特殊な儀式も風水の魔術が起きそうな物も部屋には無い。だからって前もって行った儀式も、俺宛に儀式を行う人物の心当たりも無い。

 

「昨日の夜は?」

「ゲームして本読んで寝た」

「同じく」

 

 この問いも三文字で答える。

 夜やる事なんてそんな多くない、勉強かゲームか本か、被るなんて珍しくもないだろう。

 

「世界線なんてものは今の科学じゃどうしようもないわ」

「ですよね……」

「だからオカルト、例えば偶然の出来事が重なったか、逆か」

 

 まあ、オカルトでしかないかこんなもの。しかし残念な事にここには魔法使いも陰陽師もタモリさんもいない。俺だってオカルトには詳しくないのだ、今まで俺自体はオカルト扱いに近かったけども。

 

「正確に答えて、昨日の夕食は」

「オムレツ」

「同じく」

 

 俺と彼女の答えを聞いて、雪ノ下は満足気に頷いた。

 偶然の同じ行動に意味を見出すのかねぇ……ここまで同じだと否定する気も失せるけどさ、でも半信半疑だ。

 

「寝る姿勢」

「……体の右側を下に、だったかな」

「……俺は体の左側を下、だったと思う」

 

 ここで初めて答えが割れた。思う事があったのだろう雪ノ下の表情が少し変わる。

 少なくとも起きた時は背中合わせだった気がする、寝起き時なんで自信はない。

 

「まず手始めに今日寝るときは向かい合って寝なさい」

「…………」

「えぇ!? ヒッキーと比企谷くんが一緒に寝るの! ……それって」

「大丈夫だ、自分に発情するような奴じゃない。……多分」

 

 安心しろ、母に妹に自分に欲情するような猿じゃない。

 ……だが向かい合ってか、そこだけはどうも不満だ。何が悲しくて人に顔を向けながら寝なきゃならんのだ、戻るためだけど、でもやっぱり不満だ。

 

「質問」

「どうぞ、比企谷くん」

「寝る場所って、起きた所か? 要はこいつの家」

「……そうなるわね」

 

 つまり両親に小町に発見される可能性が膨れ上がる。うちの親父は小町に近づくものは兄でも殺すってほざく奴だぞ、他人の目に写るのは彼氏を連れてきた娘だ。

 

「無理じゃないか。今から家に戻れば小町もいる、見つからずに部屋に行くことは出来ないだろうし正面から言っても門前払いされる未来しか見えない。自慢じゃないが俺と目を合わせたら大多数は不信感を示すぞ」

「ほんとに自慢じゃないし……」

「そうね、流石比企谷さん似だわ」

 

 納得されるのもムカつくな。そして似てるんじゃねぇ、実質本人なんだ。

 

「お前が帰るのに必要なんだよ、策でも案でも出せ」

「……だよな」

 

 彼女の言葉には頷くしかない。結局、帰るためには何かしら試さなければならないのだ。

 

「寝静まった頃にお邪魔するか、小町を一度追い出すとか、玄関以外から入るか」

「どれも不法侵入ね」

「うっせ……じゃない、すまん間違えた」

 

 一瞬素で、いつもの雪ノ下と相手する口調のまま喋る所だった、てか喋ってた。あっちからすれば俺は初対面の男だってのに、馴れ馴れしくするものじゃ無い。

 

「由比ヶ浜、あまりじろじろ見んな、失礼だぞ」

「あ、や、ごめん」

「謝んならオレじゃ無くてあいつだ」

 

 ビシッと指を指される。

 材木座の指だったらへし折ってやりたくもなるんだけどな、自分だからか腐っても女の子に分類されるからか。

 

「やー、本当にそっくりだね、小町ちゃんより似てるよ。どっちが上の子かな」

「こいつじゃね?」

「へー」

 

 ……意味とか尋ねないの? どうして俺が兄になるんだよ、この世界に来て十二時間程度だしお前のが上の子に分類されるだろ。この世界だけで言えばこちとら生後半日だぞ。赤ん坊の中の赤ん坊だよ?

 

「……そろそろ閉じるわよ」

「了解、先行ってるぞ」

「あっ、待って」

 

 彼女に続いて部室から出ようとしたが、由比ヶ浜の声で前が止められてしまったので俺も仕方なく足を止める。

 

「どーしたよ、雪ノ下も帰りたそうだぞ」

「ごめんね。でもせっかく来たんだしさ、比企谷くんの歓迎会しようよ」

「どーする?」

「お気持ちだけで」

「だってさ」

 

 どうせ今日限りだし、終わったら全て夢として片付けるつもりだ。

 それにお前に比企谷くんって呼ばれる違和感の濃さわかるかっ!? 背中に鳥肌が縦横無尽に駆け回る感じだぞ、雪ノ下はそのままで安心した。

 

「いいじゃんっ! プリぐらい撮りに行こうよ!」

「私、あれ苦手なのよね……」

「オレもな……戸塚だったら克服できるんだが」

 

 助けを求める目を向けられるが首を横に振って答える。一番最初に断ったやつに助けを求めるなよ。俺だって戸塚と一緒じゃなきゃ絶対にいかん。

 

「ほら、でも比企谷くんは夜に家に入るじゃん、それまでどうするの?」

「……公園で座ってりゃ夜になる」

「暇じゃん! 一緒に行こうよ」

 

 いや、いいんだって。

 さて、ここで今日からでも出来る断り術をお教えしよう。まずは相手のお人好し度を目測で測る、これが高いと失敗する確率も高まるからだ。……高っ。

 

「俺、金無いから。一銭も持ってない」

「うーん、プリクラ代くらいあたしが出すから!」

「返せない借りは作らないよう躾けられてんで」

「むぐぐ、本当にヒッキーだ……」

 

 ヒッキーだからな。ここで借りを作ってしまったら夢と断じて切ることもできない。

 

「はぁ……、撮ってやれ、金はオレが出すから」

「いや、借りを作るのが嫌なんだよ」

「オレはおまえだぜ? 自分が自分に借りなんて考えるか?」

「うっ……」

 

 奥で雪ノ下が「堕ちたな」みたいな顔をしているのが腹立つ。そして何でこんなイケメンなんだよ女の俺は! 葉山かよ!

 

「行きましょ、閉めるわよ」

「ゆきのんっ!」

 

 しめるってのが「絞めるぞ」か「閉めるぞ」なのか。雪ノ下なら前者でもおかしくない、怖い。これは……嫌でも着いていくしかなさそうだ。


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