迎撃!霧の艦隊 Cadenza   作:蒼樹物書

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第四話『幕間。遠征と補給と』

 

「そう。いたの……」

 

漆黒の巨艦、その艦橋の上。

黒衣の少女――超戦艦ムサシが、報告するヒエイの言葉に嬉しそうに応える。

 

「はい。重力子反応から間違いなく、伊401です」

「あのお人形さんも同じ戦闘形態を取っていたのは偶然かしら?それとも……」

「艤装を装着した人型……そのナノマテリアル変換効率の良好さは、ナガラに超重力砲を搭載できたことからも明らかです」

「深海棲艦、だったかしら。あの醜悪な連中も、不足した戦力の穴埋めには充分そうね」

「はい。現在各艦がハッキングを継続し、鹵獲を続けています」

 

霧にはコンピュータをハッキングする電子戦能力があるが、それが深海棲艦に通用し操れることが発覚していた。

イオナに比べ膨大な量のナノマテリアルを保持するムサシがバックアップしてではあるが、既にかなりの数を掌握している。

それを可能としたのも、深海棲艦の行動原理と霧のアドミラリティコードの指示内容の類似性が関係しているかもしれないというのはヒエイの言だった。

この世界、この海でも霧はその支配を進めていた。

 

「それにしても、ここに居るなんて。あは、あはははは、ははははははははははははは!!」

「ムサシ……?」

 

狂笑。

堪え切れなくなったように溢れる笑い声、その顔面を両手で掴むように押さえ激情を沈ませる。

 

「はは、は……そう、ここに居るのね……ヤマト……」

 

姉妹艦である超戦艦ヤマト。

愛おしいその名に。

 

「また……今度こそ、沈めてあげる……!」

 

少女は、宣戦布告を告げた。

 

 

 

横須賀鎮守府執務室。

大きな提督用の机の上にぽつん、と玩具のように小さな飛行機が置かれている。

 

「試作晴嵐、ねぇ」

「提督、私!私に!戦艦の火力と軽空母並の航空機運用力!ね、素敵でしょ!?」

 

作戦成功後、鎮守府に届けられた新型水上爆撃機。

ここ横須賀鎮守府でも装備の開発は行われているが、海軍の研究施設で開発された新型装備が送られてくることがある。

艦娘対応で掌に載る程小さい、特徴的なフロートを持つ機体にはセーラー服に帽子、そしてフロート付きだからだろうか浮き輪をつけた妖精が乗っている。

その小ささから普段目立たないが、艦娘の装備にはこういった妖精が乗っている。

艦載機ではその操縦などを行っているようだが、撃墜や砲撃を受けた瞬間にいなくなり装備の補充や修理と共にまたどこからともなく現れる。

しかし装備運用に必須というわけでもなく、ただ砲身の上で寝そべっているだけの者もいたりとかなり自由な様子だ。

艦娘と同じく妖精の性質についても未だ不明な点が多い。

 

「うちで使えるのは貴女くらいだろうし……ともかく伊勢、さっさと入渠行きなさい。そろそろ赤城があがる頃よ」

「はぁい……さすがに修理しとかないとね……」

 

入渠。本来船が整備施設である船渠入りを指す言葉だが、艦娘のそれは人間の入浴に近い形で行われる。

鎮守府の浴場に設置されたバスタブのような設備である入渠施設。

妖精によって製造、そこに湯を注ぎ艦娘が入ることで受けた傷、そして艤装の損傷が時間経過と共に回復する。

どういった原理かは不明だが燃料と鋼材を消費することで稼動し、ダメージの大きさと艦娘の艦種によって完全回復まで要する時間が変わる。

この横須賀鎮守府には現在二基が設置、稼動しており一つは別の作戦で中破した航空母艦赤城、もう一つは僅かながら損傷したイオナが使用していた。

入渠施設へ向かう伊勢を見送り、伊藤少佐と叢雲、そして群像が残る。

 

「イオナはまだかかりそうですか?」

「うーん、潜水艦であの程度の損傷ならもっと短くていいはずなんだけど……」

「大丈夫でしょうか……」

「心配なら覗きに行ってみる?私用の覗き穴が」

「覗き穴埋めるついでにあんたの両目も埋めてあげましょうか?」

「目はやめて目は!」

 

伊東少佐と秘書艦、叢雲のやり取りに慣れた群像だったがそれで心配が紛れることもなかった。

艦娘専用の修復施設で、霧であるイオナの損傷を回復できるのか。

現状僅かな損傷だったが仮に大きな損害を受けた場合、この方法が通用するかは今後の問題となる。

今まではナノマテリアルにより破損部分を修復、再構築していたのだが。

 

