ルプスレギナ・ベータ、沈黙都市の孤狼との逢瀬   作:空想病

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・注意・
 ルプスレギナが作中で使っている魔法は、たいていは作者の想像です。
 もしかしたらレベルや職業的に無理な感じかもしれません。
 ルプスレギナが書籍またはwebで使っていた魔法は
大治癒(ヒール)〉〈完全不可視化〉〈吹き上がる炎(ブロウアップフレイム)〉あと〈飛行(フライ)〉くらいでしょうか。



第二話 クスト・スゥとリンク・スゥ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで。

 おまえはその“人狼(ワーウルフ)”とやらに、己の名を自ら語って聞かせたと?』

「……申し訳ありません、アインズ様」

 

伝言(メッセージ)〉の先で、至高の御身である智謀の王が盛大に嘆息の気配を吐き出す。

 それが判ってしまい、ルプスレギナは全身から血の気が一挙に消失してしまう感覚に襲われた。

 御方の怒りを買うことは、途方もない不忠。

 御方に失望されることは、途方もない絶望。

 心臓が凍える思いで、戦闘メイドは御方の次の言葉を待つ。

 首を冷たい刃が過ぎ去る瞬間を幻視するほどに長い一瞬を、人狼のメイドは、待つ。

 

『……確かに――確かにおまえの言う通り、そのような状況に立たされれば、私もそのように行動していただろう。でなければ、沈黙都市での貴重な情報源を失ってしまうわけだからな』

 

 暗い深淵を思わせる声音は、あの時のような――カルネ村の件で怒られた時の――ものと比べれば、穏やかな気配が漂う。

 それが判っただけでも、ルプスレギナの心は安らいだ。自分の判断が、とりあえず御身の不興を買うことにならなかっただけでも幸いである。

 あの場では危険な賭けだった。

 ――任務の続行を諦め、この都市の情報を掴み損ねるか。

 ――危険だと承知の上で、都市の情報収集に専心するか。

 あの人狼(ワーウルフ)はルプスレギナの〈完全不可視化〉を打ち破る強者である以上、彼女以下のレベルのシモベでは極秘任務など行えない。無論、アインズが特別に召喚することでそれ専用に特化した高レベルモンスターを派兵することは容易だが、それすらも彼は看破できるとしたら、いかなる隠蔽や隠密能力をも突破し得るだけのステータス、看破能力を保持していると仮定したら、とんだ無駄骨に終わるだろう。

 それならば、いっそのことルプスレギナが友好的に近づき、親交を保つことで情報を収集してしまった方が、はるかに危険度や脅威度は下がるはず。

 彼がどうしてルプスレギナたちに友好的であるのかは、いまのところ確証がない。

 ただの善人か、それとも何か裏があるのか。

 いいや――きっと何か裏があるに違いない。

 そうでなければおかしすぎる。

 ルプスレギナたちは通りすがりを装ったが、アンデッドが徘徊する沈黙都市に立ち寄り、ビーストマンの少女を尾行したかのように現れたとなっては、警戒心を抱かない方が異常である。そういう意味では、あの真っ白な銀色の少女は普通な反応だった。ルプスレギナ好みの反応である。

 

『それに――興味深い話だな。“アンデッドを封じることができる”生まれ持っての異能(タレント)か』

 

 ルプスレギナは先ほど彼の口から聞かされた重大情報を思い出す。

 彼がこの沈黙都市の封印を任された主要因であり、今もその役割に殉じることが出来ている理由のひとつとして列挙した異能力だ。

 アンデッドを封じる。

 果たして、その異能はどれほどのものなのだろうか。

 この情報のすさまじさは量り知れない。

 至高の御身はさも面白そうな雰囲気を声に含めて、とある可能性を口にしてみる。

 

『ひょっとするとだが、そのクストという人狼は、この私ですら封じる力があるのやもしれんな』

「まさか!」

 

 ルプスレギナは己の主、アインズ・ウール・ゴウンの言を否定する意図などなかった。

 彼の方は、ルプスレギナの属するナザリック地下大墳墓の最高支配者、最強の魔法詠唱者にして至高の御方々のまとめ役、いかなる存在をも超越し尽した、神をも陵虐し打擲(ちょうちゃく)し得る絶対的存在。

 それほどの御方を、たかだかこの世界の存在ごときがどうこう出来るはずがない。ただその篤い信仰からルプスレギナは、脊髄反射としての否定を口にしてしまっただけなのだ。

 そういったメイドの心情も、何もかもが至高の御方の掌中にある。

 

『あくまで可能性の話だ。しかし、心配してくれて嬉しいぞ、ルプスレギナ』

 

 心配だなんて畏れ多い。馬鹿な自分が、馬鹿みたいに何も考えずに発言していただけなのに。

 

『事後報告になってしまった状況も納得がいった。しっかりと報告・連絡・相談を怠らずに、冷静に状況対応をこなせている。見事だぞ、ルプスレギナ』

「ありがとうございます。アインズ様!」

 

 その場で腰を折り、見えない至高の御方への礼節を顕わにした。少女に尻尾が生えていたらパタパタと大振りしていたかもしれない。

 

『……沈黙都市を封じる人狼か。会ってみたいものだな』

 

 御身の声は深い叡智を宿す響きを伴って、ルプスレギナへの命令内容を改定する

 

『ルプスレギナ、改めて命令を下そう。

 その人狼たちと友好関係を築き、沈黙都市の情報を――アンデッドたちが都市外へ出ていかない実態と原因を究明するのだ』

「畏まりました、アインズ様」

 

 よろしいという声と共に、緊急時の対処法や彼らへの対応などの確認作業を五、六個ほど終え、アインズはルプスレギナとの〈伝言(メッセージ)〉を終えた。

 戦闘メイドは至高の御身との繋がりが途絶えたことに幾許(いくばく)かの寂寥を感じるが、笑顔の仮面は決して剥がさない。

 影から聞き覚えのある平坦な声が耳に届いた。

 

『ベータ様』

「アインズ様は寛容にも、私たちの失敗をお許しになってくださいました」

 

 真剣な口調で答える戦闘メイドに、彼らが明け透けに安堵の息を漏らしたのが判る。

 だが、これ以上の失態など許されるはずもない。気を引き締めてかからねば。

 

「周囲の状況、……いや、あいつらは?」

『この部屋の周囲には誰もおりません。あの二人も、狼たちと共に食事の準備を続けております』

 

 それ以外の住人は発見できなかったらしい。その拍子抜けする報告に、ルプスレギナはつまらなさそうに「そっすか」と応答した。探査している限り、この部屋には盗聴や監視の気配はないことは確認済みだ。しかし、あの人狼がルプスレギナを越える魔法を使えない保証はどこにもない。おかげで〈偽りの情報(フェイクカバー)〉などの偽装魔法を発動させる手間が増えたのは面倒だった。

 青年の歓待を受け、彼らの住居の空き部屋を宛がわれている戦闘メイドであるが、この状況は少し面白くない。ルプスレギナは狡猾で残忍なメイドであり、生粋のサディストだ。歓待を受けたり、善意を供与されても、それは彼女の心には響かない。

 部屋の机を人差し指で撫でると、指先には少しの埃も付着していない。寝台のシーツも洗濯したてのように(かぐわ)しい匂いを放ち、皺ひとつなくピンと張られている。

 これだけ大きな建物なのに、清掃はそれなりに行き届いている。外装こそ朽ち果てていたが、内部は割と綺麗に整えられていた。廊下や階段には永続光(コンティニュアル・ライト)のランプが輝き、天井や床には虫一匹どころかシミ一つなかった。だが、先の二人の遣り取りから察するに、ここ一週間ほど、あの青年は一人でここに暮らしていたはず。なのに、急に訪れたルプスレギナが寝泊まりする程度の部屋を供給できる事実。

