迎撃!霧の艦隊 Cadenza   作:蒼樹物書

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第三話『観音崎沖迎撃戦』

太平洋海上某海域。

空一面の曇天、真夜中の海上では海と空の境目が曖昧となり一面漆黒の世界が広がっている。

その中で、鬼火の様に浮かぶ文様。

曲線で流れる炎のような紅。

それは世界と同じ漆黒の巨艦の表面を舐めるように走っている。

 

「……生徒会五隻健在。他の艦艇は索敵範囲内に認めることができませんでした」

「その有様で健在と言えて?」

 

巨艦の甲板上。

赤渕の眼鏡をかけた学生服の少女が、生徒会と題されたバインダーを片手に報告を行う。

応えた黒衣の少女は報告者に対しかなり幼い年頃に見えるが、遠慮なく辛辣な言葉で返す。

後方に同じ学生服を纏った少女四人を従えながら、報告者――霧の大戦艦ヒエイは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「仰るとおりです。生徒会は私を含め、船体を維持することすらままなりません」

「あれだけいたナガラ達も全然いないし~……というかどこなのさここ……」

 

後方に控える四人の重巡洋艦達の中で小柄な少女、ハグロが愚痴を零す。

霧のメンタルモデルである彼女達は未だ状況を把握できてはいなかった。

 

「どこでもいいよ!私は戦えさえすれば!」

「どうやって戦うというのですか、この状態で……アンラッキーだわ……」

 

両の拳を交互に突き出し戦意をアピールするアシガラ、脱力するナチ。

ハグロと同じく控えていた二人は対照的な反応を見せる。

ナチは本来得意とするレーダー能力をナノマテリアル不足から充分と発揮できず、より無力感に襲われていた。

 

「状況が分からない以上、どうしようもない。ならば」

「えぇ。探索範囲を広げるべきかと思います」

 

控えていた最後の一人、眼帯をした少女、ミョウコウが姉妹の一番艦らしくまとめにかかる。

ヒエイがそれに応じ、黒衣の少女に提言するが。

 

「現状船体を持ち得るのは私一人。このまま動くのは目立ちすぎるわね」

「はい。では……?」

「貴方達に動いてもらうわ。さっき、海底で面白いモノを見つけたの」

 

船体脇に構築されたクレーンが稼動する。

本体の大きさやワイヤーの太さからさほど大きなモノではないらしい。

果たして、海上へと引き上げられたのは。

 

「これは……ヒト?いや……」

 

ヒエイは予想外のモノに口を噤む。

それは女性の形。しかし、その肢体の後ろには巨大な鉄塊が装着されている。

その鉄塊の名は世界最大最強の戦艦主砲、45口径九四式46cm3連装砲。

ヒトの大きさに見合うように極小化しているが、それでも巨大。

その異形を纏っているのは女性、白髪に小麦色の肌。眼鏡をかけているがひび割れている。

ぐったりと身体を脱力しており意識はない。もしくは、事切れているのか。

 

「この形で運用するなら、分け与えるナノマテリアルで全員分……ナガラも同じ形で何隻か用意できるはずよ」

「つまり、人型に艤装を装備するということですか」

「えぇ。解析が完了次第作業を開始するわ。貴方達に合った形で造ってあげる」

「あ、ありがとうございます!」

 

僅かな光明にヒエイ達生徒会が沸く。

話は終わり、と黒衣の少女は彼女達に背を向けて漆黒の空に顔を向けた。

 

「さぁ……ここがどこであれ、私達は霧。アドミラリティコードに従うだけ」

 

黒衣の少女の名はムサシ。

奇しくも、引き上げられた大和型二番艦の艦娘と同じ名を持つ超戦艦のメンタルモデル。

その後に呟かれた言葉は生徒会の少女達の耳に届くことなく、海の底へと消えていく。

 

「ヤマト……」

 

数多の船が沈む、鉄底海峡へ。

 

 

 

「観音岬沖……こんな、近くに、ねぇ……?」

 

