迎撃!霧の艦隊 Cadenza   作:蒼樹物書

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第五話『硫黄島沖海戦-前編-』

 

「提督!司令部より緊急入電です!」

 

ノックもなく、ドアを破る勢いで執務室に入ると共に報せたのは軽巡洋艦大淀だった。

昼食を終え群像は書類仕事、伊東少佐はイオナと三時のおやつについて白熱した議論をしていた。

駆けてきたのか息が荒い大淀は、構わずに間宮の羊羹がいかに美味しいかをイオナに説く伊東少佐を白い目で見ながら構わず手にした命令書を差し出した。

 

「硫黄島?」

「はい。深海棲艦多数と……以前交戦したナガラが少なくとも三隻確認されました」

「『霧』が……!?」

 

観音岬沖で初めて確認された軽巡洋艦ナガラ。

艦娘の形を持つ霧という異色の存在。それがまた、さらに複数確認された。

高々度からの観測である為正確な数は分からないが、深海棲艦もかなりの数がいるとのことだった。

 

「それで、緊急入電?」

「正確には確認できていないのですが、島側と深海棲艦側で交戦している様子があるそうです」

「あんなところに?戦力どころか人もいないでしょう」

「ご存知の通り住民の疎開後、軍も防衛線縮小によって撤退済みです」

「で、ちょっと見てきて味方になりそうなら保護ねぇ……」

 

命令書を読んだ伊東少佐が要約するとそのような内容だった。

本土から遠く離れる硫黄島に、深海棲艦や霧であるナガラと交戦し得る戦力があるはずがない。

もしあるとすれば少なくとも人類のそれを超える戦力があることだけは間違いない。

敵の敵は味方、そうでなくても可能性はある。

艦娘という僅かな希望を得たとはいえ、戦力となり得るものは何としても欲しい。

どちらにしても霧が出た以上、唯一交戦経験があり更に撃破した実績がある横須賀鎮守府に命令が下されるのは必然だった。

 

「愚痴ってもしょうがないわね。千早さん、早急に編成決めるわ、ほらほら書類なんてどうでもいいから」

「了解です」

「いえ、書類もちゃんとお願いしますね……?遅れて頭下げるの私ですからね……?」

 

抗議する大淀に、執務机から取り出した秘蔵の牛大和煮缶を投げて寄越すと伊東少佐は小さく溜め息をつき。

 

「千早さん、これが賄賂よ。汚い大人の世界よ」

「はい。イオナの配置はどうしましょうか」

 

さくりと流した群像は硫黄島周辺の海図を取り出し作戦会議を開始した。

 

 

 

「……粘るな」

「ちまちま撃ってないでミョウコウの狙撃で決めちゃえばいいんじゃないのー?」

 

硫黄島。その全周を隙間なく深海棲艦とナガラが包囲していた。

駆逐級は勿論空母ヲ級、さらに戦艦ル級までもその火力を硫黄島に集中させている。

島を消滅させかねない勢いで放たれるそれは島全体を覆う半透明の、半球状に展開される障壁に全て阻まれる。

クラインフィールド。

その防御の内側、島の各所に設置された砲台から反撃の光線が放たれる。

光線は核でも焼き切れないル級の装甲を容易く両断し、大量の駆逐級を薙ぎ払う。

戦闘は硫黄島側が圧倒的かのように見えながらも、海中より無限に沸く深海棲艦が均衡に保っていた。

 

「こちらはいくらでも沸く深海棲艦を次々にハッキングして投入、攻撃を続けさせればいずれ向こうの兵站が尽きる。貴重なリソースを消費する必要はない」

「でもじれったいよ~」

 

眼帯の少女。霧の重巡洋艦ミョウコウは、逸る傍らの姉妹艦ハグロを嗜める。

二人は本来の形ではなく、メンタルモデルに女性用のスーツのような衣装を身に包み艤装を装備している。

ムサシが解析した艦娘より出力した、この世界での効率的な戦闘スタイルがそれであった。

この形ならば限りあるナノマテリアルであっても最大限の性能を発揮できることから、他の霧も同じ形を取っている。

霧でありアドミラリティコードに従う彼女達は、その指令を達成するのに必要な行動を躊躇することはない。

空母ヲ級の放った艦載機が障壁に接触し磨り潰される。

重巡リ級の上半身が光線によって消滅する。

ミョウコウ達やナガラは後方に配置し、底無しに沸く深海棲艦を吶喊させ確実かつ効率よく硫黄島を磨り潰さんとしていた。

 

一方。

防戦を続けるのも二人の霧。

大戦艦ヒュウガ、重巡洋艦タカオの二人。

 

