ある日、八幡が増えまして   作:最下

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違和感

 コチコチと鳴る壁時計の音で意識が浮上する、動かない頭で枕元に放ってあるスマートフォンを手に取ると時間を確認する。

 小町の写真と共に五時のちょっと前の数字が映し出されている。

 これなら後二時間は寝てられる、ごろりと向きを変え愛しの布団を抱き締め二度寝の体勢に移る。

 

「……?」

 

 抱き締めた中に布団とはまた別の柔らかさがあった。大方、受験勉強に疲れた小町が童心に帰って潜り込んできたのだろう、可愛い奴め。

 起きている時に下手に触れると怒られるので、今の内に頭をゆっくり撫でる。据え膳食わぬは男の恥とも言う。

 

「……?」

 

 ここでまた違和感が。

 乱雑に扱う時もあるがこれでも千葉のお兄ちゃんなのだ、妹を持つ兄なのだ、つまりはシスコンなのだ。俺が間違えるはずがない。俺が今、抱き締めたのは、頭を撫でたのは、誰だ?

 手を伸ばし部屋の電気を灯す。

 

「……誰」

 

 そこには俺がいた。

 いや正確には俺ではない、しかし俺と良く似ているのだ。顔のパーツ、いつかイタズラで撮られたこの寝顔、寝姿、ついでに寝間着。だが同時に俺とは決定的に違う点がある。それは胸に付いたそこそこの大きさのアレだ、女性にしかない膨らみだ。

 

「……くぁ、まぶし……」

 

 うっすらと開けた目を寝間着で擦りながらその少女が起き上がる、その動作はどちらかと言うと小町に似ている。そして彼女は毎朝鏡の中で見る淀んだ瞳を俺に合わすと、女にしては低い声でポツリと呟いた。

 

「……誰?」

 

 ……その言葉はそのままそっくりお返ししたい。意味不明な現実から意識を飛ばしたくなるが、何とか留め少女から距離を取る。

 

「んで、どちらさま?」

 

 俺は椅子に、俺似の少女はベッドに座り向かい合う形になる。

 改めて見ると俺より小町に似ている気がしてきた、小町の伸長をグイッと伸ばして目をグチャッと濁らせたらこんな感じになると思う。後、胸も出して肌も不健康そうにさせたら小町に瓜二つだ。

 ……やっぱり小町より自分の方が近い気がしてきた。

 

「や、そっちが誰? オレの部屋に何用?」

「……ここは俺の部屋なんだけど」

「…………」

 

 疑い八十、怯え二十の目を向けられる、俺も疑って見てるから文句言えないけど。

 ほんと誰なの? もしかしたら俺が夢遊病で寝てる内に何処かの誰かさん家にお邪魔してしまったのだろうか、しかし家具の配置に本棚に詰められているものもまったく同じ、やはり俺の部屋だ。

 

「小町の友人か?」

「小町の友達?」

 

 思い当たる可能性を呟いたらほぼ同時に同じ質問が返ってきた、そのあげく先どうぞみたいな譲り合いまで発生する。

 由比ヶ浜だったらこんな時でも率先して会話を進めてくれただろうに……小町は絶対にややこしくなるからダメだ。

 仕方なしに咳払いを一つして会話を押し進める事にする。

 

「比企谷八幡、総武高校二年、家族構成は両親に妹に俺プラスで猫。そっちは?」

「……比企谷八幡、総武高校の二年生、両親に妹にオレと猫」

 

 お互いの身元を照合しても謎は深まるだけだった。

 名前、学校、学年、一人称、口調、一見の容姿、家族構成、ここまで一致されるともはやファンタジーや物語の一説なのではないだろうか。

 

「とりあえずだ、一旦場所を変えよう」

「ああ、うん」

 

 見知らぬ女の子を自室に入れているにしろ、見知らぬ女の子の部屋に忍び込んだにしろ、このままでは社会的に死んでしまう、元より生きているとは言えないが死んでしまう。保身の為であって決してすぐさま警察に連れてかれる為ではない。

 五時を回って少し程度なので廊下は誰もいない、静かなものだ。

 

「小町のイタズラだったらいいのに……」

 