観音岬。横須賀近海、東京湾を左右から覆うように突き出た岬の片方。

これまでの研究により深海棲艦は陸地より遠い程、強力な個体が出没する傾向にあるとされる。

ここ横須賀鎮守府近海には従来、比較的小規模かつ性能の低い駆逐艦・軽巡洋艦クラスのみが確認されてきた。

しかし今回強力とされる人型それも今まで見たこともない新型が確認され、その確認と撃破が横須賀鎮守府へと命令された。

 

「異常事態、ということですか」

 

横須賀鎮守府、執務室。

非公式ながらアドバイザーとしてここに滞在を許された千早群像が問う。

 

「ええ。あのお方が御座す東京の正面にあるこの東京湾、数少ない私達が持つ制海域その絶対防衛圏直近に……」

「これまでのように比較的弱い軽巡洋艦級以上のモノが現れたのだもの。上が慌てるのは無理もないわね」

 

伊東少佐の言葉を引き継ぐように傍らの叢雲が応える。

 

「イオナちゃんの実力を見る予定だったけど、この作戦では後方配置ね。島風と大井、叢雲の三人で威力偵察」

「了解」

 

群像とイオナがここ横須賀鎮守府に滞在し一週間。

イオナの提案を伊東少佐が飲み試験や実験を繰り返し、いよいよ実戦試験の段となった直後の試験予定地での作戦命令。

未確認の新型相手の作戦への参加へ、叢雲は眉一つ動かさず了承する。

 

「援護として後方に伊勢とイムヤを配置。イオナちゃんもこちらに同行して貰えるかしら」

「……了解です」

「了解」

「あくまで偵察。状況によっては援護に参加してもらうけど、イオナちゃんの行動については千早さんに任せるわ」

「ありがとうございます」

 

先頭に立つのは高速、かつ熟練した自身の手駒である艦娘のみ。

後方へは高火力の戦艦、そしてゲストであるイオナを手引きする……もしくは監視する潜水艦。

状況を鑑みればベストと言える配置だった。

指揮の範囲は協議の結果、イオナについては命令への拒否権を群像が持つという所に落ち着いた。

司令官にとって命令拒否を可能とするものを作戦に組み込む事は忌避されるべきだったが、霧の持つ力への興味が勝ったのだろうかと群像は思考する。

これまでの試験において本来の力は発揮できないものの、イオナが示した性能は艦娘を圧倒する物であることは明白だった。

 

「伊401。イオナ、出撃する。発射管一番から八番、緒元入力完了。発射、いつでも合点」

「さあ、出撃よ。伊号潜水艦の力、見ててよね」

「戦艦伊勢、出撃します!」

 

先遣艦隊の後方を詰める伊勢の左右より展開するように二人の潜水艦が、海へと飛び込む。

叢雲達が出撃してから30分。

その援護と退路確保を任として伊勢達が出撃する。

戦端は、開かれた。

 

 

 

叢雲を旗艦とする先遣艦隊、そして後方を詰めるイオナ達の出撃を見送った後。

伊東少佐と群像は鎮守府地下に設置された作戦室へ移動した。

ここには艦娘達と交信する為の通信機、作戦海域を示す海図等の指揮機能を備えている。

入室した伊東少佐と群像を、軽巡洋艦大淀が海軍式の敬礼で迎える。

生真面目そうな、黒髪のロングストレートに眼鏡、セーラー服を纏った彼女は艦娘ながら前線に出ることなく鎮守府の要員として籍を置いている。

その任務は作戦時の補助や大本営との連絡役、事務処理等多岐に渡る。

他にも要員として工作艦明石や給糧艦間宮が在籍、伊東少佐以外人間のいない鎮守府の運営を担っている。

群像から見ればかなり古臭く巨大な通信装置を大淀が操作し、艦隊からの連絡を知らせる。

スピーカーから報告を行う叢雲の声が響いた。

 