 彼がよほど几帳面な清掃好きでない限り、この建物の内部には〈清潔(クリーン)〉の魔法がかかっているのだろう。であるならば、急な来訪者を押し込める部屋があることも納得がいく。そうすると、かつてこの建物は都市の中で割と重要な建造物だったのか。あるいは、

 

「あの全盲、それだけの魔法の使い手ということ……か?」

 

 メイドの呟いた可能性に、影たちは()と答える。〈清潔(クリーン)〉の魔法というのはこの世界でも普及している魔法らしいが、それでも建造物全体に、この建物だけでも上五階と地下二階の広さ全体に浸透させるとなると、生半な魔法詠唱者の力では不可能だ。せいぜい一階分を覆うだけでも、かなりの魔力を使うはず。

 

「……まぁ、ナザリックのそれとは規模はまるで違うっすけど」

 

 比べるだけ愚かなことだが、この程度の魔法的技術はナザリック地下大墳墓では特筆すべきものではない。御方々の魔法的加護は絶大の一言。墳墓の表層から最深部の玉座に至るまで、この建物よりも数段優れた保全性能と修復機能が秘められている。

 少しだけ机の上に爪を立てると、僅かだが痕が残った。やはり防御力はさほどもないらしい。

 

「ちょっと出てみるっすか」

 

 部屋の中に留まったところで、情報など入ってくるはずもない。

 それに気になっていることもある。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たち、それぞれ二体を引き連れ、人狼の少女は部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶滅し失われた種族――人狼。

 その生き残りらしいあの青年が語っていたことを、ルプスレギナは階段を下りつつ思い出す。

 

 

 

「200年前の魔神たちとの戦いによって、それまで強大な力を誇っていた種族は、凄絶な戦いの末に滅びたものも多く、半ば忘れ去られつつあるのが現状です」

 

 人狼(ワーウルフ)も、そんな戦乱の時代に淘汰されるように数を激減し、150年前にはこの地域のものはほぼ絶滅していたという。

 その時に生まれた最後の人狼が、彼なのだと。

 彼の年齢のことも気になったが、200年前というフレーズに、戦闘メイドはひとつ、アインズが外から入手してきた情報のことを思い出した。

 十三英雄という御伽噺。

 これは十三人の英雄による救世冒険譚として流布されており、200年前、彼らは魔神たちとの戦争に勝利し、世界に平和をもたらしたとされているが、これはあくまで人間たちの国家で都合よく編纂された虚構に過ぎないと、青年は主張する。

 実際には、多種多様な種族、人間種、亜人種、異形種が、その垣根を越えて共闘し、協力したというのが真実だ。十三人の英雄とされているものも、実際にはそれ以上の数がいたらしいと、人狼の青年――クスト・スゥは語って聞かせる。

 

「僕も実際にお会いしたわけではないのですが、亡くなった養父が十三英雄の幾人かと親交があったらしく、よく聞かせてくれましたよ」

 

 意外な情報にルプスレギナは笑みを深めたのは言うまでもない。

 やはり、無理にでも方針を転換したのは正解だった。怪我の功名とはこのことを言うのだろう。

 

「すっごく興味深い話っす! 詳しくお聞きしてもいいっすか?」

 

 そう言って続きを催促してみたが、クストは突然そこで話を中断した。

 瞬間、都市に響き渡る鐘の音。

 正午を告げる都市中央の時計塔からの合図が、彼のおしゃべりを終わらせた。

 

「話はまた後程。食事中にいたしましょう。とりあえず、ルプスレギナさん」

「ルプーでいいっすよ?」

「では、ルプー。客室にご案内しましょう。午後からはアンデッドくんたちの活動が活発になります。宿がないようでしたら、ご滞在されてもかまいませんが」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうっす!」

 

 

 

 そうして、ルプスレギナは盲人に先導されるまま、建物の三階にある客室のひとつに通されたわけだ。

 彼からは案内される際、簡単な建物の構造――五階と四階が居住地、三階が客室と食堂(ホール)、二階が書庫と物置、一階がロビーと調理場、地下一階が食糧庫、地下二階が武器庫――の説明を受けていた。聞いてみた限りだと、お湯の沸く風呂や水洗トイレまであるらしい。人間の都市よりも機能的には充実しているようだ。

 とりあえず、足が向かったのは書庫だ。すでに影の悪魔二体を先行させ、目ぼしい書物がないか検分させている。おかげでこの地域の歴史や風土、そして沈黙都市の文明度がどれほどのものであるかがそれとなく判った。図書館の司書たちに送付して詳しく解析させてやりたいところだが、悪魔たちに転移能力はなく、単体での移動速度もルプスレギナから見れば(のろ)い部類だ。低レベルの傭兵モンスターなのだから、こればかりは仕様がない。

 書庫は鍵がかけられているでもなく開いていた。影たちが鍵を壊したわけではなく、最初から解放されていたのだ。情報管理が甘い気もするが、住人があの二人と狼数頭だけでは、むしろこの方が自然なのかもしれない。

 

「何か新しい情報は?」

 

 立体を得た影たる二人は残念そうに首を振った。

 この都市に関する以上の情報は入手できていない。さらに深く文献を読み漁る時間を彼らは欲していた。

 ルプスレギナは少し迷う。この都市の各所に偵察と調査のため点在させている別動隊もこちらに向かわせるべきだろうか。否、(いたずら)に数を増やし、クストという青年に看破されて不審がられるのは避けるべきだろう。隠密モンスターが十体も護衛についている時点で十分に奇妙なのだ。ここからプラス三十体のモンスターが追加して、彼が何とも思わないと看做す方が無理な話。

 やはり、この場所は自分と、自分の護衛十体で調査するしかない。

 ふと、入り口からすぐ左の部屋の隅が奇妙に思えるほどのスペースが空いている気がしたが、とりあえず無視する。下手に深く突っ込んで、住人たちの激昂を買うような事態は避けねばならない。アインズからの新たな命令は、彼らから「友好的」に情報を収集すること。

 バレさえしなければ問題ないだろうが、あのクストの看破能力を前にすると、そういう前提で行動するのは危険だと認めざるを得ない。

 書庫の調査を二人の影の悪魔に託し、ルプスレギナは一階ロビーを改めて見渡す。実はこのロビー、二階と吹き抜けで繋がっており、天井には永続光のシャンデリアが吊り下げられていた。勿論、ナザリックのものと比べると、あまりにも稚拙な造形で、光を輝かせる水晶の数も圧倒的に少ないのだが。

 

「……あれは?」

 

 この位置にあってルプスレギナの瞳は、部屋の隅に鎮座する柱の根元を見定めた。ロビー全体を見晴らせる位置だからこそギリギリ視野に納まってくれたが、なるほど一階にいた時は発見できなかったわけだ。吹き抜けを飛び降り、ふわりと着地。戦闘メイドはそれをじっくりと眺める。

 見覚えのある黒い意匠――何かの聖印だろうか――を刻み込まれた、アダマンタイトの金属板だ。大きさは人の掌におさまるサイズ。これと同じものを、クストやリンク、狼たち全員が身に着けていたのを思い出す。金属板はまるで建物の四隅を支える柱に埋め込まれていた。建築学に明るくない戦闘メイドでも、この金属板が建物の構造上必須な装置であるという可能性はないと分かった。良くて柱の装飾か何かだと思われる。

