迎撃!霧の艦隊 Cadenza   作:蒼樹物書

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第八話『決戦前夜』

 

「イクによる試射は成功。機能も問題なし、指示通り量産を開始したわ」

「ご苦労様。これで『霧』への対抗策となるわね……これ『霧』以外にも有効なのよね?」

「はい。対象に共鳴する振動を高出力で発信し分子結合を崩壊させるとのことですので……直撃すれば理論上破壊できない目標はありません」

 

執務室。

振動魚雷の製造と試験を明石と共に行っていたヒュウガが、伊東少佐と群像に報告する。

爆薬や質量で破壊を行う兵器とは根底から違う、この世界においては妖精や艦娘にも及ばないオーバーテクノロジー。

この振動弾頭は直撃すればいかに厚い装甲であっても意味をなさない。

それでも霧の大戦艦や重巡級以上の大型艦艇相手であれば強制波動装甲により防御される場合があるが、運用次第で充分通用する。

その威力を霧のような防御を持たない深海棲艦へ向ければ正しく一撃必殺となり得る。

 

「しかし」

「ええ、分かっているわ。貴方達の『帰った』後は使用しない、そういう約束だもの」

「製造方法については一部をブラックボックス化させてもらってるから、使い切ったらそれまでだけれどねー」

 

この装備をこの鎮守府の工廠で製造するに当たって、伊東少佐と群像の間で交わされた約束。

それは、群像達が『帰った』後、振動弾頭を含め全ての痕跡を抹消することだ。

群像達が『こちら側』にきて、ナノマテリアルの変換効率の変化などいくつかの変化があった。

その変化は今、目に見えている所だけとは限らない。

過度の干渉によって取り返しの付かない事態になる可能性がある。

 

「写真の一枚も残していってくれないのは、少し寂しいけれど」

 

遠征を終えて秘書艦に復帰した叢雲が呟く。

 

「それも目標の『霧』……超戦艦ムサシとの接触が成った後だけれど」

「はい。まずこちらにいるかどうか――」

 

「それなら心配いらないわ」

 

伊東少佐、群像。

そしてヒュウガに叢雲。

その四人しかいないはずの執務室に、澄んだ声が響く。

気づけば、彼女達の背後に、いた。

 

「御機嫌よう。私が『霧』の超戦艦ムサシ、総旗艦代理を務めさせていただいております」

「どこから……!」

 

伊東少佐達を守るように叢雲が艤装を展開し、威嚇する。

黒衣の少女はその剣呑を涼やかに見ながら言葉を続ける。

 

「今回はご挨拶に伺ったの」

「宣戦布告ではなくて?」

 

執務机に座ったままムサシを見据え、微動だにせず伊東少佐が問う。

 

「似たようなものかしら?私達『霧』はここがどこであれ、アドミラリティコードに従う」

「海洋を支配し、人類を管理する……」

「ヤマトは!そんなこと、望んでいなかった!だから、俺達に、イオナに力を――」

 

「五月蝿い」

 

群像の叫びを拒絶し、叩き伏せるように。

ムサシは先までの穏やかな口調を激変させる。

 

「お前に何がわかる。あのお人形さんが勝手にヤマトの身体を使っただけ……!」

「イオナ姉様を人形扱いするのやめてくれる?ブチ切れそうなんだけど」

 

眉を吊り上げるムサシの言葉にヒュウガまでもが珍しく怒気を露にする。

一触即発。

 

「ぐんぞー!」

 

ドアを勢いよく開き飛び込んできたのはイオナ。

続いてタカオ、ハルナとキリシマが入室する。

 

「艦長!無事!?」

「やはり!超戦艦か!」

「単身潜入とはいい度胸だ」

「ムサシ……」

 

その反応を感知し急行した四人が、ムサシの姿を認める。

 

「さて。こちらは『霧』が五人に艦娘が一人。これマワしちゃっていいのかしら?」

「あんたは後で首を一回転させるわね」

 

伊東少佐の表現はともかく、ここで数に物を言わせてムサシを捕らえれば霧との戦いは終わる。

群像の目配せでタカオとハルナが艤装を展開する。

超戦艦相手とはいえ、これだけの人数がいれば。

 

「今日はご挨拶って言ったでしょう?遊んであげてもいいけれど……『私』はここよ」

「!?」

 

ムサシからイオナに、ある海域のデータが転送される。

 

「艦は海で戦うものでしょう。待っているわ……今度こそ、沈めてあげる」

 

中部太平洋海域。

その座標を示すデータを残しムサシの姿が掻き消える。

 

「ここに、ムサシ達がいる……」

「ご招待ってわけね」

「決戦だ。今度こそ、ケリをつけるぞ」

 

人類と霧、そして艦娘。

その最終決戦の幕が開ける。

 

 

 