「こちら叢雲。目撃情報のあった海域に到達。これまでに駆逐5、軽巡1、輸送艦1を撃破」

「ワ級が……異常があるのは間違いないわね。伊勢を前に出すわ、合流後先頭にして単縦陣へ」

「了解。伊勢を待つわ」

 

輸送艦ワ級。

戦闘能力こそ低いが耐久力に優れ、体内に何らかの物質を溜め込む袋のような器官を持つ。

その物質を持っているのとそうでない個体があること、そして移動を繰り返す性質から仮に輸送艦と分類されている。

南方海域で発見されたこの深海棲艦は、今まで鎮守府付近の海域では確認されていないはずだ。

これを新型と誤認したのだろうか、と考えながらも異常であることは確かだ、と伊東少佐は断じて命令を下す。

艦娘を縦一列に配して航行する単縦陣。最も連携が取りやすく最大火力を発揮できる陣形。

 

「少佐、イオナを前に詰めさせます。索敵半径を広げましょう」

「……了承するわ。イムヤ、イオナちゃんの順で先遣艦隊後方へついて」

 

命令を受けた伊号潜水艦二人が伊勢に続いて合流を目指す。

しかし二人が合流する前、先立って前進した伊勢が先遣艦隊と合流し一列に並んだ直後。

 

「……いたよ、提督」

 

先頭に立つ伊勢が声を潜めながら報告する。

伊勢の電探で捉えた艦隊の遥か先方。

 

軽母ヌ級、軽巡ホ級、駆逐ハ級、駆逐ロ級。

異形の深海棲艦四隻を従えるかのように、その後方で佇むのは黒髪の少女。

白いセーラーと赤いスカートを身に纏っている。

手には14cm単装砲。

空ろな顔には隈取のような、仄かに赤い光が走っている。

 

「あれは……艦娘?」

「交戦の様子は?」

「いえ、ありません」

 

その姿を認めた伊勢が呟く。

交戦の有無を伊東少佐が確かめるが、その艦娘はあらぬ方向を直立不動で見ているだけだ。

艦娘が人類の前に姿を現すのは、建造以外に海上での遭遇がある。

深海棲艦との戦闘後に海中から浮上し、他の艦娘との接触により目を覚ます。

それ以前どうしていたかの記憶を持っておらず、建造した艦娘と同じような状態だ。

今回のように既に目覚めており、さらに刷り込みのように深海棲艦と敵対する艦娘があのように存在していたことはない。

 

「……砲撃用意」

「そんな、相手は――!」

 

伊東少佐の命令に伊勢が声を上げた瞬間。

四人の艦娘を、爆裂する光が襲った。

 

「損害報告!」

「ッ、伊勢大破!大井中破……私と島風は掠めただけよ!」

「艦隊回避運動、伊勢!動ける!?」

「何とか……主砲、四門破損……」

 

不明の艦娘から放たれた光線。

薙ぎ払うように艦隊を襲ったそれは主力を一撃で壊滅させた。

これまで見たことのない攻撃。戦艦級の火力を複数に対し一度にぶつけるような物はありえなかった。

しかし、艦隊への合流を目指すイオナは見知っていた。

 

「重力子反応。ぐんぞー、今の、超重力砲」

「莫迦な!」

「……『霧』の長距離砲だったわね?」

 

霧の大型艦艇が装備する超重力砲。

通常兵器に対し絶対的な防御力を持つクラインフィールドをも一瞬で飽和・貫通する必殺兵器。

人類の科学が及ばぬ超兵器であり艦娘が持っているはずがなかった。

 

「イオナ、あれは……『霧』なのか?」

「軽巡洋艦ナガラ。人型を取っているようだけど、メンタルモデルではない」

「……伊東少佐、アレは自分達の敵です。自分とイオナで沈めます」

 

霧の艦艇。それが何故この海域に、それも深海棲艦と共にその姿でいるのか。

イオナの発案である艦娘を模倣した戦闘スタイル。それを、何故。

またも不明なことだらけだが、艦娘を撃ったのは事実だ。

ならば、あれは敵だ。

ここで迷うことはあらぬ疑いを持たれることになる、と群像はナガラを沈めることを決意する。

 