「だーかーらー!私の船を造れるだけのナノマテリアル寄越しなさいよ!」

「うるさーい!あんな有象無象相手ならいくらでも粘れるって言ってるでしょーが!」

 

自分達のいる硫黄島を完全包囲されながら、二人は喧嘩の真っ最中だった。

ここ硫黄島にはナノマテリアルがある程度保管されていた。

大戦艦ヒュウガの船体を保持し得る量。今はそれを島の防衛施設に転換し抗戦を続けている。

元の世界でイオナがムサシとの接触を図る中、霧の生徒会と交戦していた二人は爆裂した光に呑まれ気づいた時にはこの硫黄島にいた。

自身らの保持するナノマテリアルはほとんどなくなっており、この硫黄島に存在していたそれでメンタルモデルや島の施設を復旧させたのまでは良かった。

しかし重力子反応から探索中の霧に発見され包囲、さらに通信を妨害され。次々と集結する深海棲艦からも攻撃を受け続けていた。

 

 

 

「試作晴嵐からの観測結果来ました!島側に砲台が設置されており、包囲する深海棲艦と交戦している模様!」

「重力子反応を感知……ナガラ以外もいる。通信妨害されてて判別できない」

 

艦隊に先行し偵察を行うのは伊勢の艦載機とイオナ。

先にナガラと交戦した際には確認されなかった通信妨害が行われている。

ナガラ以外の霧。メンタルモデルがいる可能性がある。

包囲している側、もしくは島側……その両方か。

 

「接近するしかないわね。艦隊、作戦通りよ」

「イオナ!他の伊号と合流するぞ!」

 

伊勢とイオナはそれぞれの配置へと移動を開始する。

 

「硫黄島付近はこちらの通信も遮断される可能性があります。よろしくありますか」

「よろしくはないけれど。赤城、通信が通らなくなった場合は」

「一航戦赤城、旗艦の責を果たします」

「……お願い」

 

伊東少佐が縋るように弱々しい言葉で通信を終わる。

艦隊指揮の際はどんな時にも慌てず、弱みを見せなかった彼女の珍しい姿だった。

 

「通信途絶!機器に異常はなく、妨害されている模様!」

「っ……!」

 

通信装置を操作する大淀が、前線とこの作戦室が遮断されたことを告げる。

その言葉にびくり、と肩を震わせる伊東少佐。

作戦行動については事前に通達しており撤退基準も赤城に伝えてある。

しかし不明な戦力と戦況に対し部下達を投入し、直接指揮もできずただ待つだけという状況。

その重圧に、普段気丈な彼女も押し潰されそうになっていた。

 

「信じるしかありません。自分達の船です」

「……ええ、そうね」

 

回線を開けたまま通信回復を待つ作戦室を、静寂が支配した。

 

 

 

「イオナちゃん!本当にこっちでいいの!?」

「接近して感知できた。硫黄島にいるのは味方。以前使ったコースで硫黄島内部に入れる」

 

海底を這うように潜行し包囲する敵戦力をやり過ごすイオナ、イムヤ、イク、ゴーヤ。

潜水艦四人で組まれた潜水艦隊は水上艦の陽動で援護を受け、硫黄島の勢力に接触することを任としていた。

海中の硫黄島側面、偽装された巨大な通用口から内部へと侵入していく。

イクとゴーヤは興味深そうに削岩されたトンネルを眺めながら、先を急ぐイオナ、それを追いかけるイムヤに続く。

そして、水面。

イオナが浮上し顔を出すと、そこは巨大なドック。

元の世界で放棄する前の硫黄島。イオナを旗艦とする群像達の艦隊、蒼き鋼の根拠地そのままの姿だった。

硫黄島と最初に聞いた時、群像はその可能性について考えてはいた。

しかし、この硫黄島を知る者は。

 

「イオナ姉さまぁあぁぁぁあぁあぁぁあんぅっ……ひあ!?」

「ヒュウガ。それにタカオも」

「イオナ!艦長は……って何よその格好」

 

縁から身を乗り出したばかりのイオナに抱きつこうとしたヒュウガをいなし、水面に飛び込むのを傍目に見下ろすタカオに声をかける。

タカオが見咎めたスクール水着姿のイオナに続き、同じ衣装を纏う他の伊号達も続々と顔を出す。

異世界での再会。

互いの状況について知りたいことは山ほどあったが。

イオナは群像が予見したこの再会が成った場合、命じられた執るべき行動を優先した。

 

「蒼き鋼、再編成。反撃に転ずる」

 


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