 どちらが呟いたのか。所詮一軒家の廊下、考える暇も無く目的地へはすぐに辿り着く。

 家の構造も我が家だ。やはりあっちが迷い混んだのだろうが、どうもそれだけで片付く気がしない。

 

「まあ、座れ」

「あ、うん」

 

 普段小町が座っている席を促す。その向かいの俺の席、ではなくさらに隣の親父の席に座る。俺が壁際で、少女が扉の近くだ。他意は無い。

 

「…………」

 

 何と切り出したものか。俺が現状を理解出来ていないのと同様に、彼女も理解が済んでいない。瞳に浮かぶ戸惑いの色は小町そっくりだ、……つまり間接的に俺にもそっくりらしい。

 それにしてもまず何から聞けばいいのやら……。

 

「部活は……?」

「……奉仕部」

 

 また、また謎が深まっただけだ。奉仕部は雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣、男子生徒の比企谷八幡の三名だ。女子生徒の比企谷八幡は所属していない。

 訳がわからない、意味がわからない、あれか、ドッペルゲンガーってやつか、あったら死ぬのか。

 

「……そっちは?」

「奉仕部」

「…………」

 

 俺の答えに黙り混んでしまう、俺と同じ事を考えているのだろう。

 おそらく、ゲーム脳と言われたら一切の否定が出来ない、そんな程度の推測だが、目の前の少女と俺は……言ってみるだけならタダか、ダメでも鼻で笑われる程度だろう。

 

「もしかしてだが」

「推測だが」

 

 また言葉が被る。だが再び遠慮合戦になるのも面倒なので相手の顔を見ずに続きを話す。

 

「お前と俺は同一……」

「オレとおまえは同一人……」

 

 鬱陶しいぐらい、こいつと俺は同じ考え方をしているようだ。

 

「同一人物らしいな」

 

 結局俺が言い切った。

 もし、この仮定が正しいとすると俺とこいつだけでは話しは何処にも向かわない、第三者の介入が必要だ。

 

「小町呼んでくる」

「あ……」

 

 少女の声に浮いた腰を下ろす。

 そうだ、小町はどっちを知っているんだ。男の比企谷八幡なのか、女の比企谷八幡なのか。

 

「ここは自分の家って証明できる何か、あるか?」

 

 俺の当然の問いに、彼女は言い辛そうにモジモジとする。

 そういう動作は女の子なんだな、と安堵に似た息を吐く。もし仕草まで俺と同じだったらさぞかし生きづらいだろう。

 ……何でモジモジ?

 

「あー……えっと、部屋の下着確認するとか……?」

「…………」

 

 確かに趣味や服は重なっても男女では下着は違う、頭良い。それでどっちが確認しに行くの、小町と違ってお前じゃ下着をただの布なんて割り切れない気がするけど。

 

「オレが見てくる、ちょっと待っててくれ」

「任せた」

 

 当然だろう。男のパンツと現役JKのパンツでは価値が違う、ザリガニと伊勢海老ぐらい違う。勘違い無きように自分を戒めるが俺はパンツ大好きマンではない。

 部屋に戻ってタンスを覗いて戻ってくるなんてすぐに済む、彼女が戻ってきた。

 

「戻った」

「……どうだった?」

 

 彼女に返した声はカラカラに乾いていた、もしかしたら突然家族も知り合いもいない世界に放り出されると思うと喉が渇いて仕方ない。

 

「オレのだった、つまりだな……」

「なるほど……わかった」

 

 そうか、そうか。受け止めるには幾らか重過ぎるが、受け止めるしかない。ここには俺しかいないのだから。

 

「……何か飲むか?」

「マッ缶」

「味覚まで同じか」

 

 驚いた風でなく確認の様に呟くと、彼女は冷蔵庫の方に歩いていく。

 これからどうすれば良いのだろうか、そもそもここは何処なんだ、ファンタジーに世界線とか平行世界とか次元が違うのだろうか。元の場所とは違うが住所や座標などで考えれば同じ、元の場所に戻れるのだろうか。

 

「あー、お前はどうするつもりだ?」

「出ていくべきなんだろうが……金はもちろん靴もない」

 