 ルプスレギナは〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉を発動させた。

 

「なるほど。そういう機能が……」

 

 人狼の少女は息をひそめる。

 天井から四体の身内が飛び降りて来た。不可視化を全身に浸透させたモンスター、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たちは、クストに直接接触しない程度に建物内部の詳細な間取りの把握や、置かれている武装やアイテムの調査、緊急時の脱出ルートの策定に遣わしていた。

 彼らはルプスレギナの命令を遂行し、その報告の為に合流してきたのだ。

 報告をすべて受け終えた少女は、快活な笑みを深めながら下知を飛ばす。

 

「ご苦労様っす。ここからは周囲の警戒に当たって下さいっす」

 

 新たな指令を下された暗殺者たちが、音もなく影もなく場を離れようとした時だ。

 

「こちらでしたか」

 

 階段を降りてくる青年が現れた。白い杖が、大地を確かめるように這い振るわれている。

 

「お待たせしました、ルプー。食事の用意が出来ましたのでお呼びしようと部屋を窺ったのですが」

「ごめんなさいっす! ちょっと建物の中を探検したくなっちゃいまして♪」

「そうでしたか。どうぞ三階へ――他の皆様方も、御一緒にどうでしょう?」

 

 青年はやはり、そこに(たむろ)している不可視化を発動しているモンスターを認識して言葉をかけた。

 光を宿さない瞳が、微笑みの中に柔らかく浮かんでいる。

 

「いえいえ! 彼らは私の部下たちっすけど、こんな大人数で押しかけては迷惑でしょうし、さっきも言ったように遠慮させるっす!」

 

 ご相伴(しょうばん)には私一人だけ預かるっす、と答える。

 ルプスレギナは自分の笑みの底に、仄暗い苛立ちの火が燻るのを感じた。

 青年に案内されたルプスレギナは、影の悪魔二体だけを伴につけ、三階の食堂と思しき広間に通された。

 五階にまで吹き抜けが施されている高い天井には、多種多様な獣が闘争を繰り広げる様を描いたフレスコ画が施されている。審美眼を持つものが見れば途方もない芸術に感涙するほどの荘厳さだが、あいにくルプスレギナに芸術への理解も関心もありえない。シャンデリアが精霊などのモンスターを召喚するようなトラップもない以上、警戒心を抱く必要がない程度の認識しかない。

 

「どうぞ、おかけください」

 

 促されて見やれば、銀色の少女が慣れない調子で椅子を引いて待ち構えていた。食事の場ということで、籠手や軽装鎧は脱いでいたが、ミニスカートの内側、太腿に帯剣したままというのは、この都市での風習というわけではないはずだ。

 晩餐会でも開けそうな長い卓には、どこから調達したのか瑞々しい花が飾られ、食卓に素晴らしい芳香を添えている。並べられた食器の上には、すでに料理が盛られていた。ランチメニューは森猪のステーキに、ポテトフライと各種野菜が随伴している。副菜は小麦のパンとシーザーサラダ。ドリンクはウォーターグラスに注がれた水と、封の開いていない葡萄酒が一本。割とよくある、賓客をもてなす場というのがそこにはあった。

 ルプスレギナは若干の失望を抱きつつも、決して不満をおくびに出さない。

 

「ありがとっす。リンクちゃん」

 

 座りがけに名を呼ばれた少女は、しかし不機嫌さを隠すことなくそっぽを向いた。実に解りやすい嫌い方だ。ルプスレギナの嗜虐心(サディズム)が刺激されてしまう。女中の如く客人をもてなした少女は、そのままルプスレギナの対面に座る。それでも、決して視線を合わせようとはしなかった。実に微笑ましいくらいに純な態度だ。鳴かせたくなる。泣かせるではなく、鳴かせる。

 最後に席に着いた家主は、眼が見えていないのが信じられないくらい迷いなく、長卓の一番端に位置へ。彼から向かって右の席にルプスレギナ、左の席にリンクが座っている形だ。

 クストは微笑みを浮かべたまま瞑目し、両手を祈りを捧げるように差し出した。リンクもそれに倣ったことから、何か風習や宗教的な行為なのだと理解する。もっとも、ルプスレギナはそんなこと知ったことではないのだが。

 

「それでは。すべての命に感謝を捧げ、いただきます」

「いただきます」

「いただきますっす!」

 

 上機嫌に吠えたルプスレギナは、飲食不要のアイテムを装備しているので食事など不要なのだが、友好的な関係を保つ上で必要と判じれば食事も辞さない。たとえそれが、ナザリック基準で言えば取るに足りない食材を使い、何の魔法的効果も宿さないようなものであっても。それに、カルネ村の残飯じみたそれよりは、目の前の料理というのは少なからずナザリックの最低基準ぐらいには達していた。ナイフとフォークを乱雑に扱い、大口を開けて肉片を舌の上へ運ぶ。

 

「うっひゃ~、これはうまいっす!」

 

 これでもかというくらいわざとらしい賞賛を謳うルプスレギナに、クストは微笑みながら応対していく。

 

「リンクの料理は、この沈黙都市で数少ない楽しみのひとつですから」

 

 目が見えていないのに、やはり彼の食事は迷いがなかった。まるですべての物の位置が判っているかのようにナイフとフォークを巧みに使い、細々とした所作も美しく鮮やかだ。こちらの世界のテーブルマナーを解せないルプーの言動にも関わらず、まるで意に介していないかの如くグラスを傾けている。

 メイドはとりあえずおしゃべりに興じて、彼と少女の反応を窺う。

 

「へぇ、これってリンクちゃんの手作りっすか? すごいっすね! 私は料理なんて全然だから、尊敬しちゃうな~♪」

「よかったね、リンク。僕以外に褒めて貰えるなんて初めてじゃないか?」

「……カロルたちが褒めてくれてる」

「カロ、って誰っすか?」

「ああ、彼女たち――あの(ウルフ)たちの一匹ですよ」

「へぇ、やっぱ名前があるんすね。ちなみに、あの五匹以外の狼っているんすか?」

 

 ルプスレギナは適当に話を合わせ、クストが真面目に応え、リンクが不承不承な感じで言葉を紡ぐ。

 戦闘メイドは話の(しお)を読みつつ、注意深く彼らの挙動や言行に聞き入った。

 実に仲睦まじい兄と妹なのだろう。二人の間には、家族や兄妹よりも深い繋がりがあるように思えるほど――というか、少女の瞳は完全に人狼を「男」として意識しているのが読み取れた。

 青年と言葉を交わす際の表情。青年に頭を撫でられるような微笑。青年から窘められると幼子のようにしょぼくれる態度。何もかもが恋する乙女のそれであった。

 カルネ村で人間の情事や愛の営みなども観察研究済みのルプスレギナだからこそ、少女の瞳の奥に潜む感情はよく理解できる。

 しかしルプスレギナは、理解はしても、それを体感したことなど一度もない。

 性的衝動や欲求というものは、確実に女性体としての自分には存在しているのだが、ナザリックに存在する男性体のシモベたちに、そういった気持ちを抱いたことは絶無である。別に不感症というわけではないが、どうも趣味が合わないというか、型に嵌まらないもどかしさというか、そんな感じしかしないのだ。至高の御方への感情というのは、完全に崇拝や信仰のそれであり、そういった対象と見ることすら憚られるもの。

 だからこそ、意味がわからない。

 何だって、このビーストマンの少女は、種族の違う男に対して、こんな熱い眼差しを向けていられるのだろうか?