「ただいま。いいお湯だった」

「おかえりイオナ。それで、損傷は?」

「完全回復。極僅かだけどナノマテリアルが補給できた」

「本当か!?」

 

湯上りでシャツに短パンのラフな格好のイオナが執務室に戻ってくる。

早速その効果を確かめる群像は驚きに声を上げた。

少量であってもナノマテリアル補給ができたのであれば、今後の経戦が可能となる。

運用については残量に気を配りながらとはなるが、朗報であった。

 

「入渠で回復できるとなると名目上じゃなく本格的に艦娘ねぇ。あ、換えの水着も用意できてるわよ」

「……やはり着せないといけませんか」

「いけません。うちの潜水艦は皆ばいんばいんだから、イオナちゃんは希少価値なの。ステータスなの」

 

何の話だろうか。

少佐の言葉に群像は困惑しながら、スクール水着と呼ばれる紺色の水着がイオナに手渡されるのを眺める。

イオナが直接艤装を装着する艦娘の戦闘形態を模倣するのを決めた際、伊東少佐がつけた条件がそれだった。

元より霧のメンタルモデルは機能性を無視した服装を身にすることが多く、学生服やマントなど多彩なファッションをしてはいた。

当事者のイオナ本人が同じ潜水艦仲間のゴーヤ達とお揃いであることを喜んでいるので、群像も了承したのだった。

 

「さてと。叢雲、そろそろ出発の時間よ」

「穴を埋めてからね。あぁ、私がいなくて本当に大丈夫なのかしら……」

「遠征ですか?」

「そう。呉鎮守府にね」

 

呉鎮守府。

国内に存在する四つの鎮守府の一つ。

最初の横須賀鎮守府に続いて艦娘運用を目的とした拠点であり、立ち上げから半年ほどとのことだった。

ほぼ同時に佐世保、舞鶴でも鎮守府は立ち上げられているが物資や人的資源の不足から、ここ横須賀鎮守府以上に機能が不足しているそうだ。

 

「大井を待たしちゃだめよー。ほら行った行った」

「だから穴はどこなの穴は」

「あらやだ穴だなんて……確かめて、み・る?」

「いってきます」

「いってらっしゃーい」

 

漫才のような二人のやりとりを聞き流しながら、その遠征の目的を群像は尋ねなかった。

あくまでの自身の立場はオブザーバーであり、艦隊の行動について求められずに口を挟むのは極力避けたい。

手を振り叢雲を見送った伊東少佐はイオナに向き直る。

 

「さて、煩い秘書艦がいなくなったわけで。イオナちゃん、経験、してみない?」

「……一夏の誤り?でもこの国は今真冬」

 

意味が分かっているのか分かっていないのか、イオナが少佐の誘いに応える。

秘書艦は司令官、ここでは伊東少佐の補佐を行う艦娘のことである。

平素は最古参の叢雲か大井が勤めているが、その二人が遠征で不在となることからイオナに任せたいようだった。

 

「いいんじゃないか?まだこちらにきたばかりだ、慣れるにもいいだろう」

「ぐんぞーがそう言うなら。秘書艦、合点」

「次の命令が来るまであまりすることもないから。よろしくね、イオナちゃん。とりあえずお腹見せて?」

「……何故?」

 

伊東少佐の魔手がイオナにかかるのを急激に不安に思いながら、群像は先の了承を取り消すべきかを真剣に考えた。

 

 

 

叢雲と大井が遠征に出発し三日。

イオナが秘書艦を拝命して同じく。

秘書艦の仕事は司令官、ここでは伊東少佐の傍に控えその職務をサポートすることである。

書類仕事や工廠での開発と建造、そして食事の世話といった日々の雑用。

特に艦娘試験運用の任を主とする鎮守府においては書類、特に報告書を山のように作成しなければならない。

出撃、演習、遠征が主な艦隊の行動だが、それらの報告書が毎回必要となる。

艦隊指揮に鎮守府運営を行いながらとなる為、司令官の日々は多忙を極める。

はずだったが。

 

「いざすーすーめーやーキッチン~」

「今夜のメニューは魚雷型コロッケ。提督、その歌は何?」

 