 受け取ったマッ缶を開け一口煽る。

 裸足で無一文でここを出ることは出来るが、せめて方針ぐらいは決めておきたい。方針も決めずに外に出たら間違いなく野垂れ死ぬ、自慢じゃないが俺のサバイバル力はたったの五だ。

 

「出てけなんざ言うつもりはねぇよ、ただどうすんのって」

「最終目標は家に帰るつもりだ、目先の事は何も決まってないけど」

 

 またマッ缶に口を着ける。

 どこかにSFみたいな次元転送装置みたいなものがあったりしないだろうか、少なくとも俺の住んでる世界線にはなかったけど。

 

「……これはただの興味なんだけどさ」

「あん?」

「お前の住んでたところだと、総武高って共学か男子なの?」

 

 逆に考えてさ、その質問ってさ、ここの総武高校って女子高なの!?

 

「きょ、共学」

「へー、じゃあ戸塚とも会えるな」

 

 戸塚が女子高にいるの!? つまり正真正銘女子なの!?

 

「……もしかして戸塚知らない?」

「戸塚彩加だよな、うん、知ってる、クラスメイトだし」

「誰よりも可愛いよな、オレが男だったら間違いなく告白する、した?」

 

 戸塚の事になった途端に饒舌になったこいつに何て言えば良いのだろうか、俺には真実を伝えるしか手がないんだけども。

 

「そのな、戸塚はな、男子なんだ」

「は?」

「戸塚は誰よりも可愛いけど男の子なんだよ」

 

 喜びか絶望か判断に困る顔をされてしまった。

 気持ちはよくわかる。俺だって戸塚が女の子だって知ってしまったら喜べばいいのか、戸塚が大事にしてくれている友情を蹴ってしまう恐怖に怯えればいいのかわからない。

 

「まて、他にも男子、雪ノ下と由比ヶ浜は!?」

「女子」

「おお、そうか……」

 

 ここの俺にとっても二人は特殊な存在なんだろうな。俺ってのは女子になっても大して変わらないらしい。

 

「平塚先生は……?」

「女性、独身」

 

 恐る恐るといった様子で聞いてきた。察するにここでも平塚先生は独身らしい。平塚先生は男性ならモテると思うがここでも女らしい。

 

「俺からもいいか、女子高ってことは葉山は? 材木座は?」

「葉山はいるよ、雪ノ下に並ぶ美少女。ざいもくざ? は知らないけど」

 

 おお、流石葉山、次元を越えても裏切らない。これにはある種の安心感すら覚える。海老名さんのはやはちがただの百合カップリングになるな。これには俺も一安心、だよな?

 

「海老名さんは?」

「あー……BLが好きな女の子」

「変わらねぇ……」

 

 当然だろうがあの人も変わらない、期待を裏切らない。もしかしたら百合の花が咲くかと思ったのに、そしたら結局はやはちで絶望だったのに。

 

「でも性転換でオレと葉山……」

「もういい、はやはちは海老名さんからだけでいい」

「お前もか……」

 

 手で制する、安心できなかった。少し話がズレ過ぎたのでマッ缶で話を途切れさす。

 どうしよ……二時間の二度寝は何処に行ってしまったんだ。

 

「前例が無さすぎるっての……」

「……オレの部屋でいいから戻るぞ、そろそろ母さん達が起きる」

「おぉ」

 

 親父達がこいつの事をどんだけ可愛がっているかは知らないが、見知らぬ男はぶん殴られても可笑しくないだろう、我が家の親父はそういう奴だ。

 俺の部屋ではなく一応女の部屋に戻る、……あそこで起きずに一生寝ていたかった。

 

「とにかくさ、オレもうちょっと寝てていい?」

「おう、ご自由に」

 

 欠伸しながらベッドに戻り、俺の事など認知していないかのように猫みたいに丸くなった。俺は椅子にでも座って今後を想うとしよう。

 改めて彼女を見ると顔は整っているしスタイルだって悪くはない、だがこいつが俺だと思うと欲情のしようがない、したら相当の変態だ。

 

「……」

 

 今後を想っても何一つ進まないので机に突っ伏して寝ることにする、可能なら夢落ちを求めてる、寧ろ夢落ち以外の解決策が見つからない。

 起きたらベッドで、一人で寝ていたい……。


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