 ステーキとパン、サラダを食べ終え、ポテトのブツ切りフライをポリポリ頬張りながら、ルプスレギナは考える。馬鹿な頭で、考えてみる。

 

「ところで、ルプー」

「はい、なんすか?」

「どうして、あなたはこの沈黙都市を訪れたのでしょうか?」

 

 青年の言はようやく核心を突いてきた。

 しかし、それはこちらにとっても規定事項である。

 待ってましたと喜色ばんだ微笑みを浮かべ、戦闘メイドは堂々と宣言する。

 

「実は、とある御方の御命令で、この沈黙都市のことを調べに来たんす!」

「とある、御方?」

 

 疑問符を浮かべる青年の呑気さとは対照的に、銀色の猫耳は緊張と警戒にピンと張り詰め出した。

 

「御方はこの沈黙都市の噂を聞き、その都市がアンデッドに蹂躙され遺棄されたという話から、ここには大量のアンデッドが(ひしめ)いている可能性を憂慮され、将来の禍根にならぬよう、メイドである私を派遣されたんす――そのメイドこそ、私ことルプスレギナ・ベータってわけっす!」

 

 ナザリックなどの固有名詞を極端に抜き取りながら、戦闘メイドは簡潔に説明を終える。

 何故、こんなにもあからさまに、ルプスレギナは自分の訪問理由を述べているのか?

 勿論、こうすることは極秘裏に調査する上では障害にしかならないはず。極秘裏であれば。

 だが、クストに完全不可視化を看破されたことで、その方針は転換せざるを得なくなった。同時に、彼という都市の管理者を自称する存在を前に、いつまでも目的を隠匿しておくことはデメリットの方が大きい。むしろ、最初からこちらの目的を彼に教え、助力を願う方がはるかに手間は減らせるだろう。おまけに、これはアインズ本人から提言された完璧な作戦だ。やらない理由など何処にもない。

 断られたとしても、その時は勝手に調べるだけだ。今も影の悪魔や八肢刀の暗殺蟲にさせているように。クストという情報源を失うのは惜しいが、……何となくルプスレギナは、彼は断らない気がしていた。“獣の勘”である。

 

「その御方というのは、この沈黙都市を将来的には封印し、支配したいと考えていいのでしょうか?」

「必要とあれば」

 

 見る者の心胆が凍えるような眼光が、赤毛の少女から発せられる。

 それに気づく様子などなく、クストは納得がいったという風に数度頷いてみせた。

 

「なるほど。事情は分かりましたし、こちらにとってもいい話のようだ。

 僕はあなたたちに協力しましょう、ルプー」

「へぇ……意外ですね。あっさり受け入れるなんて」

 

 正直、怪奇にすら思えるほど、彼は従容とルプスレギナの訪問理由と協力要請を受け入れていた。

 こちらの最大戦力や真意などまったく知らないはずなのに、そんな相手を全面的に信じるなんて、大局的な視点で言えば絶対にありえない。ただ、彼個人の思惑の範疇では別なのだろう。

 そんな彼の様子に、唯一不満を抱いた少女は席を蹴った。

 

兄様(あにさま)、本気ですか!?」

「リンク……遠からず、僕の力でこの都市を封じ続けることは不可能になる。そうなる前に、何かしらの手は打っておきたかった。彼女の訪問は、僕たちにとっては幸運な出来事だ」

 

 何やらルプスレギナたちを利用する意図が見える不穏な発言だが、それは彼女の方も同様なので口にはしない。なるほど、彼が友好的にルプスレギナたちを招き入れた裏には、こういう思惑があったのかとひとりごちる。

 それに何より、取引とは対等公正であるべきというアインズの考えに、反駁する理由などないのだ。

 クストは冷徹とも取れるほど透き通った声で、ルプスレギナに語り掛ける。

 

「僕が知覚した限り、あなたは僕と同じ程度の強さを持っていますし」

「ええ、そうなんすか? 私はそこまで強くないと思うんすけど?」

「少なくとも、リンクたちにまったく気づかれずに追跡を行えたのですから、充分お強いでしょう?」

 

 これは一本取られたか。けらけら笑いながらも、ルプスレギナは己の失態を恥じた。

 リンクという少女は、自分よりもはるかに大きなモンスター数体を狩って都市に帰還していた。いくら狼たちの協力があったとしても、彼女が狩った魔獣一匹だけでも人間の冒険者一チーム分の戦力は必須だろう。そんな戦士に気付かれずに追跡することができるとなると、そいつは並大抵の実力者では説明がつかないのも頷ける。

 

「あなたは強い。そんなあなたを、メイドとして従えている御方というのは、正直想像もつかないほどの強大な存在なのだと理解できます。否、そう思わなければ説明がつかないし納得もいかない。僕はご覧の通り目が見えないので、そういう考え方が身に染みているのです」

 

 相手の容姿や挙動にとらわれず、冷静かつ正確な力の強弱を推し量れる。

 それはまるで、物語に登場する賢者然とした在り方であった。故にこそ、彼は戦闘メイドの背後に座する至高の御方の偉大さを、過つことなく理解できたのだろう。

 実に面白くないと、ルプスレギナは笑顔の下で舌を突き出した。

 

「じゃあ、協力してもらうために、色々と聞いてしまってもいいんすかね?」

「必要とあれば」

 

 彼はルプスレギナに顔を向け、しっかりと首肯してみせた。

 赤い髪のメイドは、その様子に虚を突かれた。先ほどの自分を真似てみせるとは、いい度胸である。

 しかし、そんな不満を仮面の奥に秘めながら、ルプスレギナはアインズが決めた通りの行動を取る。

 

「でもそうなると、こっちばかりが得してしまうんで、何かお礼をさせていただきたいっす!」

「お礼……ですか?」

 

 クストは少し困ったように首を傾げた。

 

「例えば、そうっすね――クストさんの盲目を治してあげるとかどうっすか?」

「な!」

 

 驚き慌てたのは青年ではなく、銀色の少女であった。

 彼らの様子に構うことなく、戦闘メイドは立ち上がり、クストの脇にまで移動した。

 

「遠慮はいいっすよ! 私はこう見えて、高位の神官なんすから!」

 

 彼の躊躇し制止しようとする声など聞かずに、メイドは右手を彼の目の前に突き出す。

 ルプスレギナが発動したそれは〈盲目治癒(キュア・ブラインドネス)〉という状態異常治癒効果の魔法だった。盲人を治すのに、これほど的確な治癒魔法など存在しないだろうと思って。

 しかし、

 

「……ありゃ?」

 

 魔法は、確かに発動している。発動しているが、まったく効果が現れない。

 ルプスレギナは疑問を覚えつつ、他の魔法も立て続けに試してみる。

病気治癒(キュア・ディジーズ)〉〈状態異常治癒(キュア・バッドステータス)〉〈解呪(ディスペル)〉〈上位解呪(グレーター・ディスペル)〉まで試してみたが、彼の瞳には一切、光は宿らない。

 どうなってるんだ、これは。

 少女の戸惑いを感じたのだろう、静かで柔らかな声が食堂に響く。

 

「……ルプー。お気持ちはありがたいですが、僕の眼はそういう病魔や呪詛とは無縁のもの。生まれた時から、この両目は光を失っている。治療することは不可能なものです」

 

 なるほど、青年はそういった魔法的治療を幾度も試みては失敗してきたのだろう。

 ルプスレギナは、彼のそのやけに超然とした態度が気に入らない。何故こんなにも青年が落ち着いていられるのか奇怪に思えて仕方がなかった。けっして、自分の魔法が彼の眼に通用しなかったことに対する苛立ちなどではない