「……それで、使えそうかしら?」

「はい、こちらに来る前にヒュウガと見てきました。ナノマテリアルをいくらか使いますが……」

「元になる物ががあるから、最低限保持しておく量を確保しても問題なく動かせるわよ」

「コントロールはヒュウガにしてもらいます。ですが『霧』ほどの性能は期待しないで下さい」

 

執務室での『ご挨拶』の後。

群像とヒュウガが伊東少佐の提案により港で確認したある物の状態、そしてその使用について報告していた。

現在執務室には伊東少佐、群像、ヒュウガのみ。

他の霧達は念のため周囲の警戒、秘書艦の叢雲すらも少佐が適当な理由をつけて退室させていた。

言えば、反対される。

 

「『霧』による通信妨害。この方法なら、妨害を阻止出来る」

「危険はあります。確かに『その時』に自分もその場にいる必要はありますが……少佐まで」

「クラインフィールドの展開は可能よ。守ってみせるわ、艦長も、提督も」

 

硫黄島での戦闘の際。

霧による通信妨害によって、艦隊は指揮から遮断された。

あの時は事前に組んだ作戦で行動は策定されており、その作戦は上手くいった。

だが。

今回は陸から大きく離れた中部太平洋。

索敵するには遠すぎ、敵の配置も窺い知ることは不可能。

ならばある程度予想はしても現地での臨機応変は必須だった。

 

「私は指揮官よ。何時だって、あの子達と共に自分の命も天秤に載せている」

「……わかりました。では」

「りょーかい。準備を始めるわ」

 

 

 

間宮食堂。

夕食時のそこは、何時もより活気に満ちていた。

 

「一航戦赤城、食べます!」

「負けてたまるかー!」

 

赤城とキリシマが大食い競争をする一方。

 

「どぉなのさヒュウガ~?呑んでる~?」

「うわ酒臭ッ!やめなさいイ……伊勢!」

 

伊勢がヒュウガに絡み酒をし。

 

「宴会。飲食を共にし互いのコミュニケーションを深める行為。タグ添付、分類:記録……」

「ハルナちゃん食べるのおっそーい!そのエビフライ貰ってもいい……おうっ!?」

 

ハルナからエビフライを奪おうとした島風がクラインフィールドに阻止される。

『蒼き鋼・横須賀鎮守府懇親会』と綴られた横断幕の下、宴会が催されていた。

 

「ありがとうございます、少佐。自分達の為に、貴重な食糧を」

「そういうことは言わなくていいのー。これくらい何てことないんだから」

「……とはいってもお酒はこれで最後ですよ、提督」

 

喧騒から少し離れ、群像と伊東少佐は席を共にしていた。

間宮を手伝い給仕を勤める大淀が徳利をテーブルに置きながら釘を刺す。

テーブルの上には海鮮を中心とした華やかな食事が並べられている。

それらの脇には既に空になった徳利が五本転がっていた。

 

「うぅ~、後一本だけー!」

「明日作戦でしょう。二日酔いの指揮は御免です」

「大淀のけちー!貧乳ー!すけべスカート!」

「ぶっ飛ばしますよ」

 

酔っ払いをあしらいながら空の徳利や皿を片付けていく大淀。

 

「……適当な所で切り上げて貴女も混じりなさいよー。明石と間宮もね」

「了解です、提督」

 

テーブルを後にする大淀に伊東少佐が声をかけると、少し微笑みながら大淀が頷く。

この様子なら明日の作戦も問題ないだろう、と群像はイオナが座るテーブルへ目を向ける。

向こうは伊号の潜水艦仲間、ゴーヤ達と楽しそうに食事をしているようだった。

明日は蒼き鋼と艦娘達の初めての、そして最後とする作戦決行である。

その前に、とこの懇親会を提案したのは伊東少佐だった。

 

「千早さんも呑んでるー?」

「いえ、自分は未成年ですので」

 

テーブルを挟んで向かい側の伊東少佐が徳利を手にゆらゆらと揺らす。

きっぱりと群像が誘いを断ると、口を尖らせながらもう片手に持つぐい呑みを飲み干し。

 

「ぷはぁ。懇親会とは銘打っても、これは送別会でもあるんだかね」

「少佐はもう勝った気でおられるのですね。必ず我々は帰れると」

 

明日の作戦。

中部太平洋での生徒会と深海棲艦の守りを抜け、ムサシとの接触が成れば。

群像達と霧は帰還を果たす。

 

「勝つわ。うちの子は優秀だもの。そして皆可愛い」

「はい、勝ちましょう。自分も、彼女達を信じています」

 

そして、貴女も。

群像は心の中で密かに後追いする。

初めて出会った信頼し得る、頼り得る『大人』。

二人は互いの拳を当て合い勝利を約束した。

 

 

 

「私の乙女プラグインが危機を告げている……!」

「あそこに魚雷ぶち込んでいいですか、いいですよね!?」

「べ、べべべ別にあいつが誰と付き合おうと……!」

 

離れた席で男女二人の様子を監視、否見ていた三人。

タカオ、大井、叢雲は錯乱していた。


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