コロッケを作る際に歌う歌だそうだ。

フタハチマルマル、多忙なはずの伊東少佐と秘書艦のイオナは並んでコロッケを作っていた。

艦娘達は人間と同じように食事を取る。彼女達の生活は人間とほとんど変わらない。

イオナ達メンタルモデルも飲食をすることはあるが、あくまで人類の模倣である為必須ではない。

しかし艦娘の場合はお腹も空くし、睡眠も取る。

よって、ここ横須賀鎮守府には艦娘用の寮と併設し食堂も設置されていた。

給糧艦間宮の仕切る、通称間宮食堂。

艦娘達の夕食が一段落し間宮が洗い場で片付けを行う傍ら、二人は調理場の一角を借りていた。

間宮の作る食事は絶品で、食糧難の今でありながら工夫を凝らした料理は毎日の楽しみとなっている。

伊東少佐もそれを認めながらも、ストレス発散として稀にこうして秘書艦と食事を作ることがあるらしい。

PUKA-PUKAと描かれたお揃いのエプロンをつけて二人がコロッケを成形してくのを眺めると、群像は食堂にまで持ち込んだ書類に再びペンを走らせた。

朝からやっているのだが、一向に減らない。むしろ執務室の書類の山はその標高を増すばかりだ。

曰く、働かざるもの食うべからず。

ナガラとの戦闘後、何度か艦隊の出撃はあったがいずれもイオナは参加していない。

どうやら他の艦娘に対し消費する資源が多いらしく物資不足の中そうそう出撃させられないそうだ。

艦娘達の出撃も哨戒や輸送艦護衛といった内容で、アドバイザーとしての仕事もほとんどないのではあるが。

 

「ふぅ……」

 

一息つく。

持ち込んだ書類の半分程が片付いた頃だろうか。

ぱちぱちと油の跳ねる音。

香ばしい匂いが食堂のテーブルにつく群像の元まで漂ってくる。

 

「千早さーん、そろそろできるからテーブル片付けてねー」

「了解です」

 

親子のやりとりみたいだ、と可笑しくなる。

右も左も分からない異世界にあって、日常があった。

ああ、戻ったら両親の墓参りにもいかないとな、と思った瞬間。

 

「……何か、嬉しそうね?」

「!?!?」

 

目の前に伊東少佐の顔があった。

両手には上げたてのコロッケが載った皿。

揚げ物の香りに混じって女性の柔らかな香りが、群像の鼻腔をくすぐる。

整った顔。美しい黒髪に、前かがみになられると豊満な胸元がエプロン越しにも強調される。

 

「あら。うふふふふ、ムラっとしちゃった?ごめんなさい、私は女の子にしか」

「違います」

 

テーブルに配膳する伊東少佐の言葉を即座に否定する。

母のようだ、とは間違っても口にはしなかった。

 

 

 

「~♪」

 

鼻歌を微かに響かせながら、かりかりとペンを走らせる音。

就寝時間を疾うに過ぎた真夜中の鎮守府。

司令官の採決を必要とする書類を片付ける伊東少佐は、何時になく機嫌がよかった。

皆が寝静まり、部屋にいるのは彼女と睡眠を必要としないイオナだけだ。

処理の終わった書類を受け取り、それぞれの仕分け用のボックスへ仕舞うイオナは不思議に思い問いかけた。

 

「提督、楽しい?」

 

不機嫌な時はなくも、機嫌の良い時を自然に見せるのは珍しかった。

楽しむことを見せることはあっても、基本的にはフラットな人、というのがイオナの印象だった。

冗談ばかり言っていてもその実、人類の未来を預かる者として感情を殺しその役を勤め上げている、と感じていた。

その伊東少佐が珍しく本音で嬉しそうにしているようだった。

 

「そうね。彼、ちゃんとああいう表情できるんだ、ってね」

「ぐんぞーのこと」

「ええ。一人でぜーんぶ背負っちゃえる子でしょう。でも、まだ子供だもの」

 

この世界は、先の大戦末期から戦況の悪化により徴兵制度の年齢引き下げが繰り返されてきた。

文字通りの総動員が行われ、全てが国家の生産計画に組み込まれていた。

そうでなければ生き残れない。

その美麗を錦の旗としてはいても、大人の一員たらんとする彼女には堪えきれる物ではなかった。

艦娘にしても若い女性、駆逐艦達に至っては能力こそ超人であっても子供や幼児の姿と精神性なのである。

その子達に、状況によっては死んでこいと強制せねばならない立場にあることを、伊東少佐は受け止め。

そして拒んでいた。

 

「だったら大人が助けてあげないと、ね」

「だから、これ?」

 

一枚の報告書。

イオナが手にするそれは、呉鎮守府から届けられた物。

伊東少佐が大本営へ求めた調査報告書。

『未確認の艦娘またはそれに類する者についての調査報告』。

数日前に発見され、保護されたばかりの存在が記載されていた。

 

「……それにしても熊って。球磨の方じゃないのよね?」

 

記載された二名の片方、その外見的特長の欄に伊東少佐は初めて自身の疲れを自覚した。


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