「島風、叢雲。伊勢と前衛交代、連携し牽制!大井は伊勢につきなさい」

「司令官、私は?」

「イムヤはイオナちゃんを援護。『霧』が彼らの敵なら、深海棲艦は私達の敵よ。近づけさせないように」

「了解!海のスナイパー、イムヤにお任せ!」

 

態勢を整え、イムヤとイオナの二人が戦闘海域に突入、先遣艦隊と合流する。

深海棲艦とナガラは不気味なほどに沈黙し、超重力砲を撃つ気配はない。

 

「群像君、アレの次弾にはどれくらいかかるのかしら」

「本来軽巡洋艦には装備されていないはずの装備ですので、不確定ですが……恐らくしばらくは」

「では、砲雷撃戦へ。二射目は撃たせないわよ」

「はっ。イオナを潜行させナガラを狙わせます」

「任せるわ。砲雷撃戦!用意!」

 

艦隊に戦闘開始の命が下される。

各艦は艦隊運動を取りながら各々に主砲照準を合わせ。

伊東少佐の号令と共に砲撃を開始した。

 

「イオナ、急速潜行。侵食魚雷を使うぞ」

「了解。きゅーそくせんこー」

 

砲撃が深海棲艦へと叩き込まれる中、イオナは海面へと飛び込み潜行を開始する。

手には侵食魚雷。

クラインフィールドと呼ばれる、空間を捻じ曲げ攻撃エネルギーを逸らす一種のバリアを持つ霧に対し有効打を与え得る数少ない兵器。

重力子を放出するタナトニウムを弾頭に使用し、周囲の空間を重力波によって侵食、物質の構成因子の活動を停止・崩壊させる。

構築にもナノマテリアルを使用する為、貴重な一本だったが霧が相手ならば必須だった。

他に有効打となり得る超重力砲もイオナは装備しているが、エネルギー消費のさらに大きいそれを使うことは補給が難しい現状避けるべきと群像は判断した。

 

「イムヤがこの位置から撃って狙いを引きつけるわ!」

「合点!」

「魚雷一番から四番まで装填。さぁ、戦果を上げてらっしゃい!」

 

イムヤが両手を左右に振るとその先に四本の魚雷が出現、海面ぎりぎりを這うように発射される。

深海棲艦の四隻に向かった内、二本は砲火に揺れる海面で爆裂し海中を掻き乱す。

イオナはその乱れた海中に突入し、その姿を隠したままナガラへと近接していく。

 

「魚雷命中!軽母ヌ級、駆逐ロ級撃沈確認!」

「わぉ!大漁大漁!」

 

撃沈を確認し報告する叢雲にイムヤが歓声を上げる。

残った軽巡ホ級と駆逐ハ級が反撃を開始するが、前衛に立つ島風と叢雲は巧みに回避し続け火線を自身たちの方へ集中させ。

 

「左舷、砲戦開始!」

「酸素魚雷20発、発射です!」

 

損傷しているとはいえ戦艦伊勢の大口径による砲撃、そして重雷装艦大井の過度なまでに大量の魚雷。

過剰な火力は深海棲艦二隻を細切れにしてさらに後方のナトリにまで及ぶ。

 

「いいんじゃない?……って嘘!?」

 

勝利を確信する伊勢、しかしその威力を前にナトリは一切のダメージを負っていない。

ナトリを圧倒的な破壊力から守るクラインフィールド。霧が人類を圧倒する理由の一つ。

理屈上あらゆる攻撃を無力化する防壁の前に、打つ手はない。

同じ、霧以外には。

 

「火器管制、オンライン。追尾システム、標的をロックオン」

「――てぇ!」

 

群像の号令と共に、イオナの手から侵食魚雷が放たれる。

乱れる海中に身を潜め、ナガラの後方から発射されたそれは高速で突き進み。

炸裂した。

 


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