 彼女の脳裏に、アインズやペストーニャであればきっと治せるのではという思いが膨らむが、何となく直感として、それでも彼の盲目は治せない気がする。そしてそれを言葉にはしない。そんなことを思考した自分の浅はかさを叱咤する気持ちもあったが、それ以上にナザリックの正確な情報は、現時点ではなるべく秘匿せねばならない。わざわざ自分から口の端にする必要性などありえなかった。

 

「お礼なんて考えなくてもいいのです。僕はただ、この都市を新たに封じてくれる人を切望していた。そして君の主には、それだけの力があるだろうということが判った。それだけで十分な褒美です」

 

 随分と丁重な物言いだ。

 ルプスレギナの背後にあるものがどんなものなのか、実は思考を読み取って知り尽くしているんじゃないかというくらいに、その言動は敬意と尊重に満ちている。本当に賢人というものが実在したら、きっとこんな彼のようなものなのかもしれないと、少しだけ思う。

 そんな二人の遣り取りに我慢ならなくなった少女が、兄へと詰め寄った。

 

「兄様! 沈黙都市の封印でしたら、私が手伝うと! そういう約束だったじゃないですか!」

「ごめんね、リンク。思ったよりも、アンデッドくん――彼らの力は勢いを増している。君が僕よりも強くなるまで待つ間もなく、彼らは僕の許容量を超えてしまうだろう。もしもの時は、君とカロルたちだけでも都市の外へ避難させるつもりだったけれど、ルプーが来てくれたことで、とりあえず万が一ということはなくなった。これは喜ぶべきことだよ」

 

 納得がいかないと声を荒げる少女は、視線の交わりっこない兄から、大粒の涙を浮かべかけながらルプスレギナを睨み据える。

 今にも襲い掛かってきそうな剣幕だったが、彼女はそのまま何も言わず、ついに背中を見せて食堂を飛び出していった。

 

「すいません。お見苦しいものを見せてしまって」

「いえいえ。お構いなく」

 

 むしろ青年の反応よりも面白くて心地よいくらいだ。

 あれは信じていた者に裏切られた表情。震え上がる子猫のように庇護欲を掻き立てられてもおかしくはない、乙女の純な切なさが滲み出ていた。ルプスレギナにはそんな欲求など皆無なのが惜しまれるほどに、彼女の行動は素晴らしい。

 

「恋する乙女って、案外かわいいもんっすね♪」

 

 だからこそ、ブチ壊してしまったらどれだけ面白いのか夢想してしまう。

 

「あれは……恋なんてものではないですよ」

 

 透徹とした声に思わず振り返った。

 ルプスレギナの言を諫めるかのように、彼の声は暗く、そして重い。

 

「恋では、ない?」

「あの()は母が死に、父に捨てられ、同族に追い立てられてから十五年間、僕が面倒を見てきました。言うなれば、あの()にとって僕は唯一の家族です。家族に対する情愛といえば聞こえはいいが、家族という繋がり以外を知らないリンクには、僕以外の異性(とくべつ)はいなかった……ただ、それだけの結果です」

 

 言うなれば、リンクの抱く愛情とは「刷り込み」でしかないのだと、そう語る彼の声は、嘆きを満たしても余りある色に濡れていた。

 心の底から少女を憐れむ保護者の情。上位者が下位者に対して抱く憐憫とはかけ離れた、確かな繋がりがそうさせる絆の在り方。少女の幸せを真摯に望むが故に、その幸せに自分は異物でしかないという矛盾が、彼に似合わない嘆きの声をあげさせていたのだ。

 はじめて、彼の弱点を見つけた気がした。

 はじめて彼が、おいしそうな香りを漂わせるものに思え始めた。

 ルプスレギナは食堂を辞した少女に思いを馳せる。最高のオモチャを手に入れたような感動を抱きながら、赤毛の戦闘メイドは少女を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃のリンクにとって、母だけが、彼女の知る世界だった。

 小さく汚い、窓すらもない納屋の中で、その幼い少女は生きていた。それを不幸なことだと感じるほどに、少女はそれほどの時を生きておらず、また、その世界にただ一人やってきてくれる母だけが、幼子の知る幸せのすべてだったのだから、そう思うのは当然だったとも言えるだろう。自分と同じ髪と耳と尻尾だが、母の顔の造形が違うことなど気にもならないほど、少女は幼く、そして無知であった。

 世界の終わりはその日、呆気なく訪れた。

 自分を匿い養育してくれた母は、誰あろう父に――愛する夫その人の手によって、無残な死を迎えた。

 一族は、そんな父を非難することも糾弾することもせず、むしろ誉めそやし持て囃した。

 名誉のために妻を討った男。劣等種などに心奪われた弱者を排した偉丈夫。

 残された幼子は、母の骸にしがみつき、その冷たさに縋りついた。幾人もの大人たちに蹴たぐられ、腹を顔を打たれようと、母の死体を護るかのように覆いかぶさり続けた。

 それでも、母の血を吸った刃を向けられ、父と呼ぶべき獣の顔に憎悪と軽蔑の相が浮かんでいるのを見止めたら、もう何もできなくなった。

 幼い子供は暗い森に放り出され、二度と戻ることがないように手を剣で貫かれた。

 血を流す子供など、モンスターたちにとっては格好の獲物だ。一日とせず、腹をすかせたバグベアやオーガの餌食になるだろう。それが、ビーストマンたちが劣等種と呼ばれる子供らに行う選別作業であり、慣習だった。彼らはせめてあの世への土産として、母の死体から切り取った髪の一房を寄越した。

 三歳になるかどうかの子どもは、初めて味わう外の世界に恐怖した。

 痛みに悲鳴をあげるのも忘れるほど、森の中には危険が蠢いている。

 手の傷を縛って止血するほどの知恵もなく、どうすれば安全な場所に辿り着けるかもわからない幼子は、数多(あまた)聞こえるモンスターの鳴き声や感じられる異様な気配を前にして、しかし一族の集落に戻ることだけはしなかった。そんなことをすれば確実に殺される。目の前で動かなくなった母のように、自分もああして動けなくなるのだと、そう幼い頭で理解することは出来た。

 幼子はひたすら前へと進んだ。こけては進み、足を滑らせては進み、進んで進んで進んで、たくさんの擦り傷や打ち身を繰り返して、そして力尽きた。

 母の腕の中が恋しい。母の持ってきてくれたごはんが食べたい。母の声を、子守唄をまた聞きたい。

 けれど…………母は、死んだ。

 とても冷たくなって、死んだ。

 赤いのを流したから、死んだ。

 自分も、赤いのを流している。

 もう会えない。

 自分も、死ぬ。

 自分が、死ぬ。

 自分は、死ぬ。

 怖い。死ぬのは、怖い。

 何者かが近づく音が、四足獣特有の歩調が、突っ伏した大地から数えられないほど反響してくる。

 指先どころか、頭を動かすことも出来なくなった少女は、そこに現れた獣を見つめた。たくさんの(ウルフ)を引き連れた、黒い狼を横目にする。

 見上げていると、漆黒の狼が突然、まるで夢のように人間の男へ変わった。

 優しげな声で何かを話しかけられるが、失血と疲労で意識が朦朧としている子供には意味が伝わらない。

 父や集落の男とは似ても似つかない、細長い黒衣の人間は、血を流す少女の手を取り、何かを唱えた。

大治癒(ヒール)〉と。

 途端、体中から力が湧いてくる。

 わけもわからず、少女は自分の手を見つめた。

 赤いのをいっぱい流して、ズキズキとありえないような痛みを訴えていた傷は、塞がっている。

 まるで何もかもが悪い夢だったかのように思えるが、覚醒した意識は徐々にそれが現実であることを認識していく。

 

「もう、大丈夫」

 

 それが兄――沈黙都市を封じる最後の人狼、クスト・スゥ――からの最初の言葉であり、

 リンク・スゥの世界が、始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してるんだろう、私」

 

 鏡のように凪いだ泉には、泣き腫らした無様な自分の顔がよく映る。悄然と垂れた耳が、その胸中に渦巻く感情を如実に語っているようだった。

 都市の外の原生林は、彼女にとっては庭のようになじみ深い場所だ。カロルたちと一緒に子供の頃から駆け回ってきた広大な森林は、かつて沈黙都市の栄光に預かろうと集ってきた小集落を飲み込み、街道の舗装は木の根によって引き裂かれ朽ち果てている。

 リンクは、森は恐いところだと思う一方で、兄と出会えた素晴らしい場所であるとも考えていた。

 彼と出会ったのは、故郷であるユキヒョウの集落から十キロ以上離れた沈黙都市との中間地点付近。

 近くには大きな泉もあって、リンクは何かがあるとそこを訪れることが癖になっていた。かなり粗末な墓石が目印で、そこに母の遺髪を埋葬している。母にはせめて、綺麗な場所で眠っていてほしかったから。

 こうして泉の畔で蹲っていると、いろいろなことを思い出す。

 ここに来るときはいつだって、兄と言い合いをした時などと相場は決まっていたから。

 つまみ食いを見つかった時、やりたくない教材を暖炉に投げ込んだ時、約束を破って都市のアンデッドを勝手に祓おうとした時、決まって兄は正しいことを言ってリンクを叱りつけた。けれど、そこに怒りや憤懣や、かつて父たちが自分に浮かべていた恐い感情はひとつもなかった。

 養い親として彼を父と呼ぶように言われた時、リンクは完全に拒絶した。

 リンクにとって父とは、母を奪った殺戮者であり、自分を追い立て傷つけた憎悪の魔物でしかない。

 だから彼は、リンクの“兄”になった。

 ひとりぼっちの少女の家族に、なってくれた。

 その恩義は計り知れず、尊敬の念は絶えたことがない。

 そうしていつの頃からか、そんな兄に対して恋慕を抱いたことは、まったく完全に当然な結末でしかなかったわけで。

 

「……無理だって、わかってるけど」

 

 ビーストマンと人狼(ワーウルフ)

 完全に種族が違う者同士が結ばれるなど、御伽噺や神話の中でしか聞いたことがない。

 それに、彼は自分のことを完全に妹扱いしている。家族なのだからそれが当然なのだろうと言われれば、それまでなのだが。

 

「何なのよ、あの(ひと)……いきなり現れて」

 

 赤毛の三つ編みを二房伸ばした、ただの人間にしか見えない不思議な女性。自らメイドと名乗っていたが、底知れない強さを秘めた神官だと、兄に対して発動した魔法の種類と数で把握できる。そんな兄と伍する強さを秘めたメイドを遣わせる主というのが、沈黙都市を住処とし、封印と管理に励む自分たちにとって、有益になることはまず間違いない。兄はアンデッドを封じることに長けた生まれ持っての異能(タレント)を保有している上に、強力な信仰系魔法の使い手だ。その兄が認めたことを事実として受け入れられないほど、リンクの胸中は狭量でないと自負している。胸の大きさは控えめであるが。

 しかし、それ以上に気がかりなのが、彼女の雰囲気だ。

 髪の色や肌の色、性格や人格、言葉遣いや行儀作法まで何から何まで違うのに、二人には何というか、深い結びつきとも言える何かがあるように感じられてならない。まるで、運命の赤い何かで結ばれているような……(えにし)の深い間柄であるような……そんな感じ。

 今まで出会うことのなかった、確かな絆で結ばれた者同士。

 そういう表現が意外にもしっくりきてしまう。

 こういうのを、俗に何というのか。

 大梟に鼠肉を盗られる、だったか?

 

「あのひとって、誰っすか?」

「うひゃい!」

 

 思わず猫のように飛び跳ねてしまうほどに驚いた。

 いつの間にか赤毛の神官メイド、ルプスレギナがリンクの顔を覗き込んでいた。

 

「な、何ですか! いきなり声をかけないでください!」

「いやぁ、ごめんっす。何だか真剣に悩んでたみたいだったから、つい驚かしたくなっちゃったんすよねー」

「どうやってここまで来たんです? 足音も立てずに?」

「そんなの簡単すよ。空から降りてきてるだけっす」

 

 いきなり現れ、平然と顔面を綻ばせ謝り始める女性だが、やはり只者ではない。

 リンクは兄からの教練と特訓によって、神官(クレリック)女司祭(プリーステス)としての強さのみならず、野伏(レンジャー)狩人(ハンター)としても非常に優秀な能力を持っている。なのに、彼女はそんなリンクに気付かれることなく近づき、こうしてお喋りを愉しもうという距離にまで接近してみせた。これは、リンクの経験上ありえないことである。

 やはり彼女は、兄のクストと同じ領域に立つ強者なのだと思い知らされるしかない。

 それがひどく妬ましい。

 

「恋の悩みっすか?」

「あなたには関係ありません」

 

 鋼の声色で女性の言葉に背を向ける。決して図星を突かれたからではない。

 逆にリンクは問いを投げる。

 

「……あなた、何者なんですか?」

「私っすか? 前にも言ったじゃないですか。

 ルプスレギナ・ベータっていう、沈黙都市に派遣された、かわいらしいメイドっす!」

 

 てへとか言って舌を出す様子に、リンクは何も言えなくなる。

 そういうことを聞いたわけではない。そして、それぐらいのことに気付かないほど馬鹿なはずがない。

 兄と同じ高位の神官だとしても、兄には野伏(レンジャー)暗殺者(アサシン)じみた隠密能力などないし、こうして人をからかったり驚かせたりする趣味は持ち合わせていないはず。

 

「いいです、もう」

 

 誤魔化そうとする相手に対して、むきになって追及してもかわされるだけだ。

 それに、兄と同じ強い人に刃向かうなんて、想像するだけでぞっとする。

 

「そっすか? じゃあ、こっちも質問してもいいっすか?」

「……どうぞ」

 

 ルプスレギナというメイドは、奇妙なことを気にかける人物だった。

 リンクやクストの身の上話よりも、沈黙都市の歴史や、遺棄されてからの顛末、そして都市内に封じられ閉じ込められているアンデッドたちの特徴や種類などを優先的に問い詰めてきた。そういった詳しい事情は兄の方が適任だと言ったのだが、あくまで確認のためと言われて催促されるだけだった。それに、先ほどの食事の席で、仮にも協力関係を結ぶことを確約した相手なのだ。いくらリンクが不信感を募らせようと、兄の、都市管理者の決定は覆らない。

 リンクはとりあえず自分が知っている限りの情報を伝え、赤毛のメイドを満足させることに専念した。

 

「じゃあ、これで最後の質問っす――心して聞きなさい」

 

 何故だろうか。天真爛漫な笑みが消え去り、とても妖艶な色香の漂う薄い笑みを張り付けた美女が姿を現す。

 

「あなたは、クスト・スゥと、どうなりたいの?」

「はぁ? どうして、そんな、こと……」

 

 先ほどまで丸っこかった瞳が、薄く細く研ぎ澄まされた刃のように硬いものへ変質していた。

 思わず女の自分ですら腹の底がゾクゾクさせられるほどに、その眼は蠱惑的に輝いてみえる。

 

「あ……兄様は、私のことなんて」

「そういうことじゃなくて、あなたは、彼と、どうなることを、望んでいるの?」

 

 いきなり自分のことを質問されたことで、まるで覚悟が足りていない。

 そんなリンクを追い立てるかのように、美女は逃れられない質問で少女の心を絡めとる。

 

「……一緒になりたい。……一緒に生きたい。……ただ、一緒に」

 

 幸せになりたい。

 かすかに呟いた声だったが、ルプスレギナは満足そうに頬を緩め、少女の主張に頷いてみせた。

 何かを言おうと、双方が口を開きかけた時、

 

「……あれは?」

「何すかね?」

 

 森の奥から獣の悲鳴が聞こえた。それに続き、何かの足音が近づいてくる。酷く俊敏な獣のようだが、足運びに違和感を覚える。

 それは森を抜けて、泉の畔にまろび出て来た。

 

(ウルフ)!」

 

 リンクは驚きと共に、倒れ伏した獣に近づき抱き起した。四本あるべき足の内、後ろの一本が欠けている。顔や腹にも矢羽が突き刺さるなど酷い傷が走っており、大地色の体毛を赤黒く染めていた。あまりにも致命的だ。リンクの使える治癒魔法では、全快することは難しいほどに。

 

「やっと追いついたぞ、狼風情が! ……あ?」

 

 現れたのは、獅子の頭と黄金の鬣に覆われた二足歩行の亜人。それが合計6人の徒党を組んで、それぞれが斧や弓矢などで完全に武装している。

 ビーストマンの狩人たちだ。

 

「何だ、テメェら? 人の獲物を横取りか?」

「頭領。あいつ、劣等種の雌ですよ?」

「隣の赤毛は……人間だな?」

 

 口々に劣等種が何故こんなところにとか、人間を見るのは久しぶりだとか、下卑た獣欲をそのままに発露したような侮辱を並べ立てる。

 そんな彼らに対して、リンクは先に理をもって糾弾した。

 

「あなたたち、どういうつもりですか! ビーストマンの国では狼狩りは禁じられているはずです!」

 

 ビーストマンという種族において、先祖に近しい動物を狩ることは全面的に禁じられている。彼らは祖先の形状を尊崇し、それを残している野にある獣のことを、先祖返りを果たした同族(ビーストマン)、あるいは先祖が当代において転生した姿と見做し、その命と在り方を限りなく尊重する。

 その延長線上で、狼もまた狩ることは原則忌避されて然るべしという風習が根付いているが、これはかつて、あの200年前の魔神討伐戦において、同盟者であった狼のビーストマン(=人狼(ワーウルフ))が多大な犠牲を払い、魔神たちの脅威から多くの生命を守護し果せたことによって、数多くのビーストマンの種族が存続できたことに感謝の意を表したことから始まったとされる。

 しかし、それも今や昔のこと。

 すでに彼らの中では、狼たちに対する敬服の姿勢は失われつつあった。

 

「そんなことぁどうでもいいんだよ。そのクソ狼、俺たちの張った罠にかかった獲物を横取りしていやがった。だから殺す。もう二度と、俺たちが喰いっぱぐれないようにな!」

 

 頭領と呼ばれる若いビーストマンは、連中の中で最も頑健な巨体に似つかわしい黒い斧を振り上げて、リンクへ――彼女の抱く狼めがけ――投擲した。

 少女はそれを難なく避けることも通常は可能だが、瀕死の狼を抱えた状態では身動きが取れない。咄嗟のことで態勢も整っていなかったのもまずかった。スカートの中の短剣を抜き放ち、武技を発動させようとしたが、それよりも早く斧が宙を滑る。

 刃の交わった瞬間、硬い金属音が凪いでいた湖畔に波紋を描く。

 

「くっ」

 

 抜き放った短剣は、柄部分だけを残して完全に折れてしまった。唯一の武装を失い、狼を治療する暇すら与えられない。

 

「ちょっと、あなた! 高位の神官なら助けて下さいよ!」

「いやっす」

 

 ルプスレギナはきっぱりとした口調で、笑みすら浮かべながらリンクの要請を棄却した。

 

「私が受けた命令の中で、あなた方を何が何でも護れとは言われてないんで」

 

 ルプスレギナの心情としては。

 アインズからの命令は「友好的な関係を結ぶ」ことに終始する。彼女を救うことが友好的な関係に繋がると確約されるのであれば救出するのは(やぶさ)かではないが、そうでもないのにビーストマン同士のいざこざに首を突っ込むメリットがない。獲物を奪われたという彼らの主張も一応頷けるし、もし彼らがビーストマンの中でも上位者……豪族や為政者と繋がりを持つ存在であったりしたなら、短絡的に敵対姿勢を取るのは極めて愚かしいことだ。ビーストマンなどナザリックの戦力をもってすれば蹂躙殲滅することも容易かもしれないが、アインズの深謀遠慮は、ここで戦闘メイドが暴走することをお許しになるとは思えない。御方に失望されるような事態など、ルプスレギナは二度と御免なのだ。

 

「はん。人間の雌の割に、中々肝の据わった感じだな?」

「褒めてくれてどーもっす」

 

 狩人の彼らは、これまで数多くの人間を狩って来たが、不動の姿勢でそこに居座り続ける雌の形は珍奇に過ぎた。黒と白を基調とした機能的な衣服もそうだが、自分たちビーストマンを前にして全く怖じる気配がないという人間は初めて出会う。見るからにやる気のない瞳が、丸い宝石のようにあどけなく輝いていた。

 狩人として長い間に渡り森の覇者として君臨してきた彼らであっても、異物感と猜疑心が鬩ぎ合う眼前の人間の得体の知れなさが、あまりにも不気味だった。

 

「おまえは、あの狼を憐れだと思わないのか?」

「いんやー? 別に、どーでもいーっすけど?」

 

 喰うか喰われるかの関係に、そんなもの必要なんすかと、逆にメイドは訊ねていた。

 傍で聞いているリンクは絶句した。彼女の語る自然界の鉄則は理解している。理解していて尚、彼女の主張には度肝を抜かれた。

 神官と言えば、神に仕える信徒であり、その心根には優しさと慈しみが必要だと教えられた。だが、目の前にいる、自分の兄と同格の神官からは、そんな気配は微塵たりとも伝わってこない。

 まるで獰猛な一匹の獣だ。リンクはただの人間に、こんな感慨を抱いたことは一度もなかった。

 ……人間、なのか?

 

「おまえ、喰ったら中々に美味そうだな。胸や尻の脂肪もいい感じじゃねぇか。今夜の俺たちのメインにしてやるよ」

「やれるもんなら、どーぞっす」

「そのおかしな服を剥ぎ取って逆さ吊りにしてやるよ。そうすれば自分の置かれた…………」

 

 頭領である彼は、肌が(かんな)で一気に削られていくような粟立ちを覚えた。

 

 

 

「おい――今、なんて言いました?」

 

 

 

 何が人間の雌を変貌させたのか理解できない。理解できないが、そのありえないような怒気が、まるで瘴気や呪詛のような重圧となって、彼ら全員の肌に突き刺さっていたことは紛れもない事実。

 今まで経験したこともないような眼光が、屈強なビーストマンの雄らを失禁寸前にまで追い込んでいる。

 

「この衣服は、至高の御方々から賜った至宝のひとつ。それをあなたは今、何と言ったのです?」

 

 おかしな服――と。

 

「うおわぁぁぁあああっ!」

 

 頭領は湧きだした大量の汗を振り払うように、腰に備えたもう一本の斧を抜いて振り下ろした。

 重く清澄とも言える金属音が周囲を震わせた……金属音?

 

「敵対的行動はなるべく慎みたいところだから、簡潔に言っておきましょう」

 

 赤毛の雌の柔らかそうな肉を引き裂くはずの必殺の戦斧(せんぶ)は、しかし彼女の握る巨大な武器に阻まれ停止している。否、それだけではない。ドワーフの鍛冶師に鍛えさせた重い斧の刃が砕け、半分以上が用をなさない金属片に姿を変えていた。

 女が握った武器の形状は、剣でも斧でも槍でもなく、いかなる武器とも言えないほどに異質な造形だ。破城鎚ほどの太さもある金属の塊は何かの聖印と思しき意匠を凝縮されており、盾の如く武器の担い手を危険から守護するような印象さえあるが、その持ち手の細さは杖のようにも思われる。

 何もかもがちぐはぐな、しかし何処までも精緻で高密で完成された、清浄なる暴力装置。

 

「失せなさい。私の(あぎと)が、おまえたちの喉を食い破らないうちに」

 

 それだけを告げた途端、ビーストマンたちは見事に逃散していった。

 呆気にとられ、これは夢かとリンクは思考するが、残された斧と折れた短剣を見れば現実だと解る。

 屈強な亜人数人をあっさり撃退した女性は、呆ける少女に対して呟いた。

 

「ちゃっちゃとその狼を治したらどうっすか? それ以上ほっとくと、蘇生魔法が必要になるっすよ?」

 

 底抜けに明るい口調と微笑みが、リンクにはまるで女神のようにすら感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が沈黙都市に戻って来たことを、クストはその建物――居住地にしている旧官公総舎ではなく、都市中央に聳える時計塔にして旧大聖堂の地下――にいながら、過つことなく把握していた。

 どうなることやら肝を冷やしていたが、存外に仲睦まじくなってくれたようだと、その朗らかな鼓動音から察することができた。新しい狼――治療を受け、足を欠いた状態ながらも一命をとりとめた男の子――を連れてきたことも、増えた呼吸音と心拍の気配で読み取ることができる。人狼にして管理者である彼にとって、この都市は自分の肌の上のようなものだ。誰が何処にいるのかはほとんど完璧に把握できるし、アンデッドたちの正確な分布状況なども手に取るように分かる。

 綻びかかった封印の数と場所を確かめながら、彼は指折り、残された猶予を数えてみる。

 ルプスレギナに協力を持ち掛けられたのは、クストにとって本当に運が良かった。彼女の真意や思考は何故か読みにくいが、とりあえず自分たちに直接危害を加える類のものでないという確信が持てた。それがイコール自分たちの安全を保障してくれるものでないことも了解している。自分の身くらい自分で守らねば、この広い世界の中で生き続けていくことは難しいのだから。

 

「ほんとうに申し訳ないけど、もう少しだけ、眠っていてください」

 

 彼はそこに封じられている異形に語り掛けた。

 伝説にしか語り継がれない死者と、その軍勢。

 魂喰らい(ソウルイーター)をはじめ、大量の骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)を踏みつぶせるほどに巨大な死の騎士(デス・ナイト)など多種多様な死の(ともがら)が、その地下空間に溢れ返るほどに封じられている。まるで趣味の悪い彫像のように微動だにしていないが、その地獄の炎のようにてらてらと輝く眼からは、見る者の魂を引き抜くほどの憎悪が洩れ出している。

 それらと共に目覚めの時を待つ、不死なる王者の姿。

 豪華だったのだろう襤褸のような紫のローブを身に纏い、死者の相貌には不釣り合いなほど輝く王冠を被る幽鬼。この100年もの間、目覚めるための力を蓄え続けた強大な不死者が、怨念の凍える空虚な眼窩を、己を封じ続けるものに対して差し向けている。

 

 この世界においても超絶的な強さを誇る不死者(アンデッド)

 地下聖堂の王(クリプトロード)が、立てかけられた漆黒の金属の上に(はりつけ)にされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    【続】

 

 

 

 

 

 








 ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。

 前回のあとがき(言い訳)で語れなかったこと――ルプーとのカップリングの失敗を捕捉します。
 面倒な方は読み飛ばしていただければ幸いです。
 第三話でお待ちいたしております。


 ルプーとのカップリング失敗例、その①
『フェン』
 言わずと知れた、アウラに従う魔獣たちの代表的存在。
 形状は、黒く長い体毛の「狼」のような四足獣。クアドラシルじゃない方。
 レベルは主人であるアウラの能力で底上げされるとルプーを遥かに凌ぐ。一見、良さそうなカップリングだが、web版のアウラとの絡みを見る限り、御主人様のアウラが好き過ぎる性格(ロロロ程度に嫉妬の眼光を向けるレベル)。アウラの魔獣の代表であり最強的な存在である以上これは仕方ないことなのだが、これではルプーに振り向くことはなさそう。
 実は主人のいないところで戦闘メイドに浮気しているとかになると、フェンにとってはあまりいい印象にならないし、結局のところフェンはアウラという女王の膝元で落ち着いているイメージしか見えない。しかし、これではルプーが悲恋に終わる。巨大な獣と少女という組み合わせは惜しい気もするが、没。


 ルプーとのカップリング失敗例、その②
『ナザリック内に実は人狼の男がいたんだよ!』
 オリキャラであることに変わりない上、いまいちインパクトに欠ける。
 ていうか、ルプーはカルネ村の件でナザリックにいることすら珍しいのに、ナザリックの存在と逢瀬を深めるというのは考えにくい。同じ理由で、モブの男性使用人やナザリック内のシモベとの逢瀬も、没。
 それよりも、ルプーには他の戦闘メイドとは違うアドバンテージ「主に外で活動している」を有効活用したい。活用する。


 ルプーとのカップリング失敗例、その③
『現地の人間』
 人間は食糧兼オモチャなので無理。即行で、没。
 エンリからンフィーを寝取ったり、殺害命令が下った人間の王子を生かしておく理由など、ない。
 現地の住人のオリキャラと絡めるとなると、やはり同じ異形種……人狼が好ましいか?


 ルプーとのカップリング失敗例、その④
『ビーストマン』
 人狼に近しい特徴を持った亜人種だが、やはり前項目で上がった人狼の方が最適解。
 現地に数いるだろうビーストマンよりも、現地で絶滅した人狼というフレーズの方が、アインズ様のコレクター魂を刺激するはず……その流れで、人狼×人狼というカップリングが成立する。


 あと階層守護者男性陣などは、すでに決まった相手がいるため、最初から候補からは除外されています。
 階層守護者のカップリングについては、空想病の長編連載に、ご期待ください。


 最後に。
 個人的には、ルプーって行きずりというか、ただ成り行きで逢瀬を深めるタイプだと思うのです。
 妹たちのように特定の相手がいる場所へ赴いてまで深く親交を結ぶというのではなく、あくまで任務上の過程として、気が付いていたら愛を深めていくタイプ(ちなみに、ナーベラルはこの二つどちらにも該当してしまう。ユリについては……まぁ、そのうち)。
 せっかくそれぞれが全く違う個性をもった姉妹なのだから、その御相手もそれぞれみんな違った感じにしたかったわけです。他の姉妹全員がナザリック内の存在と恋愛しているのに、ルプーだけは、ナザリック外の存在に愛情を抱くわけです。
 あのルプスレギナが! 笑顔仮面のサディストが!
 そんな、作者の空想が生んだ存在が「沈黙都市の孤狼」なのです。


 長い長い言い訳にお付き合いいただきまして、ありがとうございます。


 それでは、また次回。                By空想病




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